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その吸血鬼は優雅であるのか  作者: 珈琲豆
優雅な吸血鬼は冒険者になる
16/67

悪魔は何を見ているのか

「それでは、皆の進捗状況を確認しよう。今回も…私が取りまとめるが、構わないかな?」

冷たい男の声が部屋に響く。部屋の中には男を含めて5本の影が燭台に灯る炎に合わせてユラユラ揺れている。


「構わんじゃろう。なぁ?」

しゃがれた声が返ってくる。それに合わせて他の3本の影も頷くように揺れた。


「有難い。では、始めようか。まずは私の進捗状況だが、3人の王の洗脳は済んだ。あとふた月もあれば中部連合の全てを私の管轄にできるだろう」

男は冷たい声で話す。すると直ぐに、明るい少女の声が飛んできた。

「ふた月!それは悠長だね。私の方が早いね!」

「…ほう。それは興味深いな。じゃぁ今度は君の番だ。進捗状況を」

「私の方は、もう四国連合大陸を抑えたよ。難しい事なんて要らないんだよ。結局、人間は魔獣の前では無力なんだ!あとはここから本大陸にどう手を伸ばすか…」

「恐怖による統治…か。しかし…そんな魔獣を召喚しては直ぐに何かしらの対策は練られるだろう?」

「ふっふっふー!何のための私だと思ってるの!そっちの相手は私がしてるよ。勇者ってのでも早く来ないかな~。楽しみ!」

キャッキャと笑う少女。それを聞いて呆れた様にため息を吐く男がいた。


「ったく…暢気なもんだぜ。お前ら、悪魔王様の命令だってのに危機感足りてねぇんじゃねぇの?」

「危機感はある。だが、王の命令を中途半端に答えることこそ問題だろう。どこかの小娘のような雑な支配では悪魔王の機嫌も損ねかねない」

「なにぃ?私のやり方に文句でもあるのー!?」

「それで?君の進捗は?」

少女の言葉を無視するように、話は別の男に振られる。男はずっしりとした重みのある声で言った。

「北の大陸の制覇は終わっている。力のある者が支配権を得るなんて、俺にピッタリの大地だったぜ?」

「ほほう…今の「試される大地」の覇者は君か」

「あぁ。そういうことだ。最初に王に報告しに行くのは俺で決まりだな。お前らも急いだ方が良いぜ?特にジジイ、お前…ヤバいんじゃねぇか?昔のよしみだ。手伝ってやってもいいぞ?」


男はそう言って老人に話を振る。老人はしゃがれた声で答えた。

「くくっ…まさか貴様に心配されるようになるとはのぉ…

 しかし、貴様とわしじゃ支配の仕方が違い過ぎる。わしは老人らしく、ゆっくり皆を()()()()()()しかないのじゃよ」

老人は落ち着いた様子で語る。それを聞いて、一人の女性が呟いた。

「いやー、私もかなり遅い自信があったけど、私より遅そうなのがいて良かったわ」

「なんじゃ?それは褒めてるのか?貶しているのか?」

「んいやー?どっちでもないわよ?」

「御託はいい。進捗を伝えてくれないか?」

「進捗は、無いに等しい。イマイチまだゾンビの制御ができてないんだわ。今も私の部下が頑張ってくれてると思うんだけどね~」

「ははは!死体を支配、結局皆殺しってか?面白いやり方だな!」

「支配できれば良いんだから。難しい事なんて考えなくて良いでしょ?準備ができたら皆殺し、手伝ってくれる?」

「弱っちぃ人間をいくら殺しても面白くねぇよ。遠慮する」


コホン、と咳払いが放たれる。それと共にスッと部屋は静かになり、冷たい男の声が響く。

「洗脳による支配、恐怖による支配、力による支配、狂乱による支配、死没による支配…これで悪魔王を満足させることができるか…」

「方法なんてなんだって良いじゃない?大事なのは結果でしょう?」

「そういうことにしておこう。それでは、次の進捗状況の確認まで」


男の言葉と共に5本の影はスッと消えた。燭台の炎は何を照らすわけでもなくただ、ユラユラと揺れるのだった。

▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△

意識を失った悪魔ふわふわと宙に浮かべて森を歩く。意識が覚めることは()()無い。「夢魔の骨針」の効力は本物だ。針が抜けることがない限り目を覚ますことはないだろう。


