宿屋にて
「メメおばさーん、八番のテーブル、ロコロットスパの注文でーす」
ロコロットスパとはロコロット風スパゲティの略だった。
ここはロバトニルス国のとある宿屋兼食堂の店。私はルクルス・レイト・ミュウナ。ミュウナと周りから呼ばれています。
私はここで女給として働いています。ここの宿屋はメメおばさんの一家で経営しているのだけども、昼時食堂が忙しくなると私のような女給を雇っている。
「ミュウナちゃん。もう落ち着いてきたから上がってもいいよ」
「分かりました、ありがとうございます!」
私はそれを確認すると頭に巻いていたバンダナとエプロンをを外す。
「今日の給金はいつもどおり旦那からもらってね~」
「ありがとうございます」
私は宿屋の受付に座っているメメさんの旦那さん、ダンおじさんのところへと行く。
「ミュウナちゃん。今日もお疲れさん」
「お疲れ様です」
「ハイこれ、今日の給料」
小さな袋を私に差し出してきた。私はそれを受け取った。しかし、いつもと違う違和感があった。やけに軽かったのだ。いつもなら、銅貨が二五枚ほどのはず。一日の食費程度のお金だ。一枚入っているかないかの重さだ。私は失礼と思いつつも袋を開けてみた。
「えっ、コレ」
「シィー!」
ダン叔父さんは指を立てて言った。声をひそめて言う。
「いつも、頑張っているミュウナちゃんにお礼」
なかには一枚の銀貨が入っていた。いつもの倍だ。同じく私も声をひそめて言う。
「ダンおじさん。だめですよ。またおばさんに怒られますよ」
「いいんだよ。いつも頑張ってるから。坊主たちに良い物食わしてやってくれ」
坊主たちとは私がよく行っている孤児院の子達のことだ。
「でも……」
「さぁさぁ、もたもたしてるとアイツにばれちまう」
私の背中を押して追い出し始める叔父さん。
私はそう言われては抵抗することもできず、為すがままになっていた。そんな時だった。
「たのもーです」
叔父さんと私は声のする方を見た。
あれ?いない。私たちは空耳ではないかと疑った。
「たのもーです」
もう一回二人で声をする方を見た。
「しつれい・でぇ・す。お二人方」
大きな声は下から届いていた。下を向くと女の子がいた。黒髪をショートのポニーテールにした女の子だった。大人びた雰囲気があるのだが、やはり、子どもだ。
「どうしたの?お嬢ちゃん」
「お嬢ちゃんじゃないです!これでもお酒が飲める淑女なのですよ!」
「まぁまぁ、どうしたの?」
叔父さんは明らかに信じていない。でも私は妙に納得してしまった。孤児院の子達とどこか違う雰囲気があったからだ。
「むむむ、釈然としない感じですが、まぁ、いいです。今日は予約に来ましたです」
「いつのだい?」
「急ですが明日、連れが四名来るのですが、二部屋ほど開いてますでしょうか」
そう言われると叔父さんは置いてあった台帳を開いて調べる。
「ん~、三人部屋が一つしか開いてないね~」
「あ、それで結構です」
「でも一人泊められないよ」
「大丈夫です。クソ外道バカ野郎の男を野宿させれば済む話ですから」
なぜその男の人にそこまで恨みを持っているのだろうか。いや、もう殺意かもしれない。でも良い子そうなので、そんな子に恨まれるなんてどんな悪い人なのだろう。
「……じゃあ、ここにサインして前金払ってね」
おじさんは、その男のことをスルーしたみたいだった。
すっと懐から前金を出したポニーテールの子。サインをみると名前は小毬とあった。
「それじゃあ、明日君の名前で入れるようにしておくから」
「ありがとうございますです」
それと、と続けて小毬ちゃんは続ける。
「わたくしはこの街が初めてでして、迷っております。そこでお聞きしたいのですが」
「なんだい?」
「美味しいハムが置いてある肉屋さんはございますでしょうか」
「それだったら」
「おじさん、クーアさんのところですよね」
私は口を挟んで答える。
「だったら私、案内しますよ」
「いや、悪いよ。帰り道反対だろ?」
「先ほどのお給料で、子どもたちに美味しいハムを買っていこうと思うので」
おじさんと同じ手を使ったものだから、おじさんは何も言えなくなる。
「いいのですか?」
小毬ちゃんは私の方を向いて行った。
「ちょうどあがりですから」
「ではお願いしますです」
満面の笑みで私の手を引っ張っていく。こんなことは結構慣れっこだった。