夜の来客は物騒であるのか
その日は空いていた宿を見つけて泊まることにした。
『しかし…何故部屋が別々なんだろうか…別に今更良いではないか…』
私は1人部屋に何故か押し込まれていた。メイアは2つ隣の部屋だ。
・・・
今日は何とか冒険者の資格を手にするまで行けたが…このまま平穏に進めるだろうか?
鑑定眼を持つ謎の老人。人間であれば明らかに死んでいておかしくない時代の人間。それが今平然と歩いている。
『まぁ、向こうから仕掛けてくるまでは何もしなくていいか』
日はすっかり沈み、街灯の灯りがポツポツと灯っている。明日から本格的に分岐達を探そう、そう思いながら窓の外の景色を眺める。
すると、コンコン、とドアを叩く音が部屋に響いた。
『鍵は掛けていない。好きに開ければ良いさ』
そう言うと、ドアはギギィっと鈍い音を立てて開いた。
「鍵くらい掛けておきなさいよ」
ドアの前に立っていたのはメイアだった。
『仮に賊が襲うならばドアは蹴破るさ』
メイアは部屋に入ると部屋に備え付けの椅子に腰を下ろした。
「明日からどうするの?」
『丁度今考えていたところさ。とりあえず、情報収集だ。まぁ…私の狙う獲物は個性的だからね。簡単に見つかることを願っているよ』
「そう。それって私も付き合わなきゃいけないのかしら?」
『なんだい?君は別件で仕事でもあったかな?』
「私だって暇じゃないわよ」
部屋に夜風が吹き込む。私はそっと窓を閉める。
「何で閉じるの?良い風じゃない」
『ふははは、君が風に乗って飛んで逃げないようにさ』
「え?」
相手が反応する前に、呪術を用いて動きを封じる。
『ノックの回数が1回少ない。メイアならば3回なんだよ。見事な変装ではあるが…少し惜しい』
そう言ってメイア(の顔をした何者か)の顔にそっと手を触れる。次の瞬間、表面を覆っていた魔術偽装が解けて骸骨の仮面をつけた女が現れた。服装まで全部偽装だったのか、今は黒いピチッとした黒装束だ。
『ほほう…メイアより…大きいな』
「貴様…直ぐにこの術を解け!」
その上半身に生るたわわな果実を眺めながら呟くと、女は憎らしそうに言った。
『なぁに、少しばかり記憶を覗かせて貰うだけさ』
どこの誰かは知らないが、他人のふりをして部屋に入る輩が真っ当な者のはずはない。遠慮なく正体を見極めさせてもらおう。
そう思いながら女の頭に手を置こうとすると。
「しゃらくせぇ!!!」
窓ガラスをぶち破り、今度は大柄な、女と同じような骸骨の面を付けた男が飛び込んできた。
「何やってんだ姉貴!捕まってるじゃねぇか!!!」
男は部屋に飛び込むや否、部屋の照明を叩き割り、女を抱き抱えた。
「すまない!!!」
『まったく…なんだね。部屋の弁償代は払ってくれるんだろうな?』
「うるせぇ!」
男はそう言って、素早く蹴りをこちらにお見舞いしてくる。防御結界が作動し身体は守られたが、抑えきれなかった衝撃が身体に走る。骨に響くな…
「姉貴、作戦変更だ。見られた以上は殺すしかない」
「わかっている!」
明りが無くなったことで影を用いた呪術は使えなくなり、女は自由になる。
肉体があった頃は暗闇でも全然見れたが、この身体ではそうはいかない。明かりが無いと何も見えない。かなり厳しい。
一方で相手は夜目が効くのか正確にこちらに攻撃を仕掛けてくる。女はクナイ、男は短剣か…微かな月明りを頼りに攻撃を避ける。
『どこの雇われ暗殺者か知らないが…私とて逃がす気はないぞ?』
夜目が効くのならば、と生活魔術の「明灯」を使う。おっと、少し魔力量を多くし過ぎたか。
ピカッと眩い閃光が部屋中に広がる。暗闇に慣れた目にはさぞ強烈な光だろう。
「「ぐぅ!!!」」
『ふははは、かなり痛そうだな!』
怯んだ隙に男の頭を掴み、精神汚染の魔術を用いて強制的に意識を奪う。
「クソ!」
瞬時に復帰した女の方が私に向かってクナイを投げる。防御結界に当たったクナイはそのまま私の足元に転がる。
『この男の生殺与奪は私にあるわけだが、どうだね?色々喋ってみたくないかね?』
落ちたクナイを拾い、意識のない男の首筋にそっとあてる。
「貴様…」
『一体誰の差し金で、何の目的で、何を知りたくてここに来た?話してみろ』
勿論、この男の記憶を読み取れば知れる。ただし、その間無防備になるのでこの場では使えない。女も無力化するのも手だが…この状況ではそうはいかないな。
相手は暗殺者の類だ。何か秘策を持っていてもおかしくない。
「話せば開放する保証がどこにある?」
『ほほう…ではこの男を見捨てるのかな?それなら結構。君はそこの窓からでも出ていきたまえ』
親指で窓を指すと女はチラッと窓の方を見た。
その隙に女の額を狙って氷の礫を放つ。ふははは、私が搦め手ばかり使う男だと思ったか。五大属性魔法だってこの通りだ!
