全ては今は亡き小娘に送る冒険譚
吸血鬼はCV.子安武人でお願いします。
勇者にとって、人類にとって、吸血鬼という種族は明確な敵だった。冒険者組合の情報でも、ロクな話を聞かない。人間を襲い、人間を自分の眷属にして更に人間を襲う。人間の敵そのものだ。
しかも、他の魔族と違って、どこから来るのかが一切わからないから根本的な原因は叩けない。
倒しても気が付けば新しい吸血鬼が世界のどこかから姿を現す。発生原因としてわかっているのは、吸血鬼の血を受けた人間は吸血鬼になる、ということだけ。
噂じゃ吸血鬼という種は、たった一人の吸血鬼から始まった、なんていうけれど……
勇者とその一行が偶然訪れた国は、たった1人の吸血鬼に乗っ取られていた。
人間は家畜同然の扱いを受け、吸血鬼に血を差し出すだけの存在になっていた。城下町は死臭を帯びた風が吹き、様々な魔物が街を徘徊する。吸血鬼の手を逃れた人間は魔物の餌となる。絶望と混沌が渦巻く狂気の国と化していた。
勇者はそんな国を救うために剣を抜いた。
吸血鬼は膨大な量の魔力を持ち、様々な魔術を使った。それに加えて人間を遥かに凌駕する身体能力も持っていた。
勇者であるフォルマンドであっても、神から授かった加護と黄金の剣、精霊王から授かった数多の精霊魔術が無ければ勝つことはできなかっただろう。
戦いは三日三晩続いた。太陽の光に弱いと言われている吸血鬼だが、その吸血鬼は己の魔術で空を闇で覆っていた。
それ故、太陽がいくら頭上に昇ろうとも光は一切降り注がなかった。
だが、フォルマンドの剣は着々と吸血鬼の命を削っていった。
その為かわからないが、吸血鬼はある時を境に急激に力を落としていった。勇者の剣はそんな吸血鬼の喉笛を突き刺した。
深手を負った吸血鬼は城下町の側の森に逃げ込む。
森の奥には人知れずに美しい洋館が聳え立っていた。周りは相も変わらず深い闇に覆われていて、日の光など微塵も入ってこない。
フォルマンドはそこで、最後の戦いを繰り広げた。
黄金の剣は辺りの闇を消し飛ばし、洋館は日の光に照らされる。
精霊王の力を借りた魔術は洋館を消えぬ炎で包み込む。
そして死闘の末、ついに吸血鬼の心臓へ銀の杭を打ち込むに至る。
フォルマンドは今でも覚えている。あの時の吸血鬼の姿を。
「勇者。君は強いな。名前を聞かせてくれないか?」
燃える館の中、身動きの取れないまま吸血鬼はフォルマンドに語りかけてきた。
フォルマンドが名前を言うと、面白そうに吸血鬼は笑った。
「覚えておこう。また会う機会があれば……いや、できれば会いたくないな。」
吸血鬼はそう言い残すと、精霊魔術の炎に焼かれ朽ちていった。
あれから20年経った今、最後の戦いの地は平穏そのものだった。
黄金の剣は邪を祓う。昔は魔物が頻繁に出た森も、今じゃ小鳥がさえずる平和な森だ。
あの吸血鬼のいた館の跡地は王の意向で、焼け落ちたままの状態で保存されている。「勇者、吸血鬼討伐の地」なんて売り文句で観光資源になっているとかなんだとか。
「で、なんだって今更俺らがあの国に戻るんだ?」
「20周年の記念式典だってよ。まぁうまい飯が食えるんだ。良いだろう」
「ホント、勇者様は金があるのにケチだからねぇ…タダメシには滅法弱いんだから」
「そんなこと言わないでください!こういう人じゃないと勇者にはなれないんですよ」
「タダメシに弱くないと勇者になれないなんて、次の勇者が泣くぞ?」
黄金の剣を持つ勇者フォルマンドとその一行は、再びあの地に戻る。
物語はその裏で、誰も知らぬところから始まるのだが。
▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲
勇者は強かった。私は驚いたものだよ。人間とはあんなにも強い生き物だっただろうか、と。
もしくは私は忘れていただけかもしれない。もう何年生きたかわからない私だ。もう昔のことは忘れようとしていた。
勇者の瞳に灯る色は見覚えがある。あれこそ私が大好きだった色だった。そう、あの日手から零れ落ちた彼女と同じ瞳だ。
私は忘れようとしていた。
もうこのまま、人間という種を滅ぼしてしまおうかと思った。それが私自身の意思なのか、はたまた第三者の精神介入があったのか、もはやわからないが……
それでもあの瞳を見てしまった時、私は思い返したんだ。
私はやるべきことが残っていた。約束を果たさなければならない。私は今度こそ……この手で救わなければならない。
その為なら死んでしまっても構わない。
むしろ死んでしまった方が早い。
そして尋ねよう。
地獄の主人にでも。
一種の賭けではあるが…私は賭けには強い方だ。
一世一代の大博打と行こうじゃないか。
教えてくれ。あの娘の魂はどこにあるんだい。




