おかしなお茶会(BL表現注意)
BL表現が色濃く出ているので苦手な人はご注意下さい
アリスはやっとある場所に着いた。
そこは帽子屋の家で、大きな屋根はシルクハットの形で、大きく
「Mad Hatter」
と書いてあった。
今更ではあったが、アリスは「もし危ない人だったらどうしよう!」とびくびくしながら家の門を開けて入った。
中に入ると、庭の大きな木の下に、これまた大きなテーブルがあった。椅子も様々な種類の物がならんでいる。テーブルの上はたくさんのティーカップやポットが置いてあり、紅茶のいい香りがする。
そのテーブルの向こうに人が二人いた。一人がもう一人の上に馬乗りになっている。喧嘩をしているようだ。
「ぼ、帽子屋君・・・もう僕我慢できないよ!」
「下りろ!この万年発情期が!」
「誰のせいですかー!だいたい君が思わせぶりなことするのがいけないんだ!なんで指に付いたミルク舐めんの?!エロいよ!」
「知るかー!」
こ・・・恐い!さっきチェシャ猫に言ったこと、取り消したい!アリスはその場で固まった。
「ああ~もう!下・り・ろ!」
下の人が馬乗りの人に、いきなり頭突きをした。
ごっ。
鈍い音が響き、馬乗りの人が後ろにのけ反った。そのときティーカップを一つひっくり返し、
「熱っっ!」
中に入っていた紅茶が思い切りかかった。
アリスは怯えて後ずさりしたが、その拍子にアリスまでカップをひっくり返した。
「きゃ!熱い!」
指に紅茶がかかった。指先がカッと熱い。
ようやく二人の男はアリスに気が付いた。やけどをしたアリスに慌てて近づいた。
「大丈夫かい?」
下に組み伏せられていた方の男がアリスの手を取った。アリスはその人を見て一目で帽子屋だとわかった。
緑のスーツに緑のシルクハット。三白眼に丸い鼻。肌は浅黒く、体つきは少しがっちりしている。帽子屋が後ろの男に振り返った。
「3月ウサギ君、氷持って来てくれ!」
声をかけられた3月ウサギは、帽子屋に比べかなり細身でスタイルが良い。グレーのタキシードを着ている。すっきりした卵形の顔に似合う端正な顔立ち。オールバックにした金髪に爽やかな青い目が綺麗だ。しかし、アリスはわかっていないが、その目はどんよりとした性欲によって濁りきっている。ウサギの耳も、力無くだらんとしていた。
容姿がとても対称的な二人だ。
「舐めてあげたら治るんじゃない?」
3月ウサギがはあはあと興奮しながら言った。股間を両手でぎゅっと握っている。アリスは何故かゾワッとした。
帽子屋がたしなめのために3月ウサギの頬をひっぱたくと、3月ウサギが「ああん!」と言い、氷を持って来た。
とりあえず一段落付いたところで帽子屋が、
「いや、すまない。少し立て込んでいてね(そう言って3月ウサギを睨み付ける)。お嬢さん、お名前は?」
と聞いてきた。
アリスはまだ少しびくびくしながら名乗った。
「あたし、アリスって言います。白ウサギさんに頼まれて、ここに居るように言われたんです・・・。」
でもアリスはもう正直帰りたくなってきた。3月ウサギがニヤニヤはあはあしながらアリスを見つめていたし、そんな3月ウサギを帽子屋がたしなめのために足を思い切り踏むのも怖かった。
「はじめまして!僕は帽子屋です。」
帽子屋がシルクハットを脱ぎ、お辞儀をした。そのまま服も脱ぐんだ!と言う3月ウサギを帽子屋は完璧にスルーした。
「さ、3月ウサギです…よろしく、アリスちゃん!」
3月ウサギがはあはあしながらニヤッと笑い、手を差し延べてきた。
アリスは握手したくなかったが、失礼になってはいけないと思い、恐る恐る手を握った。
するといきなりそのまま抱き寄せられた。アリスが驚いて身を固めると、3月ウサギが、
「ああ~、幼女もなかなかそそるなぁ~…!」
と言い、アリスの髪の匂いを嗅いだ。帽子屋が3月ウサギを怒鳴りながら慌てて駆け寄ろうとしているのが傍で見える。
恐い・・・!アリスは全身の毛が逆立つのを感じた。3月ウサギの何が恐いのかわからなかったが、アリスは本能で身の危険を感じた。
アリスはチェシャ猫に貰った黒い物体を取り出し、思い切り3月ウサギの首筋に押し付けた。
その瞬間、黒い物体が急激に暖かくなり、ビリッという音とともに、3月ウサギが
「ギャッ!」
と悲鳴を上げて倒れた。
帽子屋が青ざめて、
「こ、これは…チェシャ猫の魔法…?!」
と掠れた声で呟いた。
3月ウサギはピクリとも動かない。アリスは怖くなり、がくがく震えた。
「し…死んじゃったの?」
「いや、」
帽子屋が3月ウサギを調べた。
「気絶しているだけさ。」
とりあえず3月ウサギをほっといて、帽子屋とアリスはお茶を飲むことにした。アリスはしきりに3月ウサギを心配したが、帽子屋が大丈夫だからとなだめた。
「すまんね。見苦しいところを見せてしまった。」
