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その吸血鬼は優雅であるのか  作者: 珈琲豆
優雅な吸血鬼は肉体を失う
2/67

この冥界は貧相であるのか

気が付けばそこにいた。


じめっとした空気、嘆きの声、絶望の淵に叩き込まれたような叫び。そんなもので囲まれた空間に。


目をそっと開けようとした。そもそも目が残っているかどうかわからない。私は身動きのとれぬまま焼け焦げてしまったのだから。


おそらくここは地獄だ。魂の終着地点だ。命あるモノが最後に辿り着く場所だ。ついに私は()()()()()()()


「しかし……本当にあったんだな。地獄というのは」


気が付けばそんな言葉が口から出ていた。

いや、そもそも口があるのだ。そう思って咄嗟に目を開けた。目もあるのだ。



ここ地獄は、どうやら生前最後の姿で連れてこられるわけではないようで。幸いにも服まで丁寧に私の自慢の紳士服だった。ありがたい。服なんて全部焼けてしまっていたからね。


自分の姿の確認が終わり、今度は辺りを見渡す。空は分厚い灰色の雲に覆われ、周りは鋭い葉を持つ針葉樹に囲まれていた。非常に辺鄙でつまらない。


「まぁ、姿形だけは小奇麗にしてもらえるだけ感謝するか」


「そうね。あなたは感謝が必要ね」


不意に話しかけられ振り向くと、そこには2本の巻き角を生やした女が立っていた。

悪魔(デーモン)か。この地獄の主の下僕かな?」

「ほとんど間違っているわ。私は悪魔公(デーモン・ロード)だし、ここは地獄じゃない。冥界よ。そして、下僕ではなく部下」


女は不機嫌そうに語る。


「これは失礼した。高貴なるお方よ。

 それで?私に一体何の用かな?」


恭しく頭を下げてやると、女はまんざらでもないような顔をした。


「冥王神ヘルデス様があなたに会いたいとおっしゃったのよ」

「ほほう、冥王神、か」

「様をつけなさい!」


女はそう言うと、ついてくるよう言って歩き出した。こんな辺鄙な場所にいても面白くないのでついて行くことにした。つくづく私は運が良い。冥界の主人と対面できる機会がこうも早く来るとは。


しばらくつまらない森の中を歩くと、目の前に大河が流れていた。大河には1人の年老いた渡し守と今にも沈みそうな古臭い木の船が停泊していた。

「カロス、第8階層まで」


女はそう渡し守に告げると、私にも乗るように促した。果たして、3人も乗れるのか?という不安はあるが、もはや死んだ身、この大河に飲まれることになったところで、そう大きな問題ではあるまい。


「ふぅむ……しかし、私が再び船に乗る日が来るとはね」


船に水漏れがないか少し気にしながらぼやくと、女は面白そうに反応した。

「あら?船にあまり乗ったことが無くて?」


「私が生きた地が内陸だったのもあるが…吸血鬼の多くは清きものを欲しながら清きものに嫌われているのだよ。河川なんぞは、罪を流すだのなんだの言って、人間に愛されているだろう?そんな河川には私たちは嫌われるのさ」


もちろん、淀んだ川ならいくらでも渡れる。大事なのは人間に愛されている川か否か、だ。


「それじゃぁまるで、この川が清くないみたいじゃない?」

「えぇ、まったく、その通りです高貴なる方よ。この川は絶望で満ちている」

「まぁ、間違ってはいないから良いわ。この川は罪人の魂の流れる川だもの。渡し守に乗り賃を払えぬ魂は泳いで渡るしかないの」

「それは耳寄りな情報をどうも?えーっと、カロス君だったかな?乗り賃(チップ)だ。先に渡しておくよ」


いやぁ、助かった。確かに先ほどは大河に飲まれようと大きな問題はないと思ったが、罪人の魂が流れる川、か。確かによく見れば、苦痛の顔を浮かべた者たちが川の底に見える。


せっかく良い服を着ているのだ。こんな水で汚したくはない。私はそう思って懐から金貨を3枚ほど取り出し渡し守に渡した。もしもの時に備えておく私の優秀さ、自画自賛だが素晴らしいものだ。




しばらく船を下流に進めていると、大きな、巨人族のためにあるような鉄の門の前に辿り着いた。

「カロス、止めなさい」

女がそういうと、船は鉄の門の前に停泊した。


「……ここが噂の冥王神様のお住まいかな?」


「そのいまいち敬意に欠ける喋り方、気を付けた方が良いわよ」

「えぇ、わかっていますとも高貴なる方、こう見えても私は貴族です。礼儀作法など生まれた時から身についていますとも」


鉄の門は女が近づくと鈍い音を立てて開き始めた。人が二人並んで入れるほど開いたところで、女は進みだし、私も後を追った。私たちが門をくぐると、門はまた鈍い音を立てて閉まった。


