冒険者は実力至上主義なのか
翌日、集合場所に1人で行くと既にガッデム達がいた。
「よぉ、逃げずに来れたみたいだな」
『ふははははは、逃げずに、なんてまるでこの後決闘でもするみたいじゃないか』
馬車に乗り込み、ハルトボウ森林に向かって進む。御者はガッデムの仲間(フックと言うらしい)が務めていた。
「改めて自己紹介だ。俺が銀級冒険者のガッデム。主な武器は重槌だ。んで、こっちが罠士
兼、宝探士の銅級冒険者のダイ。御者をやってんのが銅級冒険者のフックだ」
「宜しくっス。あっしは投擲具くらいしか扱えないので、援護くらいしかできませんのであしからず」
とダイが。
「俺は短剣使いだ。まぁ、邪魔だけはするなよ」
とフックが。
『私はジョン・デューク。銅級冒険者の魔術師だが…あまり冒険の経験は無くてね。せいぜい足を引っ張らないよう努力するよ』
軽い自己紹介を終えると、ガッデムは言った。
「そんじゃ全員の武器もわかったし、どう動くか決めるか」
『動き方も何も、魔猪の生態的に群れを成すような獲物ではない。手分けして探すのが一番ではないかね?』
こんなむさ苦しい連中と長く一緒にいる気はない。早々に終わらせたいなりの提案だった。
「まぁお前の言い分はわかる。ハルトボウ自体そう大きな森じゃねぇしな」
ガッデムは顎に手を当てて考えるような仕草を見せる。それから、こう言った。
「それなら、こういうのはどうだ?どちらが多く先に狩れるかの競争なんてのは」
競争、と来たか。
『私は1人しかいないんだがね?真っ当な勝負とは思えないが…』
「勿論、俺たちも分かれて行動するさ。昨日も言っただろう?俺たちはお前の実力が見たいだけさ」
まったく、なんだって彼らは私の実力を量りたがるのかね。組合から金でも貰っているのか?
しかし、実力か。私自身、骨だけの身。冒険者として動けるかどうかよくわかっていないのが現状だ。そもそも情報収集の為に冒険者になったわけで。
などとひとしきり考え込んでいるとガッデムが言う。
「どうするんだ?」
仕方なく答える。
『なるほど。そういうことなら、そうしようじゃないか』
・・・・・・・・
目的地に到着し、馬車を降りる。森の入り口の傍の観測所に馬車を置き、早速森へ入る。手続きなんかはガッデムが観測所に依頼書を出すだけで終わった。
「ひとまず日が暮れる頃にここに集合としよう。それまでに6頭狩れなければ、明日へ持ち越しだな」
ガッデムはそう言って、私に手のひらサイズの魔工具を渡してきた。
『これは?』
「位置情報発信魔工具だ。森は広くないにしろ、仲間の位置は把握しておいた方が良いだろう?何かあった時に駆けつけられるようにな」
ガッデムはそう言って、他の仲間たちにも魔工具を渡す。
「それじゃ、依頼を終わらせようぜ」
ぞろぞろと森の中に入っていく冒険者たち。
一人取り残された私は、うむむと唸った。
猪狩りなんて数百年ぶりの経験だ。これから森の中を散策し、獲物の痕跡を探すのかと思うとため息が出る。猪の方から来てくれることなのだが。
、
魔工具はローブの小物入れに入れ、ひとまず隠密の魔術で姿を隠す。相手は野生動物の類だ。人の気配には敏感な相手を探すなら、なるべく気配は消した方が良い。
森を少し歩くが、痕跡らしい痕跡はない。本当にこの森に数を減らさなきゃ不味いくらい猪がいるのか?探知魔法を使おうにも、この森の中じゃ明確な情報は手に入らないだろう。魔猪以外にも魔物はいる。今の私じゃそんな精度の良い探知はできないのが現状だし。
ひとしきり歩いて、木陰に腰を下ろす。この身体の良いところは、喉の渇きや空腹といった概念が無い事だ。もし、普通の肉体であれば今頃冷たい水でも飲みたかった頃合いだろう。
太陽はもう少しで完全に頭上に上がる。しかし、まだ焦るほどの事ではない。そもそも、狩りというのはこういうものだ。森を歩けがピョンと獲物が出るようなことは貴族の遊びくらいでしか起きない。(あれは獲物を追い立てる者がいてこそ成立することであって…)
