あのイケボの正体――
【地獄・外の広場】
――頬に伝う厭な汗。 ベタベタするような、滲むような嫌な汗。 じんわりと滴り落ちていく。
ここにキテ、“一番”緊張しているのが分かった。 こいつはヤベえぜと脳が警鐘を鳴らす。
「さあ……そのまま“立つ”んだ」
「き……君は“たって”いないよね?!」
「はぁ……“なん事”だい? さあ、立って」
「ほッ……」
その言葉を聴いて俺はホッとしていた。
野郎の“アレ”がピーしてアーしてピーなって。
一抹の不安が解消できたと思えばもう……
「わかった――」
俺はベンチからスッ――と立ち上がった。 これからどこに向かうのかも分からない状況――
――こんな場所にいたら命がいくらあっても足りない。 そんな場所にいるというのに、少しだけワクワクしていた。 “完全に創られた世界”――
だけど――“危険な場所”には変わらないんだろう? そんなアンニュイな気持ちが交ざり合う。
「さあ……“行こう”か」
「あ……あぁ」
イケボの声に俺は素直に従った。 どこに自分は向かっていくのか分からない。 でも、それも悪くは無かった。 ただでさえ人間は珍しいらしい。 魔物人ばかりのこの世界で、奇妙な生物が一匹紛れ込んでいる状況。 強そうなモノの側にいるのが一番安全なのではと思い始めていた。
【???】
そのまま俺達は賑わう広場前から、薄暗い街の“裏側”へと辿り着いていた。
「ふふっ……これが“本当の光景”さ」
「なるほどね……こりゃいい……」
どぶ臭い空気、太って肥えたネズミが走り回る。
淀んだ空気に似合う、ボロボロの建物――
「ふふっ……どうだい? “ココの住民達”は」
「“酷い”もんだな。 “ギラギラ”してやがる」
「そうだろう、そうだろう。 ふふっ……」
イケボの声に違わぬその“眼”。 薄暗い街の裏側で強烈にギラつく視線。 一歩間違えば“死線”。
――老若男女構わず、同じギラついた眼をしている住民ども。 綺麗な顔をした魔物人も、薄汚れたじいさんも、ガタイのいいお兄さんも……
――“小さいガキんちょ”までも。
全てが“ギラギラ”していた。
「“分かる”だろう? “君”なら」
「……なにが言いたい。 そう言いたいとこだが」
「ふふっ……」
「お前も“コッチ側”って言いたいんだろう?」
直感で思った事を言っていた。 お高くとまるようなタマじゃない。 そう思ったんだ。
「その“通り”さ」
「ふんッ!! ほっとけッ!!」
「ん……“掘っとけ”って?」
「あ、いや……すんませぇんッ! マジでッ!!」
そして、一瞬でピンチになる俺――
緊急事態を俺自身で招いていた。
「ははっ――ボクはそんなの“ツイ”てないけど」
「……!?」
――衝撃だった。 全速力でホッとした事と、マジでイケボの……“女魔物人”? そして、ド下ネタじゃねえかって思う衝撃――
「さあて……そろそろボクも“登場”しようか」
「ッ――ッ?!」
ふっと“肩が軽く”なった。
遂にイケボの正体が明らかになろうとしていた。
「初めまして。 ボクは“欲望の悪魔”さ」
スッ――と俺の背後からすり抜けるように現れたソレは、ここにいる住民達と同じようにギラギラした眼をしていた。
「そうか……“ヨクちゃん”ね? 分かったわ」
「ふーん? なんだ、知ってたのかボクの事」
「いや、知らねえよ。 “当てずっぽう”だよ」
今までのクソみたいな狂った世界設定から、適当に予想したら当たってしまった。
「へぇ……なら“ボウ”の方は?」
「そりゃおめえ……決まってんだろ? “ソレ”だ」
俺はソレに指を指す。 なんて“適当”なんだと。
「ははっ!? そう、“ソイツ”だよ」
ガダッ――
ジャリッ――ッ!!