「で、なんで()()()()()持って帰るのよ。もう最後の1本刺して終わらせちゃいましょうよ…」


かなり疲れた声でぼやくメイア。


『そんなこと言わないでくれよ。これはこれで、使えるんだ』

そう言いながらチラリと悪魔の方を見る。


つくづく、悪魔というのも奇妙な種族だ。

悪魔というのは、魔界に住む生命体の総称だ。だから、一括りに悪魔と言っても今回戦ったような人間とも魔物とも言えない不可思議な容姿の者をいれば、もはや半液体生命体(スライム)のような悪魔もいる。また、冥界で会ったルティス嬢のようにかなり人に近い者もいるわけだ。



「使えるって言ったって…何に使うの?」

『餌』

「餌!?え、嘘、川魚ってそんな大きいの!?」

『え、あぁ、違う。餌っていうのは…』




言葉を言い終わる前に、木々の隙間から人影が飛び出してくる。


『こういうのを釣るためのだよ』


飛び出してきたのは、赤いマントを着た男だった。フードを被っているが、その奥に白い角が見える。

「ははは、本当にシャダールの奴、やられてやがる」

男は愉快そうに声を上げる。しかしその瞳に笑みはなく、鋭い殺意を宿らせていた。


『よく来てくれたね、悪魔君。この彼よりは話が通じそうで私は嬉しいよ』

「テメーがシャダールを殺った奴か」

『ん、いや、どちらかというと私は彼に殺られた方かな。頭蓋骨がへしゃげて大変だった』

「て、なると…隣の女か。見かけに寄らずえぐい手法だな。細胞単位で動きを止まってらぁ」


チラッとメイアの方を見ると、少しばかり表情が硬い。恐らく「ちょっとやめてよ。私はもう戦うとか嫌よ?」と思っているに違いない。


『まぁ、なんだ。別に世間話をしに来た訳じゃないんだろう?要件を述べると良い。今なら紅茶でも用意しても構わないぞ?』

さっ、と投影魔術を用いて不恰好なティーカップを出現させる。すると直ぐに、パリンッと音を立ててティーカップが砕け散った。見ると悪魔が金属製の筒を持っている。


「次はテメーの額だ。シャダールに砕かれかけた頭蓋骨ってのを、今度は俺の魔弾が打ち抜くぜ」


悪魔は既に戦闘態勢だ。私はそっとメイアに多重防御結界を展開する。

「ちょ!?私は良いから貴方、自分の身を守りなさいよ!!」

『今度は抜かりはない。安心してくれ。それに、君を傷つけてしまうと()()()()()()()()()()()からね。見ていてくれ』


そう言ってツカツカと悪魔の方に近づいていく。

「テメー…馬鹿か?」

『いや?ただの親切心さ。どんなヘタクソでも当てられる距離まで近づいてやろうと思ってさ』


次の瞬間、小さな破裂音と共に筒から弾丸が放たれる。この筒は「魔導式発弾筒」なんて呼ばれる魔工具の類だ。少ない魔力消費で高い殺傷能力を追求した実に戦向きの武器だが、あまり流行っていない。


