その烏は何を歌うのか
「いや~、やっぱりやればできるじゃないですか!狼喰虫を4人で討伐だなんて…」
『いや、私は何もしていないさ。なにせ銅級冒険者だからね』
笑顔のラーク。
「それで、次はいつ受けてくれるんですかねぇ??????」
表情は変わらない。
『何を言っているんだね。まだあの依頼を受けてか10日間も経っていないじゃないか。組合からの報酬も、まだ残っている。受けるには適さない状況だと思うがね』
「そうは言ってもですよ!普通の冒険者はもっと命削って依頼を受けるんです!だから周りから反感買うんですよ!」
確かに、普通はもっと頻繁に依頼を受けるのが冒険者だ。というのも…冒険者は出費が激しい。強い魔物を戦えば、装備はそれだけ消耗する。依頼が成功しても、使用した消耗品の補給、装備の整備、宿代、そういったところにお金を使えば手元に残るのはごくわずか。貯金なんかできるわけもない。
その点、私は装備こそ良いモノだが消耗するものは少ない。魔力だって一晩ゆっくりすれば大方回復する。だから、金に困ることは無いに等しい。
…というのも。嗜好品の類や食事、そういったものはこの身体じゃできないからな。使う宛など無くて当然なのだ。
『ふははは、優雅な私に憧れを持つのは仕方ないことだね』
そんな毎日の爽やかな談笑を過ごしていると、組合のドアが勢いよく開いた。
「治療を頼む!!!急いでくれ!!!!」
見れば男が2人の冒険者に運ばれてきていた。
組合の中が慌ただしくなる。組合の治療師(治療を専門とした魔術師の職種のひとつ)が患者の容態を確認する。
「これは…呪いか…?」
「あぁ。魔物に呪われたみたいだ」
ん?呪い…?
「しかし…呪いと来たか…すまん、解呪師を探す必要があるかもしれない」
『待ちたまえ。その話、詳しく聞かせてくれないかな?呪いに関しては恐らく、この街一番の自身がある』
組合中の視線が私に向かう。
「あんたは…確か…成金冒険者の…」
『誰だそんな失礼な名前を用意したのは』
「気にするな!それよりもできるなら早く頼む」
成金冒険者とは失礼な話だ。少し良い服を着ているからそう呼ばれるのであれば、明日から襤褸でも纏ってやろうか?
とりあえず患者の容態を確認する。呪いというのは繊細なモノである時もある。下手に他者が関与すると状況を悪化させることすらある。呪いを解くために関わったら自分も呪われた、なんて事例も無いわけではない。
まずは、誰が何を目的で呪ったかを確かめる必要があるが…魔物に呪われたと言っていたな。
『すまないが、まずはこうなった経緯を聞きたい。それ次第で解呪の方法が変わってくる』
「え、あぁ、俺たちはある魔物を追っていてな。最近こちらの方に近づいてきた「呪いを呼ぶ烏」ってのだ。俺たち3人は調査員として派遣された」
『呪いを呼ぶ烏…か。そんな呼び方が』
首をかしげる冒険者。
『いや、続けてくれ』
「あぁ。それで、ひとまず相手の潜伏する場所までは絞り込んで、後は位置情報発信魔工具を取り付ければ俺たちの依頼は終わるはずだったんだ」
『それで…』
「だから…手分けして探していたら…遠くでカラスの鳴き声がして…行ってみたら彼だけが倒れていたんだ…」
『なるほど』
それも踏まえて、呪われた冒険者の様子を確認する。そして確信する。
『ラーク君。急いで組合から依頼を出したまえ。その呪いを呼ぶ烏の討伐、私1人で請け負うとしよう』
「はぁ!!!?」
『よく言っているだろう?鳴き声だけで人を呪う烏の依頼なんかがあれば受けたい、と』
「いや、でも…うちの組合には来ていない依頼だし…多分それってトルキョ側からの依頼ですよね…?」
すると、裏から組合長が出てきて言う。
「それなら私が何とかしておこう。事後報告でも問題ないさ」
「え、組合長!?」
チラリと組合長の方を見る。ニコリと笑う組合長。
『では、そういうことだ。詳しい情報を』
「いや、待て、先に呪いを解いて…」
『呪いを解くために行くのだよ。それ以外で解くのは難しい。何せ、呪っているのが自分自身なのだからね』
沈黙が生まれる。誰しもが状況に困惑する。
「それは…どういうことだ…?」
『言葉の通りさ。今呪いで苦しむ彼は、自分自身を呪っているのだよ。勿論、その過程には呪うよう仕向けた相手がいる。その相手をなんとかすれば自分を呪うという行為をやめるきっかけになる。それだけさ』
「なんでそんなに詳しいんだ…?」
『昔、似たようなことがあった、とだけ言っておくよ。それよりも早くした方がいい。自分で呪っているにしても呪いは呪いだ。長く呪えば死ぬ。相手の居場所だけ教えてくれ。後は何とかする』
「わ、わかった。奴はノルマヤ公有森林に今いる。しかし…あそこは…」