帽子屋が苦笑しながらアリスのカップに紅茶を入れた。アリスはお礼を言って一口飲む。紅茶の風味と砂糖の程よい甘さが口いっぱいに広がる。とてもおいしい。
「3月ウサギさんはどうしたんですか?」
帽子屋が自分のカップに入れた紅茶に砂糖を何杯も入れて、紅茶というより砂糖の山になっているところで聞いてみた。
「え?あいつならそこに転がってるじゃないか。」
「そうじゃなくって、」
アリスが言いにくそうに言った。
「3月ウサギさんはどうして苦しそうにはあはあ言ってるの?お股腫れていたし、病気なの?」
それを聞いて、先程まで快活な口調だった帽子屋が突然口ごもった。
「あー、病気ではないんだ。」
「え?じゃあどうして?」
アリスはやはり好奇心が強い。知りたくて堪らないという顔で帽子屋を見つめる。帽子屋が後頭部をかいた。
「いや、うーん、何と言うか、あいつ、今発情期なんだ。」
「はつじょうき?」アリスが首を傾げた。「って何?」
「んーと、簡単に言うと、子供を作りたくてしかたがない感じだな。」
気まずそうな帽子屋をアリスはじっと見つめる。帽子屋が、僕は何を言ってるんだろう、とため息をついた。
「つまり、ずっとえっちな気分なんだ。ウサギは皆3月になると、ああなってしまう。」
アリスは気づいた。
「でも今は3月じゃないわ。なのにどうして?」
帽子屋が俯いた。
「それは僕のせいなんだ。」
去年、僕はハートの女王主催の音楽会に行かなければならなかった。僕は歌を歌うことになって。
3月ウサギ君も一緒に来ていた。
ステージの上で僕は自慢の歌声を披露する。
やっぱり女王がいるから緊張してね。少しリズムが狂ってしまった。
そしたら女王がスクッと立ち上がり、怒り狂った様子で怒鳴った。
「この者は時間を狂わせた!首を跳ねよ!」
僕は観念した。女王の命令は絶対なんだから。兵隊たちが僕をひっ捕らえようとステージに向かった。
そしたら、3月ウサギ君が抗議した。
「たった一拍リズム(時間)を狂わせただけじゃないか!僕の友人を殺させはしない!」
すると女王が兵士を止めた。
そして僕たちを見てニヤリと笑った。
「よかろう。ではお前たちの時間を止める!時間の尊さを思い知れ!」
「その日から、僕はずっとお茶の時間で、3月ウサギ君はずっと3月で止まったままだ。
一秒も進まない。ずっとずっと同じ時間だ。
なにも変化はない。これでは死んでいるのと同じようなものだ。」
帽子屋はうなだれた。
「僕のせいだ。僕があそこで時間を狂わせなければ、3月ウサギ君もこんなことに巻き込まれなかったのに。彼はずっと発情期だから、だれもかれも寄らなくなった。だから、せめて僕だけは彼を見捨てない。彼は、」
帽子屋がまだ伸びている3月ウサギを優しく見つめた。
「昔から今まで、僕の、大切な親友だからね。」
「そんなことがあったのね。」
アリスは二人を恐いと思ったことを申し訳ないと思った。
「ああ、難しいと思うけど、3月ウサギ君も我慢している方なんだ。あまり怖がらないでやってくれ。」
帽子屋が申し訳なさそうにお願いするので、アリスは頷いた。
また女王に狂わされた人がいたんだ。アリスは悲しそうな顔をした。
女王は何故そんなことが平然とできるんだろう?
アリスはしばらく黙っていたが、ふと、あることに気づいた。
「でも、どうしてさっき喧嘩をしていたんですか?」
帽子屋が困ったような顔をした。
「それが、わからないんだ。いきなり僕のことが好き!って言って、押し倒して来たんだ。」
「えっ、男の人が好きなの?!」
幼いアリスは非常に混乱した。
「あ、違うよ?僕は女性が好きだよ。3月ウサギ君もホモじゃないはずなんだけど…まあ、発情期だから見境無しなんじゃないかな?」
帽子屋が砂糖の山になった紅茶を飲む。アリスは「ホモってなに?」と聞こうとしたが、
「帽子屋君~!」
と3月ウサギが跳ね起きて帽子屋に襲い掛かったので、聞くのを止めた。アリスが見ると、ちょうど帽子屋が3月ウサギにアッパーカットを食らわせているところだった。
「普通にしていればいいやつなのにな、君。」
帽子屋が呆れた目で床に倒れた3月ウサギを見ている。3月ウサギがむっくりと起き上がった。
「普通にできないよー。なんかもうドキドキムラムラして…。」
はあはあ言いながらちらっとアリスを見る。アリスはまた3月ウサギの股間が膨れているのに気が付いた。
「お股腫れていて、痛くない?」
アリスは3月ウサギに優しくしようと、怖ず怖ずと声をかけた。3月ウサギは「ハウッ!」と言い、
「君が撫でてくれたら治る気がするよ。やってくれるかい?」
とはあはあ言いながら近寄った。帽子屋が3月ウサギの足を引っ掛けて転ばした。本当に大切に思ってるのかな、とアリスは疑問に思う。
帽子屋がいるが、やっぱり3月ウサギが恐いので、アリスは早く白兎が来てくれますように、と祈るばかりだった。