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処刑台上の詐欺師  作者: 十参乃竜雨
第一章 『とある宿でのとある一味のドタバタ』
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滞在二日目(2)


「ふひ~、マスター、筋肉痛によく効く飲み物、プリーズ」

「はいよ」

「え、あるの?」

 俺は宿屋に戻って食堂のカウンターに座った。

 基本的にメニューになくても何でも出してくれる、まさかここまで出すとは。

「筋肉痛には肉と魚が良いけどな、手軽に取るなら大豆。あとはよくマッサージだな」

 ほんとにこの人は何でも知っていると思う。

 もともとこの人はフリーの傭兵でいろんな国を渡り合っていたらしい。その際に蓄えた知識がとにかく豊富である。それに腕も確かだっただろう。宿屋のオーナーとは思えないほど筋骨隆々だ。袖の下からのぞく傷は結構生々しい。

 そもそも傭兵の生存率はそこまで高くない筈だ。基本的に傭兵は使い捨てなのだから。それでも今の歳まで生きているということはかなりの腕があったからだ。

「おい、マーサ、あの大豆ジュース作ってくれるか」

「……了解」

 奥にある厨房からマーサ叔父さんの渋い声が届く。ちなみにマーサ叔父さんも同じく傭兵であったらしい。マスターの右腕として働いていたらしい。とても寡黙な人だ。

「しかし、こっぴどくやられたらしいな」

「もしかして、見てた?」

 いんやと答えてから言う。

「音で分かるよ。数回落とされてたみたいだな」

 うわー、正解だよ~。

「まぁ、口だけしか動かせねぇ、お前だからいい運動になっただろ」

「二度とごめんだけどね~」

 そう言ったらマスターから酒のつまみのようなものを出される。おそらく、今から出される夕食までのつなぎであろう。

「今日ぐらいは飲むかい?」

 ジョッキを持ち上げて俺に見せた。俺はいつものように答える。

「遠慮しとくよ。酒は我の思考を鈍らせるだけのモノだからな」

「はは、相変わらずだな、お前は」

 マスターが豪快に笑う。

「俺がお前くらいの時にはもう浴びるほど飲んだんだけどな」

 変な自慢にしか聞こえないが、このマスターが言えば自然と嫌な感じはしない。

「そういやお嬢たちはどうしたんだ?」

「雲雀が汗をかいたから、みんなで温泉に行くんだとさ」

「お前はついて行かないのか」

「我は混浴でなければ入らんよ。誰がおっさん共と同じ湯に入らないかんのだ」

 それを聞いて大爆笑するマスター。本当に気持ちが良いくらい豪快な人だ。俺はつまみを拾い上げて口に入れる。

 そもそも、温泉は例のカジノ付の宿屋にあるやつだ。堂々とライバルの宿屋に行く女給ってどうなんだ。一様かくまい半分に雇ってもらってんだから少しは考えろよと乳女に言いたい。俺に、いや、マスターに乳の一つや、二つ揉ませてもいいのではないだろうか。

