悪夢使いは何を知るのか
肉体を一から作るという優雅な計画が遂に終わった、そう思っていた。
だがあろうことか、髪色が真っ白だったんだ。
これには私も真っ青だった…
「あぁぁ…なんということだぁ…白、白かぁ…ただでさえ肌が白いからなぁ…これじゃ亡霊と間違えられるんじゃないかぁ??」
「貴方の事だから…魔法でなんとかできるんじゃないの?」
「確かに髪色を自由に変える魔法だってある。けどね…私の身体はそう簡単じゃないんだよ!それにだ。この髪色は本来ありえない筈なんだよ…!」
というのも、今回の再生計画によって私の身体は完全に、それこそ骨から血管まで全て魔力を物質に変換して作られている。それはつまり、全身が高密度な魔石のようなものというわけで…
「ありえないって?」
「肉体の再生は魂に刻まれた情報を元に行っている。つまり、人生で一度も白髪にしたことがなかった私が白髪になる事なんてまずありえないことなんだ…」
「もともと何色だったっけ?もう随分前だから曖昧なんだけど…灰色だっけ?」
「銀色だよ。多くの女性が私の髪に恋焦がれ、時にむしられそうになったことだってあるんだぜ…?」
メイアが苦笑いを浮かべる。
そうこうしているうちに日は昇り、町を陽の光が照らしだす。同時に私は顔が焼ける痛みを味わう。
「あっつぅぃ!!!」
急いで日陰に避難するとメイアが不思議そうにあたりを見渡していた。
「どうした?日光は熱いものだぞ?仮面を付ければ平気だけどね!」
「いや…町の人たち…出てこないなって」
確かに人の気配がない。普通なら市場で買い物する人や、朝食を作る音が聞こえてきてもおかしくない筈なのに。聞こえてくる音は、どこかの小屋で飼育されている鶏の鳴き声と空を飛び回るカラスの鳴き声ばかりだった。
嫌な予感が走る。
急いで昨日の戦いがあった個所を何ヵ所か回る。
▽△▽△▽△
結果は最悪のものだった。
昨日私が戦闘の過程で意識を奪うなどし、路上に放置していた町の住民は皆…死んでいた。
更に言うならば、あらゆる建物の中にいる住民も死んでいた。
町中の人間が死んでいたのだ。
カラスが多いのは、死肉の臭いを嗅ぎつけたからだろう。
「どうして…」
メイアが俯く。
「悪魔に既に魂を奪われていたんだろうな。悪魔がこの町を去ったと同時にパタリ、ってわけか」
「で、でも貴方は昨日「魂は内包していない」って」
「あの悪魔が町の住民から奪った魂を自分の身体には入れていない、ってだけさ。ただ、本当に魂を奪っていたとは驚きだ。概ね邪神の復活か何かに利用するのかもしれないな」
魂は価値がある。悪魔となれば尚更だ。奴ら程魂の価値を理解している奴らはいないだろうさ。
メイアは呆然と立ち尽くしていた。人の生き死にはよく見ている筈だが、流石にこの量の大量死、昨日まで生きて歩いてた者たちが朝になったら死んでいるような状況には慣れていないようだった。
「せめて、弔うかい?」
メイアは無言で頷く。
「この地方の弔い方がどんなものかは知らないが、せめて肉体だけは生まれ変われるように願おうじゃないか」
ありったけの魔力を地面に流し込む。錬金術、土魔法、それにドラウグルの力を利用し、町一帯の地面の質を変える。
地に横たわる死体は地面に飲み込まれていく。建物の中に死体があるならば床板ごと地面に取り込んでいく。
こうなれば、死体があった場所には植物が生え…新たな生命を育む糧になることだろう。
「全部地面に埋まっちゃった…」
「あとは…あまり得意じゃないんだがね」
そう言いながら、麻袋から聖水を取り出す。
「聖水?それ貴方が持っていて大丈夫なの?」
「触れると死ぬほど痛いから取り扱いは注意が必要だね」
水魔法と聖水を合わせて、聖なる水を町中に撒いていく。死霊系魔物の発生防止の為に必要なことだ。