門をくぐると、石畳の敷かれた庭園が広がっていた。庭園といっても、草木はどれも干からびていたが。雑草のようなものも多い。随分手入れをサボっているように見える。


庭園の先には灰色の城が聳え立っていた。

「なるほど、あれが冥王神様のお住まいか」


立派ではあるが、装飾に欠けている城だった。色合いは灰色一色、城というよりも巨大な砦のようにすら感じる。近くで見れば、ところどころ白い部分も見えるが…塗料が剥がれて下地が丸見えになっているようだ。






「よく来たね。吸血鬼君。」

城の扉を開けると直ぐ目の前に男は立っていた。肌の青白い長身細身の男だ。目のくまが酷い。不健康の体現者とでも言わんばかりの見た目の男だ。


「冥王神様!?なぜここに!?」

「決まっているだろう?気分転換だよ。いつまでもあの執務室に居ては心も体もしんどくなるからね!」


驚いた。この優男が冥王神だというのか。神というものはもっと神々しいものだと思っていたが、これは…


「さぁ、吸血鬼君。こちらに来たまえ」

案内されたのは応接室といった風貌の部屋だった。柔らかそうな椅子にパチパチと心地よい音を奏でる暖炉がなんとも居心地が良さそうだ。


「積もる話もあるわけだしお茶でも飲まないか?いや……君に至っては鮮血なんかが好ましいのだろうか……」


さて、どう接したものかと思ったが、あの女がうるさいだろうし、ここは敬意をもって接するとしよう。あの退屈な森や川なんかに放りこまれては、たまったものではないからな。


「いえ、冥王神様、そのようなお気遣いは私にはもったいないもので……それこそ、私などにはあの川の水で十分でございます」

「はははは、川の水と来たか。あの水は飲めたものではないと思うがね。サスティス、お茶を2人分頼む」

冥王神はそう女に言う。サスティス嬢と言うのか。あの女。


「まぁ、そう警戒しなくて結構だ。もっと自然体で良い。僕の配下には僕を神と意識せずに接する者が多いからね」

「と、おっしゃりますと……?」



「君の生前の様子は知っている。()()()()()()()()()、己の技量を隠し主を騙し、全てを支配し全てを手にする男だと」


「フハハハハ……これは失敬、神は全能であったか」

「ふふ……僕だって、これはこれで神だからね。だからこそ、ありのままの姿で結構だ。まぁ、君が思うように……サスティスは少しうるさいかもしれないが…」


その言葉と共に、テーブルの上に2つのティーカップが置かれた。冥王神の方には非常に丁寧に。私の方には雑に。わかりやすいものだ。



「当然です。冥王神様を軽んじる輩は許してはおけません。貴方様も貴方様です。どうしてそう、下劣な者共に寛容なのですか」


「全てを知るが故に、かな。どんな生物であっても、己を隠し生きるというのは疲れるものだよ。その点君は、心の底から僕を慕ってくれているというのがわかって嬉しいものだが」


この神は何がしたいのかわからない。そもそも高次元の存在である神がこうも簡単に下界の存在と接して良いのだろうか。


「それで?冥王神よ。この私に何をさせようというのだね?」

「そう、それで良い。その方が僕も楽だ」


冥王神は憤慨するサスティス嬢を手で制しながら続ける。

「とりあえず、君がこの冥界に来て思ったことを僕に話してみてくれ」

冥王神の言葉と共に今までの道のりを振り返る。思ったことを口にする。おそらく彼が求めるのもそういうものだろう。


「大概の劣悪な環境は「冥界だから」で済ませるとして……そうだな。貧乏臭いな。渡し守の船は今にも沈みそうだし、ここに来る前の大きな門も錆びている。城が灰色なのは塗料が剥がれ落ちているからか?暖炉の火だって、大分弱くなっているが一向に新しい薪を入れようとしない」


