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その吸血鬼は優雅であるのか  作者: 珈琲豆
優雅な吸血鬼は冒険者になる
12/67

悪夢使いは何を訴えるのか

「へ~、そんなことがあったんだ」


メイアはあまり驚いた様子はせずハムエッグと黒パンを食べる。

『えっっ…もっと驚くところじゃないのかい?大変だったんだぜ。宿屋の主人に怪しい眼で見られたり…』

「んー、まぁ見た目が怪しいからね。」


見た目が怪しいというのは心外だ。魔術師なんてこんなものだろう。私より奇抜な格好の魔術師は何人も見たことあるぞ?


「それより、これからどうするの?」


『ん?それは勿論、情報収集さ。我が分岐達を探すにはそれしかあるまい』

「…分岐ってそもそも何?」


そういえば、説明していなかったか。

『分岐というのは…我が魂だよ』

「魂?」

『そう。私は魂を7つに分割させて散らばらせた。それぞれ特殊な魔物に組み込んでね』


そう。黒き腐敗する守護者(ドラウグル)を始めとする7柱の魔物。それを探し出すことが今度の方針となるだろう。


「でも…なんでそんなことをしたわけ?」

『死ぬ為さ。死んで冥界なり地獄なり、あの世に行ってみたかったんだ』

「馬鹿みたい。なんだってそんなことするのよ…」

そう呟くメイアの表情は暗い。

私はそんなメイアの表情を見ながら、伝票を手に取った。なぜ私がそんなことをしたのか?それはまだ語る時期ではない。

『まぁ、色々あってね。それより、私は組合所に向かうとするよ。食事も済んだだろう?』

はぐらかす様にそう言って会計を済ませてくる。



店を出てもメイアの表情は暗かった。

『さて、もう冒険者の登録も終わったし君とはここでお別れかな?』


私がそう言うと、メイアは私のローブの裾をそっと掴んだ。

「帰らない。私はまだ帰らない」

『ほほう。てっきりもう帰りたいかと思っていたがね』

メイアはギュッとローブの裾を引っ張る。

「確かに帰りたいけど、でも…もう少しだけ貴方の側にいたいの!!」

『え?』


あまりの急なデレっぷりにイマイチ反応が追いつかなかった。実はこのメイアも変装した別の何かなのではないか?

『急にどうした?』


「だって!!貴方は私のこと沢山知っているのに、私は貴方のこと何も知らない!名前だって偽名だったみたいだし、生まれも育ちも知らない。貴方は私のお母さんとすら知り合いだって言うのに!!」

『む…まぁ…そうなんだがね…』

「だから!貴方のことをもっと知るまで帰らない。貴方がなんで魂を分割してまで死んだのか、なんであの世に行ったのか、なんで再び帰ってきたのか、全部知るまで!」


メイアは顔を赤くして言い放った。その目には決意を感じた。


『なるほど。そうか…確かに私は君に何も伝えていなかった。すまない…』

「これから話してくれればいい」

『そうか。では後で少しずつ語っていくとするか』

「今話して。とりあえず本名から」

『なるほど。私の本名か。それはだな…』


そう私が真名を明かそうとした時だった。

「ああああああああ!!!!」

後ろから驚きの声が飛んできた。振り返ると、レザーアーマーに身を包んだ男が指を指しながら立っていた。


「あ、あんた!!昨日の!!」

『ん?誰だったかな?』

「誰だったかな?じゃねーよ!!昨日あんたの隣の部屋に泊まってただろ!?」


言われてみれば、確かに男は昨日壁を突き破った隣の部屋に居た男と同じ顔だった。


『あぁ、髪型が違うから気がつかなかった。昨日はすまなかったね』

男は昨日見た時は濡れ烏の様にぺたんとした前髪だったが、今日はトサカの様に威勢良く髪を逆立てていた。

「全くだぜ。大変だったんだぜ?宿屋のおっちゃんにも問い詰められてさ!」

『なるほど。それで?いくら欲しい?』

ポケットから銀貨を取り出すと、男は慌てて首と手を両方振った。


「いや!そういうわけじゃないんだ!別にそういうわけじゃないんだ!」

『ふぅむ…では記憶でも消しておくか』

「いやいや待って、待って!その…あんたに興味が湧いたんだよ!!」

『へ?』


おおっと?コイツは男色家か?