ひとまず隠密の魔法を解き、魔力消費を抑える。これからは別の方法で獲物を探すか、と思った時だった。
ガサゴソ、と後ろの茂みが揺れる音がする。パッと振り向くと、2本の尖った牙を携えた猪が顔を出していた。
『ほぉ…これは好都合な』
猪は警戒するようにこちらを向いたまま動かない。こちらの出方を伺っているのだろう。
しかし、相手が悪い。剣士のように間合いを詰める必要は私には無いのだからね。
即座に魔術を展開する。メイアが食べるであろう肉の部位を考えると、あんまり派手なことはできない。土属性魔法を用いて、相手の足元を一気に沼のように変える。突然の地面の変化に慌てる猪。だが、もがけばもがく程身体は地面に沈んでいく。
やがて身体が沈み、呼吸をしようと付きだした頭だけが見えるようになる。それを見届け、とどめを刺す為にローブの中から短剣を取り出し喉元に向かって投げる。
絶命した猪を地面から引きずり出し(勿論念動力だとも。筋肉は無いんだ)、ついでに近くの太い木に頭を下にして吊るす。傷口から血がトクトクと流れ落ち、地面に染み込んでいく。おっと、こういうところに血肉をばら撒くのはまずかったっけ?
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「どうだ?奴の居場所は」
「こりゃ驚きましたよ。位置情報発信魔工具が無かったら絶対位置なんか掴めない」
「隠密の魔法って気配を消すとかそういうのじゃないのか?」
「気配どころか、姿そのものが見えなくなってる」
「まぁいい。位置だけでもわかれば問題ないさ。ダイ!首尾はどうだ?」
「へぇ、こっちは上手く行ってますぜ!続々と集まってきやがった!」
ガッデムはニヤリと笑う。
「そんじゃ、作戦開始だ!」
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一通り血抜きを終え、内臓を取り出し洗浄を行う。こういう時、魔法は便利だ。近くに水源が無くとも、魔法を使えば瞬時に水を用意できる(少し疲れるけど)
そんな肉の下処理をしている時だった。
再び近くの茂みが揺れ、魔猪が姿を見せるのだ。
『なんでだ?同族の血の臭い漂えば寧ろ逃げるのが生き物ではないのかね?』
相手の出方を伺うように身構えると、魔猪は容赦なく突進してくる。
『仇討ちのつもりか!?』
空中に飛ぶように避難し、近くの木の太い枝に腰を下ろす。魔猪はそんな私を鼻息を荒くして見つめている。
さて、どうしたものかね。いや、倒すことは簡単なのだよ。さっと抑えてスパッとやってしまえば良いのだ。問題なのは、始末した後なのだ。放置していくのは問題だし、これを森の入り口まで運ぶのも面倒だ。筋力こそ使わずとも、周りの木々に引っ掛かったりしないように念動力で運ぶのは神経を使う。
そうこう考えあぐねていると、驚いた。
2頭、3頭、4頭と魔猪が続々と姿を見せてきたのだ。
『なんだぁ?ここは集会所か何かか????』
猪たちは私が登っている木に体当たりをして揺らしてくる。普通の猪と違って、魔猪は魔が付く分筋力も知力も高い。恐らく、このまま木の1本倒してしまおうとしているのだろう。
気が付けば、6頭もの魔猪が鼻息荒く私の傍に居るではないか。これは明らかに異常な事態だ。
『こいつは…誰かに焚き付けられているな。興奮状態になってる』
誰が焚き付けているか?大体わかる。今この森に居てそんなことができそうなのは、あの冒険者たちくらいだ。
『良いだろう。後処理は彼らに任せるよ!!』
さっと木から飛び降りて、懐から投げナイフを5本取り出し、宙に頬り投げる。そのまま魔術制御で5本すべて別の猪の足向かって飛ばす。5頭はこれで体制を崩す。残る1体は猪突猛進にこちらに向かってくるが、勿論準備はできている。
