後片付けには報酬があるのか
死者848名、重軽症54403名、トクロジムアの歴史の中で戦争を除けば最も悲惨な出来事だろう。
呪われた家族、友人、恋人に殺された者、どうすれば良いかもわからず手をかけてしまった者もいる。
街全体は陰鬱な空気が立ち込めていた。こういう空気だと、悪い虫だって寄り付かない。
それでも、人間は前へと進む。騒動から3日経った今でも、街中は後片付けに追われていた。
そんな中私は、メイアと共に領主の家にいた。
「組合長から話は聞いている。いち早くゾンビ化の原因を解明し、街を覆っていた邪悪な結界の除去し…かなりの働きをしてくれたようじゃないか」
領主は腕を怪我しているのか、三角巾で片腕を支えながら私に話しかけてくる。
「恐れながら、私は組合長殿が言うほどの働きをすることはできませんでした。この街で暮らす者として、守れなかったものが…多すぎます」
片手で顔を覆いながら返事をする。内心では満面の笑みを浮かべているが。
「そんなことはない。確かに多くの犠牲者が出てしまったが…それでも君は多くの民を救ってくれた。私も含めてね」
何故私が領主の館に招かれているのかって?
それを語るには、ちょうどあの悪魔を処理した後くらいまで遡る。
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組合長をソファに寝かせ、受付まで戻るとメイアがカウンターに頬杖をついていた。
「終わったの?」
「あぁ。私のカラスが美味しく頂いたようだ」
肩に留まるヘイトレイヌは不満げに頭をくちばしで突いてくる。
「私の呪いが人間を救うなんて、何が起こるかわからないものだね」
「そうね。もう少し自分に自信を持ったら?」
「私はいつだって自信満々だとも」
「あのぉ…まだ終わってないんですけどねぇ…」
振り返ると、ラーク君が酷く暗い顔をしてこちらを見ていた。
「外の結界はまだ残ったままですし…結局呪いの発生源はわからないし…」
「あぁ、結界か。あれなら街の地脈の歪みを見つけてちょいちょいの、ちょいで」
「もぉ~…そういうならやってくださいってぇ~!!!」
「公共地脈の大きな間欠泉を2~3か所教えてくれれば解決するよ。あ、あとこれいる?」
そういってポケットから布で包んだ何かをラークに渡す。
「え?なん…うぇ!!!!気持ちわる!!!?」
あのカナブン男の死骸である。ヘイトレイヌに吐き出させたものだ。よほど気に入らなかったのか、喜んで対応してくれたよ。
「悪魔だよ。呪いの元凶だ。上に報告するには十分だろう?」
ラークは悪魔の死骸をおそるおそる別の部屋に持っていき、地図を持って帰ってきた。
「…はぁ」
見ると街の地図に何ヵ所か点が打たれてある。
「なるほど。では手早く終わらせるとしよう」
「後で返してくださいね。それと、あの手の刺激的なものは鑑識に渡してください!!!!」
そんなラークの声を聴き流しながら組合所を出る。
既に日は傾き始めており、だいぶ動きやすいようになってきた。
「やっぱり貴方、変わった」
隣を歩くメイアは不思議そうに言う。
「ここまで人間を助けるなんて、昔の貴方なら考えられないわ」
「確かにね。勇者と戦う前までの私なら考えられない行動だ。けれど、そんな変わった自分が案外好きだったりするんだ」
「それはどうして?」
「…私は生物として破綻した存在なんだ。だけど少しずつ真っ当なイキモノになれているような気がするんだ。それがどうも嬉しくてね。」
メイアはわかったようなわかっていないような、微妙な表情をした。
吸血鬼。それはこの世の理から外れてしまった存在。本来存在する筈のなかった種だ。
人間に混ざって生活をする、なんて想像できなかったことだ。もう手にすることはないと思っていた。
それができることが私は非常に嬉しいんだ。
それからは、地図に従って地脈の間欠泉から魔力の流れを読んで、歪みを見つけて取り除いて、と実に魔術師らしい働きをしたわけで。
地図を返しに組合所に戻ると、組合長が起きたようで、既に待ち構えていた。
「いやぁ~!!!とってもスゴイ働きっぷり!いつもこんな感じなの??」
パッと腕を広げ、まるで胸元に飛び込んでくださいと言わんばかしの姿勢を取る組合長。
「いえ、それほどでも。私ほどの魔術師になればこれくらい。…身体の方はもう大丈夫なのですか?」
「うーん、なんか酷い筋肉痛が来そうってことと、ここ数十日の記憶があいまいなことを除けば」
やはり悪魔に操られていた頃の記憶はあいまいなのか、自身も周りも困惑気味だった。
「無理もありません。悪魔に肉体を乗っ取られた影響でかなり無理をしていたようですし」
「優しいんだね~…その言葉に甘えてあと数十日くらい休んじゃおうかな?」
奥にいる組合所の職員を見る。
全員が首を横に振った。
どうやら…やるべき仕事が相当溜まっているようだった。
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そんなこんなで私は、今回の一連の事件を解決に導いた偉大な冒険者と領主に報告されたわけだ。
私も色々手伝わされたものだよ。悪魔に乗っ取られていた証拠を用意しろ、なんて普通の冒険者が言われたら泣き寝入り案件だろう?記憶を可視化する魔術を習得しておいてよかったよ。
尚、当の組合長は悪魔の乗っ取りから解放されたせいか大きく雰囲気を変えてしまったようで、周りからは「ちょっと前の方が仕事ができていた」なんて言われてしまっているようだ。
「というわけでな。領主としても何か褒美を渡したいのだが…何か望むものがあるかね?」
「そういうことでしたら、少し大きな家が欲しいと思っております。今までは宿暮らしだったので…そろそろ腰を据えようかと」
「まことか!それは良い。喜んで用意しよう。何か希望はあるかね?」
「そうですね。少し大きな庭があると嬉しいですね…」
記憶を可視化する魔術:精神系の魔術の一種。脳内に保存されている視覚情報を魔術変換を通じて他者でも見れるようにする。尚、視覚情報のみ利用するため音声等は出すことはできない。
「他人の黒歴史をみんなに暴露する時に便利だからね。自分に使うのは滅多にないことだよ」




