クライマックス寸前ッ!!
【牢獄】
――コツンッ……コツンッ……コツンッ……
「う″ぅ……ん″ぁ?」
微睡みの中、俺は厭な音を聴いた。
ゆっくりと、ゆっくりと……忍び寄る足音――
間違いなく、先程の危険なお姉様の足音だった。
コツンッ……コツンッ……コツンッ……コッ――
そして――
「あら……“寝て”いたの?」
そんな不気味なのに良い声の主に俺は……
「ま、まぁ? やることねえし暇だしね……?」
“実際”、錆び臭い牢獄の中にいたらそうなる。
――実際、数時間程度の時間の経過だろう。
でも……なんだか物凄く気持ちよく寝れた気がした。 眠りが浅く、寝付きが悪い俺。 こんな状況だってのに、堂々と熟睡してしまうところがもう本物のクズだった。
「あら……“壊した”の? “その子”」
牢屋の外で“ソレ”を指差し驚いた顔をするお姉様。 キリッとした美しいお目めが大きく開く。
カランッ――カラカラッ!!
俺はミイラのような骨に触れ、音をたててしまう。 そんな驚いた表情をされたら、とてつもなくヤバい事をしてしまったと急激に思い始め、背筋がスゥ~と凍りつくような錯覚を覚えていた。
「まて……とっくに“コイツは壊れてる”」
咄嗟に飛び出た苦し紛れの言葉はこれだった。
息もしてなけりゃ、“この世”にはもういない。
つまりは、そう言うことだと言いたかった。
「ふむ……まあいいわ。 そうね……うん……」
「……」
(どっちだよ……なんか凄く可哀想な顔を?)
すらっとした手を自分のあごに添え、澄ました表情でソレを見つめるお姉様。 美しくて、美しくて、もう、堪らなく好きなタイプだった……
黒いチャイナドレスのような特殊な服装、黒髪でセミロングな肩くらいまで伸びる黒髪。 美しいその髪の毛先は内側へ巻かれていて、透き通るようなその顔には、泣きボクロがひとつある。
“俺の中”の“完璧”なヒロインがそこにはいた。
「うっふふっ……? どうしたの? 変な顔して」
「あ……いや、なんでもねえっすッ!!」
「あら、そう?」
「は……はひッ!?」
俺はその美しい顔をまともに見ることが出来ず、顔を反らせ、照れながら驚く素振りを見せた。
「あぁ……そうそう、“彼”が“呼んでるわ”よ?」
「ッっ――ッ?!」
一発でわかった。 “ヤツ”だ。 ヤツしかいないと。 あのクソムカツク……“ノイズ野郎”だと。
「わかった……みなまで言わないでくれ……」
これから、マジで始まる戦い。 本気で勝てる気がしない事はわかっていた。 でも……少しだけ寝て、なぜだかいける気がしていた。
「ふふっ……そうねぇ~? あぁ……“楽しみ”」
「そうだろうね……」
きっと貴女は勘違いしてる。 野郎×野郎のきったねえ組み合わせを。 そんなクソ展開は二度とこない。 俺も……神も……そんな展開は期待していない。 ここから始まるは、“勘違い”から生まれた、血みどろの戦いだ。
「まさか本当にそんな“趣味”があったなんて」
「ヂュルッ……んふふっ、初めて見るの~」
「……」
(見せねえよ……うちは“専門外”だからそこ)
野郎が野郎とピーしてピーなってあーなって、どうなってって話は、腐女子の先生の小説でも見ていてくれと言いたい事をグッと抑えていた。
「すまない……“五分”だけくれないか?」
「ん……? どうしたの? 嫌なの? ふふっ……」
「あ、いや……そういうわけじゃない」
まさか、煙草が吸いたいから時間をくれなんて云えなかった。 さっさと、ご退場願いたかった。
ここでもレディーファースト。 なにかと、禁煙禁煙禁煙禁煙完全ノンスモーキングな世の中だ。 ここが現実世界じゃなくても、俺はそのルールに乗っ取りたかった。
「そう……じゃあ先に行ってるわね? ふふっ」
「……」
――またいい足音が聴こえ、遠ざかる。 そして、カチッと勝手に牢屋の鍵が開けられて、俺はまた骨と一緒になっていた。 俺と、骨だけ――
全くもって異質な空間になっていた。
「ふぅ……まったく、この世界はなんなんだ?」
「……」
崩れて壊れた……“壊した”ガイコツは当然語らない。 なのに俺は、煙草をふかしながら語る。
「おめえさんも……ご苦労さんなもんだな」
「……」
「こんな薄暗い場所でポツンと座っててよ……」
「……」
「ふぅ……“どこいっても変わらねえ”な本……当」
膝をたて座りながら、俺はワイルドな態度で独り言をひたすら呟く。 誰かに聞いて欲しかった。
――ただそれだけだった。
「まってな……“終わったら”“埋めて”やる」
カコンッ――カタッ――
「こんな“場所”で“一生置かせ”はしねえさ」
「お前さんは、“還る”場所へ連れてってやる」
「……」
カランッ――ガチャガチャンッ!!
「おい……マジかよおい……勘弁してよ~」
そして、そんな俺のキザな言葉に反応したのか、半分ミイラのようなガイコツは完全に崩れ去っていた。 バラバラと地面に砕け散るように落ちる骨、骨、骨――
――儚くも美しい光景だった。 力尽き、地に落ちた瞬間。 それが今、目の前で起こっている。
「ふぅ……クソッタレな世界だぜここはよ……」
生きづらいといったらありゃしない。 そんな気持ちは今でも持ちつつ、俺は立ち上がる。
「さて……行きましょうか。 “バトルシーン”へ」
そして――俺は牢屋からゆっくりと離脱した。