「はい、ジョン君。組合からの国境横断の権利書だ。これがあれば国境警備隊に捕まることもない」
『流石は組合長殿ですなぁ!』
ポカンと口を開ける冒険者。
「準備が…良いんだな…」
「うちのギルドは準備の良さが売りですから!」
こればっかしは私も初めて聞いたよ。
▽△▽△▽△▽△
ノルマヤ公有森林は、トクロジムアの南側…つまりサルティーマとトルキョの国境に位置する場所にある森林だ。場所としてはトルキョの所有物となっており、サルティーマにいる我々は今回みたいに組合からの許可証なんかが無ければ行くのは難しい。
国境警備隊に組合からの許可証を見せて、森へと入る。この森は規模こそ大きいけれど、そこまで鬱蒼としていない。木漏れ日は足元を照らし、小鳥の鳴き声なんかも聞こえる喉かな森だ。
しばらく森を進むと、獣の呻き声が聞こえてきた。近づいてみると森林獅子の類が腹を天に向けて転がっている。
『ふははは、獅子とて呪いの前では無力か』
それからも、獅子に限らず草食動物や、小動物と進むにつれて苦しむ姿が増えていく。そして。
『ここからが本番だな』
草木の色合いが一気に変わる場所があった。鮮やかな緑色の木々は無く、くすんだ色の葉をつけた木々が並んでいる。どれもこれも、どこかしおらしい。遠くからカラスの鳴き声が聞こえる。
一歩足を踏み入れれば、感じる。
この感覚は。
まぎれもなく、自分と同じものだ。
『さぁ、再開の時だ。我が愛玩鳥よ。憎悪を連ねる漆黒の烏よ!!!』
進めば進むほど、その鳴き声は大きくなる。しかし、私が呪いに苦しむことはない。
そもそも、呪いとは「何かを思う力」という精神の力であり、それを媒体に行う術こそ呪術だ。
呪術に繋がる力とは何も「憎悪」だけのことではない。誰かを応援する気持ち、誰かを思いやる優しさ、それらだって一種の呪いなのだ。
そして、今回のお騒がせな烏はその「何かを思う力」を極端に肥大化させる力を持っている。つまり、この鳴き声を聞いた者は無条件で何かしらの感情が肥大化すると言っても良い。、
知性があればある程、これは効く。
有り余る感情は、どこかにぶつけたいと考えだす。あれやこれやと思案する。しかし、こればっかりは不思議なことなのだが…あの鳥の鳴き声は自然と自分を恨むようになるそうだ。
有り余る感情の矛先は、何故か自分に向けたくなるそうだ。そして、自分に呪いをかけるのだ。
かく言う私は…既に呪われている。遥か昔にたっぷりと。そして今もなお。
苦しみは充分味わっている。しかし今更苦しめる程、呪いの苦痛は新鮮ではない。
そんな昔のことに思いを馳せたりしていると、一気に開けた所に出た。
1本の巨木を中心に、木々は枯れ果てている。そして、巨木の太い枝には黒い鳥が止まっている。大きさだけで見れば雉の様に感じるが、色は真っ黒だしカーカーと鳴いている。カラスにしては大きいが、この間見た狼喰虫と比べれば小さいモノだ。
『久しぶりだね。ヘイトレイヌ。少し大きくなったんじゃないか?』
ヘイトレイヌはこちらをジッと見る。そして2,3回「カー!」と鳴いて私の傍に飛び降りた。
勿論、人語なんか喋ったりはしない。烏だからね。しかし、意思疎通は少しは取れる。
なにせ、彼こそが私の分岐の1柱。7つの厄災の1つ「呪い」なのだから。
『まぁ、要件は分かってるんじゃないか?迎えに来たよ』
カー、と返事が返ってくる。「迎えに来たのはこちらの方だ」と言っている様だった。
『それもそうか。助かった。長い間、待ってくれてありがとう。私のもとでしばらく休むと良い』
クー、とこちらに近づき、頭をこすりつける。昔は肩に留まれるくらいの大きさだった気がするんだがね。ずいぶん大きくなって…
その頭をポンポンとさすると、ヘイトレイヌは羽を羽ばたかせた。
『何、心配はいらない。直ぐにまた召喚することになるだろう。少し急ぎ足な再開になってしまったが、許してくれよ。何かが近づいてる』
魔法陣が地を多い、ヘイトレイヌは濁った光に飲まれていく。同時に、「カァ!」とひときわ大きな声で鳴く。まるで「もう少し言う事あるだろ。覚えてろよ?」と言っている様だった。
ヘイトレイヌが有する魔力が我が肉体に戻っていく。それを媒体に、再び肉体を構成させていく。
これでどこまで戻れるか…
森林獅子:生体は一般的なライオンに近いが、雄も雌も鬣を持ち、基本群れを作らない。鋭い爪と鋭い牙は武器や装飾品に利用されることも多く密猟が横行しているが返り討ちに遭う事が多い。戦う際は、近接戦闘は避けて遠距離からの攻撃を推奨される。
「普通の森林獅子は問題ない。ただ、北の大地にいる魔獣と化した森林獅子は絶対に遭遇してはいけないよ。アイツ、岩投げるんだぜ」