『それならすまない。私は自分の尻は大切にしたいと思っていてね。悪いが遠慮願おうか』

「そうじゃなくて!あんた!スゲー魔術師なんだろう!?なぁ!?」

『まぁ。少なくともこの世界で私よりも魔術に優れた人間は…思い当たるだけで結構いるな…そんな凄い魔術師ではないさ』

「嘘だろ…魔術師の世界ってそんなヤベーのか…」

『それで?君は一体なんなんだ?』

「おおっと!俺としたことが名乗り忘れていたぜ!

俺の名前はダニエル・ホックボーン、銅級冒険者だ!気軽にダニーって呼んでくれ!」


にこやかに笑いキランッと歯を輝かせるダニエル。多分この男、黙っていればモテるだろう。黙っていれば。


『ほほう、銅級冒険者か。結構苦労したんだろう?』

「まあな!これまで色々あったぜ…竜の住む谷で薬草を集めたり、金剛石採掘場で20時間に及ぶ採掘を行なったり…」


ダニエルはそう言って、聞いてもいない武勇伝を語り出す。そうこうしているうちに、冒険者組合所の前まで来ていた。


「…ってな!小型飛竜(ワイバーン)に乗って空を飛ぼうとした友人の…

って、あれ、あんたらも冒険者組合に用が?もしかして…依頼か!?だったらこの際俺に頼んでみてくれよ!つい最近銅級になったばかりだが、戦闘経験なら自信はあるぜ!魔術師の要求する魔物素材だって何回も採取したこともある!半液体生命体(スライム)の肝臓から歩行茸(マッシュウォーク)の胞子までなんでもいけるぜ!」


まったく朝から騒がしい男である。まさかここまでの道のり8分間の間に12の武勇伝を語ってくるとは思いもしなかった。


『いや、実は…言いづらいことなんだがね。私も冒険者なのだよ』

「マジか!?」

『マジマジ。ちなみに、私もつい最近銅級冒険者になったばかりなのだがね』


嘘は言っていない。彼がどれくらいの年月を経て銅級になったかは知らないが、私も彼も銅級冒険者であることは変わらない。


ダニエルはそれを聞くと、しばし考え始めたが、直ぐにパッと表情を明るくして叫んだ。


「だったら俺らは、兄弟(ブラザー)だ!!!!」

『は?』

「これは運命だぜ兄弟!俺とあんたで二人組(コンビ)を組もう!そしたら俺らは、最強の冒険者だ!今にこのトクロジムアに名を轟かせ、行く行くはサルティーマ共和国屈指の冒険者として世界に羽ばたくことになる!!」


ぽかん、と口を開けて(仮面をつけているので向こうにはわからないが)立ち尽くしていると、ダニエルは私の手を取って組合所に引きずり込もうとしてきた。

「そうと決まれば早速依頼を受けようぜ!俺たちの最初にふさわしい依頼があると良いんだがな!」

『おいおい何も決まってないぞ??二人組(コンビ)だって?必要かそれ?』

「水臭いこと言うなよ兄弟!冒険者ってのはそういうもんだろう?1人より2人、2人より3人の方が生存率は高くなる!」


確かに。普通、1人では確保できる視界の広さは限られている。背中を守る仲間がいれば危険な洞窟だって森だって行ける。その考えは失念していた。というのも、400年前くらいに組んでしまった防御結界が便利過ぎて「攻撃されれば気が付くし、良いかな?」と思ってしまっていたからだ。


しかし、どうしたものか?

