死に場所は観光資源であるのか
現界を果たした私は、周りを見渡す。空を見れば夜。辺りは瓦礫だらけだ。だが、瓦礫の周りにはロープが張られている。看板もいくつか設置されているように見える。
(まさか自分の死に場所が観光地になるとはな)
場所は勇者と戦った最後の場所。燃え尽き、崩れた館のある場所だ。私は丁度、心臓に杭を打たれた場所に立っていた。
正確な場所はトルキョ王国の中心都市オルテマ…から徒歩で1時間弱で行ける森「安霊と霧の森」だ。
肉体はなく、魂だけの状態である。しかし、いくつかの魔法は使えるようだ。つまるところ中級死霊と言ったところだろう。
魔力的に大きな魔術は使えなさそうだ。今使えるのは…念動力と念話、魔力とは無縁の呪術の類…
自分の現状は確認できた。となれば、まずは情報収集だ。
崩れた瓦礫と巧妙な魔術迷彩のお陰で運良く誰にも見つからなかった隠し扉を開く。扉を開くと、地下に続く階段があり、ひんやりとした空気に包まれたワインセラーが広がっている。
(ふふ…誰にも見つからずに今も残るこの年代物のワインの数々…素晴らしい。あぁ…この身体でなければ今頃祝杯を…)
と、悔やんでいても仕方あるまい。
私はひとまずワインセラーを後にし、奥の両開き扉へ向かった。
中級死霊となった今の私ならば、ドアなど開けずとも通り抜けることは可能だ。
勿論、吸血鬼であっても霧と貸せば隙間を通ることができる。
だが、私はその方法を好まない。紳士たるもの、ドアを開ける前にノックくらいする。
何せ中には私の友人がいるのだから。
念動力で浮かせた石を使って3回ノックをすると、両開き扉はギギギッと音を立てて開いた。
「ノックの音はするが、そこに姿はない。これは誰の悪戯だろうか?」
しゃがれた声が部屋に響く
『あぁ、すまない。肉体はもうないんだ。久しぶりの再会なのに、こんな姿ですまないね』
肉体が無ければ勿論声帯も無い。声は出せないので、念話を用いて会話を試みる。
「む、念話?これは…公爵殿か?すまんな。ここは悪戯好きな炎の霊で騒がしくてな。てっきりまた奴等の悪戯かと思わなんだ」
部屋の中心で胡座をかくのは、腐敗する黒き守護者。
身の丈5mはある巨人の魔物。身体のほとんどは黒く腐敗しており、顔の肉は多くが削げ落ちている。ただ、衣服だけは綺麗なものを纏っているがそれもだいぶ長い間着ているのか、よれている。
そんな彼だが、ただ巨大な死霊系魔物、というわけではない。吐く息は全てを腐敗させる。腐敗耐性のない者がこの部屋に入れば瞬く間に身を滅ぼすだろう。
つまり最強の門番であり、最上級の死霊系魔物だ。
周りには悪戯好きな炎の霊が飛び回り、部屋をぼんやりと照らしていた。
『気にしないでくれ。』
「いやはや、公爵殿。まさか肉体を失うとは…こんなことならば私も勇者との戦い、助太刀するべきであったな」
『いや、私は望んで1人で戦ったのだよ。君は気にしなくていい。君には君の仕事を与えてあるからね。
ところで今は、あれから何年経った?』
冥界と現世で時間差がどれくらいあるかわからない(冥王神は何故か申し訳なさそうな顔で何も言わなかった)。ましてや私が死んでから冥界で意識を取り戻すまでどれだけの時間がかかったかもわからない。それ故の質問だった。
ドラウグルはそれを聞くと、周りの炎の霊達に声をかけ始めた。
しばらくして、ドラウグルは一回頷き、私にこう言った。
「すまなんだ。わからない。ここは光通さぬ空間、灯といえば炎の霊のそれだけでな。
彼奴等に聞いても「わかんない」の一点張りよ」
『ふぅむ…それもそうか。ここには時計すら置いてないのだからな。
だからと言ってこの身体では人里にも降りれない。困ったものだ」
死霊系の魔物は光を嫌う。朝日を浴びれば滅びる輩ばかりだ。かく言う吸血鬼とて、太陽には嫌われているくらいだ。
ましてや吸血鬼の怨霊など、太陽の光など浴びれば数秒も経たずに消えてしまうだろう。
