死霊系魔物は退屈であるのか
悪夢使いとは、非常に希少な職である。もともとは酔狂な貴族のお抱え魔術師が行なった「夢を見せる魔術」を専門的に取り扱う魔術師「夢使い」だったとされる。
しかし、その魔術は次第に別の使い方を見出されて行った。
「悪夢使い」は人に悪夢を見せる。夢というのは奇妙なもので、夢の中の経験というものは肉体に影響を及ぼすという。悪夢使いはそれを用いて、暗殺、精神汚染、そういった事を生業としている。
しかし近年は精神汚染対策の防御結界が進歩しているせいか数をどんどん減らしている。
そもそも他人の夢の中に入ることや、夢を見させることは魔力消費対効率が悪い。
まぁ、それは。
人間の話なのだが。
「悪夢使い」は夢魔と人間の子だ。
夢魔というのも奇妙な魔族で、夢の中でのみ生きる魔族の一種だ。
時に悪戯のように夢魔は人間に子種を残す。夢の中の性行為は現実世界に反映され、子を宿す。
悪夢使いはそんな経緯で生まれた存在だ。
ただ、母方が夢魔なのだが。
夢魔に育てられたメイアは変わった人生を送っていた。生まれは夢の世界で生まれ、育ちは現実世界で育った。
現実世界と夢の世界、2つの世界を行き来する能力を備えていた。
故に、その悪夢使いとしての力は他とは段違いだ。彼女が職業の名をそのまま己の名として使っている理由もそこにある。
伝説ともいえる暗殺を多く熟し、そして誰もその正体を突き止めることができない。そんなメイアの存在に人々は畏怖し、彼女のことを、悪夢使いと呼ぶようになったのだ。
彼女の本当の名前は私だって知らない。
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あの遠距離念話から18時間。私は暇だった。もう既に日は出ているだろう。こうなってしまうと、地下で炎の霊と戯れるかドラウグルと話すか、麻袋の中身のチェックくらいしかすることがない。
夜ならば幾分かマシだっただろう。外に出て森を散策し、見つけた魔物を片っ端から始末したりすれば魔力量の増加を狙えたはずだ。魔力量が増えれば己の姿を変えることも可能であろう。
かの伝説の魔王、アルスディアスは一度神に肉体を滅ぼされた後、弱小魔物から多くの魔獣を食い散らかし再び力を取り戻したなどという噂もあるくらいだ。
ならば私だって魔物を狩って力を取り戻し早く高貴なる肉体を取り戻したいところ。
「しかし公爵殿。汝の実力を考えると無茶があろう。汝であればそこらの魔物など、寝起き珈琲の片隅で殺せるもの。それに…公爵殿は自分で言っていた。外に魔物は出ない筈」
そうだった。忌々しい勇者の剣の効果だろう。外は完全に浄化されている。その浄化された空間で亡霊の私が一瞬でも彷徨えたのは、冥王の加護のお陰なのだろうか。
しかしそうなると…まさか、自前の魔力で肉体を作れというのか神は。
「なにか問題でも?」
疑問に思ったドラウグルが尋ねてくる。
『当然であろう。我が友人よ。私は高貴でなければならないのだよ。優雅でなければならないのだよ。魔力枯渇で苦しんだり、自分の少ない魔力に葛藤しながら肉体の生成など、恰好が悪いだろう?』
「しかし公爵殿。肉体が無くては格好も何も無いと思うが」
それもそうか。
でもなぁ…今から生成を始めても、まずは骨格から組み直すわけで。それこそ今の亡霊から動く骸骨に変貌を遂げるわけか。
動く骸骨は見た目が悪い。
見た目が悪いのは嫌だ。
「見た目も何も、何もないよりあった方がいいと思うものだが…」
『しかしだ。動く骸骨に優雅さを感じるか?せめて少しは着飾れば…む?』
そうだ!!着飾れば良いのだ!なんとも無駄な労力と言われようと知ったことではない!
