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その吸血鬼は優雅であるのか  作者: 珈琲豆
優雅な吸血鬼は過去を語る
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それは絶望の確認

気が付けば、俺はそこにいた。


闇に飲まれる前に無我夢中で書いた魔法陣は起動することができた。魔法の主導権は俺に移ったはずだった。


そして今、俺は闇の中にいる。おそらくこの闇の中が魂の受けたしを行う場所なのかもしれない。


「何故…何故貴様がここにいるのじゃ?」



そう問いかけるのは、王…愚かな愚王、事の発端となった奴さ。いや、愚かさで言えば俺だって同等かもしれない。何せこの魔法がこんなことになるなんて思いもしていなかったんだから。


「そりゃ…あんたを止める為さ。約束したんでね」

「止める…馬鹿なことを…!既に魔法の発動は終わっている。今更…」


「何ができるか?って聞きたいんだろ?できるさ。根拠はある。俺がここにいる、それだけでも十分な根拠だ。魔法の主導権は俺に移ったはず。ならば…この馬鹿げた魔法を消すことだって!!!!」


『否、それは不可能なことだ』




その声は、頭に直接響くモノだった。


『既に発動は終了した。残るは受け渡しの時のみ。魂の受け取り手に集まった魂を渡そう』



激しい頭痛と共に声が響く。耐えきれずその場でうずくまると、王が不思議そうにこちらを見ている。王には声が響いていないようだった。


「ふ…ざけるな…!!!終わらせろ!!!魂は全部持ち主に返して、さっさとこの悪夢を終わらせろ!!」


『不可。地、人、構造物、全ては取り込まれた。返還は不可能』


声に合わせて、今度は映像が頭の中に流れ込んでくる。それは王都の光景だった。


『魔術的適合率・身体的適合率・精神的適合率・全て良。引き取り手は貴様だ。可否を答えよ』


「もし…受け取らないと言ったら…?」


『その場合は引き取り手は貴様ではなくなるだけだ』



つまり、その場合は俺じゃなくて目の前の王が集まった魂を手にする…ってわけか。



「さっきから誰と会話しておるんじゃ!!はやく出ていけ!!ここは儂の空間じゃ!儂が不死となるんじゃ!!この…」


「黙ってくれ…!!!」



魂を引き取る…それが一体どんな意味かはわからない。魔法通りに行くならな、俺の身体に魂が入る…?エルドの王都…確か…50万人くらいだったかな…それが全て…?どうなるんだ。わからない、でも…


