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その吸血鬼は優雅であるのか  作者: 珈琲豆
優雅な吸血鬼は冒険者になる
13/67

歩く死体は誰かの差し金であるのか

『ところでメイア。銀級冒険者なんていつのまになっていたんだい…?』

「あら?貴方も知らなかったの?貴方に会う前から銀級よ」


メイアはツンッとそっぽを向いて答えた。

『どうやら、私も君のことをあまり知っていないのかもしれないな』

「そうね。貴方はそういう人だもの」

『悪かったよ。謝るさ。そう機嫌を悪くしないでくれ』

「別に?怒ってないから。それより早く貴方の求める依頼を探しましょう」


メイアはそう言ってスタスタと掲示板の方に行ってしまった。

「朝から夫婦喧嘩ですか?」


一人取り残され、どうしたものかと思案していると、受付の男が話しかけてくる。確か名前は、ラークだったか。

『あぁ、ラーク君。おはよう。いや、そういうわけじゃないんだが』

「依頼探しでもめた、みたいな?まぁ…男女2人で行動するとそういうことは多いですよ」

『多いのかね?』

「えぇ。僕は何度も見てきましたから」


負のオーラが漂うラーク。恐らく、彼自身も何かそういう苦い思い出でもあるのだろう。深くは詮索しないこととする。

『それより、掲示板を見ずとも君に依頼を探してもらうこともできると聞いたが』

「えぇ。希望に沿ったものを必ず、とはいきませんが」

『それなら…そうだな。死霊系魔物(アンデッド)の討伐の依頼なんかは無いかね?いや、それに限ったわけじゃないんだがね。別に見たものを不快にし精神を壊す虫とか、進んだ道を全て毒で満たす蛇とか、霧の中に住む変幻自在の幻覚を見せる蝙蝠とか、鳴き声だけで人を呪う烏の依頼でもなんでも構わないんだがね』

「死霊系魔物は…まぁありますけど。なんですか?あとの奴等は。御伽噺(フェアリー・テイル)?」

『はは、まぁ御伽噺のようなものさ』


ま、実際にいるんですけどね。



「でも、死霊系魔物の討伐なんて随分珍しい依頼を好みますね」

『まぁ、そこは変わった魔術師の趣味とでも思ってくれ。魂の探求だよ』


「探求」これも便利な言葉である。魔術師がこれを言えば大概のことは何とかなる免罪符のような言葉だ。


「探求…ですか。なら…こちらなんかはどうですか?」


渡された書類には「アルズマ川近辺で度々出現するゾンビの討伐」と書かれていた。


アルズマ川はトクロジムアをトルキョとサルティーマ両国に流れるヤナセ川の支流だ。下流の方は桜の名所としても知られ、春先は川を覆う桜の見物客で賑わっている。


そんな川でゾンビが発生するとは非常に珍しい。

そもそもゾンビとは、放置された死体に悪霊が憑りつき誕生する。死霊系魔物の多くは生への執着が強い。その為、死霊は肉体を欲するし、ゾンビなんかは新鮮な血肉を欲する。故にゾンビは人や動物を襲い、喰らう。


よく言われる、ゾンビに噛まれるとゾンビになる、なんてのはゾンビに喰われた途中で絶命し、そこに別の死霊が入り込んだから言われる俗説だ。ゾンビはそんな感染性のあるものじゃない。


『ふぅむ…一筋縄ではいかなそうだが、まぁ良いだろう。花見のついでに行ってくるとするかね』

「今はもう花の季節は終わりましたよ。今は…そうですね。多分美味しい川魚が釣れるでしょう。卵を抱えた川魚はそのまま塩焼きにするだけで美味しいですよ!」


非常に緊張感のない会話を終えて、掲示板に立っているメイアに話しかける。

『メイア、川魚は好きかな?』



▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△


『という訳で、狩りに行こうか!』

「馬鹿!!釣りじゃないじゃない!!!」


馬車で2時間経て、私たちはアルズマ川の上流の方に来た。丁度ヤナセ川との分岐点から少し離れた場所だ。ゾンビは丁度、アルズマ川とヤナセ川が形成する三角州の方から来るらしいからだ。

