滞在三日目(2)
感謝祭が行われている広場はにぎやかだった。家族が笑顔で屋台を回っていたり、カップルが噴水前でいちゃいちゃしていたり、大道芸人がショーをしていたりした。
「平和だなぁ」
思わず俺はつぶやいてしまった。大陸全土多くの国がひしめきあい、お互いに食いあっているというのにこのように平和を謳歌している国もある。
この国はお隣にある軍事大国と同盟を組んでいるため、その恩栄により他の国と比べると治安がとてもよい。かといってとても素晴らしい国と言うわけではない。官僚、役人の癒着や賄賂等々がある。しかし、大陸中を回り、多くの戦争や処刑場を回ってきて人の生き死を多く見てきた黒にしてみればぜんぜんましだと考える。
普通に生きていけるのだ。戦争の、直接的な死に恐怖しなくてもいいのだ。
「…………むぐ、ふみむ、もふむむ?」
「ああ、分かったから、口の中を失くしてからしゃべろうな」
俺の一人言に律儀に答えようとでも思ったのか、口の中を屋台で手に入れた食べ物でいっぱいにしてココアはしゃべった。
俺達は噴水の広場の外れで壁にもたれながら休憩していた。ちなみにココアは両手いっぱいに食べ物を持っている。さらに俺の手にもココア用の食べ物が入った袋を提げている。
いつも思うのだが、この育ち盛りの男の子もびっくりな量の食物のエネルギーはどこに消えているのだろう。
そもそも広場の外れにいるのは訳がある。食べ歩きなどしていると通る屋台の食べ物をアレよこれよと買っていくため、広場の外れの方に避難、いや隔離したというわけだ。
そう言っている間にも俺のあげた食べ物も胃の中のブラックホールに収められていく。
「…………眠い」
お、そろそろ終了らしい。基本的に食べては寝る、起きては食べ、食べ終われば寝る。というサイクルを常に続けている。なんでそのような生活習慣になっているには訳がある。
ココアもリーアや雲雀と同じように処刑台のような死の現場から救い出した。彼女は預言者となる巫女となるために生まれ育てられた。ここまでは特にこの世の中では珍しいというわけではない。しかし、巫女になるための教育が異常なほどに問題であった。
クスリによる幻覚作用を使っての洗脳教育だ。それはもう教育といえるものではなく、製造と言っても良いだろう。結果、巫女として祭り上げられた。しかし、その国は他国からの侵略を受け、滅んだ。その国の象徴でもあったココアは処刑されようとしていた。
そこを俺や雲雀、リーア達の工作員とで救出した。救出以上に難しかったのが、その後の事である。まず、クスリを抜く所だ。これはそのための専用の薬があった。しかし、長年投与されていたこととから、長期的な投薬が必要、さらにその専用の薬は大変高価ときた。さらに、大食も薬の副作用であるらしかった。
それらを考えると、一般人の稼ぐ金ではとてもじゃないが彼女を医療できない。
さらに、巫女という傀儡人形として育てられていたため、一般常識が皆無だった。
これは彼女が悪いのではない、そのようにした周りの者が悪いのだ。
「…………抱っこ」
一人で考え事をしていたら、ココアが俺の裾を引っ張ってそのように言った。
もうそろそろ帰った方がいいかもな。
「ほら」
俺は座って背中をココアに差し出した。彼女は躊躇することもなく俺の背中に乗る。乗る方も乗らせる方も慣れたものだ。
こういうことはよくあることだった。でも困っていることがある。
クスリの影響で年齢の割にかなり幼かったのだが、治療されていくことで堰をきったかのように成長している。まあ、体が密着しているわけで……。そういう成長を実感しちゃうわけで。これが血のつながった妹なら割り切れるのだろうけど。
いちおう、俺はロリコンではないことをここに宣言しておく。
己の名誉のために。
まぁこのまま、連れまわすのもアレだし、適当に俺の食い物を買ってから帰るか。
俺は宿までの帰り道にある屋台をゆっくりと見ながら歩く。
背中に寝ている子を乗せているということもあり、押し売りはやってこない。
「あ」
俺は一つの店を見つけた。屋台に大きなハムをつるしてあった。俺は近くに寄っていき商品を眺める。
「おう、あんちゃん、いらっしゃい」
俺に気が付き店の店主が声をかけてきた。とても日に焼けた筋肉質の中年の男だった。
「兄弟……かい?」
当然の反応だろうな。俺は黒髪で、背中にいるココアは褐色の銀髪だ。とてもじゃないが兄弟には見えないだろう。
「孤児の子だよ。そこの教会の。俺はただのボランティア」
「おお、そうか。見上げた男だねぇ」
嫌身のない大きな笑顔だった。
それにこんなウソをついて大丈夫な根拠があった。
この店主は遠方から来た商人だ。ここらでは見ることのない肉が並んでいた。俺は子の肉を見たことがあった。そして、この店主、もうこの祭りには来ないのではないかと踏んでいた。昼過ぎだというのに商品があまりにも余り過ぎている。おそらく、商売のチャンスと思ってこの国に来た商人であろう。でも当てが外れたことでこの国には来ないだろう。だから、嘘をついたとしても何ら問題は皆無だ。
しかし、意外と珍しいハムが置かれている。見た目はアレな物が多いが、意外と美味しかったのを覚えている。もし、ココアが起きていたら、この店のハムを買い占めると言いだしていたことだろう。買っておくか。
「お、よい行いを行う青年には割引をしてあげるけどどうかい?」
う~ん、というか、値札を見る限り、少し割高だよね、このハム達。まぁ、遠方から来たってことを考えれば当然と言っちゃ当然か。