「土に埋めておしまいかと思った」
「私にだって思うところがあるのさ」
すると、メイアは私の眼をジッとのぞき込む。
「どうした?」
「やけに丁寧で、やけに人間味があって、今の貴方を見ると吸血鬼だなんて信じられないわ」
「吸血鬼らしくない、それもそうだ。私はあまり生血も求めないし、太陽の下で平然と動いているし、らしくないといえばそうだね」
「そういう話をしてるんじゃないの。吸血鬼は…というか貴方は人間の敵だったんじゃないの?一緒にいればいるほど貴方が…その…勇者に殺されるくらいの悪行を成したようには見えてこないの」
「…勇者に倒され改心したのさ!」
「嘘ね」
今日のメイアはやけにぐいぐい来る。
「つまり?君は何を言いたいんだ?」
「言ったよね。前に。少しずつ話していくって。でもあれから自分のことを話してくれたことはなかった。
今この場で話して。邪神とか分岐とか、貴方の過去とか」
「君が知る必要は…」
メイアは私を逃がさないようにかローブの袖をがっしりと掴む。
「分岐については前も話した通り、私の魂と力を分けて与えた入れ物みたいなものさ」
「じゃぁ貴方の力って何なの?なんで悪魔が求めるの?」
「…それは」
「答えて」
いつになくメイアは頑固だ。
「…これは仮説、あくまで仮説だから断言できるわけではないんだがね」
「構わない」
「私のもつ厄災の力は邪神の力の一部なのかもしれないんだ」
「かもしれないっていうのは…どうして?」
「もともとこの力は、私が体験した数多の事象を具現化したもので、それを適した魔物に与えて力を増した存在が分岐、つまりはこの力を生み出したのは私の筈なんだ。でも、どうしてそんな力を生み出せたのか、ってなると邪神が絡んでくるんだろうさ」
現に、あの悪魔は私の蝙蝠を支配し力を利用した。分岐を支配するということは私を支配するに等しい労力が必要だ。普通の悪魔ならばまず不可能なはず。
それにあの悪魔は、邪神から力を借りているといった。邪神が絡んでくれば、私の力を奪うこともできる…それは邪神が関与しているというわけで…
「…なんだかややこしいわね」
「私もそう思うとも。とりあえず、この町を離れないか?続きは帰りの馬車で」
半ば強引にメイアと共に馬車に乗り込む。というのも早く日陰でゆっくりしたいからなのだが。
▽△▽△▽△
馬車をトクロジムアに向かって走らせる。
しばらく無言の時間が過ぎ去るが、メイアがしびれを切らして問いただしてくる。
「はぐらかそうとしても無駄よ?」
「そうか、遂に心も読めるようになったか」
「なってないけどわかるわよ。それで、なんでその…力を手にするに至ったの?」
メイアはジッとこちらを見つめてくる。
「そうだね。せっかくだから全部話してしまうか」
「そうしなさい」
「代わりに、君の秘密も教えてくれよな」
「秘密だなんて…そんな」
少し頬を赤く染めるメイア。いったい何を想像したんだ。
コホン、と咳ばらいを一つする。
メイアには確かにここまでよく付いてきてくれた。というか…これからも一緒に居て欲しいくらいだ、なんてことは恥ずかしくて言えないがね。
彼女は信用における人物だ。彼女には知ってもらう必要があるのかもしれない。私という存在についてを。
「そうだね。まずは自己紹介から。私の本名はジョンでもジェームズでもなくて…
ジャン。ジャン=レガード・ヴァンファイラ。今は無き王国、エルド王国の公爵家の次男、といったところかな」
弔いの仕方:弔いの仕方は地域によって様々だ。土に埋める、その死体を燃やす、切り刻んで魚に与える、地に放置し鳥に食わせる、弔いの仕方は文化の特色が大きく出る。
「私?私の弔いの仕方…というか生きていても何故だか皆、心臓に杭を刺して燃やしたがるよ。どこの地域でもそれは一緒だね」