アルズマ川は下流こそ飲食店や宿泊施設が隣接する観光名所になっているが、上流の方はそういった施設はなく、未開拓な林が広がっている。つまり今、我々は林の中にいた。

なんでわざわざ馬車で?また空でも飛べばいいって?全力でメイアに拒否されたからだよ。


御者に駄賃を支払い、馬車を降りる。

「すまんね旦那。ここから先は流石に馬車じゃ進めねぇんだ」

『構わんよ。この道を見ればわかる。かなりぬかるんでいるが…何かあったのかね?』

「ここ最近雨が多かったからな…ヤナセ川からかなりの水がこっちにも流れ込んでいるんだよ。ここらは別に堤防も作っていないから、溢れる時は溢れるんだ」

御者はそう言って馬車を走らせて帰っていった。


道はぬかるみ、木々は鬱蒼と生い茂る。隣接する川も、木々の隙間から少し見えるくらいだった。

『というわけで、これからゾンビを狩りに行くわけだが』

「川魚は…?」

『帰りに食べよう』


酷く落胆したメイアを横目に現状を確認する。


与えられた情報は

・ゾンビは下流に向かって進む。

・ゾンビはここ最近定期的に表れるようになった。


随分と雑な依頼である。まぁ、依頼主が下流で酒屋を経営する親父だから仕方あるまい。そう詳しい事情を知っているはずが無いのだから。


「もう早くなんとかしましょ…貴方…冥王神の加護とかあるんでしょう?それで早く…」

もう帰りたいメイアを連れて支流の分岐点に向かう。先ほどまではそれなりに整備された道だったが、ここまで来ると荒れ放題だった。ぬかるみ、雑草は生え、石が転がっている。歩きづらいか歩きにくいかで言えば10人中9人は歩きにくいと言うだろう。


『加護か。使っても良いんだがね。うん。やめておこう』

「なんで!?」

『私は君と違って冒険者になったばかりでね。もう少し、経験値を高めたいのさ。早く君と肩を並べて戦えるように』


「そう言われると…何も返せないじゃない…」とモジモジするメイア。


そうメイアに良い訳をして進む。本当は神の手を借りるのがあまり好きではないからなんだがね。だってなんか貸しを作るみたいじゃないか。

分岐点に向かって川沿いを1時間ほど、ところどころ飛び出た枝をかき分けて進むと、ぽつぽつと水たまりが生じるようになってきていた。



『これは…あまり良い環境ではないな』

空気が悪くなってきている。腐った水の臭いが漂い始めていた。



死霊というものは清いものを避ける。それはすなわち、清くないもの好む。

太陽の光、清涼な河川、そういうもの避け、暗い所、濁った水を好む。


まさに今のこの環境は死霊にピッタリの環境だった。

川は度重なる雨で濁り、主流から流れた土砂や流木で流れは悪い。整備が行き届いていない故、樹木は自由に生い茂り、光は地表に届いていない。


「こんなにピッタリな環境なら、死霊が住み着いてもおかしくないわね」

『あぁ。()()()()