放たれた弾丸はかなりの速さで私の額に向かって突き進む。常人であれば目で捉える事はできない速さだ。今の私では目視での確認はまず無理だろう。

自身を取り巻く数多の結界から伝わる情報だけで軌道を予測し、かわす。それでもかなりギリギリだ。

ローブを僅かに掠め、弾丸は後ろの樹木に突き刺さる。


この武器があまり流行らないのは、これが原因だろう。鉛の弾丸は威力こそあれど、魔術の進歩が進んだ今の時代では防ぎようが幾らでもある。それに…


すぐさま男は筒に弾丸を装填し、構える。その隙に土属性系魔術を展開し、悪魔の足元の地面を動かす。突然の地面の動きにバランスを崩し、倒れる悪魔。


『やはり再装填の時間がなぁ…』


倒れた悪魔の持つ筒にそっと手を当てて、フードを取る。ローブと同じ色の髪と、白く長い角が露わになる。

「気に入らねぇな。なんでさっさと俺を殺さない」

『殺す気など毛頭ないさ。私はただ、悪魔王ってのの話を聞きたくてね。話してくれないかな?』


すると、悪魔はニヤリと口角を上げた。

「なんだぁ?もう勝った気でいるのか?」

『当然。この距離なら君が撃つよりも先に君の頭を吹き飛ばせる自信があるよ』

「そいつは、どうかな!!!!」


突如、上半身に激しい衝撃が走る。その衝撃で尻餅を着くと、悪魔は笑いながら立ち上がった。


「コケにしやがって!人間風情がこのバラフ様に勝てると思うなよ!!」

悪魔、改めてバラフと名乗るその男は、右手に筒を持ち、左手に炎を纏わせている。


「爆ぜろ!!!」

バラフは叫びながら左手をグッと握る。それに合わせて私の足元が爆発した。


『爆発系統の魔法か!!また厄介な!!』

空中浮遊を通じてなんとか回避する。爆発系統の魔法とは、物質の可燃性を急激に高める魔法だ。分野としては錬金術と魔術の混合だろう。

この魔法、範囲の指定が非常に難しく、下手すると自分も巻き添えを食らうか全く爆発しないかの両極端な事態が起こりやすい。その為、こんな風に野外戦で用いられる魔術ではない。さっきの筒(魔導式発弾筒)の様に狭い空間に術式を刻むのが一般的だ。


「逃げんじゃねぇ!!喰らえや!!」


バラフは今度は筒をこちらに向ける。激しい爆発音と共に、弾丸が飛び出る。しかし、これは然程脅威ではない。空中の方が小回りは効く。避けようは幾らでもある…


筈だった。


結界を通じて予測軌道を割り出し回避行動に移る。ここまでは先程と変わらない。しかし、弾丸は私の読みと異なる軌道に沿って飛んできた。


弾丸は防御結界をガラスの様に破り、そのまま私の胴体近くで爆発した。


「はははははははは!!やっぱり馬鹿じゃねぇか!!俺が放つのは魔弾、普通の魔導式発弾筒と一緒にしてもらっちゃ困るんだよ!!」


危ないところだった。緊急時の魔力配分設定をしていなければ、今頃爆発四散した事だろう。なんとか爆発の衝撃を防御結界で防ぎきることはできた。

しかし、魔力配分を全て防御に転じさせたせいで、姿勢制御ができなくなった。今は自由落下を楽しむしかできない。着地まで5秒と言ったところだが、それまでに色々準備を進めなければならない。


「チッ!まだ生きてやがったか。しぶとい奴め!!!」

バラフは再び弾丸を装填し、構える。恐らく次も魔弾だろう。


爆発音と共に、弾丸が放たれる。自由落下を続ける私の動きに合わせて弾丸はどんどん軌道修正をしていく。


『ふぅむ…少し痛いが、これは仕方あるまい』


私は少しばかりの姿勢制御で受け身のとりやすい体勢を取り、代わりに多くの魔力を()()()に回した。

『第17術式、展開。「飼い犬に噛まれる(リーテン・)覚悟はできていて?(バウバイト)」』


次の瞬間、私はぬかるんだ地面に無様な着地をしてみせる。一方バラフは眉間にしわを寄せて叫んだ。


「テメー…何をした!!!」


バラフは空中に停止した弾丸と泥まみれの私を交互に睨む。

『簡単なことだよバラフ君。君のそのおざなりな()()の制御権利を私に移行させてもらっただけさ』

泥だらけになりながらもなんとか立ち上がる。落下の衝撃は骨に響くものだなぁ…


「なんだと…?」

バラフは再び弾丸を放つ。2発、3発4発、と撃つが、全て私に届く前に空中で停止する。

『魔弾というよりは、制御魔術を刻んだ弾丸だろう。単純に制御権利を君が持っているだけに過ぎない。その権利を奪ってしまえばこちらのものさ。あ、それと。弾丸に刻むにしても全部同じ術式ってのは素人臭いぜ?』

バラフに向けてそっと人差し指を向ける。それに合わせて空中で止まった弾丸は動き出し、バラフに向かって進みだす。真の魔弾というのは、もっとえげつないものさ。距離や障壁どころか、時間の概念すらぶち壊して進むんだ。

