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下の国のアリス  作者: 皐月やえす
13/18

衝突

「アリスさん?」

「白ウサギさん…。」

アリスは白ウサギを見上げていたが、急に大きな瞳からぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。止まらない。多分、これから先、白ウサギを思い出す度に泣くだろう。

「どうしたんですか?」

白ウサギが心配そうに顔を覗き込み、アリスの温かな涙を指でそっと拭う。優しく、優しく。

「あなたの…せいです。」

アリスは思わずそう言ってしまった。白ウサギが黙り込む。時間が止まってしまったようだ。

「許して下さい…。」

やがて白ウサギがひっそりと言った。アリスが見ると、白ウサギは悲しげに俯く。

「私は、あなたを子供としか見ていない。

あなたを、愛することはできません。」

アリスは自分の心臓が止まってしまったように思えた。

わかっているのだ。

白ウサギがアリスを愛せないことは。

白ウサギも辛いだろうけど、アリスのためにきちんと向き合って言ったことも。

でもやはり悲しかった。

アリスはこの恋を忘れないだろう。

どんなに辛くても、どんなに忘れたくても、ずっと心に刻まれたままだと思う。



「白ウサギくーん!!」

突然3月ウサギが、砂埃をあげながらものすごい速さで走って来た。白ウサギの側で止まり、息を切らしている。

「3月ウサギ!何があったんですか?」

白ウサギが驚いて聞く。

「あれ?アリスちゃんまだ帰ってなかったの?ってそうじゃなくて!」

3月ウサギが今にも泣き出しそうな顔をした。



「帽子屋君が、死刑にされちゃうんだ!」



「なんですって?!」

白ウサギの声が裏返った。

「さっき、帽子屋君の時間が急に元に戻ったと思ったら、いきなり女王が来て…時間を戻したのは女王だったんだけど、」

3月ウサギは喘ぎながら叫ぶように言う。

「時間を狂わすことがいかに重罪であるかわかっただろう、お前には死をもって償って貰うって言って…それで…。」

3月ウサギがぺたりと座り込んだ。

「もちろん僕は反対したよ。僕が代わりに死刑になるって。そしたら、帽子屋君が…。」

白ウサギが3月ウサギの肩を優しく抱く。

「僕のお腹に一発拳を入れて、僕、気絶しちゃって…。気づいたら、もう帽子屋君も女王たちも居なくなってた。帽子屋君は僕を死なせないために、そんなことしたんだ。彼は昔から…そういう人だった。迷惑ばかり掛けたのに、」

3月ウサギの眼から涙がボロッとこぼれ落ちた。

「僕は、また帽子屋君を助けることができなかった…。」

アリスはなんだか信じられない気持ちだった。

昨日、普通に話して、紅茶を飲んで、笑ってた人が、死ぬ?

白ウサギは震えた声で言った。

「まだ彼は死んでいないはず。まだ、何か出来るかもしれません。城へ行きましょう!」

「でも、もう数時間も経ったんだ。もう手遅れ…。」

「そんなこと言ってはなりません!」

白ウサギが鋭い声を上げた。

「諦めたら、すべて終わりです!」

急に後ろから笑い出しそうな声がした。

「諦めた方がいい。もう終わったんだから。」

その声がした途端、3月ウサギが驚いたように飛び上がり、白ウサギはバッとアリスを自分の後ろに隠した。

「ハートの…女王陛下…。」

3月ウサギが怒りに震えた声で呟いた。



その言葉を聞き、アリスは思わず白ウサギの後ろから覗き込んだ。

アリスは驚いた。皆を散々悲しませた人が、こんなに美しい人だったなんて。

真っ赤な華やかなドレスが良く似合う、スラリと背が高い女性。伸びやかな首には豪華なハートのネックレスを付けている。

キリッとした黒目。スッと通った鼻筋。ふっくらした色っぽい唇にはドレスと同じ赤い口紅を付けている。艶やかな黒髪を結い上げ、その上では立派な王冠が誇らしげに輝き、アリスたちを見下している。

