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下の国のアリス  作者: 皐月やえす
5/18

チェシャ猫


左右に別れた道。その前でアリスは途方にくれていた。


そこには看板が立っていて、「帽子屋 3月ウサギ あっち(右を指している) こっち(左を指している)」と書いてある。

どっち?アリスはしばらく考えこんで、「あっち」を行くことにした。2、3歩歩いてもう一度看板を見たら、「あっち」が左を指し、「こっち」が右を指している。

見間違えかなぁ?アリスは今度は左になった「あっち」に向かって歩いた。

そしてもう一度看板を見たら・・・。



また左右が入れ代わっていた。



「どっちなのよ!」

アリスが一人で怒っていると、

「どっちがイイの?」

という、なんだか色を含んだ声が、アリスのすぐ側の木の上から降ってきた。


アリスが驚いて見上げると、木の太い枝に、18歳くらいの青年が座っていた。

青年には三角の猫耳が紫色の髪から生えていた。丸い鼻にそばかす。大きな口でニヤニヤ笑いながら、流し目気味の黄色い眼でアリスを見ている。

髪の色と同じ紫色のシマシマのマントを着ていた。そのマントの下は・・・。

「きゃぁ!」

アリスは恥ずかしくて顔を覆った。

マントの下は何も着ていない。素っ裸だ。


挿絵(By みてみん)


「何?ああ、この格好嫌なの?」

猫の体の奥を舐め回すような声がアリスのすぐ近くからした。思わず振り返ると、猫の顔がすぐ目の前にあった。

「嫌ああ!早く服着て!」

「わかったよ!隠してるからさぁ。」

ほら、と猫が前をマントで隠した。

アリスはようやく落ち着き、猫に目を向けた。

「あなたは誰?」

アリスが怖ず怖ずと聞くと、猫がフフッと笑った。

「俺はチェシャ猫。この国一番の色っぽい猫。」

らしいよ、と最後にボソッと言った。このチェシャ猫、顔はあまり端正とは言えないが、確かに全身から色気がむんむん沸き上がっている。表情、声、仕草、それらすべてに色気がある。これではどんなにお堅い生娘でも、イチコロだろう。…噂では男もイチコロらしい。

「俺、公爵夫人に飼われているらしいけど、俺一度もそいつのこと、見たこと無いんだよね。あんた知ってる?」

「あ゛…あん。」なんて声を上げながら伸びをする。アリスは自分の背中がゾワッと波打つのを感じた。

「あたしは知らないわ。」アリスはチェシャ猫に言った。「飼い主を知らないなら、あなた、飼われていないんじゃないかしら?」

「あ、そうか。」

チェシャ猫が何がおかしいのか、ケラケラ笑った。

「で、君はどっちにイキたいの?アリス?」

アリスはびっくりした。

「どうしてあたしの名前を知っているの?」

「わかるさ。俺は物知りだからな。知らないことは無いんだ。」

チェシャ猫が赤い舌で指を舐めている。アリスはなんだかこっちが恥ずかしくなってきて、目を背けた。

「あっちがイイの?それともコッチ?」

チェシャ猫の示しているものがなんだかわからない。

「あたしあっちがいいの。」

アリスが「あっち」の道を指差して言った。

「どうして?」

チェシャ猫が目をギョロリと回した。アリスは早くチェシャ猫と離れたかったので簡単に説明した。

「あたし帽子屋さんのところに行きたいの。」

「ふ~ん。」

チェシャ猫が面白そうに言った。

「どっちの道も途中で交わるからどっち行っても同じさ。」

「本当?」

ありがとう、とアリスが嬉しげに駆け出そうとした。

「まあ帽子屋のところはその道じゃあないんだけどな。」

それを聞いて、アリスはムスッとして戻ってきた。

「この道が帽子屋への道さ。」

今までそこに道はなかったのに、チェシャ猫が「イカレ帽子屋 3月ウサギ」と書かれた看板の下を指さすと、三本目の道が出て来た。



「そういえばあんた知ってる?」

アリスが驚いて目を白黒させていると、チェシャ猫が急に話した。アリスは何が?という顔で振り返る。チェシャ猫がニッと笑う。

「この国がどんな国か。」

アリスは早くチェシャ猫から離れたかったが、好奇心が上回ってしまった。

「知らないわ。どんな国なの?」

アリスがチェシャ猫の元へ寄った。

「えー、何、知らないで来たの?

ここは子供は見てはいけない世界なんだよ。てっきり知ってて来たんだと思ったよ!どんなスケベでおませな子供なんだろうと楽しみだった!」

チェシャ猫がケラケラ笑う。アリスは真っ赤になって怒った。

「なんでスケベなのよ!」

「だってさ、この国は汚い大人の世界なんだぜ。わがまま、うそ、色事、権力。夢見る子供にはこんな世界は堪えられないさ。」

チェシャ猫がマントをバッと広げた。(アリスが悲鳴を上げて顔を隠した)



「ようこそ!大人の混沌の世界、UnderLandへ!」



「どうして・・・」

アリスが呟く。チェシャ猫から目を背けたままだ。

「なんであたしは来ちゃったんだろう?そんな、子供が来ちゃいけない世界に。」

「あんたが望んだんだろう?」

チェシャ猫の声が耳元で聞こえた。

「大人になればわかるかもしれないことを知りたくて来たんだろう?少し背伸びしてみたかっただけだろう?」



確かにそうだ。あたしは知りたかった。姉さんのことも、そして、白ウサギさんのことも。



チェシャ猫の声が囁く。

「これ以上進めば、もっと辛く、嫌なものを見るかもしれない。知りたくなかったことまで知ってしまうかもよ。それでも、行くか?」

アリスが目を上げると、チェシャ猫の黄色い眼があった。さっきと違い、真剣な眼。

アリスはその眼を見ながら、しっかり頷いた。

「あたし、行くわ。自分で決めたの。どんなに辛くても、しっかり見るわ。」

チェシャ猫が柔らかく笑った。

「じゃあ、気をつけてな。」

チェシャ猫がアリスに何か黒い物体を渡した。手の平にすっぽり入る。石のように重たく、ヒンヤリとしている。

「襲い掛かられたらこれを相手の首に力一杯あてろ。じゃあな。」

そう言ってチェシャ猫はすっ・・・と消えた。

なんだろう、これ?とアリスは黒い物体を見ていたが、ポケットにしまった。

そして、アリスはまた道を歩き出した。

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