吸血鬼の退治の仕方は簡単なのか
「コホン、では改めて学者様の研究の手助けをするとしようか」
ローブの襟を正しながらルシル嬢に話しかける。
「私は何をすればいい?」
戦う意思を見せるかのように拳を握るルシル嬢。いや、無理はしないで欲しい。
「じっくり観察してくれれば」
ルシル嬢の周囲に多重防御結界を張って置く。同時に私と吸血鬼の周りにも壁となる結界を張り、逃げ道を塞ぐ。
「なんだ?逃げ道を塞いだつもりか?逆だろ?逃げられないぜ…?」
吸血鬼は地面を蹴り、瞬時に間合いを詰める。
「ではまず、吸血鬼の身体能力についてだ」
襲ってくる吸血鬼の腕をグッと握り、背負い投げを決める。
「彼らは、身体強化の魔法をかけた人間くらいの身体能力を常時備えている。だがね。その根底の部分は人間とそう変わらないのが大半だ。だからこんな風に投げ飛ばすことだってできる」
「それは…吸血鬼が元は人間だから、というわけか…?」
「その通り」
「ふざけんなぁ!!!!」
即座に起き上がり、体勢を整えて再び飛び掛かる吸血鬼。実に動きが読みやすい。
「ごふっ…」
飛び掛かったところを即座に、土魔法を用いて地面を隆起させて作った棘で串刺しにしていく。
「彼らは過信している。自分が人間より優れた身体能力を持っているから人間よりも強い、そんな風に思う癖がある。身体能力の差なんて、魔法、防具、武器、経験、そんな数多の要素で幾らでも覆せるんだ。じゃなきゃ、吸血公爵に勇者は勝てなかっただろうさ」
「ふざけんなよ…?まだ俺は死んじゃいないぜ…!!!」
腕の力で土の棘を砕き、拘束を逃れる吸血鬼。傷は瞬きを数回する頃には塞がってしまった。
「てめぇの魔法はよくわかった。だが、その程度じゃ俺を殺せねぇぜ!!」
性懲りもなく接近戦を試みる吸血鬼。1回喰らったくらいで私の魔法を理解して欲しくはないなぁ。
「このように再生能力の高い吸血鬼を魔法で仕留めるにはどうしたら良いか?一番簡単なのは闇魔法で一気に飲み込んで消滅させてしまうことなんだが、闇魔法なんて使う魔法使いは少ない」
防御結界を張って相手の鋭い爪の攻撃を防いでいく。
「そこで活用するのがコチラ!!」
攻撃を避けながら、相手の顔面を鷲掴みにする。そして、火炎魔法で全身を包み込む。
「街頭販売みたいに吸血鬼と戦うんだな…」
「はは!次はそういう商売をするのも悪くないな…っと、そうじゃなかった。これは火炎魔法、見た目も派手だし魔法を習い始めた人ならば誰しもが知っている魔法だ。それを使えばこの通り」
吸血鬼は地面に転がりながら消火を試みる。それを追い打ちもせずに眺める。
「吸血鬼の再生能力というのは魔力量に依存する。そして、あくまで回復薬と同じように細胞の活性化に近いんだ。だから、傷なんかは直ぐ塞がるが…」
「クソ!!!なんなんだお前は!!!」
なんとか消火のできた吸血鬼が立ち上がる。全身の皮膚は焼け爛れ、見るも無残な姿だ。
「火傷は表面の細胞が死滅してしまっているので回復に時間がかかるんだ」
「…どうやらお前は俺を怒らせたいみたいだな!!」
魔力量がどんどん上がっていく。怒りによって枷が外れて力が増大しているのだろう。
だが、それだけだった。
これが上位の吸血鬼となれば特別な力を使ったりするんだが、これだと単に身体能力を更に強化しただけだろうなぁ…
「死ねぇぇぇ!!!!!」
相も変わらず単調な動きで襲い掛かってくる吸血鬼。防御結界を展開するが、見事に貫かれる。流石に力が増しているようだった。
後ろに転がりながら相手の攻撃を躱していく。
「どうしたどうしたぁ!さっきまでの威勢はぁ!!!」
「勝ちへの布石を打っているのさ!!」
「だったら…まずはこっちの女が先だぁぁ!!!!」
急な方向転換をし、ルシル嬢の方へ飛び掛かる吸血鬼。
残念ながら、それは悪手だとも。
ルシル嬢の傍に近づいた瞬間、吸血鬼は地面に磔になるように倒れこんだ。
「な…なんだ…?身体が…動かない!!!!」
「私の108の術式の1つ…第71術式「惹かれ合うは本能」特定の魔力を持つ対象を引き付ける魔法さ。お前はお前という魔力を持つ限り…その地面から離れることはできない」
土魔法で貫いた時に血液中の魔力情報を読み取らせて貰った。後は地面に魔法を仕込んでおけば罠の完成、とね。
「ふ…ふざけるなぁぁ…」
「ではルシル君、吸血鬼について調べたいことはあるかな?今なら何でも実験できるぞぅ!」
ルシル嬢は苦笑いを浮かべる。
「なかなか…どうしたものか…」
流石に動揺しているようだった。
「では私の方から」
地面にべたりと張り付く吸血鬼に聖水をかける。こういう時は粘膜…眼球辺りがちょうどいい。
「ギャァァァァァ!!!!!!!」
「その痛みを忘れないように。では今から質問をするからしっかり答えておくれ」
「ふ、ふざけるな…俺は…」
再び聖水を垂らす。そんなことを何度かしているうちに、吸血鬼は素直に質問に答えてくれるようになった。
どうやら彼らは最近吸血鬼になったらしく、有り余る力を誇示したくて人を襲っていたそうだ。元々しがない盗賊団だったらしく、素行の悪さも納得がいく。
