組合札は銅製であるのか
「というわけで…銅級冒険者としての認可が下りた」
老人との模擬戦を終えてしばらく待合室で待たされていると、先ほどの老人と受付の男とは別の男が入ってきて言った。
しかし、銅か。
「それに伴い、組合札に記載する名前を教えてもらおう」
男が言う。
『名前ね。ジョン・デュークで』
「ジョン公爵?できれば正式な名前を教えてもらいたいんだがね」
男は困ったように頭を掻く。
「あら?貴方、そんな名前だったかしら?私と初めて会った時はジェームズ・ダーティって名乗ってなかった?」
耳元でそっと囁くメイア。
「正式なのか。長ったらしくて好きじゃないのだがね。ジョン・スミス・デュークだ」
男は呆れたような顔をしたが、しぶしぶ銅の札に言われた名前を打ち込んでいく。
「ジョン・スミス…どこの出身で?」
今度話を振ってきたの老人の方だった。
『チルバ帝国の方の没落貴族ですよ。本当はただの職人の家系だったんですがね』
「チルバ…それはまた随分遠いところから来たものだな」
『えぇ。ここまで来るのはかなり大変な旅でした。本当はトルキョで冒険者登録を済ませたかったんですがね、今はチルバとトルキョは緊迫関係。仕方なくここまで来たんですよ』
「チルバで登録は出来なくて?」
名前を銅板に打ち込みながら男が尋ねる。
『没落貴族ですからね。もう、チルバじゃ生活はできません。一種の夜逃げのようなものでして…お恥ずかしい』
「しかし、貴族が冒険者など場違いに思えるがな。お主にも持っている土地の1つや2つあったのでは?」
『はははは、さっきも言った通り、没落貴族なんですよ。私の代で家は潰れたのです。土地も家も財産も、国に取られてしまいました』
皆が口を噤む。銅の札に文字を打ち込む音だけが部屋に響く。
「それは…その…すまないことを聞いた」
老人が顔を伏せながら謝る。
「まぁ、アンタがどんな目的で冒険者やるかは知らんが、銅級冒険者であることを誇りに思って良いんだぜ」
そう言って男が私に銅の名前札を渡す。
『銅が誇らしいものかね?』
「そりゃぁ、普通なら冒険者ってのは木の板から始まるもんだ」
男が言うに、冒険者には階級制度があり組合札と呼ばれる名前の印字された札の材質で分けられるそうだ。
組合札は特殊な魔術保護が付与されており、偽装や損傷を妨げる効果があるとか。
階級は
木
石(特殊な鉱石でもなんでもない)
鉄(混ざり物のない純粋な鉄)
銅
銀
金
白金
金剛石
と、続くらしい。
組合規定では金剛石の次に魔法銀、慈硬石、と続くそうだが、それらの素材はそもそも入手が困難(時に伝説級の産物)なので存在しないそうだ。
階級は銀までは各組合での貢献度(依頼をこなした数やその内容など)で上がれるそうだが、金級から上は月に1度の国全体の組合の会議で話が通らないと上がれないそうだ。
金剛石より上になると国の中だけではなく他国家の承認まで必要になるとか。なんだか面倒な組織だ。
『ふぅむ…では、私は最初から銅なのは…』
「うちの支部の組合長が「未来が見える。偉大な功績が見える」とか言ってな。結構な特例だぞ」
『ふははは、その組合長とは実に審美眼に長けているようだな』
「大した自信で。慢心と興味心は人を殺すぞ?」
『よく知っている。何度か見かけたことがある』
組合札を受け取ると、男は手を差し伸べてきた。
「俺はこの支部の防具や武器の整備を担当しているバルバン・シャットだ。当分はここらで依頼を受けてくれるんだよな?」
渋々こちらも手を出し、握手を交わす。
『まぁ、そうなるかね。私に合う依頼があれば良いんだが』
「それならラークに聞くと良い。ほら、君を鍛錬場に案内した男」
『なるほど。あとで挨拶をしておこう』
ついでに老人にも名前を伺った。
「儂か?儂はウィック・ジョルマンだ。この支部の冴えない魔術師よ」
ウィック・ジョルマン…聞いたことがあるような、無いような…
「ウィックさんはもとは冒険者だったんだけどな。腰を悪くしてから組合職員になったんだよ。もともと鑑定眼を持っているからね。ここでは素材の鑑定や魔術指南をしている。君も魔術について困ったら…って」
「この男は儂より上じゃよ。むしろ儂が教わりたいくらいじゃ。貴族なんぞに負けるとはなぁ」
穏やかに笑うウィック氏。
しかし、私は内心穏やかでは無かった。
鑑定眼だと?この老人…場合によってはすぐに消さなければならないかもしれない。
『まさか鑑定眼を持っていらっしゃるとは思いもしませんでしたな。それは生まれつきで?』
「いや、後から手にした方じゃ。若い頃にな。ひとつ才が欲しいと思って試したのじゃよ」
