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その吸血鬼は優雅であるのか  作者: 珈琲豆
優雅な吸血鬼は冒険者になる
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狂気は誰によるものか

「君たちは、自分が何を調理しているかわかっているのかな?」

調理場に立つ男たちに問いかける。


男たちは一旦作業の手を止めて考える。そして答えた。


「何って…人間だろう?それがどうかしたのか?」


「そうです。今日獲れたての新鮮な人間を用いた夕食でしたが…お気になりませんでしたか?」


誰もが皆、自分のしていることが当たり前だと思っている。

別に彼らが食人鬼(グール)の類ならば気にならないことだ。だが、ここはあくまで人間の住む町であり、住む人は人間である。


「狂ってる…」


メイアが呟く。


「狂ってるわ!これが…これが貴方の分岐の能力ってわけ!?」

胸ぐらを掴む勢いでこちらにくるメイア。そんな彼女の肩を手で押さえ、答える。


「そうだね。仄かに私の蝙蝠の出す霧が部屋に残っている。私の蝙蝠の力も一役買っていることは確かだ。だが…」


魔法を行使する。調理場にいた3人と、宿屋の主人の意識を奪い、天井から吊るされた人間の肉を下におろす。


「これは彼らの意志ではない。そして私の意志でもない。何か強力な力が…彼らを操っている」

「貴方の力を誰かが使っているってわけ?」


「人生で初めての経験だよ。私の力を操る輩がいるなんてね」


それでもメイアは疑い深い目でこちらを見ている。


「信じられないかい?」

「信じたくはない。私の思い描く貴方はこんな悪趣味な真似はしないはずだから。でも、その…」

「見て良い気分はしないよな」

「えぇ。…何より、関係ない人間が巻き込まれていることがなんか」


メイアは少しばかり震えている。彼女とて、人の生き死になんかには慣れている。そういう仕事もいくつも熟している。けれども、圧倒的理不尽な…理解の範疇を超えた事態にはまだ慣れていない、そんなところだろう。


「君は優しいんだな」

そう言って抱き寄せると、メイアは「ひゃっ!?」と声をあげた。


「別に…と言いたいところだけど、私も半分は人間なんだから。これくらいは気になるのよ」

「そうだったね。夢魔の印象が強すぎてついつい忘れがちだったよ」


しばらくは身体を強張らせていたメイアだったが、落ち着いたのかゆっくりと私を押し離す。


「もう大丈夫」

「それはよかった。…じゃぁ、蝙蝠を取り返そう。まずはそこからだ」

メイアは無言で頷く。それからチラッと横たわる死体に目線を向けていた。



床に横たわる2つの死体。首は斬り落とされている。だが、近くにあったゴミ箱を見ると人の頭が2つ入っていた。



市場で会った若い2人だった。


▽△▽△▽△▽△▽△


荷物をまとめ、宿屋を出る。外はすっかり日が落ちて、月明かりと仄かに灯る街灯だけが唯一の明りだった。


魔力感知の範囲を町一帯まで広げると、まるで来てくださいと言わんばかりの強い魔力反応が検知された。町に来た当初は無かった反応だ。



町の教会、そこに奴はいた。

「ほっほっほ…待っておったぞ。どうかな?この町は」


教会の門の上にまるで蝙蝠の様に留まる老人がいた。最初に町長を名乗った男だ。

「まったくもって最悪だよ」

「これは厳しいご意見で!」


手始めにありったけの攻撃魔法を放つ。町長はくるりと身を翻しながら地面に着地すると素早く身を翻して魔法を躱していく。


「流石はジュマングィを殺しただけあるのぉ。いくら奴が闇魔法に長けていようと、これには及ばんわ」

「ジュマングィ?知らない名前だね!!」


土魔法で周囲を一気に取り囲み、そのまま土砂で押しつぶす。すると、今度はあっけなく町長は土砂に潰されていったのだった。


「ほっほっほ…少し冷静さを欠いているようじゃな?ほれ、いつものあれはどうした?「優雅」であるべきなのじゃろう?」


後ろを振り返ると、喋り方だけが同じな別の男が立っている。


「町の住民の意識が乗っ取られているの?」

メイアが囁く。


「狂化の応用だな。狂った心は魔に付け込まれやすい。それにこの感じ…また悪魔が関わっているな…」

「そうじゃ。儂は悪魔じゃ。お主が殺した虫けらの仲間じゃよ」

愉快そうに笑う男。


「じゃぁあれかい?悪魔王の手下の同僚がやられたから…その仇討ちかい?」

「ほっほ、悪魔王も仇討ちも、興味などないわ。別に奴とは仲が良いわけでもないからのぉ」


「それなら何故貴様はここにいる?私の蝙蝠を捕まえることだけが目的か?」


男の顔がニヤリと歪む。


「やはり蝙蝠が目当てか」

「やはり蝙蝠を知っているんだな」


その瞬間、辺りが濃い霧で覆われる。魔素を含んだ霧だ。


「メイア!」

「ここにいる!」


霧が完全に周囲を覆う前にメイアの居場所を明確にする。メイアと私は互いに背中を合わせる形を取る。


「ほっほっほ…お主から感じるぞ。あの御方と同じ気配を…やはりお主があの御方の依り代だったわけじゃな!!」

「依り代?何を言ってるの?」

メイアが呟く。私はその口を塞ぐようにマスクを渡す。


「奴の言葉は気にするな。それよりもこれは私の蝙蝠の力…精神を蝕む魔素を含んだ霧だ。吸い込まないように」

「マスクで何とかなるものなのかしら?」

「ただのマスクなら駄目だがね。とにかく着けておいてくれ」


魔素を含んだ霧は魔力感知を機能しなくさせる。目視だけが頼りになるが、その目視自体霧のせいで機能しているとは言い難い。


「この霧…この力は良いモノじゃなぁ?」

「やっぱり利用されてしまっていたか…よく彼らを操れているな?」

「ほっほっほ!あの御方の力を借りればこの程度容易い。そもそもだ!この力はあの御方の物。貴様のような存在が使いこなせてることの方が不思議じゃよ」


「あの御方?悪魔王って奴のこと?」


メイアが尋ねると、霧の奥から高笑いが聞こえてくる。


「悪魔王など知ったことか!!そんな姿も形も知らぬ存在に誰が力を貸すものか!!

