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その吸血鬼は優雅であるのか  作者: 珈琲豆
優雅な吸血鬼は冒険者になる
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悪夢使いは何を持っているのか

非常に激しい衝撃が、私の頭に響いた。

気が付けば地面がとても近い所にあり、私の身体は無抵抗なまま地面と触れ合った。


いやぁ、参ったね。魔力量は確かに少ないが、こうも防御結界の強度に影響が出るとは。かなり慢心していた。


思考能力の低下を感じる。魔力枯渇に似た気怠さだ。骨は…砕けたか?まったく、骨の中に臓器が入っていなくて良かった。脳味噌なんか入っていた日には酷くぶちまけることになっていたぞ。


ダメだ。


これ以上は…動けない…な。


▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲

「いい加減起きなさい?」


妖艶な声が耳元で聞こえる。これはメイアの声ではない。この声は聞き覚えがある。まさか…

『やれやれ…私としたことが…意識を失っているのか』


目を開けると、非常に形容しがたい色の空間にいた。絵具の綺麗な色だけを選んで混ぜ合わせて生まれたような色が一面に広がる空間だ。対照的に、床は大理石のように白い。つまるところ、ここが精神世界。夢魔たちの住まう次元だ。


そして、私の傍らに立っている女性は…

『はぁ…ルフェル…君が私をここに連れてきたのかね…?』


ルフェル・オルネイス、恐らく私の最も古い知り合いだろう。純粋な夢魔で、夢魔の中でもかなりの高位に位置する存在。あとはとてつもなく美人だが…同時にとてつもなく恐ろしい存在でもある。


「まぁ、そうね。夢と現実、その狭間を右往左往している貴方を見かけたものだから懐かしさ半分でこっちに連れてきちゃった」

ウインクと共にニコリと笑うルフェル。非常に良い!…良いのだが…

『懐かしさ半分…か。では、残りの半分は?』

「もちろん、貴方に文句を言うために」


私は再び深いため息を吐く。やっぱりかぁ。


「まったく…一度死んで、再びこっちに戻ってきたのは構わないわ。寧ろ喜ばしいくらい。貴方みたいに面白い存在が世界から消えてしまったら、私の生きがいも減るってものだからね。でもね」

ルフェルは私の耳元で囁く。吐息交じりの声だ。


「私の娘を寂しくさせないで欲しいわ?」

『あぁぁぁ…わかっている!わかっているんだがね!!!』


あぁ恐ろしい!この夢魔は本当に恐ろしい!異端者(イレギュラー)中の異端者だよまったく!そもそも、普通の生物を夢魔の住まう世界に引きずり込むなんてことがまずはおかしい。普通の夢魔ならば、そんなことは絶対にしない。自分の住む世界には絶対に他者を介入させないのが夢魔って生き物なんだからな。