氷の礫が頭に当たった女はふらりとよろめき、倒れた。
『さて…これで一安心。記憶は女の方を見せてもらおうか』
誰に言うわけでもなく、そう呟きながら掴んでいた男を離し倒れた女の方に向かう。
すると、ガシッと首に違和感を覚えた。
後ろを見ると。
「ケッ、面倒な防御結界も掴めば発動しないみたいじゃねぇか」
意識を奪ったはずの男が立っていた。
『馬鹿なぁ…』
男は片手で私を持ち上げると、そのまま大振りに壁に向かって放り投げた。
くそう!この身体はお前たちと違って筋肉で守られていないんだぞう!
壁を一つ破り、激しい衝撃を背骨に感じながら心の中で悪態を吐く。
「ったく…よくもまぁコケにしやがって…!!」
大柄な男はそのまま機敏に跳躍し、丁度私に馬乗りになるように覆いかぶさった。
「とりあえず、その顔拝ませて貰うぜ」
『いやぁ…やめておいた方が良い。この仮面に触れることは…』
男はそんな私の忠告を無視して仮面に手をかける。
「んんんんんんんあああああああ!!????」
男は頭を押さえながら絶叫する。そして、そのまま部屋の中をゴロゴロと転がった。
『言わんこっちゃない。触れるだけで狂う』
ゆっくりと立ち上がり、服に着いた埃を手で払う。
ふと視線を感じて見てみると、ベッドの上に男が一人口を開けて座っていた。どうやら隣の部屋に宿泊していた人物のようだった。
『これはすまない。騒がしてしまったね』
念動力で窓を開け、転がり続ける男を浮かべてそのまま窓の外に放り投げ、窓を閉める。
『それでは、良い夢を』
壊れた壁から自分の部屋に戻り、崩れた壁の破片を適当に組み合わせて壁を修復する。後で隠蔽の魔術を掛けて誤魔化しておかねば。窓もだな。
『さて…あとは、この女か』
明灯を(今度は適正な魔力量で)指先に灯しながら部屋を見る。
『いない…?あれ?』
△▽△▽△▽
「なんだアレは!!なんなんだ!!!」
女は地べたに転がる男を抱えて走る。
「私は賃金分しか働かないぞ!」
そう言いながら女は自分の出せる最大限の速度で闇の中を駆け抜けた。
一方メイアは、その日一日の疲れを取るように布団に包まって熟睡するのであった。
無貌の仮面:公爵が日常的に被っている仮面。目や口、鼻などの装飾は無く穴もない円錐形の仮面。昔、邪神崇拝の新興宗教団体の教祖から譲渡された品。価値は高くは無いが、デザイン性を気に入ってずっと持っている。装着すると邪神と対話できると言われているが、その正体は呪物である。つけたり触れたりすると狂化の呪術を付与させる呪物である。
「何故呪いが効かないのか?そんなことは簡単さ。今も昔も永遠と呪われ続けて生活しているのだよ。今更呪いが1つ2つ増えようとそう変わらない。そう、私は既に狂っているのだから」