街に集うのは必然か
『…この街に?』
ヘイトレイヌを回収し、組合所に帰ると直ぐにラークに呼び止められた。
「そうなんですって。あ、あくまで内密にお願いしますよ?あんまり大事にしたら自分の首が飛んじゃうんで。」
ラークは先の私の報告書を纏めながら言う。
『しかし…大蛇に正体不明の危険魔物…か』
「はい。どちらも明確な情報は得られないんですが、間違いなくこちらの街に向かって進んでいることは確かです。それで…その…組合長がですね…」
口を濁らせるラーク。
『ふぅむ…大体わかった。次は私が行けば良いのだね』
「え、受けてくれるんですか?正直、銅級の冒険者が受けるような依頼じゃないんですけど」
君は仕事を真面目にやる気はないのか?と言いたいのを堪えて答える。
『そりゃぁ、組合長が直々に私に話を持ち掛けて来たってことだろう?受けないわけにはいかないさ』
私がそういうと、ラークは「これで金級に依頼しないで済む」なんて小声で言いながら依頼書の準備を始めていた。
『…ところでその組合長は?』
「 …あぁ、組合長なら急用ができて部屋に籠りっきりですね。なんか、数日以内に仕上げなきゃいけないものがあるとかで」
『そうか。せっかくならお礼のひとつでも言っておきたかったんだがね』
「お礼を言いたくなるくらい受けたいんですか!?相変わらず変わった人だなぁ!」
それから、暫定的な依頼の報酬を受け取り、次の依頼の概要の書かれた書類を手渡された。
「烏に関しては完全に姿が消滅したことを確認取れ次第、追加で報酬が出るそうです。それとこっちが次の依頼書です」
そういって書類を受け取ると、ラークは思い出したかのように尋ねてくる。
「でも…本当に大丈夫ですか?正直な話、既に死人が出ています。生半可な覚悟じゃ死人を増やすだけになります。それでも…」
神妙な顔のラークに対して私は言う。
『構わないさ。多分なんとかなる』
「そうよ。最悪私が始末すれば良いでしょう?」
急に後ろから話しかけられ、振り向くとメイアが立っていた。
「探したわよ」
『おや、そっちの依頼は終わったのかね?』
「貴方が依頼を受けると聞いて急いで終わらしてきたの!」
ジトっとした目でこちらを眺めるラーク。
『ん、あー。というわけでラーク君。引き続き何か情報があれば私に伝えてくれたまえ!』
メイアの手を引っ張って急いでその場を去る。あの男、間違いなくモテないことを僻んでいる!危険だ!!
「ちょっと、どうしたの?」
『モテない男の呪いでも食らいそうだったのでね』
組合所を出て、ベンチに腰を下ろす。メイアが隣に座る。ひとまず依頼書を確認していると、メイアが言う。
「なんか、まるで貴方の為の依頼みたいね」
『この依頼書は組合長が作成している。となれば、当然だろう。彼女も、これが私の追っている獲物だと分かったみたいだしね』
「というと?」
『この2体の魔物も、私の分岐の筈だ』
「2体も?」
『そう。さっき1柱回収できたんだ』
そう言って、召喚陣を宙に描く。直ぐに小柄な烏が姿を見せる。ほとんどの魂と魔力を私が吸収したからか、ようやく普通の烏の大きさだ。
『紹介するよ。彼はヘイトレイヌ。私の愛玩鳥だ』
ヘイトレイヌは私の肩に留まる。そしてカー、と鳴いたと思えば私の頭を突き始めた。
『あぁ、さっきは悪かったよ!感謝しているとも』
「これが…貴方の分岐…?」
『今となっては元、が正しいがね。分岐というのは結局、それぞれが私の魂の受け皿なのだよ。元々は私と所縁の深い魔物や動物たちさ』
「じゃぁ…この依頼書にある蛇と…正体不明の魔物、も?」
依頼書を見ると「蛇は姿が突然消えたりし、進んだ道は毒の沼に姿を変えている」と書かれていた。正体不明の魔物の方には一言「見た者は全員精神が崩壊した」とだけ。
『蛇は間違いないだろう。姿が突然消えたりするような大蛇で、進んだ道は毒の沼に変わるなんて思い当たる節しかない』
「正体不明の魔物ってのは?」
見た者は精神が崩壊する…つまり、よっぽど恐ろしい外見をしているか精神汚染の魔術を常に放つ輩がいるか、私の分岐かといったところだろう。
『恐ろしい外見の奴なら1柱いるよ。本当に…彼は…恐ろしい。いや、悍ましい』
「貴方がそう言うって相当ね。で?どっちから会いに行くの?」
『近場からにしよう。となると…こっちの正体不明の魔物の方だな』
▽△▽△▽△▽△▽△
既に日が沈んだ頃合いに、我々はトクロジムア記念公園に居た。聞けば、トクロジムアの領主が15代目を継いだ際に記念で作られた森林公園だそうで。今もシカ狩りやら雉狩りの舞台として利用されているそうだ。
木々は茂っているが、それなりに整備されている為に歩きやすい。
そんな場所を歩いていると、カサカサカサ…と、足元を何かが通り過ぎた。
「ひぇぇ!!?」
メイアが声を上げる。
「ちょ、ちょっと、今のってアレよね…?部屋に出る黒い虫よね…?」
『あぁ…やっぱりかぁ…奴か…』