私は大きな声を出してしまったことを反省してコホン、と咳払いを吐く。

「ふふっ…見た目は変わっても、中身は変わらないのね?可愛い人」

『あぁ、そういう君は見た目も変わっていないし中身も変わっていないみたいだ』

「そう見えるかしら?頑張った甲斐があったわ。あの子を産んだ後なんて、かなり老けたのよ?」

『その割には、直ぐに私に報告に来たじゃないか?』

「だって、嬉しかったんだもの。生命に定められた使命みたいなものでしょう?子を産むっていうのは」



確かに、普通の生物であれば子孫を残し、未来を作るのであろう。しかし、私のような吸血鬼にはもう失われた使命だがね。


『それで?私はいつ帰れるのかね?』

「それは、あの子が頑張った後よ。それまではここで眺めていると良いわ」

ルフェルはそう言って指を鳴らす。すると、この形容し難い空間の頭上にポッカリと穴が開き、先ほどまでいた三角州が映し出される。


「うふふ、悪魔と夢魔の子が戦うなんて凄く新鮮ね?」

メイアが戦う光景が映し出されている。

『まったく…君は()()()()()命の危機でもそうなのかい?』

「あら?そう見えるかしら?貴方も結構心配性なのね。もしかして、今すぐにでも戻りたい?」

『それは…そのだな…』


つい、言葉を濁してしまった。するとルフェルは意地悪い笑みを浮かべた。

「もちろん、戻してはあげないわ。貴方にはここで見る義務があるの。見届けなさい。それが今貴方がすべき事なのだから」



▽△▽△▽△▽△



悪魔の拳は吸血公爵の頭蓋骨を砕いた。メイアの前で、公爵は無様に倒れこんだ。


呼びかけても返事は返ってこない。メイアは心の奥で「はは、心配したのかな?私はこの通りピンピンしているとも」なんて言いながら立ち上がることを願っていた。


しかし、公爵は立ち上がらない。





「嘘…嘘でしょ…?ねぇ…ねぇってば!!!!!!!」


メイアは公爵の元に駆け寄ることもできず、ただ、立ち尽くしながら声を上げた。

悪魔は、その様子を眺めながら言った。


「女。オ前ハ如何スル?今ナラ、コノ男トノ記憶モ消シテヤルゾ?」


メイアは考えた。

この状況は自分にとってどういう意味を持っているのか、どうすることが最適解であるかを考える。

しかし、考えながらも内心理解していた。



この状況では、()()()()ことが最適解であることを。

ただ、彼女は然程戦闘能力の高い方ではない。そもそも夢魔という種族自体、何かと戦うような種ではないのだ。


夢魔が生活するのは夢の世界だ。精神世界と呼ばれる。そこには現実世界のような危険な魔物は存在しない。唯一の危険は他者の精神世界に干渉した際、その他者本人に存在を気付かれることだけだ。

その為、夢魔という種には何かと戦う力は備わっていない。

それでもメイアは銀級冒険者と評価されるだけの実力を備えていた。


「馬鹿なことを言わないで。そこに伏してる馬鹿を回収しない限り、私は帰れないんだから」

「ナラバ死ネ」


悪魔は容赦なくこちらに拳を振るう。メイアと悪魔の距離はそこそこある筈だが、それを補うように悪魔は自分の腕を伸ばした。

「本当…最悪。私は川魚を食べたいだけだったのに」


メイアはそっと懐から針を取り出す。白く輝く針だ。長さにして6㎝ほどの針を、向かってくる拳に突き立てる。針が悪魔の拳に刺さると、拳はメイアに当たる前に動きを止めた。