「もう終わったとは、どういうことですか?」

白ウサギがじりじりとアリスと一緒に、近くの草むらに移動しているときに、3月ウサギが不自然に静かな声で言った。

ハートの女王の美しい顔が、意地悪くニヤリと歪んだ。

「お前の愛しい友人のことだ。」

「ま…まさか」

3月ウサギが眼を見開くと、女王がけたたましく笑った。

「処刑したよ!お前がおねんねしている間に、あいつの太い首をバサッとね!」

その言葉を聞いて、白ウサギが思わず動きを止めた。ショックで青ざめている。

「このやろおおおおぉぉぉ!!」

3月ウサギが怒りに満ちた声を上げ、女王に襲い掛かった。

その途端、周りにいた兵士が3月ウサギを取り押さえ、地面に押し付けた。

女王は3月ウサギを見下した。

「お前を殺しはしないよ。たった一人の親友を守れない自分の非力さを呪いながら生きな!」

3月ウサギは

「ちくしょう…ちくしょう!」

と歯を食いしばっていた。深い青の瞳からとめどなく涙が流れ落ちる。



「なんてこと言うのよ!」

アリスは、自分が今見つかったらまずいという状況を忘れて、女王に向かって叫んだ。

白ウサギが息を飲んだ。

「あなた、あなたにはわからないの?3月ウサギさんが、あなたに大切な人を奪われた人達が、どんな気持ちなのか!」

アリスはめちゃくちゃに怒って吠えていた。こんなにも人を見下す者は初めて見た。

「あなたなんか、あなたなんか!」

「アリスさん!」

白ウサギがアリスを隠そうとしたが、女王はアリスをしっかりと見てしまった。

女王は真っ青になっていた。アリスを幽霊か何かと思っているような目で見ていた。

「お前は…!!」

またメアリ・アンと勘違いされているようだ。アリスはうんざりした。

と、女王の顔が真っ赤になっていく。怒っているようだ。

「まだ生きていたか…この化け物!!」

女王が金切り声を上げ、空中に手をかざした。

すると、いきなり四方八方から無数のナイフ、剣、斧が現れ、アリス目掛けて襲って来るではないか!

アリスは悲鳴を上げた。

死ぬ…!



「伏せて下さい!」

白ウサギがアリスの前に立ち塞がり、バッと両手を空中に上げる。

すると、ナイフが溶け、剣がクニャリと曲がり、斧が吹っ飛んだ。

そのうちの一つの斧が女王の方へ飛び、頬を掠った。

アリスは呆然として白ウサギを見た。白ウサギさんて、こんなにすごい人だったんだ・・・。

だが、女王の身に纏っている魔力が強く、それに気圧されて、白ウサギは冷や汗をかいている。

女王が怒り狂った顔で白ウサギを見た。

「お前、勝てないくせに、私に逆らうつもり?」

地の底から響くような恐ろしい声だ。

だが、白ウサギはしっかりと相手を睨み返す。

「この子は元の世界へ帰らなければなりません!あなたに殺させるものか!」

「なら、お前も死ね!」

女王がまた手を上げる。白ウサギが身構えた。



と、ここで控えめな小さな声が上がった。

「あ、あのさ、女王や?」

声がした方を見ると、そこには中年の男が立っていた。アリスは今まで女王の存在が派手だったので、その男がいるのに気が付かなかった。王冠を被っているので、多分この人がハートの王様なのだろう。

王は女王と同じ赤い服とガウンを着ていた。厳つい体格に華やかな格好をしているのに、余り目立たないのは何故だろう?優しそうで気が弱そうな顔に、金髪。髭を三編みにして、赤いリボンでちょこんと止めてある。

「なんだ、こんな時に!」

女王が噛み付かんばかりに王に怒鳴る。王は少しビクビクしながら震える声で言った。

「良く考えてごらん。白ウサギは私たちに長年とても良く仕えてきてくれた者だし、何よりもその子はまだ子供じゃないか。会っていきなり死刑なんて、酷いだろう?」

「こいつは殺さなければならない!」

女王がキンキン声で叫ぶ。

「そうしなければ…。」

「殺さなくてもいい方法があるかもしれないじゃないか。」

王は怯えながらも女王をなだめるように言う。

「ね。ほかの人達の話を聞いて判断しよう?この子を処刑するかは後で考えようよ。」

女王はしばらく王を睨み付けていたが、小さく舌打ちをして、

「この者を牢屋へ入れておけ。」

と、アリスを連れて行くように命令した。

「白ウサギ。」

女王がガッと白ウサギの胸倉を掴んだ。

「後で来い。」

白ウサギは女王を睨んでいたが、わかりました、とだけ言った。そして、連れて行かれるアリスにすれ違いざまに囁いた。

「大丈夫。あなたを死なせはしない。必ず助けますから…。」

アリスは白ウサギの言葉を信じて頷いた。

白ウサギはうなだれている3月ウサギの元へ寄った。

そして、アリスは兵士に囲まれながら、冷たい地下牢へ向かった。

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