『少し残酷なくらいが丁度良いかね?』
足元を魔術固定し、手刀に魔術強化を2重で重ねる。防御強化と貫通性向上、これだけあれば難なく貫けるだろう。
突進してくる魔猪。その頭部に狙いを定め、手刀を突きつける。魔猪は勢いよく私の手刀で貫かれる。飛び散る脳髄に血肉、動かなくなる魔猪。
血濡れた手刀を抜き出し、ピッピと血払いをする。残りは5頭。
『まったく。魔術耐性がある相手には魔術師は弱い、その認識は改めた方が良いと思うがね』
面倒なので、纏めて潰してしまおう、そう思い、ある術式を展開する。
『第87術式「魔法の拳は物理で殴る」』
生み出されるは魔術形成された巨大な手だ。構成魔法は、結界魔法の物理反射障壁、幾つかの制御魔法…といったところだが、一番の重点は、それらをわざわざ手の形に成型して発動することだ。これが一番手間がかかっている。正直この組み合わせ保存が無かったら二度と使わない魔法だろう。
魔法の手はグッと拳を握り、もがく魔猪にその拳を振り下ろす。ゴシャリッと骨の砕ける音が響き渡る。
魔術耐性があっても、強い力を加えれば骨は折れるのだよ。それが魔法の力であってもね。
拳は躊躇なく残りの4頭にも振り下ろされる。地面に拳の跡と全身の骨が砕けた猪を残った。
『さて、後の処理は君たちに任せたよ』
そう、ちょうど真後ろの茂みに向かって投げかける(といっても念話なのでどこに居ても関係ないのだが)
直ぐに2人の男たちが茂みから姿を見せる。
「おいおい…マジかよこれ…」
「どうするよ兄貴…」
ガッデムは辺りを見渡し、ため息を吐いた。
「いや…スゲェとしか言えないな…想像以上だ…」
『それはどうも。討伐証明部位は頑張って見繕っておいてくれたまえ。私は夜の食事に向けて肉の処理を済ませておかなければならないのでね』
木に吊るしたままの魔猪の方へ足を進める。すると、ガッデムはこう言った。
「俺たちに何か言わなくて良いのか?」
『何か言う必要があるのかね?仮に魔猪が集まるように私の近くに興奮剤をばら撒いた、なんて事があっても、私は気にはしないさ。探す手間が省けたのだからね』
「どこからどこまでもお見通しってか…?」
『はて。何のことだか。それより、早く帰ろうじゃないか。後の1人は?』
「ダイは先に馬車の方に戻っている。どちらにせよ、お前が狩れなかったら俺たちが狩って依頼を終える予定だったからな」
それから私は肉の皮を剥ぎ、運びやすい大きさに切り分けて持ち運べるだけの量を袋に詰める。ガッデムとフックは潰れた魔猪から討伐証明部位(ここでは牙)を集める。残った残骸は、穴に埋め、馬車の方に戻ろうとした時だ。ローブの小物入れで振動を感じた。
見れば他の2人も同様のようで、小物入れの中から魔工具を取り出すと、赤い光を放っていた。
『…これは?』
「赤い光は救難信号だ。そんなことも知らずに持ってたのか!?」
『魔工具は苦手でね…しかし、救難信号だなんて…』
「ダイが危機的状況ってことだろ!!!急いで行くぞ!!!」
走り出す2人。慌てて肉を詰めた袋を抱えて後を追う。
森を抜けると、そこには予想だにしない状況が広がっていた。
「兄貴…!!助けてくれ!!!!」
そこに居たのは、身の丈5mはあろう4本の脚で立ち、2本の鎌状の手を持つ魔物がじりじりと馬車の方に近づいていた。
「あの魔物は…狼喰虫!!!!」
位置情報発信魔工具:自分の居場所を他者に知らせることのできる魔工具。ただ、居場所と言ってもどの方向にいるかくらいしかわからない。また、自分の状況を点灯するランプで示すことができる。赤、青、黄、緑、の4色。冒険者の間では大概、「赤→危機的状況」「青→目標発見」「黄→集合」「緑→異常なし」などと決めていたり。
「魔工具は本当にわからない…。よくこんなもの作ろうと思ったものだね…」