「何ヲシタ…?」

悪魔は動かなくなった自分の腕を眺めながら尋ねる。

「流石は悪魔ね…呆れるわ。蛇尾の鶏(コカトリス)すら眠らす私の針で腕しか眠らないなんて」

()()()()()()。人間、我ラ悪魔ヲ既存ノ常識デ捉エルナヨ。愚カナリ」


悪魔はそう言うと、自らの腕を引きちぎる。青みがかった黒の血液を地面に零しながら。


「人間とは心外ね。私も普通の人間と一緒にされたら困るっての!!」

再び針を出し、接近するメイア。

「ソウ同ジ手ヲ食ラウカ」


千切れ地面に転がっていた悪魔の腕が動き出し、メイアの首に向かって飛んでいく。咄嗟に地面に転がり避けるメイアだが、避けた先には既に悪魔が待ち構えていた。

「嘘でしょ!?」


悪魔は残った左腕をメイアの腹部に撃ち込んだ。

鈍い音を立て、メイアは吹き飛ぶ。水溜りの上を3、4回転がり、近くを生える木に背中を打ち付け止まった。


「ヤハリ人間ハ弱イ。コレナラバ、マドロッコシイ真似ヲシナクテモ滅ボセヨウニ…」

悪魔は地面に転がる腕を拾い上げ、千切れた箇所に押し当てる。すると腕は再びくっつく。それからのそりのそりとメイアの方に近づいていった。



「っ…最悪。服も汚れるし…何本か骨も折れたんじゃないかしら…」

コフッと口の中に溜まった血を吐き出し、ついでに悪態も吐くメイア。なんとか膝を立てた頃には、目の前に悪魔が立っていた。


「あんた…一体何が目的よ。大体契約者も無しに現世で暴れるなんて悪魔としてどうなの?」

悪魔は右の拳に刺さった針を抜こうとしながら呟く。

「冥土ノ土産二教エテヤルカ?アノ世デ、ソコ二転ガル男ニモ教エテヤレ。我ラハ魔界ノ王タル悪魔王ノ命ヲ受ケ、コノ世界ヲ支配スル為ニ現界シタ」

目を細め、差も嬉しそうに語る悪魔。

「トコロデ、女。コノ針ハナンダ?抜ケナインダガ?」

それを聞いて、メイアはニヤリと笑った。


「あら?せっかく切った腕、繋げなおしちゃったの?」


さっと裾から針を出し、素早く悪魔に投げつける。

「ッ!?」

針は悪魔の胴体に刺さる。同時に悪魔はその長い腕でメイアの首を掴もうとする。しかし、悪魔は空を掴むだけでメイアを掴めない。

「何故…ダ!?」

続けて蹴りや拳をぶつけようとするが、全てメイアには当たらない。それを見てメイアはニヤリとした。

慌てふためく悪魔。メイアはゆっくりとその距離を詰める。そして、更にもう1本針を悪魔の身体に突き刺す。


「ナ、何ダ…コレハ…」


針が刺さった瞬間、悪魔はがくりと膝をつく。身体はどんなに動かそうにも動かない。

「貴方は3つの過ちを犯しているの。1つ目は、わざわざ一度切り離した腕を、付け直してしまったこと」

メイアは悪魔に顔面に足を乗せる。


「2つ、私を人間と判断していること。私がもしも、夢魔の血を引いていると知れば…この針の意味も理解したでしょうに」

メイアはそう言って、4本目の針を取り出す。

「マ、マサカ…ソノ針ハ…」

その言葉を聞くと、悪魔は震えた声を上げる。


「3つ、手も足も出ない女の子を前に、自分は強いと錯覚したこと。その時点で貴方は人間と大差ないわ。そんなので悪魔王の配下ですって?悪魔王ってのも、大したことないんじゃないかしら?」

「キ、キ、貴様ァァァァァ!!!」




メイアは悪魔の頭に針を刺す。その瞬間、悪魔は力無く地面に倒れこんだ。


メイアが持つのは「夢魔の骨針」

夢魔の骨を削り出し作るこの針は、1本刺せば感覚を奪い、2本刺せば認識を奪う。3本刺せば自由を奪い、4本刺せば、意識を奪う。そして5本刺せば、命を奪う。



悪魔が動かないことを確認すると、メイアはドサッと悪魔の上に腰を下ろした。


「しんどい…!!!!!」


その声は三角州の空に響き渡った。



▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽

「…まぁ、こんなところかしらね。流石は私の娘ね?」

ルフェルはさも嬉しそうに言う。

『あぁ、まったく…無茶をする…』

「あら~?なんでこんな無茶しなきゃいけない状況になったかおわかりですか~??」

『っ!…その…』

「まぁいいわ。とにかく、私の娘を宜しくね。貴方たちが何をするか、私はここから楽しく眺めさせてもらいますから…」



気が付けば、先ほどの三角州にいた。日は少し傾きかけている。急いで上半身を起こすと、メイアが傍に腰を下ろしていた。


「ようやくお目覚め?良い夢でも見れたかしら?」

少し皮肉の入った声でメイアはぼやく。

『あぁ、君のお母さんに会ったよ。娘を宜しく、だとさ』


私が呟くと、メイアは赤面した。


「は!!!?え!!?嘘!!?なんで!???え!!」

私は頭を擦りながら言う。

『頭蓋骨が割れたから、その修復で魔力をゴッソリ持っていかれたんだ。それで意識を失った』

「で、母さんが貴方を見つけて連れ込んだ…と。全然変わってないのね…」


何故だか知らないが、ルフェルはメイアにあまり会おうとしないらしい。故に、メイアにとって母の安否を確認できたことはかなり嬉しいことのようだった。


「それで、これ…どうするの?」

メイアはそう言って座布団の代わりに使っていた悪魔を親指で指さす。

『ふぅむ…悪魔の死骸か。冒険者組合に持って行くのあまり良い気分ではないがね』

「昨日の事と…あの老人魔術師の事が引っ掛かっているの?」

『それはもう。関連性はまだ定かではないが、私はこういうことには敏感なんだ』






夢魔の骨針:夢魔の骨を成型して生み出す針。それは即ち、常人では手に入れることの不可能なものの代名詞のひとつともされている。「夢魔の骨針」の他にも、「創造神の棺」、「真珠の成る巨木」、「濡れた火蜥蜴の焔」、「白龍の黒眼」などがある。ちなみに、メイアはこの針を作るにあたって8本の肋骨を犠牲にし8本の針を手にした。

「流石の私でもこれらは持っていないよ」

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