「ならば、我が影に潜んでみては?我が肉体は太陽の光などでは早々滅びまい。さすれば、人里までお連れすることも可能であろう」
『ははは、君もなかなか面白いことを言うな。人里に君が降りたらそれこそ人里が壊滅する。それに、我が友人よ。君をそう簡単に手放せるほど私は愚かではないのだよ』
しかし、影に隠れる、それは名案だ。
『知り合いに連絡を取ってみるか。こっちに来てもらおう』
「公爵殿に森を抜けて来れるような知り合いが?」
恐らく彼も、外は危険な森が広がっていると思っているのだろう。少なくとも私が生きていた頃は、この周辺の森は魔物が蔓延っていた。毒霧を吐く蛇や、足の腱だけを切りに来る虫なんかが良い例だろう。
『あぁ。多少はね』
まぁそんなことは置いておいて、今回一番重要な物を確認すべくドラウグルの後ろにある扉を開けた。この扉こそ、ドラウグルに守りを命じたものである。
『勇者の攻撃で地下に被害が出ていたらどうしようかと心配だったが…無事で何より』
そこには今までため込んだ宝の山、を詰め込んだ一つの袋が丁寧に置かれていた。
袋の名を「満腹知らずの麻袋」
巷で売れば金貨どころか白金貨でも出さないと買えない様な代物だ。おそらく私のように個人で持っている者など世界に10人といまい。
袋の中は無尽蔵に広がる別次元、中身は持ち主しかわからない。そんな袋をなんで持っているかって…どこかの国の王様が贈り物として渡してきたのさ。そう、渡してきたんだよ。別に暗示の魔法を付与されていた王様ってわけではないんだよ。そう。もしかしたら私が掛けていたかもしれないけど。
さっそく袋の中に手を入れる。中には金銀財宝は勿論、魔宝具、貴重な薬もある。
『魔力回復薬も残っていたか。肉体があれば使えたが…と、これだ』
袋の中から引っ張り出したのは世にも貴重な魔導遠距離対話具。今の私の唯一できる会話、念話の遠距離版だ。これがあれば世界の果てとも繋がれる。
『後は彼女が私に応えるのを願うのみか』
自身の魔力じゃ足りないので、ドラウグルに頼んで魔力を回してもらう。魔力が流れると対話具は、ポッと光った。
『動く。助かった。魔工具の類は不慣れでね。ちゃんと動かなかったら大変だったよ』
「そうか…しかし公爵殿よ。繋げられるのか?その知り合いとやらに」
『勿論、早速始めよう。
…やぁ悪夢使い、君は今どこにいる?私の声が聞こえるならば、直ぐに応えたまえ。いや、お色直しの時間くらいなら与えてあげるが…?』
すると、しばらくしてこんな言葉が返ってきた。
「うるさい!!!!貴方死んだんじゃなかったの?まさか冥界から連絡してきてるんじゃないでしょうね!?」
『ははははは、察しがいいなメイア。しかし惜しい。私は今、友人と空飛ぶ炎を眺めながら君のその美しい声を聞いているところだよ』
「へぇ、それじゃ冥界から蘇ったっていうの?しぶとい人ね。まるで部屋に出る黒い虫みたい」
『ほほう。それはなかなか見事な例えだ。しかし残念だが、彼らのような嫌悪感が私にあるかね?答えはもちろん、無いだ。何故なら私が紳士的で、非常に清潔感のある男だからであってだな。それはもちろん君も知っているだろう。思い返せばまだ私が君と出会ってばかりのころ、君はまだ赤いドレスを着るのに抵抗のある生娘だったわけだが…』
「あ、そう。言いたいことはそれだけかしら?もう切るわ」
そう。この対話具は長距離にいる相手と念話ができる一方で相手から念話の接続を切れるのだ。私としたことが、昔話で彼女の機嫌を損ねようとしているのだ。危ない。いや、まずい。
『待ってくれ!昔のことはいい、ただ今、私は2度目の人生を歩んでいるのだがね、早速危機に陥っているのだよ。君にしか頼めないことがあるんだ。君が唯一私を救えるのだよ』
その言葉に「えっ?」と声を上げるメイア。この調子ならいける。昔もそうだった。
つい不敵な笑みを浮かべてしまう。いやこの姿が誰にも見られないというのだから、肉体がないのも悪くないか?