「悪いな。あんたが不死者になることはない。このまま…消えてくれ!!!!!俺が!!俺が引き取る!!!こんな奴には一人たりとも譲りはしない!!!!」


『承認。これより魂の受け渡しを始める』


床がドロドロの闇に変わっていく。


「な…な…何を言って…」

次の瞬間、王は床に飲み込まれていった。



これで良い、これでよかったんだ。

あとは、どうにかして取り込まれたって話の町と人を解放して魂を返す方法を考えるだけだ。



そう思った時だった。


「な…なんだ…これは…」


頭の中に少しずつ、少しずつだが自分のモノではない記憶が入り込んでくる。赤ん坊の記憶だろうか。


「待て…これは…」


記憶はどんどん頭の中に流れ込んでくる。赤ん坊、男、女、老人、少年、少女、兵隊、鍛冶屋、革職人、飯屋、肉屋、果物屋、人、人、人人人人人人人人人人人人人人人…


何十という人間の今まで歩んできた人生の記憶が走馬灯のように無秩序に頭の中に流れ続ける。耐えきれなくなった肉体は目から血の涙を流す。




このままでは…頭が壊れる。


とっさに持っていた手帳をめくり始める。幸いにも衣服や持ち物は闇に飲まれる前と一緒だ。


幾たびもページをめくる。だがそれを妨害するように他人の記憶が頭の中に溜まっていく。


「やめろ、やめろ!!!!俺に見せるな!!やめてくれ!!!!」


泣き叫びながらページをめくる。


そして、見つける。無我夢中で詠唱を始める。それは祈りのようにも聞こえたことだろう。



助けを求めるように、救いを求めるように、ただ詠唱をする。




この、痛みを感じる俺の心を守る為に。



「これでよかったのか?」

「あぁよかった。大丈夫だ。」

「心配いらない」

「イヒ…ヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ」

「なんとかなる」

「さぁ解決策を探そうじゃないか」

「何故?」

「あはは、はは」

「仕切るな」

「個々ではない。全。すなわち…」

「そういう場じゃない」

「ハハハハハハハハハ」

「大丈夫」

「さぁ、始めようか」

「…ヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ」

「大丈夫」

「さぁ、始めようか」

「ヒャハハハハハ…ハ、は?」

「大丈夫」

「大丈夫」

「大丈夫」

「大丈夫」

「大丈夫」

「大丈夫」

「大丈夫」




それはそれで、地獄の様な時間だった。


唯一正常だった思考を、心を守る為に、幾つもの人格を形成させる。手帳に書かれていた魔術の一つ、「並列思考の形成」だ。


頭の中にいくつもの自分がいる、それはそれで気が狂う状況だ。自分とは何か?と考えさせられる。自分はこう思っているが、別の自分が別の事を考えているんだ。じゃぁ今思った自分は自分なのか?いや、自分なんだ。けれども自分がいて…


なんてことを幾たびを繰り返して繰り返して…その中でも無数の他人の記憶を受け止める自分がいて。



何人もの自分が壊れて消えた。ある者は与えられ続ける他者の記憶を受け止めきれずに。


あるものは無限に続くようなこの空間に耐え切れずに。


あるものは幾人もいる自分を受け入れられずに。



これらは全て自分であり、俺、私、僕、自分が本来起こる可能性があった現象、否、実際に起こった現象だ。




幾人もの自分の心を壊していき、また思考を分割させて増やしていく。減っては増やしてを繰り返し続けていく。




「俺は…彼女の幸せだった時間を…あの国を…世界を…救わなければならない…」




途切れそうになる最初の自分の意識を幾度となく、この言葉を口にして繋ぎとめる。もちろんこの言葉を肯定する自分も否定する自分もいる。


けれども、けれどもだ。


やらねばならぬのだ。必ず…




いったいどれくらいの月日が経ったかはわからない。少しずつだが、余裕が生まれ始めてきたのだった。

他者の記憶が入り込んでくる時間が終わったのか、それとも慣れが生じたのかはわからない。


今までは意識も曖昧だったが、ここにきてハッキリと周りの風景が見えてきたのだった。




「ここは…」



そこはまぎれもなく、自分が過ごした町…エルドの王都だった。


だが、昔見たような活気はなく、物音ひとつしない。



不気味さを覚えつつも町を散策していると、足元に骨が転がっていた。人の骨だ。かなりの年月が経っているのか肉一つ着いていない。


「まさか…な?」


そのまま城に向かって歩いていく。骨は至る所に点在しており、どれもこれも風化しかけていた。



城の門に辿り着くと、案の定また骨が散乱している。太くしっかりとした骨だ。まるで、生前はがっしりとした体格が連想されるような…そんな。


数多の思考が同じことを考える。今まで何一つ一致しなかった並列思考が一つになる。



「嘘だろ…やめてくれよ!!!!」



走る。城の中を走る。そして、大きな両開きの扉を蹴破って玉座の間に辿り着く。




そこにも骨はあった。人間の骨が。骸骨が。


散らばる骸の数を数える。自分の記憶を必死に漁る。あの日の事を。全ての始まりの日の事を。あの玉座の間で起きた悲劇の事を。



そして、結論が出る。




「そんなことって…ありかよ…」



思わずそこに座り込んでしまった。膝から力が抜けてしまったのだった。



ここに散らばる骨は全て、もともとエルドにいた、町にいた住民のものだ。


つまり、無いのだ。今、取り込み続ける魂たちが帰る場所は無いのだ。全て、肉体は消滅しているのだ。




「じゃぁ、どうしろっていうんだよ!!!!」


声だけが部屋に反響する。



「50万、50万だぞ!そんな量の魂を!!どうしろっていうんだ!!!何に使えっていうんだ!!!!」


深呼吸をする。冷たい空気が肺に入っていく。



「そうか…そうだよな。俺が引き取ったんだ…だったら…どう使おうと一緒だよな…あの世に送ればいいんだ…そうだよ!!!…あの世に行ければ転生だってありえる…?あの世ってあるのかな。まぁ…なんだっていい。とにかく!!」