 いや~、近くにいないからアイツの悪口考え放題だ。天国。

 ガタァァン。

「ひやぁ」

 俺は情けない声を上げて振り向いた。

机の足が折れて大きな音を立てて倒れた。

「ああ、すまないな、あれ古くなっていたんだ。取り替えておくよ」

 びっくりした。あの乳女が帰って来たのかと思ったじゃないか。心臓が止まるかと。

「今度はいつごろ出発するつもりだ?」

「明後日には、そろそろロバドニルス共和国に」

「ああ、あそこか」

「そろそろきな臭さが増してきたからねぇ。仕事がありそうだ」

「俺はその国に行った事はないがいろいろと噂に聞いたな」

 傭兵時代色んな国々を渡り歩いたマスターの話は結構参考になる。

「たしか、今は魔法禁止を掲げているんだったな」

 俺は厨房からマーサさんが大豆ジュースを運んで来たので、受け取りそれに手をつける。飲みやすいように味付けをしているのか、予想以上に飲みやすい。

 そして俺はマスターの言葉に首を縦に振る。

「でも以前は魔法を推奨していたらしいけどな」

「へぇ~」

 思わず声を上げた。俺の耳に入っていないということは結構昔になると思う。

「どういった心変りがあったのやら」

「まぁそれは行ってからじっくりと調べてみるよ」

 俺は最後のつまみを口に放り込む。そうすると厨房から晩飯が運ばれてきた。もういたせりつくせりだねぇ~。

「そうだ、ロバドに行くなら酒買って来てくれ」

「ああ、ロバド地酒ね~。了解。二箱ぐらいこっち持ちで送っとく」

「悪いね~。ここの食堂はいろんな国の酒で持っているもんだからね~」

 この時たまに近くのおじさんが酒を飲みにやってくる。近くに例の何でもアリ宿屋の ところに酒場あったとしてもだ。マスターの酒は品ぞろえ抜群だ。珍しい酒をお目当てにやってくるのだ。まぁ、買ってくるのは俺なんだが。それに俺が稼いだお金をこの宿屋でばらまいてなかったら、確実につぶれてるんだがな。

「マーサさんの料理を全面に押せばいいのに、あのカジノ宿屋の出すものよりうめぇのに」

「ああ、そりゃむりだよ。マーサ野郎は刀と料理にしか興味がねぇ。有名になろうなんざこれっぽっちも考えてないからな、量より質ってやつさ」

「もったいないよ~。マーサさん」

 厨房の方に声をかけるが返事はない。やっぱりとても寡黙な人だ。

「そうだ、前々から聞こうと思ってたんだが、これまでチャンスがなかったからな」

「どうしたんだよ、俺とマスターの間柄だろ」

 それを聞いてニヤニヤと笑っているマスター。アーこれは確実にアレだな。

「あの三人の中で誰が好みなんだよ」

 補足しておくとこのおっさんは中年のエロ代表と言ってもいいぐらい変態だ。よくリーアにセクハラをして焦がされている。

 俺はため息をついてあきれた表情を見せる。

「なんだよ、あんなに美女をはべらせておいてなにか文句でもあるのか」

「全員普通じゃねぇじゃん」

 俺ははっきりと言い切った。

「基本、人を外道呼ばわりしかしないし、気に入らないことがあれば殴るか、燃やすかしかの脳しかない乳デカ女だろ。あれはツンデレとは言わないよな~」

 ツンツンっていう度合いでもない。ツンもえだ。もちろん萌えではなく燃えだ。

「あとドS腹黒女は何考えてるのかわかんないしな。男を数回失神させる女とかどうよ」

 気付いたら一人空き地に捨てられてるってどうよ。まともな神経だとは思えない。

「まぁ、ココアは数年後にいらっしゃいって感じかな」

 今のままじゃ禁断の果実って感じだよね~。今所そっちの趣味はない。

「じゃあ、どんな子が好みよ」

「そりゃ、おしとやかでみんなのお世話焼きで、さらに俺のドS心を刺激するような女の子だよね~。あと、世間知らずな子でちょっと堅物な子。一から手取り足とり教えて行ってあげたい感じの。もうそれはあんなことや、こんなことまで」

 俺は男の普通の会話をしていた。男が二人もいるとこんな話にもなったりする。とても女子には聞かせられないよね~。

 でも、俺はこんな普通な時間が好きだった。

 大陸はどこも戦が絶えない時代だ。今もどこかで人同士殺し合い、騙し合う。今日を食うのも困る奴なんて数えられないくらいいる。そんな中で普通に食って、普通のバカな話ができているのだ。こんな幸せがあるだろうか。

 俺は死の象徴である処刑台を荒らしているからこそ余計にそれを思う。

 普通であることは幸せなのだ。

 もし王族に生まれるという特別になれば、その王族の責務を果たさなければならない。それを怠った場合、酷い時は処刑台に連れて行かれてしまう。

 もし、特別な力を手にした時、それを世の為、人の為に使わなければならない。もし、一つ間違えれば、害とみなされ処刑台へと送られてしまうかもしれない。

 普通であることは、逆に特別な事なのかもしれない。

「そもそも俺の周りには良い女がいないんだよね~」

 外見は正直三人共、上玉と言っても過言ではない。しかし、正確に難ありだ。

「俺は普通の女の子が良いわけ」

「へぇ~、普通ねぇ、普通ってなんだろうね。ココアたん」

「もう俺、占いに行ったら占いの前にお前に女難の相が出てるって言われそうだよ」

「あらあらあらあら、どういうことでしょうかぁ」

「どうもこうもって、そりゃ、日常生活みれば分かるじゃん俺の苦労」

「…………ハム食べたい」

「俺もハム食いたくなってきた。マーサさん、ココアのロックエンド産ハムって残ある?」

 ガタン

「もーマスター、机古いなら金持ってる俺が、買ってやろうか……」

 そう言って俺は振り返った。

 …………………………

 …………………

 …………


 ぎゃあっぁぁぁぁぁぁぁあああぁあぁっぁぁぁぁぁっぁぁっぁぁああああああああああ。

 