「おっちゃん。ここからここのハム、それぞれ十人前、お願い」
「え?」
驚いた顔をする店主。
「教会の皆の分だよ。育ち盛りが多いからね」
それを聞いて納得する店主。この店主けっこうバカ正直者なのかもしれない。
「だから、もうちょい割引きして」
「おうよ、お安い御用だぜ」
「ありがと」
まぁ、売れ残すわけにもいかないのだろうな。帰る頃には腐ってしまいそうだし。
店主は慣れた手つきでハム達を袋に詰め始める。
「はいよ」
商品を受け取り、俺は五枚の銀貨を渡す。すると向こうは一〇枚の銅貨をお釣りとして渡してきた。内心俺はだいぶ安くしたな。
「それにしても、あんちゃん、かっこいい手袋してるね」
「……ああ、ありがとう」
店主はハムを受け取った右手にしているブラックの手袋を見て言った。
俺はただ淡々とお礼を言ってその場を後にした。
「あーつかれたー」
俺はココアの部屋に彼女を寝かしてきて、食堂にやってきていた。ハムを保存庫に入れるためだ。自分の食べるだけのハムを取って、さっさと残りを保存庫に入れた。
俺はナイフを厨房から取ってきてブロックのハムをスライスする。
そして、一緒に持ってきた切ってある輪っかのパインとパンを取り出し、ハムとパインをパンでサンドする。このハムは少し長くローストすることで香りが強い。しかし、少し癖が強いのでこのように果物と一緒に食べるのが一番いいと俺は思う。
しかし、すこしハムをバター辺りで焼きたかった。ここにあの乳女がいてくれたら……。
俺はそんな事を思いながらも遅い昼食をすまし、一人の食堂でたそがれてみた。
「ここもにぎやかになったもんだな……」
静まり返った食堂を見て思った。少し昔、ここは俺とリーアが初めてここに来たときは本当に荒んだ静かな宿屋だった。それが、雲雀、ココアと増えた。そして昨日のような出来事があり、リーアがココアをいじり騒いでいる。
「………………また背負うもんができたな」
俺は俺の手袋をはめた左手を見た。俺は全てを失った。もし、当時の俺が今のような達者な口や思考を持っていれば何もかも失うことはなかったはずだ。
俺はその原因となった右手に手袋をした。嫌な物に蓋をする様に。
そして、俺は今状況が果たして良いものか考えた。
今は楽しいかもしれない、充実しているかもしれない。でも失くしてしまう時の辛さが強まる。でも、もう答えを出していた。失わないだけの力を持てばいいだけの事だ。
そのための俺の野望だ。
「……あ、外道、帰ってきてたんだ」
宿屋の入り口からやってきたのはリーアだった。
「あれ、マスターは?」
「そのまま雲雀たちの迎えにいった」
買いに行っていたのは食材なのかカウンターにどっさりと置いた。
「それより、何たそがれてんの?柄でもない」
「我は乳女をどのように蹂躙しようかと妄想を、ふげらばぁ」
「バカ?」
何かの麻袋と共に、冷酷な目線のお返しがやってきた。
「なんだこれ」
俺は投げつけられた麻袋を手に取ってみる。そこそこの重さだった。
「明日から必要になりそうなものいろいろ」
なんということだ。なんという出来た嫁なのだ。
「なんか、明らかに失礼なこと考えてるよね」
これはもう、何人子どもを作るまで綿密な計画を……。
「ブゴォオ」
俺はなにか紙の束のようなものに殴り飛ばされた。
「いてぇな、なんだそれ」
「んさっき、屋台で買ったわ、東の方でハリセンっていうみたい。ただ殴り飛ばすのに有効な武器みたいね」
なんか二メートルぐらいありそうなそのハリセンやらはどこから取り出してきた。
「折りたたみ式で持ち運びに便利なのよね」
はい、そうですか。でもできた奴なのは確かだよな~。もと王女だったとは思えない。
こうできた嫁もロバドニルス出て行くとしばらくはお別れになるわけだ。いつも処刑場荒らしはココアが加入されてからは俺と雲雀とココアで行っている。
「まぁ、なんだ、今度はできるだけ早く戻ってくるよ」
「へぇ~、そうなんだ」
む、なんだこの無反応は。少しは寂しがったりしてもいいのではないか。
「少しは寂しがったらどうだ」
「は?何言ってんの」
まぁ、そうくるよね~。俺が逆に寂しいよ。その反応
「今回は私もついて行くよ」
「は?何言ってんの」
驚きのあまりに同じ言葉を返してしまった。もちろんハリセンで顔面を一殴りされた。
「ほら、私の部下の一人がロバトにいるから、会おうと思ってね」
彼女には情報収集をする部下が大陸の各地にいる。部下とはその者達の事だろう。
「たまにこうやって会っておかないといけないのよ。彼女には久しぶりに会いたいし」
彼女と言うことは女か。たしか、女って少なかったはず。
「とにかく、私もついて行くから、今日の買い物ってわけ」
「おお、これでロバトの道のりのご飯は美味しいな」
俺の料理スキルは皆無。他も同様。料理がうまいリーアがいれば道中楽だ。
「ふん、別にアンタのためでもないんだから」
おお、ツンデレと言う奴だ。もう少し照れて言えばポイントが高いのだが。なんせ堂々と言っている。デレ成分が皆無だ。
「まぁ、よろしく頼むよ」
お、俺がちょっと素直になったから、ちょっと顔を赤らめてそっぽを向いた。
リーアのレアなツンデレが見れた。ヒャッハー。
「フギャプハァ」
重い重い一撃またハリセンで頭に入れられた。
三日目は、朝のドッキリには驚き、ココアと祭を楽しみ、自分を再確認させられた一日。
そして次の日俺たちは魔法排斥主義の国、ロバドニルス国に向けて出発した。
処刑荒らしという俺達の仕事を求めて。