一種の現実逃避でもあった。責任放棄でもあった。受け入れたくなかった。自分の行いで50万もの魂を()()()()()()()ということが。


自分はあくまで「王の手に渡るのを防いだ」そう思っていたかった。むしろ自分はよくやったと言われたかった。けれども、その思いを壊すような答えが返ってきたのだった。



『回答・その魂は貴様のものだ。貴様の肉体から離れるには「死」以外には方法はない。自分の魂を冥界に送ることは不可。汝の「死」のみが魂を解き放つ手段なり』


「なんだよそれ…なんでだよ!!!!!!!」



絶望、焦燥感、後悔。多大なる負の感情が押し寄せてくる。目の前が真っ暗になる。


耐え切れない。一人の人間が背負うには余りにも重すぎる業だった。



意識が遠のく。もう全て忘れて楽になろう、保ってきた心をぶち壊して、無に返ろう。


そう思って目をつぶった時だった。



『大丈夫よ。貴方は間違ってはいない。大丈夫だから、目を開けて』




どこからともなく、そんな声が聞こえてきた…気がした。幻聴かもしれない。けれども、その言葉は、その声は、一瞬だけ俺、私、僕、自分の飛びかけた意識を引き戻してくれた。


なんとか立ち上がり、フラフラとした足取りで窓に近づく。


「死が解放、か。だったら簡単だ。そうだ。この道がある」


窓ガラスを拳で叩き割り、欠片を一つ握りしめる。




尖ったガラス片を喉に突き刺し、そのまま横に切り裂く。痛みは感じない。感覚がかなり鈍っているのだろう。


鮮やかな赤い血が噴き出し、そのまま倒れこむ。血はさながら、雨のように倒れた俺、私、僕、自分の顔に降り注ぐ。


その光景が何とも面白おかしく感じてきて、次第に笑みが浮かび、笑いが込み上げてくるのだった。



「ふ…ふ…は…っはっはっはっは!!!!!!」



骸だけが横たわる王城の、玉座の間に乾いた笑い声が響き渡る。



「死なない!!!本当に死なない!!!人間なら致死量だ、こんな一気に血が出りゃ意識なんか吹っ飛ぶ…なのに、なのにこうもハッキリしている!!!」


傷口を触れるように喉に手を当てる。



「丁寧に傷口まで塞がって…」



再び立ち上がる。そして再び窓の方へ近付き、今度はそのまま窓の外に出る。




頭から真っ逆さまに落ちる。地面がだんだんこちらに近づいてきて、グシャリと鈍い音が耳に聞こえる。視界も暗い。


しかし、しかしだ。



気が付けば元通り、砕けた頭蓋骨なんてものもなく、ただ地面に俺、私、僕、自分は寝転がっていた。



それから何度も、何度も何度も何度も色々な方法を試した。焼死、圧死、転落死、扼死、絞死、溺死、爆死、服毒死、、窒息死、刎死…思いつく方法は何でもやった。


けれども、けれども…幾度となく肉体は再生し、幾度となく死に相当する傷を受けても瞬時に肉体は元通りだった。




死ねないのだ。いくら身を傷つけても死ねないのだ。

呆然と地に横たわり、空を眺める。空はいつまでも暗く、太陽が昇る気配など微塵もない。


「そうだったな。取り込まれたんだっけ。王都ごと」


出よう、そう思った。この空間を出て、外を歩けば何かしら解決策が見えてくるかもしれない。



「おい。どうやってここから出るんだ?」


空に向かって問いかける。


『回答・貴様の意識がある内はここから出ることはできない。ここは貴様の精神世界と結合されている為である』



そう言われて初めて気づく。

「そうか…そう言われてみれば、もう久しく眠っていないな」

『その通り。貴様は精神世界に閉じこもり過ぎている。解放されよ』


俺、私、僕、自分は、促されるように目を瞑る。


そして心のどこかで思いを馳せる。



目が覚めたら、全てが夢だったらいいのにな、と。




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