そして――
「初めまして――“人間”。 オレが暴だ」
「この……“破戒僧”が。 ふふっ……おもしれえ」
ボロボロの袈裟姿でクッソガタイのいい、坊主頭の野郎がヨクの隣に並び立っていた。 バカデカイ数珠等はなく、首にかけるものは巨大な銀色のチェーンだった。
「ふふっ、“ボク”の“お兄ちゃん”なんだよ」
「――んがッ?!」
俺は驚きのあまり、開いた口が塞がらなかった。
――隣には華奢な身体をした、真っ白いキャミソール+真っ白いミニスカート+真っ白い素肌に真っ白い髪の毛。 まるで天使のような悪魔の姿。
「あ、あり得ん……“超絶美少女”の“兄”ぃ?」
「“驚いた”?」
「驚いたよッ!! “知ってた”としてもだ!」
頭の片隅にはありとあらゆる可能性を用意していた。 こんな事もあるのだろうなと。 だけど……
「あぁ、ちなみに“血は繋がってる”よ」
「“嘘だ”ッッッ!! あり得ないッ!!」
まるで、某ゲームに出てくるヤンデルヒロインバリの否定をしてしまう俺。 それほどまでに、俺は認めたくは無かった。 あり得ないだろうと。
「まっ……“嘘”だけどね」
「そうだな、うんッ! よしッッ!!」
――あり得るわけがない、そんな突然変異は。
そして、俺が考え出した答えはこれだった。
「そっちのおッかねえ方は多分“混血”だろう」
「うぬ……っ?!」
「“図星”か――」
鬼みたいな顔をした暴は驚いていた。
――ここからは俺の推理パートの始まり。
「お前の“かぁちゃん”が“浮気”してだな……」
「ぐぬっッ?!」
「ふふっ……続けて続けて?」
「ゴッツイ神とピーしてピーがピーで……」
「……」
「お前が“産まれ”たんだろう」
「――ぐおぉおおぉおおぉッ?!」
ガタイのいい暴が頭を抱えて崩れる。
――相当効いてしまったらしい。
「君……ピーしか言ってないし“最低”だね」
「勿論。 “知ってる”よ」
「だって――俺は“皆が慕う神を殺しに”きた」
「ほう……?」
ヨクはギラギラした眼からキラキラした眼に変わっていた。 とっても驚いたような顔をして。
「ははっ――だから問題はねえんだよ」
俺は言い切っていた。 “すべてを敵に回し”に来たんだろ? 何を今更言っているんだよと。
「むしろ……ここまでクズだとカッコイイ……」
「やめろ……“フラグ”をたてるな立てるな」
「俺はまだ死にたくないッ!!」
何故かホの字になったヨクを見て、緊急フラグ回避をおこなっていた。 間違いが起きて、悪魔とも関係を持ってしまったらヤバイだろうと。
――現在進行形でヤバい事は置いておいてだが。
「もう“遅い”よ? ボクは“気に入った”よ」
「“ちょろイン”かよ……」
思わず本音が飛び出る。
「ヨクは……シャイにみえて実は乙女なんだ」
「なにそれ? “兄情報”?!」
聴きたくなかった……おにいやんの口からは。
――もっとこう、硬派な感じをイメージしていた。 寡黙で、妹はやらんぞ! 的な……こう。
「もう、オレには手におえん……“合掌”――」
「おいぃッ!? ガッショウッ! しないで!」
「――誰か助けてぇ?! 怖いのぉッ!!」
ヤバすぎる展開に俺の完璧なるチャートフローが粉々に壊されていく。 イメージしていたアンダーグラウンドな世界はここで儚く壊れ去った。
「まぁ、いいじゃない? ふふっ……」
「勝手に腕を絡み付けるなッ!! ひぃッ?!」
色んな意味でパニックになっていた。
今ある状況と、超絶美少女に腕を絡まれ、圧倒的童の帝の自分が真っ赤になりそうでもう――
「ようこそ――“地獄”へ」
「あぁ……クソ――いっつもこれだよバカヤロウ」
俺は現実でも異世界でも惑わされていた――




