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その吸血鬼は優雅であるのか  作者: 珈琲豆
優雅な吸血鬼は冒険者になる
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宿屋の夕食はどんな香りなのか

「ようこそお出でくださいました…長旅でお疲れでしょう。私はこの町の町長を務めるバラックと申します。是非ゆっくりしていってください」


馬車を降りた私達に、一人の老人が話しかけてくる。小柄な老人だ。ついこの間、デカい老人の族長を見た後だからやけに小さく感じる。


「歓迎どうも。この町では旅人が来るといつもこんな感じなのかい?」

「えぇもちろん。旅人を歓迎しておもてなしすることがこの町の住民の生き甲斐ですから」

「そうなのね。それじゃぁ、早速で悪いんだが良い宿を紹介して欲しいわ」

メイアは伸びをしながらそう言った。いくら座席が快適になったといっても、疲れがたまっているのだろう。

「喜んで。こちらへどうぞ。馬車は旅人用の公共馬車置き場でよろしいでしょうか?」

「あぁ構わない」


ちらっと馬車置き場を見ると赤い馬車が既に1台止まっている。他にも街を訪れている者がいるのだろう。


「長旅お疲れ様です。()()()()新婚旅行か何かですか?」

「ははは、近いが遠いね」

「どっちよ。違うわ。ただの冒険者稼業でこっちまで来ただけ」

「冒険者様でしたか…しかし、ここらでは冒険者様の手を借りるようなことは何も起きていませんが?」

「そうなのかい?」

「ええ。…いや、1つだけありますな」

「というと?」



そういって案内されたのは、市場だった


「ちょうど今が収穫時でしてね。近隣の畑からドッとこの町に集まってくるんですが、地方への販売を手掛ける業者がまだ到着していなくて…」



そこには大量の玉ねぎが山積みになっていた。


「よろしければ幾つかお持ちになって結構ですよ。そして、是非この町の玉ねぎの美味しさを世界に広めていただければ!!」


凄い量の玉ねぎだった。玉ねぎが多過ぎて、人が見えないほどに。

「こんな収穫できるものなのね…すごい…」


メイアは素直に感心している。


「お、あんたらも旅人かい?」

そう声をかけてきたのは、若い男女の2人組だった。手をしっかり握りあってなんとも仲が良さそうだ。

「えぇ、先ほど来たばかりなんですがね。凄い量ですなぁ」

「俺も初めて見た時は驚いたよ。正直この町は、人より玉ねぎの方が確実に多いくらいだぜ」


そういって男は玉ねぎを手で取って、お手玉のように弄ぶ。

「お二人は新婚旅行か何かですか?」

「おっ!やっぱりそう見えるか?やったなターニャ!」

「えぇ!やっぱり私たちは愛で溢れているのね!」


抱き付く2人。その様子を怪訝な顔で眺めるメイア。


「そうなんだ!彼女とは先週結婚してね。少し広い世界を見ておこう、ってわけで旅行に出たわけさ。色々な土地の景色や食事を味わうってのは…今後将来絶対役に立つってオヤジの言葉もあるんだけど」

「私はずっと村に籠っていたから…何もかも新鮮で。とても幸せです!」


キラキラと輝く2人組は、聖魔法でもないのに私の心をえぐっていく。くそう!羨ましいなぁ!


