表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
その吸血鬼は優雅であるのか  作者: 珈琲豆
優雅な吸血鬼は実家に帰る
47/67

その瞳は何を映すモノか

「あなたの血で…吸血鬼にしてくれないか…?」


彼女はそう言うと、私をベッドに押し倒す。



「な、なにを言っているのかな…?吸血鬼?」


その青い瞳に見つめられるとなんだか力が出ない。これは…明らかに魔眼だ!!!!


先ほどから幾つかの防御結界と隠蔽魔法を発動させているが一向に問題は解決していない。



相当やばい力だ。これは…!!!


「私の…いや、私の一族の目はね。もはや呪いに等しいモノなんだよ」


ルシル嬢はか細い声で呟く。



「吸血鬼を見抜く、ただその一点だけに全ての力を注いで生み出された魔眼は…子にも引き継がれていく。

 仮面を付けていた時は気が付かなかったけれども…あなたの素顔を見た時に見てしまったんだ」


どうやら言い訳はできなさそうだ。相当強い力の込められた魔眼を有した一族…か。しかも吸血鬼を殺す為だけに生まれた魔眼…





「…なるほどね。それで?吸血鬼を殺すのが君の一族の仕事だろう?私をここで殺すか?」


「さっきも言った通り。私を吸血鬼にして欲しい」


ルシル嬢を押しのけて立ち上がる。



「ほら、吸血鬼は自分を吸血鬼にした相手を裏切れないというだろう?口封じだと思って!!!」



そんな彼女の言葉を無視して壁に掛けてあったローブから小さいナイフを取り出す。


「すまないがね。それはできない相談なんだよ」

人差し指を突き出し、ナイフを振るう。スパッとナイフは指を骨ごと切断し、床にコロコロと私の人差し指が転がる。




「っ…あれ?」


ルシル嬢は一瞬顔を歪めるが、直ぐにその光景の異様さに首を傾げた。



「血が…出ていない…?」



その通り。切り口からも、切れた指の切断面からも、一滴として血は零れていないのだ。



「こればかしはもう解除する気がないんだがね。私の血は絶対に外に出てはいけないモノなんだ。だから自ら封じてある。一切の血液が外に出ないように魔法をかけてあるんだ」


「それは…」


「増やさない為だよ。吸血鬼を。彼らはこの世の理から外れた存在が生んだモノ…だろう?」


全ては私の責任だ、とまでは言わなかった。彼女の目が一体私についてどこまで把握しているかわからないのだから。


「それよりも、だ。何故吸血鬼になりたいなんて言う?私から言わせれば、人間のままの方が絶対幸せだぜ?」


ルシル嬢は少し悩むように顔を伏せてから、それからこう言った。



「それなら…私が吸血鬼に関する学者になった経緯から話しても良いかな…?」


「勿論だとも。まだ夜は長い」


そう言いながら改めて紅茶の用意を始める。



彼女は語りだした。自分の生い立ちについて、弟についてを。



▽△▽△▽△▽△



ルシルはウェステンラ家の長女として生まれた。


ウェステンラ家は代々吸血鬼を狩る一族だ。といっても、それだけでは金にならないので森やら山やらで普通の狩人(ハンター)としても仕事をしている。


この一族には代々、吸血鬼を見抜く為だけの魔眼が与えられる。先祖が自身の眼球に刻んだ魔術刻印が血を通じて子に移り続けたのだ。



ルシルが学者になったきっかけは、弟にあった。

ルシルの弟、エイビス・ウェステンラはあらゆる面で優れていた。魔術的素養、身体能力、そして「吸血鬼を必ず殺す」という意思の強さ。父も母もそれを喜んだ。


一族の悲願「真祖の吸血鬼をこの手で殺し、吸血鬼という種を無くす」を成し遂げる為に、エイビスは己を鍛えた。


毎日のように血みどろになりながら家に帰ってくる弟の姿に8割の心配と2割の恐怖を感じたルシルは、弟を手助けする方法を模索した。


弟の怪我を癒す回復魔法を学んだ。吸血鬼討伐に役に立つ聖魔法を学んだ。そして、吸血鬼について調べ始めた。


全ては弟が少しでも早く…呪いともいえる一族の悲願を果たす為に。



吸血鬼について調べていくうちに、ルシルは「吸血鬼とは何なのか?」という疑問を抱くようになった。


何故彼らは血を求めるのか?何故他の亜人と異なり討伐対象なのか?そもそもどこで生まれたのか?