実際、辺りを見渡せば何体かの死霊が木々の隙間を縫うように飛び回っている。しかし、死霊は居ても肝心の死霊が憑りつく死体がなければ始まらない。

しかもここ最近ゾンビが出たという事は…何者かがここらに死体を放置していることになる。


『これは一筋縄ではいかないな』

恐らく出てきたゾンビを狩るだけでは問題は解決しないだろう。ここに死体を持ち込む何者かを見つけないことには解決には至らない。

「こんなことなら、浄化の魔術でもできる人呼んだ方が早いんじゃない?ここら一帯をパーっと浄化しちゃってさ。死霊さえ集まらなければゾンビだって生まれない訳だし」

『それはそうだがね。生憎私に聖職者の知り合いはいないんだ』

「いや、別に聖職者じゃなくても。それこそ普通の()()()魔術師とか」

『少なくとも、君のように呼べば来てくれる人はいないだろう…残念だけど』


さてどうしたものか。やはり…

「最初に言っておくけど、ここで野宿するのは御免だから!」

『おや?君は遂に人の心まで読めるようになったのかい?』



更に道(もはや道と言えるか定かでは無くなってきているのだが)を進むと、開けた所に出た。林を抜けたらしい。

見ると主流のヤナセ川が見える。丁度分岐点に辿り着いたようだった。


分岐点は土砂や流木といったものが積みあがっていた。主流が運んだものがこの三角州に積みあがっていっているのだろう。

しかし、臭いがキツイ。大雨で増水した川は、勢いを増して底に沈殿したヘドロまでこの三角州に運んでしまったようだ。


「帰りたい。というか、私だけあっち側(夢の世界の方)に行っていいかしら…」

鼻をつまみながら訴えるメイア。言葉にはしないが、いつでも夢の世界に行けるメイアがここまで傍に居てくれることに私は感謝している。


メイアの言葉はもっともだった。自分自身、帰りたいという気持ちが強い。

「まぁ、ここに何もいなければ帰るか」そう思った時だった。


「見て…あれ」

メイアが指を指して囁く。見てみると、黒い頭巾を被った()()が沢山の大きな麻袋を抱えて川を渡って来ていた。

()()は2mほどの人型をしていて、頭に黒い頭巾を被り、黒い襤褸を纏っていた。

()()は主流のヤナセ川を流れに逆らいながらわたり、こちらに近づいてくる。


『ほほう、随分背の高い人間だな』

「どう見ても違うでしょあれ…」


()()は川を渡りきると、土砂や流木を足で退かして、抱えた麻袋を乱雑に地面に置いた。


「あれ…もしかしたら悪魔かも」

『悪魔?アレがか?』


()()、改めてメイアが言うに悪魔は麻袋の1つに手を突っ込み、それからあるものを取り出す。


『ずいぶん都合の良い話だが、確定だな』


取り出されたのは、人間だった。肌色はかなり悪い。恐らくどこかの墓地から掘り出したのだろう。

「じゃぁ、アイツをなんとかすればこの依頼はお終いね?」

『そういうわけではないがね。もし君が言うように奴が悪魔ならば、召喚した何者かがいるはずだ。それを着き止めるまでは解決はしないだろう』

「じゃぁ、どうするの?」

『直接聞けば良いんじゃないかな?』


というわけで、スタスタと悪魔の方へ歩いていく。

「ちょ、本当、貴方!!」


私が近づくと、悪魔はグルッと首だけをこちらに向けた。黒い頭巾の奥には白い眼が2つ光っている。目や鼻口なんてものはなく、ぬっぺりとした白い顔だ。


『はは、やはり人ではないか。かなり刺激的な顔だな』

「オ前…何者ダ?」

どこから声を出しているのか、悪魔はそう返してきた。


『私の名前はジョン・デューク。しがない銅級冒険者さ。

 実はそこのアルズマ川の下流の方でゾンビが出るようになったんだよ。君は何か知らないかな?』

チラチラと手に持っている死体を眺めながら尋ねる。

「冒険者カ。今ココヲ立チ去レバ、記憶消去ダケデユルシテヤル」

『それは君の契約者の意思かな?悪魔くん』

「俺ニ契約者ハ…イナイ」

『ほほー、契約者のいない悪魔。それは非常に興味深い。もっと詳しい話を聞かせてくれよ。例えば名前とか』


すると、悪魔は手に持っていた死体をブルンッと振るい、こちらにぶつけてくる。サッと身を翻して躱すと、今度は悪魔は無駄に長い腕を伸ばして身体を掴もうとしてきた。

『素直に喋ってくれた方が私は嬉しいんだがね!!』


対象を悪魔の伸ばした右腕に、念動力を与える。関節という概念を無視してジグザグに腕を折ってみせる。

悪魔は声も出さず、ボッキボキに折れた腕を眺める。


『ははは、どうだい?素直に話してくれればこれ以上は痛い目には合わなくて済むぞ?』


非常に貴族的に、優雅に私は悪魔に話しかける。すると、後ろに居たメイアが叫んだ。

「忘れたの!そいつは悪魔なの!!人間と同じ常識は通じないわよ!!!」


次の瞬間、頭上に重い一撃が届いた。防御結界が起動したが、それも力で無理やり押し破り、私の頭上に。


それは奇しくも、さっきジグザグに、ボッキボキに折ってやった右腕だった。


悪魔:この世ではない「魔界」と呼ばれる別次元の世界に住む存在。基本的には誰かの召喚を通じてこの世界に現れ、召喚者と契約をする。契約内容に応じた報酬を貰うと、自分の世界に帰っていく。その容姿は様々で、人のような容姿の者もいれば、半液体生命体(スライム)のようにドロッとした見た目の者もいる。

基本的に、高位の存在になればなるほど召喚は難しく、契約は難しい。

「契約次第で何でもしてくれるんだよ。悪く言えば「使い走り」「要求の多い下僕」「なんでも屋さん」と言った具合か」

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