 儂の目的はただ一つ!!かの魔界に眠る神をこの世に召喚することだけよ!!!!」


「また神様の話…!?」



霧の奥から腕が伸びてくる。魔力を纏わせた手刀で払いのけ、そのまま切り落とすと霧の中から先ほどの男が倒れこんでくる。しかし、直ぐ別の町の住民が襲ってくる。

「あの御方は儂に仰った!『我の力を奪いし者から力を取り戻せ』と!」

「一旦退こう」


メイアの手を掴み、霧の中を駆け抜ける。街の中心部に辿り着くことには霧は晴れていた。


「無駄じゃよ。既にこの町は我が手中」


振り返ると、手を引いていたのはメイアではなく知らない女性だった。

「馬鹿な…?」

「さぁ!!持っている力を渡して貰おうか!!」

女性は老人の喋り方でこちらに襲い掛かってくる。


「それはこっちの台詞なんだがね!」

それを素手で受け流し、そのまま近くの壁に向かって投げ飛ばす。


厄介な状況だ。メイアの手前、あまり住民に危害を加えづらい。それに加え、これはただの精神干渉じゃない。あの蝙蝠、万狂の霧鏡蝙蝠(ルナ・ニュクティス)の力と悪魔の魔術が加わっているんだ。生命の危機にでも瀕さない限りは動くことだろうさ。



しかし…まさか悪魔にこの力を使われてしまうとは想定外だった。私の敵は勇者だけで十分だっていうのに。



「さぁ!!お前の残った能力も儂に寄越せ!!!!」


今度は6人同時に襲ってくる。それを魔術で押さえ込みながら考える。


問題は3つ、悪魔の正体、メイアの居場所、私の蝙蝠の居場所、だ。

蝙蝠はこちらの呼びかけには一切反応しない。完全に主導権を奪われている。直接私の魔力を感じ取らせればすぐに集まってくれるんだが…1匹だって姿を見せやしない。


あの蝙蝠の力が悪魔に使われてしまっている限り、下手に他の分岐の力を用いるのも危険だ。相手は明らかに私の力を狙っている。奪うだけの算段が付いていると考えるのが妥当だろうさ。


「いつまでそうやって逃げるつもりじゃ?」

「さぁね!貴様の正体を暴くまで、かな!」


「いいのか?そんな悠長なことを言っておると…

 …

 殺してしまうぞ?この娘を」


振り向くと、泊まった宿屋の屋根の上に人間らしからぬ体形の老人がメイアの首を掴んでいた。

「ほぉ…その身体が本体か?そちらから出てくれるとは好都合だな」

「まだ儂を倒せると思っておるのか?こちらには人質がおるのに?」



老人はそういって長い舌を伸ばし、メイアの頬を舐めまわしていく。

「なかなか珍しい連れじゃないか。夢魔と人間の混血にして、異界ではなく現界で生活をする者…魔力の質も良い…儂が食べてしまいたいくらいじゃ」


周囲を囲む町人が口をそろえて同じ言葉を発する。


「取引じゃ。この娘の命が惜しければ、貴様の持つ残りの力も寄越せ。それはもともと貴様のものではないじゃろう」


「これは私のモノだよ。手に入れるのは苦労したんだぜ?そんな簡単に手放せるかってんだ」


「ほっほっほ…まだそのような減らず口を叩けるか?」


そういって老人は己の肉体の一部を霧と化していく。


「お主はこの力を自分の力と思っておるようじゃが…それは違う。これはもともとは大いなる神の力。お主はただ、使わせてもらっているに過ぎない」


老人はさも嬉しそうに話しかけてくる。


「現に今、あの御方から力を使う権利を頂いておる儂は自由に使えておるじゃろう?お主は所詮、大いなる神が現界する為の依り代に過ぎなかったんじゃ。それなのにお主は…」


その喋り方が何とも癪に障り、その容姿が何とも腹正しく、その行いが何とも憎らしい。ふつふつと、魂の奥底から湧き出る感情があった。



「とにかく早く力を渡せぃ。この娘がどうなってもいいのか?」

長く生きると失う感情の一つだ。


久しく忘れたこの感情。誰かを心の底から殺してやりたいという殺意。


「怒りだ」

そっと身体強化の魔術をいくつも身体にかけていく。

「なんじゃ?」


「今私は久方ぶりに怒っている。お前は私を怒らせるには十分な事をしてしまった」


「ほっほっほ…怒り?貴様の魔法は十分に見た。この距離では貴様は何もできんわ!」

地面を蹴る。多くの身体強化の魔術に加え、もともと備わっていた吸血鬼の筋力、この2つが合わさればこの程度の距離、取るに足らない。魔法だけが私の取り柄だと思い込むなよ。



「全て返してもらうぞ」



食人鬼(グール):人型魔物の一種。見た目は人と変わらないが、人間の肉を好んで喰う。知性は少なく集団行動はしても統率はない。その発生原因は、吸血鬼にある。

「吸血鬼の血は人間に2つの選択肢を与える。高貴なる吸血鬼となるか、血肉求める獣と化すか、ね」


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