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その吸血鬼は優雅であるのか  作者: 珈琲豆
優雅な吸血鬼は冒険者になる
32/67

鼠は新たな旅先を決めるのか

「それでは、皆の進捗状況を確認しよう。今回も…私が取りまとめるが、構わないかな?」


冷たい男の声が部屋に響く。部屋の中には男を含めて2本の影が燭台に灯る炎に合わせてユラユラ揺れている。




「構わんじゃろう。なぁ?」


しゃがれた声が返ってくる。それに合わせて動く影は無い。


「他の3人は?」

老人が尋ねると、男は答える。

「反応が無い。死んだ、と考えるのが自然ではあるが、そうは考えたくはない。他の大陸を支配しなおす手間が増えるからな」

「そうか。この世界には彼奴等を殺せるだけの者がおるのじゃな」


その老人の言葉に男は吐き捨てるように言った。

「なんだか嬉しそうだな」

「そう聞こえてしまったか?いやなんだ、長い人生を歩んできたが、こんな経験今までなかったものでなぁ…」


炎がゆらりと揺れ、影も併せて波打つように揺れる。


「まぁいい…残る我々だけでも使命を全うするだけだ」

「ところでな。…その、()()()()()()は何か言っておったか?」

老人がそう言うと、男は少しの沈黙の後にこう言った。

「まだ詳細は伝えていない。下手な事を言って痛い目に遭うのは私なのでね」

「ほっほっほ…それもそうじゃな。しかしだ。我々2人でどうするのじゃ?」


「さっきも言ったはずだ。使命を全うする。悪魔王様の期待に応えるべく、この世界の支配を進める。その為にも私は…少し手駒を揃える準備を進めている」

「手駒?」

「あぁ。中部連合を率いて他の国に支配の手を広げる訳だが…私が行うのは戦争じゃない。侵略だ。だから、人間の戦力だけでは些か力が物足りない。そこを補う準備を進めている」

「ほっほっほ、侵略、か」

「それで、君の支配の進行は?」


男は冷たい声で尋ねる。


「案ずるな。わしの狂気は着々と広がるじゃろう。わしは他の輩の様な醜態は晒さんよ」


老人はそう言って面白おかしく笑うのだった。


▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△


家を手に入れた。内庭付きの2階建て。トルキョのあの館と比べれば小さいが、私とメイアしか暮らさない事を考えれば十分な広さだろう。

トクロジムアの中心都市から少し離れた土地にあった空き家を領主様が一括購入だ。どうやら、少し前までは園芸好きな老夫婦が暮らしていたそうだが、息子と暮らすとかで売りに出ていたらしい。



新居の一室で、幾か月ぶりの紅茶を味わいながら外を眺めていると、3回のノックの後にメイアがドアを開けて入ってくる。

「私が返事をする前にドアを開けるんじゃ、ノックの意味が無いぜ?」

「別に良いでしょう。それとも、急にドアを開けられたら困る理由でも?」

「敵わないな。何か飲むかい?」

ティーカップを用意しながら尋ねると、メイアはうなずきながら椅子に座った。


茶葉の香りがふわりと部屋に広がる。メイアは目を瞑りながらその香りを嗅ぐ。


「相変わらず良いお茶を飲むのね」

「貴族だからね。優雅な貴族は一流の物を楽しむのさ」


「それで、優雅な貴族様はいつまでその筋繊維丸出しな顔でお過ごしになられるのかしら?」


今は仮面も外している。お茶を楽しむのだから当然ではある。


ライズンペートまで迎え入れ、既に私の魔力はかなりの量を保有できるようになった。しかし肉体を完全に復元するにはあと一つが足りない。こればかしは分岐に授けた固有の力が必要になってくる。その分岐の居場所は今、探りを入れている最中だった。


「いつまで、か。短絡的に言うならば、彼らが帰ってくるまで、かな」

「彼ら?」

「そう。私の分岐。病運ぶ終わりなき群鼠が時機に戻ってくる」


私がそう言うのが先か後か、パリーンッと突如窓ガラスが割れ、黒い球がコロコロと部屋の中に転がってきた。メイアがさっと腰のナイフを構える。私はそれを手で制して黒い球に話しかける。


「いつになく大胆だな」


黒い球は、パッとまた飛び上がり、綺麗に着地をし直してこっちを見る。それは1匹の鼠だ。


「鼠…?またなんで?」

窓の外を見るメイア。

私はティーカップを置き、手袋をしてからそっと手を差し伸べる。鼠はトコトコと私の手の上に乗っかった。


「彼らは好戦的かつ派手好きでね。群として目立つだけに留まらず、個々でも目立とうとして来るんだ」

鼠は私の手の上で2足で立ち上がり天井を見上げるように胸を張っている。


「へぇ~…見た目は完全に下水道に居る鼠と変わらないけれど、結構可愛いところもあるじゃない」

指で突こうとするメイアをそっと抑える。


「見た目だけはな。小動物特融のクリクリとした目が実にあざとい。ただ、その実態は非常に危険だ」

「どうして?」


「さっきも言っただろう。私の分岐だからだよ。彼らは1匹1匹がそれぞれ何かしらの病魔を運んでいる。群で街に訪れれば、3日も経たずに街は病魔の巣に早変わりだ。それにコイツらは知恵もある。いつも「吸血侯爵・分岐の象徴(マスコット)選手権大会優勝」を企んでるくらいにはね」