ウィック氏はそう言うと、自身の右手を左目に突っ込み眼球を引き抜いた。
「結果がこれじゃ。左目はもう存在しない。成功したのは右目だけじゃ」
そう言いながら右手で義眼をコロコロと転がすウィック氏。
「あんたら、驚かないんだな…俺なんか初めてやられた時は悲鳴をあげたぜ?」
バルバンは苦笑いを浮かべて言う。
『いやぁ、魔術師ならば良くあることなのでね。魔術協会がうるさいから人間を使った魔術の実験はできない。となれば、自分を犠牲にするしかない。そうでしょう?』
「その通り」
ウムウムと仕切りに頷くウィック氏。
しかし、わからん。鑑定眼とは、物の本質を見抜く魔眼。極稀に生まれつき持っている者が生まれるとされる。この老人の場合は後から付けたものだから…自身の眼球に魔術刻印を刻み、鑑定眼として生まれ変わらせたといった具合だろう。
さて、老人はどこまで私の本質を見抜いているだろうか?間違いなく模擬戦の最中に見られている。
私の無貌の仮面とあらゆる攻撃が来れば自動で展開される防御結界すら通り抜けるだけの力を持つ魔眼ならば、お手上げだ。
「そんじゃ、自己紹介も済んだし俺は仕事に戻るよ」
バルバンはそう言って部屋を出て行った。
バルバンが出て行ってしばらく無言の時間が続く。
「それじゃぁ、儂も戻るとするか」
ウィック氏はそう言って立ち上がる。
「お主らも今日は疲れただろう。早く宿を探した方がいい」
『それはどうも。そうさせて頂こう』
ウィック氏に続いて私とメイアも立ち上がり部屋を出る。
「それじゃ、お主の活躍を願っておるよ」
ウィック氏はそう言い残し、廊下を歩いて行った。
メイアと私は無言で組合所を出る。
『そうだ、思い出した。ウィック・ジョルマン…一時期最も金級に近い銀級冒険者と言われた男だ!』
「一時期って…それっていつの話?」
『えーっと…私がまだチルバに住居を置いていた時だから…待て。100年前、いやもっとだ。300年以上前の話だ』
「んー…じゃぁ、あのウィックってのは人間じゃなくてエルフか何かかしら?」
『そんなことはない。ウィック・ジョルマンは人間だった』
そう。ウィック・ジョルマンは人間だったはずだ。銀級冒険者の彼は、確か魔術師だった。盾士の男と2人でチームを組んで名を挙げていたはず…「不壊のバロールと閃光のウィック」そんな通り名だったな…
当時はまだ無詠唱魔法が今ほど浸透していなかったから、無詠唱に長けたウィック氏は誰よりも早く魔術を行使する優れた魔術師として話題になった記憶がある。
だが…確か…ハールノーム山の土砂崩れに飲まれて行方不明だった…はず。
あれはウィック・ジョルマン本人なのか、ウィック・ジョルマンを偽る別人か、ウィック・ジョルマンと同姓同名の別人か…
「まぁ、考えたって仕方ないんじゃない?それより早く宿を見つけましょう…もう色々ありすぎて疲れたわ…」
メイアはそう言って宿屋通りに向かって歩いて行ってしまった。
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「組合長よ。良かったのかね?あれで」
「うん。あれでいいの。だって、あんな凄腕魔術師滅多に現れないわ」
「しかし…あれは人ならざる者の類…儂の鑑定眼はそう示しておった」
ウィックはそこまで言ってひとつ咳払いをした。
「まぁ…異様なまでに隠蔽されていたがな」
「ってことは…正体まではわからないってことかい?」
「そうなる。儂の鑑定眼が見抜いた情報は「明らかに人間ではない」ということだけじゃ」
そう話すウィックの表情は明るい。まるで新しいオモチャを貰ったような、老人が浮かべる笑みではなかった。
「まったく…面倒な事にならなければいいけど。これで私たちの計画が台無しになっても知らないよ?」
「組合長よ。儂らの計画はたった一人の人外に覆されるほど軟なものかな?」
「そんなことはないわ。むしろ好都合。人ではない者がいる場所で陰惨な事件が起これば…ね?」
組合長はそう言いながら口角を上げる。
日は沈みかけ、西の空が真っ赤に染まる。そんな光景を眺める2人の影の形は人ではない何かの形をしていた。
鑑定眼:本質を見抜く魔眼。精度はピンキリだが、精度が良ければあらゆる魔術の隠蔽が意味をなさなくなる。
常時発動型と任意発動型の2種類の鑑定眼があり、天性的に鑑定眼を持っている人は常時発動型が多い。見るもの全てが勝手に鑑定されるため非常にツラい。ただし、天性的な鑑定眼は魔力消費がほぼない。
「鑑定眼、私も欲しかった時期はあったがね。今は他人から貰ったもので我慢しているよ。麻袋を漁れば3個くらいは出てくるんじゃないか?」