チラッと半ば空気と化していたメイアの方を見ると、非常に苛立った表情でダニエルを睨んでいた。


『そうだな…ダニエル君』

「ダニーって呼んでくれよ?どうした兄弟」

『ふぅむ…ダニー君。実は私には既に相棒と言える存在が居てだな』

そう言って、親指で後ろにいるメイアを指す。

それを見てダニエルは目を丸くして、それから私の耳元でこっそり尋ねてきた。

「おいおいおいおい…あのスゲー美人さんは…あんたの…これか?」

ダニエルはそう言って小指を立てる。

『まぁまぁ、そんな具合だと思いたまえ。察してくれるな?』

「いや、まぁ…そうなんだけどよぉ…あの人も冒険者?」


冒険者か否か、を聞かれ私は口を閉じた。言えないのだった。

知らないからだ。


メイアは私のことを何も知らない、と言ったが、私自身メイアの事を深く知っているわけではない。確かに、彼女の母親も父親も知っているし、彼女のスリーサイズも知っている私だが、彼女が普段どんな生活をしているかは殆ど知らない。

というのも、彼女は「悪夢使い」だ。表に出て仕事をする人ではなく、裏で仕事をする人。つまり暗殺者(アサシン)という呼び方が近い。


「あぁ…なるほど」

私が困っていると、察したようにダニエルは頷いた。それからこう言った。


「お嬢さん!先ほどはすまなかった。君の大切な人物と勝手に二人組(コンビ)を組みたいなど言ってしまって…

だから、俺と兄弟と、お嬢さん、3人で三人組(トリオ)と行こうじゃないか!大丈夫、君がまだ俺らと違って銅級冒険者じゃないことはわかっている。だが、何かあっても…俺たちが守るから!!」


違う、そうじゃない。


ダニエル、君を一瞬でも察しの良い男と思った俺が馬鹿だった!!

メイアの方を見ると、呆れたようにうなだれていた。


「ダニエル、だっけ?」

メイアは可哀そうなモノを見る目で見ながら言った。

「あぁ!ダニーと呼んでくれても構わない!むしろそう呼んで欲しい!」

「あら、そう?ならダニー?貴方は私を守れるの?」

「勿論!!」

ダニエルは自信ありげに答えた。



しかし、そんなダニエルの自信をポッキリと折る現象が起きた。

「本当に、守れるのかしら?」


恐らく、通行人も、組合所に入ろうとした他の冒険者も、空を飛ぶ小鳥ですら認知出来なかった速度だろう。

ダニエルが瞬きを1回した頃には、メイアはダニエルの背後に立ち首筋にナイフを当てていた。


「え…?」


あまりの唐突な出来事に、ダニエルは思考が追い付かない。しかし、身体は瞬時に状況を判断できたらしく額には汗がどっぷりと浮かんでいた。


「1回死んだわよ。貴方」

「何が…起きて…?」


メイアはナイフをしまい、今度は胸元から1つの名前札を取り出した。

「私を守りたければ、少なくとも私より良い色の札を持ちなさい」


メイアが手に持っていたのは銀色の名前札だった。


『「銀級…冒険者…?」』


この時ばかりはダニエルを兄弟(ブラザー)だと思った。まったく同じタイミングで同じことを私たちは呟く。


「ほら、行くわよ」

メイアは人差し指を曲げて私に指示を出す。


私はダニエルにそっと『こういうわけだ。すまんね』と言ってメイアを追った。


小指を立てる:手信号の一種。言葉を口にせずとも相手と意思疎通を取る際に用いられる。この場合は、「あの女はお前の恋人か?」という意味合いがある。また、女性が使う場合は親指を立てることで「あの男はお前の恋人か?」という信号を相手に伝えることができる。発祥は不明。

「その、なんだ。私は忙しい。その手の話は勘弁してくれ」


結界魔法:結界と呼ばれる魔術障壁の一種を展開する魔術。障壁には様々な性質や効果がある。そして、個人で使う魔術ではない。普通は対場魔術だ。建物や陣地、大きいところで国に用いる魔術である。個人で使うにはかなり面倒な準備が普通は(・・・)いる。

私が使っているのは防御結界で、対魔法防御結界と対物理結界の2つを同時、かつ瞬時に展開できるようにしている。条件を指定して、その条件にそぐえば結界が発動するように術式を組めれば魔力消費も最小限で済む。

「ところで、さっきのメイアの動き…多分だが、あれも結界を用いた何かだよな?私でも流石に読めなかったぞ?」

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