『君の力が必要だ。もし上手く行けば…確か君はロサンヌ産のワインが好みだったね。運良く火の手を避けた20年モノの贈ろう。決して枯れぬ純血の花と共に』
「し、仕方ないわ。話だけ聞いてあげる。それからよ。勘違いしないで。美味しいワインが欲しいだけだから」
『そうか。ありがとう。助かる。
それじゃぁまずは質問だ。私が死んでから幾年経ってる?』
「あら?そんなことも知らなかったの?貴方がいつ死んだかなんてこれっぽっちも知らないけど…勇者が吸血公爵を始末したって話は…20年前くらいだったかしら。新聞で見て私結構驚いたんだから。」
『そんなにか!!?』
「ホント、なんだってこんな長い年月が経って平然と念話なんか送ってこれたわね」
『くそう、予想外にも程がある!私の体感では死んでからひと月も経っていないというのに…』
想定外だ…となると…私の囲っていた美女たちも今じゃ40やそこら…私の許容限界を確実に超えている!あの子も…あの店の子も…きっと肉が弛んでほうれい線がくっきりしてるんだ…あぁ…人間はどうしてこうも老いが早い!
いや、美女だけじゃない!!!ワインもだ!20年も経ってるんじゃもはや味のピークなんかとっくに過ぎてるぞ…?20年ものどころか40年ものになってる!それこそ博打だ!!こんなところで運勝負をやってる場合じゃないぞ!?
あぁ、なんてこった!急に人生のやる気が無くなってきた!!
「そ、その、貴方が今考えていることは大体わかるわ。普通の人間じゃ歳をとってしまうもの。貴方の周りにいた美女なんておばさんでしょうね。
でも!私は!私は違うんだから!!」
『む、夢魔と人間の混血…だものな…』
「だから…」
『そうだ!だから君に頼んだのだ!今からでもこちらに来てくれないか!?」
「え!?急に!?」
『あぁ、君ならば来れる筈だ!場所はトルキョ王国の中心都市オルテマの近く、安霊と霧の森だ。現地住民にでも聞けば必ずわかる。どうせ今じゃ「吸血鬼討伐の地」とかいって観光材料にされてるだろうからな!』
こうなったら少しでも肉体再生の手を考えなければ…
私はそう思い対話具による念話を終了した。
最後に「人使いが荒い!!」などと悲痛の声が聞こえた気がしたが、気のせいだろう。
念話:音を使わず他者と意思疎通を取れる魔術の1つ。念話の可能な範囲は一般的に1㎞が限度とされている。
「1㎞が限度?私ならば5㎞先くらいまで可能だね。自慢だがね…私は一晩に集合住宅の女性全員と会話できるくらいには念話が得意なんだ」
念動力:物体浮遊の魔術。日常生活から工業魔術まで幅広い分野で使われる魔術の基礎の一つ。
「私にとって物体浮遊の魔術など左手でブラのホックを外す程度の労力なのでね。いちいちこの程度で魔術と言っていたらキリがないだろう?だから念動力と呼ぶのさ」