「馬鹿な!?」

『君は先ほどから驚いてばかりだな』

弾丸はバラフに向かって追尾するように飛んでいく。右往左往と逃げ回るバラフ。それに合わせて右へ左へ5発の魔弾を制御して追いかける。

「あぁぁぁぁぁぁ!!!じれってぇ!!!!」

逃げ切ることができないとわかったバラフは、自身を中心に周囲を爆発させた。爆発の衝撃で弾丸は砕け散る。

「小癪な真似をしやがって!!!」

立ち込める黒煙の中から、バラフは歩いてくる。その身は爆発の影響かところどころ焼け爛れていた。

「ただで済むと思うなよ!!!」

歩きながら、バラフは弾丸を装填する。


『発弾筒はもう使わない方が良いぞ?これは忠告だ』


「うるせぇ!!!!!!!」

やけくそだ、と言わんばかりに構え、撃つ。弾丸が放たれる…ハズだった。


しかし、弾丸は出ない。それどころか筒の先端が鈍い音をたててはち切れる。暴発だ。

「…なんなんだよぉ!!!!!」

『いちいち説明しないとダメかな?最初に君が倒れた時に仕込ませてもらったのだよ』

彼が放ったのは普通の弾丸だろう。魔術制御も何もされていない普通の弾丸。実は魔術式発弾筒は特殊弾(魔術式を刻んだ弾丸)より普通の弾丸の方が用いる火力の量が多い。

私が仕込んで置いたのは脆化の魔術。筒の材質を脆くしておいた。火薬の量の少ない弾丸なら数発は撃てても、普通の弾丸となれば、その衝撃に筒自体が耐えきれず爆発するわけさ。


「筒が無くても…俺にはこの爆発魔法がある!!!」

そう言ってバラフは手を握り締める。だが、そこから動きが止まった。まるで誰かに動きを封じられているかのように。

一瞬メイアの方を見るが、私の防御結界に守られたまま首を横に振っている。


「な…なんだと…」

『どうした?』

素直な疑問として尋ねる。だが、バラフはそんな私の質問など気にもせず空に向かって叫んだ。


「どういうことだ!!!!この俺にも仕込んでいたってのか!!」

まさか…?と探知魔法を展開する。100m、1km、と探知範囲を広げるが、目立った魔術反応はない。どこからか魔術を通じて見ているようではない。しかし、バラフは明らかに何かしらに向かって訴えている。


「ふざけるな!!ふざけるな!!邪魔するんじゃねぇ…!!おい!!ジュマ…」


何かしらの名前を言いかけたところで、言葉が切れる。バラフは魚のように口をパクパクさせるが、そこから音は出ない。

しばらくして、ガクリとバラフは力なく倒れる。それからよろよろと立ち上がり、言った。

「やぁ~、バラフをここまで追い詰めるとは、なかなかの腕前だね」


口調はがらりと変わっている。更に言えばその目に生気はない。完全に操られているそれだ。


『ふぅむ…君はかなり空気の読めない奴みたいだね』

「ははっ!辛辣だね!だけど、一度見ておきたかったんだ。悪魔を手玉に取る魔術師がどんな人か」

『そうか?君が何者かは知らないが、光栄だ、と口では言っておこう。褒められるという事は』

「ふふ…食えない人だなぁ…」

『それで?要件を早く済ませてくれ。私はこの男と決着をつけて置きたいんだがね?』

「決着ね…それは難しいんじゃないか…な!!!」

刹那、バラフは急劇に魔力を増加させる。


『…おい。何をしている』

「ん~??邪魔モノの排除でもしようかなと思って。君がどんな奴かは見れたからね。君とはここでさようなら、だ」


バラフの魔力はどんどん上がっていく。明らかに異常な現象だ。

「それじゃっ!」


バラフはそう言い残すと、事切れた。立ったまま、一切の動きが止まっていた。だが、魔力の上昇は止まらない。肉体という器の中ではち切れんばかりに増加する魔力量。


「ねぇ!?どうなってんの!!?」

結界越しにメイアが叫ぶ。

『まったくしてやられたよ!!()()()()()()()()()()()()()()

魔導式発弾筒:筒に球を詰め、魔法によって球を発射させる筒。術式を筒に刻めば、魔法を使えない者でも発射できる。貴族はこれを用いて猟(ごっこ)をしたりする。

「魔工具は苦手だが、これは私も使えるんだ。だから嫌いじゃないぜ。私の場合、普通に魔法を撃った方が強くて速いけれどね」

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