パチパチと音を立てる暖炉の火は、いつの間にか弱くなっていた。


「冥王神がケチなだけか?それとも……」


冥王神はそっと淹れたての紅茶に口を付けた。釣られて私も紅茶を一口頂く。


「紅茶の味すら大味。出涸らしの様に感じるが……これはサスティス嬢の趣味かね?」

そこまで言ったところで冥王神は渋い顔をして口を開いた。


「あぁ、待ってくれ。それ以上はいい。君の言う通り、今冥界は貧困を極めている」

「神がいても金がかかるのか」


「ここに金なんて概念はない。けれど冥界(ここ)は今貧しい。資源が乏しいのさ」

冥王神はそういって「金について、カロスたちは別だけど」とつけくわえた。


「神ならば無から有を生み出せるだろう?」


「うーん、そこなんだけどね。知ってるかわからないけど、僕ら神っていうのは3柱で管理しているんだ。そしてそれぞれが別の権能を持っている」


「つまり、冥王神は無から有を生み出す力は無いと?」

「察しが良くて助かるよ。僕が持つ権能は命に関するものだけだからね」


暖炉の火は既に消えていた。壁から染みるように冷気が部屋に少しずつ、入っていく。

冥王神は冷めきった紅茶を少し飲み、そこからこう言った。


「そこで君の出番だ。冥界の職員は数いれど、国を治めた経験がある者はいない」


冥王神の目を見る。彼はニコリとほほ笑む。


「なるほど。合点がいった。私に冥界に資源を送る拠点を作れということか」

「その通り」


「しかし疑問は残る。無から有を生み出す権能を持った神もいるだろう。そいつに資源を送ってもらう方が楽なのでは?」


「まぁ当然そう思うよね。それがね……アイツとは連絡がつかないんだ。どうやら仕事を部下に任せて怠けてるらしい」


冥王神は冷めた紅茶を口に含み、ゆっくりと味わってからこう言った。


「とにかく。僕だって出涸らしのお茶ではなく濃い味のお茶が飲みたいし、寒いのは好きじゃない。この頼みは半ば命令だと思ってくれ」


ふぅむ……神の怠慢で苦労する神、神というのもどうやら楽なものではないようだ。信仰の念はみるみる失せる話ではあるが。


「いいだろう。神が私の力を欲する、というのもなかなか乙なもの。その頼み、しかと受け取った。しかし条件がある。」

「勿論、僕だってタダでとは言わないさ。本来簡単には死なない筈(・・・・・・・・・)の君が自分の命を放り投げてまで来たんだ。目的があるんだろう?」


「やはり神は全能であったか」

「いや、君が何をしたいかまではわからないさ。けれど、君の努力次第では叶うかもしれないね」


その言葉には、私が何をしたいのか、それを完全に理解しているような趣旨があった。




「なるほど」

私が察して頷くと、冥王神は紅茶を飲み干し言った。


「とりあえず、神の加護を与えておくよ。きっと役に立つ冥王神の加護だ。これがあればもし君を倒した勇者のように他の神の加護持ちと会っても問題ない!」


冥王神は私の返答も聞かずに加護を授けた。確かに色々な効果がありそうな加護ではあるが、なんともいえない気持ちではある。

もし現世で再び勇者と戦うのならば、神の力になど頼らずとも勝てるだけの策と力を身につけるだけだったのだが…



「あぁ、君の気持ちはわかる。使いたい時だけ使えばいい。ただ、僕にはこれくらいしかできないから許しておくれ」


冥王神は申し訳なさそうに言う。それに何とも違和感を覚えるのだった。


「これくらいしかできない?となると…私はどんな姿で現世に戻るんだ?まさか肉体の再生はできないと?…あ!」

冥王神は空になったカップで顔を覆う。



本当にこの神は、無から有を生み出せないというのか。命、それも魂だけしか扱えないというのか?



「転生という形ならば新たな生を授け、新たな姿で現世に行けるが…君はそれは望まないだろう?」

申し訳なさそうに言う冥王神。当然、と頷くと冥王神は続けた。

「となると、魂だけの現界となる。まぁ…言い方は悪いが、死霊(ゴースト)の類だね」


「死霊か。情けない姿だが…霧とそう代わりはしまい。だいたいわかった」


溜息を一つ吐く。まったく、少し思っていた流れと変わってきてしまったな。



「物分かりが良くて助かるよ。現界場所くらいなら好きに選べるけど、どこが良いかな?」

「なんだい?もう一杯この残念なお茶でも飲んでからと思っていたが……そんなに急ぎの仕事なのか」

「できれば、ね。それに君の目的を考えるに急いだほうが良い。ここの時間の流れは他と違う」

「やはり知っているんだな?ならば話して……」


「いや、それはまだ話すには早い。それに運命というのは意外にも気が利いている。君は必ず会える。しかし、それがどんな形になるかはわからないけれど」


冥王神はそう言って私の側に近づいた。そして、耳元でそっと囁いた。


「時が来ればこちらから連絡しよう。君の知りたがっていることを少し、教えてあげようじゃないか」

冥界:冥府、あの世、地獄、死者の国、と呼び方は沢山ある。呼び方の違いは現世の住民の宗教観によって異なる。

「呼び名などなんだって良いと思うがね。魔法か魔術か、なんていちいち気にする奴の心も私はわからんよ。ノリと勢い、呼びやすさで選べばいいじゃないか」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 細かい世界観や設定がよく練られていて、素晴らしいです!! 吸血鬼と川の関係や国の問題など、かなりこだわっていらっしゃるんだろうなぁ……まるで愛が伝わるようでした。 キャラクターも個性的で…
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