俺は宿屋の入り口でリーアと雲雀とココアがいたことに心の中で悲鳴を上げた。

三人共笑顔が怖い。絶対零度の笑顔だ。やばいやばいやばい。

いや、落ち着け、まだ死刑と決まったわけではない。

とりあえず整理だ。

きっとココアはアウトだろう。アイツのお気に入りのハムを勝手に食うことは絶対に聞かれていただろう。でも解決できないことではない。ロックエンド産の高級ハムを二倍にして買ってやろう。金で解決だ。問題は他の二人だ。確認してみよう。

「えっと、いつからいらっしゃったのでしょうか。みなさん」

「ああ、マスターの『あの三人の中で誰が好みなんだよ』ってところから」

 いやぁ、そうだねぇ。

 俺アウトぉおおぉぉぉっぉぉおぉぉぉぉぉぉおぉぉぉおお。

もういろいろとアウトぉおぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉおぉぉ。

「『殴るか、燃やすかしかの脳しかない乳デカ女だろ』か、そんな風に思ってたんだぁ~」

「あらあらあらあらあらあらあら、『ドS腹黒女は何考えてるのかわけわかんない』ですかぁ。そんな風に私を考えているなんて、悲しいです」

 お二人共、しっかりと聞いてますね。はい。てか雲雀の『あら』が六個という最高記録を塗り替えてなかったか。

 こうなれば最後の手段、マスターにかくまってもらうだ。

 俺は哀れな食う風の子犬のような目をしてマスターを見る。バカな乳女をかくまい半分に雇ったその優しさなら、俺の最後のアリアドネの糸になるはずだ。

 しかし、オッサンは……。

 片方の口の端を釣り上げて笑いやがった。ここまで面白くなるとは思わなかったって顔してる。これを見た瞬間に俺は理解した。リカイシテシマッタ。

 マスターは俺と対面に座っている。俺は入口に背を向けるカウンターに腰かけている。そうなれば必然的にマスターは常に入口の方を向いている。

 だからその三人が帰っていることを知っていて、『あの三人の中で誰が好みなんだよ』という質問だ。今考えればおかしな質問だった。なぜ、その質問が来たのか考えればよかった。そもそもマーサさんの美味しい料理が悪いのだ。料理に気が取られて周りに注意が……ってことはマーサさんもグルか。……しかし、いくら考えようともそれはもうあとの祭りだ。自分のうかつさを呪わなければならない。

 そして、俺は大きく、息を吸い込む。もうあの土下座は使えない。あれは伝家の宝刀なのだ。そう何回も抜いていては錆びてしまう。だから、俺はこの手に出る。

人はどう納得のいく人生を送るかだ。

「この悪魔ぁめめええぇえぇぇぇぇえぇぇえぇぇえ、このハゲェやろおおおおっぉぉぉぉ」

 俺は叫ぶ。このにやけるマスターに罵声を浴びせなければ納得できない。

「「それで言いたい事はいい終わった」です?」

 俺は後ろ襟を掴みあげられる。ああ、色んな事が走馬灯のようによみがえってくる。

「今夜は寝かせないからね」

「今夜は寝かせないですぅ」

 ああ、地獄の笑みで俺に言う。もしこの言葉がベッドの上で言われた言葉なら天国なのだが、これは地獄生きのチケットを無理矢理押し付けているようなもんだ。

 キャンセル料満額払うから許してほしい。

「…………優しくしてください」

 そんな俺の言葉の直後に衝撃が来た。

 俺は闇夜を斬り裂くような悲鳴を上げていた。

 それ以降の事はあまり覚えていない。

 二日目は、初め地獄の稽古で色々考えさせられ、最後に地獄に送られそうになった一日。



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