表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
下の国のアリス  作者: 皐月やえす
3/18

青虫


長いこと歩いて、アリスはようやく森の奥の中心に着いた。


ひんやりした湿った空気がアリスを包んだ。

そこは辺り一面キノコだらけだった。大きさ、色など、様々なキノコがぎっちり生えている。

その中央に一際大きなキノコがあった。高さがおよそ50㎝、傘の大きさは直径3mぐらいだ。煙はそのキノコの上からたっていた。

アリスはキノコの上に誰か居るかもしれないと思い、

「あのぅ・・・誰かいる?あなたは誰?」

と怖ず怖ずと声をかけた。

返事が無い。辺りにしんとした沈黙が広がる。だが、一瞬だけ煙が止まった。



いきなりキノコの上から一人の壮年の男が顔を覗かせ、アリスを見つめた。

青いフード付きマントを身につけ、青いシュラフに俯せで肘をついて潜り込んでいる。片手にもくもくと煙が上がる水キセルを握り、細面の顔が、果てしなく怠そうな顔でアリスを興味なさそうに見ている。

アリスはびっくりして話すことを忘れた。長い沈黙。お互い1㎜も動かず黙っていた。


挿絵(By みてみん)


男がゆっくりと水キセルを吸い、怠そうな眠そうな声で沈黙を破った。

「俺の名前、青虫だが、あんた、何?」

ぽつんぽつんとした言い方はアリスをイラッとさせた。

おまけに誰ではなく何とまで言われてしまった。

「見てわかりませんか?」

アリスは慎重に聞いた。青虫は赤い煙を吐き出し、白髪をクシャッとかき、

「わからんね。」

と答えた。

青虫がまた水キセルを吸ったので、また沈黙。

今度は緑の煙で器用に疑問苻を作った。

「見た目は確かに人間だが、俺そんな小さな人間見たこと無い。」

そして灰色のどんよりした目でアリスをじっと見る。さっきよりいくらか興味を持った目で。

アリスはちょっと恥ずかしくなり、小さな声で答えた。

「あたしは人間で、アリスって言うの。なんか急に小さくなっちゃって、元に戻る方法を知りたくてここに来たの。」

そして期待のこもった目で青虫を見た。

「あなたは元の身長に戻る方法、知らないかしら?」

「知らないな。」

青虫はきっぱりと言った。


沈黙が流れた。


「原因もわからないのに何もできないだろう。」

原因はなんだ?と、青虫が怠そうに寝そべる。アリスはしどろもどろする。

「原因なんて・・・わかんないわ。わからないから聞いてみようと思って・・・。」

「お前がわからないなら、俺も知らない。」

青虫はそっけなく言い、そっぽを向いてしまった。

アリスはこんなに冷たくされるなんて思ってなかったので、悲しくなってしょんぼりした。どうしたらいいんだろう?

アリスが黙っていると、青虫が見兼ねてため息をつき、

「森の果物を食べたか?」

と、ぽつんと言った。

果物…?

「あ…!食べました!木苺を3、4粒くらい。」

そう。あの道の脇に、とてもおいしそうな木苺がたくさん成っていた。ちょうど小腹が空いたので少し食べたのだ。

「そうか。それなら身長も4分の1になっちまうわけだな。」

ところが青虫はまた向こうを向いてしまった。アリスはちょっと驚いた。

「あの…原因はわかったんで、戻り方を教えてくれませんか?」

「そのままでもいいだろ。」

青虫は面倒臭そうに言った。

「どうして?あたしは元に戻りたくて…!」

「何故だ?」

「だって小さいままだと困るわ。」

「何に困る?」

「それは…大きな階段とか登れないし…。」

「じゃあそこから進んだらいけないんだろう?」

「だって…!」

ここまでつっけんどんにされたのは初めてで、アリスは少し泣きそうになった。

「そもそも、」

青虫が目を細めた。



「ここはあんたのようなやつは来ちゃならんところなんだ。」



痛々しい沈黙が流れた。


「この世界は、あんたのような純粋で無垢で真っ白なやつは本来来れないはずだ。」

「でもあたしは来ることができた。」

アリスは震える声で言った。

「そもそも、この世界って何なの?」

青虫は面倒臭そうに顔をしかめた。

「何も知らないで来たのか?」

「ええ、あたし、白ウサギさんを追いかけてここに来たのよ。」

青虫が赤い煙で怒りマークを作った。顔は無表情だが、灰色の目が鈍く光った。怒っているらしい。アリスはドキドキした。

「あんた、元来たところへ帰りな。」

アリスは目を見開いて、

「どうして?嫌よ!」

と叫んだ。

「それこそ何故だ。どうして白ウサギを追いかけた?」

「あたし、白ウサギさんにお話したいことがあるの・・・自分でもよくわからないけど、なんか苦しいの!」

アリスは自分の胸元を掴んだ。

「白ウサギさんのこと考えると、ぎゅってなるこの気持ちが何なのか、あたし、知りたい!」

涙がアリスの大きな瞳からボロリとこぼれ落ちた。



青虫はそんなアリスをじっと見ていた。

「帰る気は無いんだな?」

青虫が静かに言った。アリスは喉の奥がカッと熱くなっていたので、黙って頷く。



しばらく見つめ合っていたが、青虫が大きくため息を漏らし、

「白ウサギのやつ、やっかいなもんを連れてきやがって・・・。」

とぶつぶつ言いながら、二つのキノコのかけらをアリスに投げ渡した。

「片方を食べれば大きくなるし、もう片方で小さくなる。」

アリスが驚いて青虫を見ると、青虫はふん、とそっぽを向いた。

「勘違いすんな。あんたにはこの先の恐ろしさを知らせるべきだなと思っただけだ。それに、」

青虫がちらっとアリスを見た。

「泣くな。台なしだぞ。」

べつにかわいいとか思ってるわけじゃ…とかぶつぶつ言ってる。

アリスは涙を拭いて、青虫を見上げ、

「ありがとう!」

と、飛び切りの笑顔で言った。

青虫が「だから勘違いするなって…。」と言っているのを後にして、アリスは駆け足で白ウサギの元へ急いだ。

青虫はしばらくアリスが消えた方向を見つめていたが、ごろりと寝返りを打って、また水キセルを吸いながら、ゆっくりと過ごした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