そう。今ここに居るのがどんな病運びかはわからないが…少なくとも空気感染はしない病を持った奴を選んで私の元に派遣している。つくづく賢い奴らだ。

「うーん…「吸血侯爵・分岐の象徴(マスコット)選手権大会」がかなり謎なんだけど…」

「それは気にしないでくれ。長生きすると時に迷走する時もある」

「…それで。彼は何をしに窓ガラスを割ってここまで来たの?」


そうだった。それを聞かねば、と鼠の方を見ると不機嫌そうにこちらを見ている。

「あぁ…説明が長すぎて全然相手にされなかったから拗ねてしまった」

「非常にめんどくさいわね貴方の分岐!」


仕方なく、麻袋から乾燥させた果実を取り出して渡すと、一心不乱に齧りつき、全てを食べ終えた頃合いで改めでこちらの方を見てきた。


還元用の魔法陣を展開すると、鼠は進んで魔法陣の上に立って消えていった。


「なるほど…流石だな」


還元と共に、鼠たちが()()()()()()が私の頭の中に流れ込んでくる。


「ようやく分岐の場所がわかった。早速行こう」


▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△


向かった先はサルティーマから北に数千km離れた山岳地帯だ。この地域は標高が高く、夏でも涼しい。また、冬になれば湿った雪がドカンと降るのも特徴的だろう。


まだ季節は秋、雪の心配は少ない。しかし、メイアは少しばかり寒そうだった。

「寒いのは苦手かね?」

「なんていうか…この馬車の隙間風がつらい」


今、我々は高速馬車で進んでいる。日に1000km走っても疲れないと言われる不疲山羊の馬車だ。走っているのは山羊(といっても角の長さも含めれば身の丈3mはある)だが、定義上は馬車と言う。引くのが亀でも馬車なんだからいい加減なものだ。


これは、組合長に旅に出ると言った時に貸してもらった。


日に1000km走れると言っても、馬車も日に1000km走れるわけではない。特にこの山羊は荒地に強い。故に岩の大地でも山の急斜面でも平気で進んでいく。


つまりは…馬車の方が寿命が近付いているのだ。


「ふぅーむ、困ったね!」


もはや、振動吸収の機構が逝かれてしまったようでさっきから尻が痛い。筋肉まで手にした故にこういうのは敏感だ。いや、骨だけの方がきつかったかも?


「なんか、ないの?ほら、魔法で」

「空を飛んで良いなら一気に目的地まではいけるんだがね」

「絶対嫌に決まってるじゃない」

「やっぱりぃ?むぅ…ここは突然馬車を贈ってくれる素敵な人物が現れるのを祈るしかないんじゃないかなぁ」


もう既に馬車はギシギシと崩壊寸前の音を奏でている。仕方なく、一旦山羊を止めようと外を見ると、山羊がけたたましく鳴いた。


見れば黒づくめの集団が馬車を囲んでいるではないか。数は見えるだけで16、全員が皆、どこかで見たような骸骨の面をつけている。



「うっそ、いつの間に!?」

「大した気配遮断だ。私の監視網を潜り抜けるとはね…。私もそろそろ引退かな?」



一旦馬車から外に出る。すると、その集団の中から一人の男が私の前に立った。


「貴様、ここがどこか分かって来ているのか?」

「いやいや、すまないね。山羊にまっすぐ走れとだけ命じていたもんで。そこら変何も考えていないんだ」

「そうか。そいつは運が無かったな。ここは影守の山、普通の旅人なら避ける場所だ。とりあえず…金目のモノを出してもらおうか」


手元の得物をチラつかせながら男は言う。表情は面でわからないが、余裕のある言い方だ。まるで私たちが新婚旅行か何かと勘違いしているようで。


「うーん、困った。今君たちが喜べそうなモノは無いんだよなぁ…実家に帰ればあるんだけど」

「だったらその着てるモノから頂こうか!!!!!」


男はそう言って飛び掛かり、私の身に着けている仮面に手を掛ける。ああ既視感。


触れた瞬間、男は頭を押さえながらゴロゴロと地面を転がり出した。ちょうど傾斜ということもあって、男はそのまま下へ下へと転がって行ってしまった。


「何が起きた…!?」

「ただ者ではないぞ!」



まぁ呪物を身に着ける酔狂な輩がそういるわけもない。対策はできなくて当然だろう。


「…どうするの?少し数が多いけれど。」

メイアが小声で尋ねる。


「せっかく魔力も増えたんだ。少し派手なモノを見せてあげよう」


そう言ってローブの内ポケットから小さめの杖を取り出す。軽く振ると、私の周囲の地面に黒い渦が生じ始める。

「魔術師か!奴に魔法を撃たせるな!」


集団は一斉にこちらに飛び掛かってくる。だが、その行く手を阻む者が渦からは召喚された。


召喚されしは13体の鎧騎士。皆が黒い板金鎧に身を包み、無機質な動きと共に剣や槍を振るう。



「…召喚魔法?」

メイアが少しおっかなそうに尋ねる。

「近いけれど違う。鎧や武器は召喚したけれど、あの動きはほとんど私が操作している。泥人形を動かす土魔法の闇版、といったところだね」

杖を軽く振りながら返事をする。

普段は杖なんかは使わないが、こういう時は便利だ。杖は魔力の動きをわかりやすくするからね。


「簡単に常人離れしたことを言わないで…」



病運ぶ終わりなき群鼠:魔を帯びた溝鼠。個体同士で情報の共有をし合うことができ、個でありながら群である特性を持つ。知能が高いが、非常に淡白な性格であり、仲間が減ることに特に何も感じない。

「でも、火薬を詰めた袋を持たせて突撃させたら怒られたよ。病魔爆弾、とか駄目だった…」


馬車:動物に車輪の付いた籠を引かせればなんでも「馬車」と呼ぶ。動力源に動物ではなく魔術や魔工具を利用した場合、魔車と呼ばれる。

「魔車は便利だけどね。脆い。馬車は頑丈だけれど、引く動物によっては酔う…」

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