早速麻袋を漁って服を探す。
外に出ることもできないし、丁度良い暇潰しだ。
すると、炎の霊が何やらコソコソ喋り出していた。耳を傾けると、「来てるね…来てるね…」「来ちゃった…」
などと。
まさか?と思い急いでワインセラーの方に向かうと、丁度、不揃いの防具を見に付けた男たちが階段を下りていた。
あぁ、そう言えば私としたことが。忘れていた。そうだ。
ここ、観光資源になってるんだ。
「公爵殿。先ほども忘れていた用だが、やはり脳味噌を失うと記憶力を失うのだな」
『うーん!何も言い返せない!』
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時は遡ること12時間前。
6年ほど前からこの「勇者フォルマンド吸血鬼討伐記念館」の館長を務めるボングはそれを見つけた。
時は朝5時半。早起きのボングは記念館の庭の散歩を日課にしていた。いつもの散歩の道順には途中、吸血鬼の館の跡地の前を通る。これは記念館の目玉の展示であり、実際に勇者が戦った場所をそのままの状態で保管している非常に貴重な文化財だった。
と言っても、もう既に瓦礫の山と化していてそこに洋館があったとは想像がしがたい。しかしわかる人には「その壮絶な戦いを肌で感じ取れる」と好評だ。魔術師でもなんでもないボングにはわからないが、大気に微量に含まれる魔瘴気や瓦礫に染み付いた魔術痕なんかが教えてくれるそうだ。
その日ボングが跡地の前を通ると奇妙なモノを発見した。昨日までは無かった階段があったのだ。
もう戦いから20年経った今、今まで隠されていた吸血鬼の館の秘密の階段、それが今日開いたのだ。
ボングは迷った。
もし、ここで中を確認すれば大量の財宝を見つけることができるかもしれない。
しかし、中は危険でいっぱいかもしれない。あの吸血鬼の館だ。罠の一つや二つあってもおかしくあるまい。
自身の身体能力や戦闘経験、それに加えて家にいる妻や息子や娘、様々なものを天秤にかけて葛藤するボング。
結局、ボングは街の騎士駐屯地に連絡を入れたのだった。
連絡を受けた騎士駐屯地の方は大騒ぎである。
20年以来の吸血鬼の館で起きたその現象に、対応を迷っていた。
「国王陛下、いかがなさいますか!?」
最終決定権を持っていたのは現在の国王、吸血公爵に国を奪われた際は王子だった男だった。彼は吸血公爵の恐ろしさを今生きている人物の中では特に知っている方だった。
前国王は8年前に病で息を引き取った。彼は死に間際まで、国を吸血鬼に襲われたこと、そして勇者に救ってもらった感謝の念を王子に話し続けていた。
それ故、現国王の決定は素早かった。
「急いで森の近隣に防衛線を引け!冒険者組合にも連絡を取れ!早急に調査できる冒険者を派遣させろ!」
連絡を受けた冒険者組合は直ぐに緊急の依頼として冒険者数名を調査に向かわせた。
王国側も、王国騎士団第1番隊から7番隊を城下町の全域の守護に置き、更に冒険者の援護として魔術と剣術の併用を得意とする魔法剣士15名で構成された第8番隊を現地に派遣した。
そして午後5時、調査員として派遣された冒険者4人が階段を降りだしたのだ。
派遣されたのは銀級冒険者3名と銅級冒険者1名の計4人、閉所での行動や罠の解除に長けた宝探士、幻術や呪術に強い魔術師、防衛に特化した盾士、攻撃力の高い大剣士といった編成だった。
冒険者は先に内部に入り、中の様子を調査。大規模な戦闘が見込める場合は一時撤退し、騎士達との共闘によって討伐を行うという手筈だ。
一方その頃、メイアは困っていた。
「え、今日は入れない?新しい階段が見つかって国が調査している??」
「あぁ、観光なら明日にしな。安い宿をお探しならあそこの、銀の看板のあの宿がお勧めだよ」
夢と現実、その両方を行き来するメイアにとって長距離移動は大した手間はかからない。夢という世界において距離ほど曖昧なものは無いからだ。だが、曖昧ゆえに細かい場所に直接行くことはできない。その為こうして城下町に辿り着くのが精いっぱいだった。
そして言われた城下町まで着き現地住民に聞いてみれば、なんと厳戒態勢が敷かれている。こればかりはメイアであっても抜けることは難しいかもしれないし、そもそもそんな努力をしたくないというのが本音だった。
仕方なくメイアは酒場で1人酒を飲む。大味なワインと冴えないチーズで夜を過ごしているのだった。
伝説の魔王アルスディアス:世界創造の神話における最重要人物。今現在世界中で使われる「魔術」の生みの親であり、神に喧嘩を売った男(諸説あり。女だったとも言われている)
神との100年続く戦いの末、肉体を木っ端微塵にされた。その後、1つの脳細胞から、小魔物や魔獣を経て再び人の姿に戻ったと言われている。
「もし生きているなら是非とも魔術に関してご教示願いたいものだね。まぁ、神に喧嘩を吹っかけるような輩だから…会いたくはないが」
魔力:魔法を使う為に必要な生物が蓄えている資源。魔術師は、魔力を自由に組み立ててあらゆる魔法を発動する。
「私の肉体作りかい?あれは魔法というより錬金術に近いね。魔力を物質に付与して別の物質を構成する…気体を個体に変えて、そこから望む個体に変えて、形状を変化させて骨格に…うーん!面倒!」