「では最後の質問だ。お前は誰に吸血鬼にしてもらった?」
「…魔王様だ。吸血魔王ドラド様だ」
チラッとルシル嬢の方を見る。ルシル嬢も「知らない」と首を横に振る。
「…それって、吸血鬼の国の王様とか?」
ルシル嬢が尋ねるが、吸血鬼は首を横に振る。
「吸血鬼の国…?行ったこともねぇなぁ…?」
まぁ下級の吸血鬼となればそれもそうだろう。何せ、吸血鬼の国とは秘匿の国、誰でも簡単に入れる場所ではない。ルシル嬢が存在を知っていることに少し驚いているくらいさ。
「なぁ…?喋ったから許してくれるよなぁ…?」
情けない声を出す吸血鬼。私はそれに、ダラダラと聖水をかけていく。悲鳴が夜の村に響き渡る。
そして、聖水の瓶が空になる頃には声も出せない程に溶けてしまっていたのだった。
「あぁ~…すまない。君の研究対象を誤って溶かしてしまった!」
「…君も吸血鬼に恨みを持っているのかい?」
その光景がなんとも惨たらしかったのか、ルシル嬢は尋ねてきた。
「…彼らは罰せられるべきことをした。これはその罰に過ぎないさ」
ドロドロに溶けた吸血鬼の肉体を炎で焼き焦がし炭化させていく。ここまですれば絶対に肉体は絶対に再生できない。
吸血鬼の燃えカスをひとまとめにしていると、キラリと光るものが目に留まった。
拾い上げてみるとそれは指輪だった。
「なるほど。これは良い品だ」
「それは?」
「吸血鬼が持っていた指輪なんだが、魔力を周りに感知させなくする魔法が刻まれている。貰っちゃお!」
それからは村の被害の確認やら私の騎士達が仕留めた吸血鬼の処理といった作業をした。
「実に冒険者らしい仕事ぶりだった」とルシル嬢に組合に伝えてもらうように打ち合わせなんかも。
すっかり夜が更ける頃にはひと段落が付き、村長の家で軽く食事なんかもありつけたのだった。
「君の素顔は…驚いたな…」
村長の家で秘蔵のワインを楽しんでいるとルシル嬢が呟いた。そういえば…素顔なんてメイアくらいにしか見せていなかったな。
「惚れてしまったかい?」
ふざけた口調でそう尋ねると、奥のキッチンで軽いつまみを作っていた村長の奥さんが返事をした。
「アタシがあと30歳若かったら求婚してたね!!」
「何をおっしゃいますか!今でもまだ十分若々しいですとも!」
村長からの厳しい視線を浴びつつ談笑をするのだった。
それからしばらくして夜の細やかな宴会は終わり、私たちは床に就いた。来客用の部屋が2つあったので、私たちはそれぞれ別の部屋で寝ることとなった。
「ふぅむ…魅了の魔眼でも使っておくべきだったか…?」
ベッドの上で一人ぼやく。
というのも…せっかく人前に出れる姿に戻れたのだから、女性の1人や2人抱いても文句は言われないだろう~なんて思っていたわけでして…
でもメイアに申し訳ないな、と思う私もいるのだから私も人間性というか…常識というか、人として生きていた頃の感情なんかが強く出始めている兆候だろうか。
等と自己分析をしていると、扉を3回ノックする音が部屋に響いた。
「私だ。少し…いいかな?」
なーんて自己分析をしていても、私とて男だとも。
「あぁ勿論構わないとも!」
返事を聞いてから寝間着姿のルシル嬢が入ってくる。少し古めの寝間着…村長の妻から借りているのだろう。
「今日の事で少し話がしたくてね。吸血鬼を研究する身として、どうしても気になったんだ」
「というと?…まぁ座りたまえ。何か飲み物でもいるかな?」
ひとまずベッドに座らせながらティーカップの用意を始める。
「お構いなく。…その私から見て君は非常に吸血鬼に詳しいように見えたんだ」
「あぁ…そのことか。まぁ詳しいと言っても、殺し方くらいだがね。吸血鬼とは何かと縁があってよく戦うんだ」
手に持っていたティーカップを片付けて、隣に座る。
「…私の弟にも是非指導して欲しいくらいだ」
「弟君とは頻繁に会うのかい?トクロジムアに来ることがあるならば指導できるがね」
ルシル嬢は首を横に振る。
「いや。どこにいるかもわからない。ただ年に数通、手紙が来るだけさ」
「そうか…じゃぁ、代わりに君が知識としてでも持っておくといい。いつ弟君と会っても大丈夫なようにね」
「教えてくれるのかい?」
「勿論だとも」
ルシル嬢の目を真っすぐと見つめる。綺麗な青い色をしている。
だが、見ていると妙な胸騒ぎがしてくる。まるで中身を覗かれているような…そんな…
「それなら…ついでに…私のお願いも一つ聞いてくれないかな…?」
待て…何かがマズい、これは何かが!!!!
「私を…」
まさか…この女…この目は!!!!!!!
「あなたの血で…吸血鬼にしてくれないか…?」
吸血鬼の持つ特殊な力:例えば、血液を媒体に武器を生成したり、たくさんの分身を生み出したり、人ならざる者の姿に変貌したり、と多岐にわたる。高位になればなるほど力の強さ、種類は増えていく。
「といっても、結局は私の力の焼きまわしのようなものだがね。しかし、極めれば私を余裕で超える力になる時もある」