「お二人もそういう理由かい?」

男の方がメイアと私を交互に見ながら尋ねる。


「いや、私たちは冒険者でね。少しこの近くに用があって来たんだ」

「冒険者か!凄いなぁ…。ん?この近くで魔物でも暴れているのかい?」

「いや、君たちが心配する必要は何もないとも。君たちはいつこの町を出発する?」

「明日ね。本当は今日だったのだけれど…今晩は特別な晩御飯が出るっていうから滞在日数を伸ばしたのよね?」

「宿屋の主人が気を利かせてくれたみたいでね。なんだか珍しい食材を仕入れてくれたみたいなんだ」


それを聞いてメイアがピクリと動く。


「珍しい食べ物?」

「あら?気になる?もしまだ宿が決まっていないなら、来るといいわ!あそこの赤い屋根のところ!」


女の方が指で示す方をみると、3階建ての大きめな宿屋が見えた。


「せっかくだ。そうするとしようか」


▽△▽△▽△▽△


教えられた宿は、それなりに良い宿だった。一流と呼ぶには足りないものが多すぎるが、それでもピカリと光るおもてなしがある。

宿屋の主人曰く、確かに今日は特別な夕食を用意できるそうだ。


「で、なんで一緒の部屋なのよ。」


イルバンラック産のワインの栓を抜きながらメイアがぼやく。なんでだろうね。私にもわからないなぁ。

メイアは2つのグラスにワインを注ぐと一つを私に渡してきた。


「とりあえず。まだ貴方がしっかりとした肉体になってから祝ってなかったでしょう」

メイアは私の持つグラスにチンッと自分のグラスを当てた。


「それもそうか。まぁ…まだこんな顔で祝える程ではないんだが」

筋繊維丸出しの顔をさすりながら、ワイングラスを口に当てる。数ヵ月ぶりのワインだった。

香りを嗅ぎ、舌で味わい、喉を通る感触まで楽しむ。身体を持つということはやはり悪くない。


吸血鬼によっては、酒には浄化の作用があって飲むと死ぬ、なんて奴もいるが…そいつらはホントお気の毒!って程に美味い。


「次の分岐を回収できたら全部戻りそう?」

メイアの質問に少し考える。

確かに、残り2柱に割り振ったそれぞれの魔力量はかなり多い。どちらか片方を手にするだけでも仮面無しでも外を歩けることだろう。


「恐らく。ただ…あくまで見た目だけだがね。取り繕っても優雅には程遠いさ」

「なんだっていいわよ。正直その無機質な仮面にも飽きてきた頃合いだし」

「この仮面、嫌いだったかい?かなり優れモノなんだぜ?私が日差しの下でも活動できているのだってこの仮面のおかげみたいなものだし」

「ローブが凄いんじゃなくて?」

「ローブも凄いが、これも、さ」


しばらく外を眺める。案内された部屋が3階ということもあり、町を一望できるのがとても良い。秋の心地よい風が部屋に流れ込む。

「でも…本当に貴方の分岐がいるのかしら?そうとは思えないくらいに平和だけれど」


「確かにそうだね。だが…幾つか気になることはあるんだ」

「というと?」


首をかしげるメイアに窓の外を見るように促す。


「それといって変わったところは…て、あれ?なんでこんなに暗いのかしら?」

「その通り。この町は明らかに家の数と人の数があっていないんだよ」


家に明りが無い。早く寝る生活をしている、なんて話は聞いてはいない。


いや、そもそも市場がおかしかった。あの規模の大きさの市場ならば、昼ならばもっと活気があっておかしくなかった。だが、あるのは玉ねぎの山と数人の人。


そして、人々はその事に何も疑問を抱いていない。



「きっと早く寝る生活をしている人たちなのよ…」

「だと良いんだがね。ここに来る前に組合所で聴いた話にはそんなことは一言もなかった」


そう話をしていると、ノックの音が会話に水を差す。


「お食事の用意ができたのですが、こちらに運びましょうか?」

その声は、宿屋の主人のものだった。

「あぁ、せっかくなので頼もうか」

一応の心配を兼ねて仮面を被りながら答える。

「かしこまりました。直ぐにお持ちしますね」


足音が去っていく。


「…まぁ、明日考えましょう?今はその、特別な晩御飯ってのを楽しみましょう!」


確かにそうだ。この身体に戻ってから初めての食事だ。観光を少しはしても罪にはならないだろう。

そう期待していると、再びノックが部屋に響く。


「お持ちいたしました」

「どうぞ?」


ドアが開き、ワゴンが部屋に運ばれてくる。ワゴンの上には大皿あり、銀色のクローシュが被さっている。


「こちらが本日の特別な料理でございます。では…ごゆっくりどうぞ」


料理を運んできた宿屋の主人はそう言って部屋を出ていった。


「なんだ。私たちが開けるのかい」

そうぼやきながらクローシュを外すと、豪快な肉料理が湯気を立たせて姿を見せる。ワイン煮込みだろうか?やけに赤い。


そして、やけに食欲を刺激する。


「なんだか変わったお肉ね。豚か何かかしら?」


メイアは少し不思議そうに皿を眺めるが、直ぐにナイフとフォークを手に取った。


私はそっとメイアの手を抑える。


「これは、いけない」

「え?」



仮面を被り、部屋を出る。メイアが慌てて私の後を追う。


向かう先は調理場だ。


調理場に近づくにつれて、臭いが強くなる。


香ばしく、食欲をそそり、唾液が何もせずとも出てくるような、そんな匂いだ。

だがそれはあくまで私だけの話。メイアからすれば、眉間にしわが寄るような臭いだ。


調理場のドアを蹴破る。調理場には3人の男たちが料理を作っていた。


「いかがなさいましたか?」


料理を運んできた宿屋の主人が尋ねる。

「ずいぶん趣味の悪い料理が出されたのでね。文句を言いに来た。」


メイアは調理場の中を見て、心底嫌そうな顔をした。私も同じ表情を浮かべたいよ。



調理場には肉の塊が2つ吊るされていた。





その姿は、間違いなく。皮を剥がれた人間のものだった。













玉ねぎ:ネギ属の多年草。主に球根が野菜として食用とされるほか、倒伏前に収穫した葉もネギと同様に調理できる。色、形状、大きさは様々で、直径50センチを超えるものもできる「多魔ねぎ」と呼ばれるものある。ここまで来ると、魔力回復にオススメ。

「生で食べるのが私は好きでね。いつも側近の獣人に恐ろしい目で見られたよ。犬に玉ねぎは、いけないよ?」

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