「何1人で納得してるのよ!」
『メイア、君は虫は苦手かね?』
「普通の虫はともかく、あの虫は嫌悪感を覚えるわ。触角がヤダ。あと大きさの割に動きが速いのもヤダ」
『だとすると…君は帰った方が良いかもしれない』
「ねぇ、その言い方だと…貴方の分岐って…」
『大正解だ。部屋に出る黒い虫に近い魔物、ゴッズ・ロルチの超絶変異個体なんだ』
口をポカンと開けてこちらを見るメイア。
「貴方…趣味の悪さは知っていたけどそこまで…!?超絶変異個体って何!?」
『うーん、そうだな。身の丈1.8mの人語を話し服を着たゴッズ・ロルチだと思ってくれたまえ』
「ヤバい、最高に意味が分からない」
『付け加えるなら、自分を貴族だと思っている。位は男爵』
「あぁ、もうやっぱ帰る!最悪!意味わかんない!!」
騒ぎながら帰ろうとするメイア。
『うん。それが得策かもしれないが…帰り道に出くわしたりしないでくれよ』
「そうですなぁ。夜道を女性1人で帰らせるのは危険です。ここは私が付き添いましょう」
「『え?』」
メイアが振り返ろうとする。急いで手でメイアの目を覆う。
「ちょっ!まさか!!!」
『あぁ、メイア…しばらく目を閉じていなさい。好奇心で目を開けると、精神崩壊するぞ』
コクコクと頷き、スカーフで目隠しをして近くの木々に後ろを向いて腰を下ろすメイア。それを確認して暗闇に問いかける。
『男爵殿…もう少し、配慮してくれないかね?』
すると、木々の間から声の主が姿を見せる。
「いや、申し訳ない。麗しき貴婦人を守るのは貴族の役目、つい挨拶よりも先に出てしまいました」
姿を見せるのは燕尾服に身を包み、2本足で立つ大きい「部屋に出る黒い虫」だ。
私の前に出ると、4本の腕を器用に折り曲げて恭しく頭を下げる。今更だが、2本足で立って歩く昆虫って何なんだコイツ。
「この度、この不肖クリス・レガート、公爵殿の助けになるべく参りました」
相変わらず良い声である。そして、滑らかにスラスラと流れる言葉の旋律は、宛ら詩の朗読の様だ。声だけなら多くの女性を虜にできることだろう…
『あぁ…男爵よ。よく来てくれた』
「いえ、これくらいちょっと飛べば直ぐ来れましたとも。ただ…ここら辺は些か湿度が低いせいで羽が機能しないのでこんな遅くなってしまって…」
『いや、下手に街に来られたらもっと大惨事になっていたことだし…ここで十分だとも。しかし…よく私の居場所がわかったな』
男爵は、誇らしげに答える。
「我ら分岐を支えるのは、元はと言えば、公爵殿の魂に他ありません。わかって当然です」
そう、彼こそが7つの厄災の1つ「恐怖」なのだ。見た者を恐れさせ心を壊す者だ。見た目だけならば、ただちょっと気色悪…恐ろしいだけだが、コレに厄災の力が加われば大抵の生き物の心は壊せる。
まぁ、一番恐ろしいのは彼が自分が男爵だと信じてやまない事だろう。
私が感心していると、男爵は続けるようにこう言った。
「…と言いたいところですが、正直、「病運ぶ終わりなき群鼠」の情報が無ければたどり着けなかったでしょう」
『病運ぶ終わりなき群鼠?彼らももう来ているのか?』
「おや?まだお会いになっていない?」
『会っていないね』
ここまで会話をしたところで、メイアが叫ぶ。
「ちょっと!いい加減終わらせてくれない!??」
「ところで彼女は何故目隠しを?」
『君の外見を見ないためだよ』
「それは…!少し傷つきます」
わざとらしい反応をする男爵。
『まぁそう言わないでくれ。彼女は大切な存在なんだ。そろそろ回収させてもらっても?』
悲しむ(ふりをしている)男爵にこっそり言う。すると、男爵は「なるほど」と呟きこう言った。
「そういう事ならば、致し方ありません!このクリス・レガート…改め恐怖を纏う迅速の黒虫、貴方の力として戻りましょう」
『感謝するよ、男爵殿』
相も変わらず、この男(?)は女性絡みになると仕事が早い。
召喚陣を展開する。男爵は素晴らしく綺麗な礼をしながら吸い込まれていく。恐怖を纏う迅速の黒虫が還元される。魔力が私の元に帰ってくる。
『メイア、もう大丈夫だよ』
恐る恐るメイアが目隠しを外す。
「はぁ…なんもしていないのに疲れた…」
『すまないね。こんな事に付き合わせてしまって』
「まぁ…私から行くって言った事だから良いんだけどさ」
座ったままのメイアに手を差し伸べる。メイアがその手を取ろうとする。その時だった。
ローブの裾から何かが這い出てくる。
これは、黒い虫だ。
メイアの悲鳴が夜の森に響き渡った。
ゴッズ・ロルチ:昆虫系魔物の一種。基本的な外見はデカい部屋に出る黒い虫。体長は大きい物で2m。尚、超絶変異個体の恐怖を纏う迅速の黒虫は「私はあと5回の変身…いえ変態を残しています。おっと、そんなイヤラシイものじゃないですよ」とのこと。
「彼は恐怖の象徴だ。私とて、第3形態までしか見たことは無いが…正直最終形態は惑星を恐怖させるくらいにはなるんじゃないか?知らないけど。」