そうこうしているうちに、弟は家を出ていった。ルシルも更に学ぶためにトルキョ王都の学院に進学し、今に至る。



「しかしね。吸血鬼研究は金にはならない。トルキョは家賃が高くて住めたものじゃないからこっちに引っ越してきたんだ」


ルシル嬢は私の淹れた紅茶を飲みながら笑う。


「…肝心なところを話忘れているぞ?何故吸血鬼になりたいと思った?」


「…真祖の吸血鬼を殺せば、終わると思うか?」


ルシル嬢は私の質問に質問で返す。



これは、「真祖を殺せば吸血鬼は滅びるか?」という意味だろう。


もちろん、答えは「いいえ」だ。


「真祖の吸血鬼を殺す…か。それは骨が折れることだろうし、やるだけ無駄だぜ?殺したって吸血鬼という種は滅びない。むしろ吸血鬼による事件は増えることだろうさ」


「というと…?」


「吸血鬼は自分が血を貰った者に従い続ける。逆に血を貰った者が死ねば自由になれる。真祖が死ねば…今まで従い続けるしかなかった鬱憤の溜まってる奴らが暴れ出すだろうさ」


「…」


ルシル嬢の表情は険しい。



「だが、君の一族の悲願を果たす方法は一つだけある」

「本当か?教えてくれ!!!」



「懇願するのさ。吸血鬼の真祖に『吸血鬼全て、死んでくれ』って」


そう。自分が血を貰った相手には従うしかない。真祖とは、全ての吸血鬼の始まり…つまり全ての吸血鬼を自由に動かせる存在だ。



そんな吸血鬼が自分の同胞に「死ね」と言えば、皆「死ぬ」以外の道は無い。従えば死ぬ。従わなければ、身体中の血が噴き出して死ぬ。



勿論、私はそんなことさせはしないがね。


「そうすれば全員死ぬ。あとは真祖を殺せば完全に世界から吸血鬼が消えるさ」

「無謀だな」


ルシル嬢は俯く。


「吸血鬼を滅ぼすことはできない…だから…」


顔を上げるルシル嬢。その目には決意の意志が現れている。幾度となく見た…人間の強さの目だった。


「私は吸血鬼と共存する道を選びたい。その為に…その足掛かりに、私自身が吸血鬼になって、人と分かち合えることを証明したいんだ。

 それが…吸血鬼になりたい理由、かな」


なんとも健気な理由だ。不老や超人的な身体能力ではなく、人の為に吸血鬼になる…とんだ自己犠牲の精神だ。



「吸血鬼と…共存」

「今日、あなたを見て可能性は高まったんだ!人に紛れて生活する吸血鬼だって存在する、それなら…!」



彼女は熱い眼差しをこちらに向けている。「共存」という道が可能であると信じている目をしている。私とて否定はしたくない。けれども、それは無理なことなんだ。



「吸血鬼が何故血を吸うか。人間の血を好むのか。その理由を知っているかな?」

「…それは、吸血鬼自体が魔力を多く消費する生物で魔力の補給として人間の血は優れているから…」


なるほど。人間の学者の間ではそう解釈されているのか。あながち間違いではない。魔力回復に用いる奴もいるだろう。



けれども、根本的な理由は別にある。



「吸血鬼という生物はね。常に乾いているんだ」

「乾いている…?」


「人間で例えるならば、真夏の暑い日差しの中を全速力で駆け回った後みたいなものさ。喉が渇き、身体が渇望する。冷たい水を飲みたい、なんて思うだろう?」



紅茶を口に含む。ゆっくりと飲み干す。



「吸血鬼のそれは、水を飲んだからといって潤うものじゃない。どんなに水を飲んでも、酒を飲んでもお茶を飲んでも、乾いている。ただひとつ、人間の生血を飲んだ時だけ…その渇きが癒されるんだよ」


「それじゃぁ…あなたも…?」


「ははは、私は優雅である者だからね。渇きもまた人生には必要だと割り切っているとも!血は…かれこれ50年以上は飲んでいないんじゃないか?」


「…」



「私が大丈夫なら他も大丈夫なんじゃ?なんて思わないことだ。私は特別優雅で高貴なのだからね。他の者は…多くが…下劣で浅ましく、野蛮だとも。彼のようにね!!!!!!」



手に持っていたナイフを壁に向かって投擲する。ナイフは何もない空中で止まり、床にカランと落ちる。



直後、まるで霧が晴れるように一人の男が姿を見せる。

黒いマントに身を包み、長く黒い髪を後ろに束ねた色白の男だ。



「おいおい、吸血鬼が下劣で浅ましく野蛮だなんて…随分酷いことを言うじゃないか?」


男はニヤリと笑う。鋭い牙をチラリと見せながら。

真祖の吸血鬼の血:その血は不浄の塊である。悪意と絶望、破滅を含んだその血はあらゆる生命を魔に変える。その力を得れる者は一握りにも満たない。

「過ちは繰り返さない。もう二度と」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