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処刑台上の詐欺師  作者: 十参乃竜雨
エピローグ「処刑台上の詐欺師」
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湯けむりの中の密会


「おやおや、黒君じゃないか。奇遇だね」

「今一番会いたくねぇ奴がいるじゃねぇか。不愉快極まりない」

「そんなこと言わずに湯船に入ってきたらどうだい?」

 俺は今、宿にある露店大浴槽に来ていた。目の前にはジャスティが湯船につかっていた。そもそもこいつがここにいるだろうと薄々感じていたが、野郎と一緒につかる趣味はないが。むしろこいつだからこそ助かっていることもある。

「一度君とはゆっくりと話しておきたいと思っていたんだ。黒君、いや、クエロンツ君」

 この世界で唯一俺の存在を知っている男。まっすぐ俺の眼を見据えてくる。だからこそこいつはむかつく。

 俺は黙ってこいつの前に紙の束を投げ入れる。見事にインクが抜けてただの紙になる。むしろいらないものだからそうなったほうが好ましい。

「あ~あ、いいのかな。もったいないよ」

「ああ、いらないものだからな」

 俺はそういって湯船につかる。

「それを欲している国はどこにでもいるのに。高く売れると思うよ」

「己のものを他者に渡す趣味はない。かといってこれは簡単に作れるものでもない。なら破棄するまでだ」

 その紙の束は『イデアール』の設計図だ。構造自体はそこまで難しいものではない。しかし、それを起動するまでに数多くの人命をいけにえにささげなければならない。

「かつてこの世界を混沌に陥れようとした悪の宰相がこの世界へ残した呪い『一○八の遺物』の一つ。これがコルダイク先生を狂わせたものか。意外とあっけないものだね」

 悪の宰相は勇者に討伐された。しかし、彼の残した数々の発明品のことを『一○八の遺物』という。時代を超越しすぎたその数々の発明品は彼の没後、欲のある者たちによって奪い合いがおこった。その一つが『イデアール』である。彼が意図していたようにそれらを巡って大陸は争いの渦中となった。

 そして『イデアール』以外にも、雲雀の持つ特殊金属て打ち出したどのようなものも両断する『赤斬刀』。ある薬を飲む事で異常に伸びる人髪で編んだ操れる縄、ココアの持つ『銀蛇縄』。魔法を増幅させ、槍に纏わせることのできるジュリアの持つ『魔法銀槍』。『赤斬刀』『銀蛇縄』は宰相自らの手で、『魔法銀槍』は元あったものに改造して作ったものだ。この三つは『一○八の遺物』である。

 あっけないというのは同意だ。宰相以外に再びその設計図を作れる者がいないのだ。それほど彼が有能であったということだ。

「それとクロ君に聞きたいのは」

 ジャスティのほうから話題を変えてきた。

「これのことだろ」

 俺は自分の左手の甲を見せた。正確には甲に移る勇者の紋章だ。

 いたって真面目な顔をして問う。


「なんで君の手に紋章が浮かび上がっているんだい?」


「簡単なことだよ」

 俺はその左手を湯船につけて、強くこする。すると設計書のように……。

「ほら消えた」

 インクが水に溶けてしまい、左手の甲には何もなくなっていた。勇者の紋章は跡形もなく消え去っていた。それが意味することは簡単だ。

「じゃあ、本物の勇者はどうなったんだい?」

「死んだよ」

 あまりにも簡潔に言う。怒りも悲しみもなく感情がこもっていない声。我ながら驚く声。

「予想が現実になってしまったね。君以外の勇者一行が姿が見えないということは」

「ああ、俺以外は死んだよ」

 そう俺は勇者ではない。ではなぜ星の勇者の左手に宿る紋章を知っていたのか。それは俺が勇者一行の一人だと知っていたからだ。

「どんな最期だったんだい?」

「皮肉なもんだよ」

 俺はなぜか、柄でもなく自分の過去を語り始める。

 悪の宰相を倒した後、俺たちは街の宿に泊まり宴会をした。しかし俺達は国の役人達に秘密裏に拘束された。役人にとっては悪が去った今、国民の信を集める者達は邪魔者でしかなかった。だから、俺達を秘密裏に絞首台に並べ、殺した。世界を平和にするために旅立ったと偽って。俺が今ここで息ができているのには理由がある。

 絞首台から落ちた際俺の縄が切れたのだ。それだけのこと。

 俺は元盗賊。勇者一行の中でも輝いた経歴のない人間だった。奴らはそんな俺を見て、再度殺すことはなく、外へと放逐した。俺一人では何もできないと判断したのであろう。

 その時にクエロンツという人間は死んだのだ。そして俺は外の世界をさまよった。一つの王家が処刑されているところに出くわした。気づいていたら舞台へと上がっていた。

 そして今の黒が生まれた。

「英雄達の最期がそれとは、何とも言えないね」

 勇者一行は世間へ露出することを嫌っていた。勇者自身は常に白のローブを深くかぶっていた。交友関係もそれほどなかった。少ない内の一人が目の前のジャスティだ。

 だから彼は俺を知っているのだ。

 そして、本当に近しい人間しか知らない勇者の秘密さえ知っていた。

「『彼女』は優秀で、正義感に満ち溢れた素晴らしい人間。年上の僕が眩しく思えるほどに」

 そう、勇者は女。小柄であり背が低く髪が短い為に、ローブから見える姿は少年にしか見えない小さな勇者が世界のために正義という重責を背負い悪と戦い、死んでいった。

 沈黙が続いた。水の流れる音が静かに響き渡る。沈黙を破ったのはジャスティだった。

「この際だから黒君に言っておきたいことがある」

「愛の告白の類なら願い下げだぜ、俺は女にしか興味がない」

 俺の冗談にピクリとも笑わない。かといって怒ることもなく俺の眼を真っ直ぐに見る。

「正義は悪に対抗する唯一の手段だ。でも悪に比べると非常に脆い。諸刃の剣でもある」

「それはそうだろうな」

 だからこそ勇者は守った相手から殺された。そして悪は滅びることなくこの大陸に蔓延している。

「僕は正義一本ではこの世は変えられないと思うようになった」

 その意見には俺も賛成だ。過去がそれを証明してしまっているのだから。

「だから私は君に協力してほしいと思っている」

「何を協力するんだ」


「君には必要悪になってほしい」


「……ハハ、ははは!」

 俺は思わず笑ってしまった。

「君が必要悪となり、私が正義を貫き、その二方面で世界を変えようとは思わないか」

 俺の笑い声を無視して話続けるジャスティ。

「君の行っていることは決して正しいことではないと僕は思う。しかし、君はジュリア君をはじめとした人たちを救っている。だからこそきれいごとだけでは通らないこの世界を僕と君とで変えようとは思わないか」

 俺は奴が絵空事言っているとは思わない。

 実際にロバトニルスが戦場とならなかったのは奴の手腕によるところが大きい。奴となら世界を変えることもできるかもしれない。でももう答えは決まっている。

「笑わせんじゃねぇ」

 俺ははっきりと言い切った。


「そんなちっぽけな言葉で俺を決めつけるんじゃねぇ」


 俺はジャスティに向かって放つ。

「そんなとってつけたように都合のいい言葉で俺が納得できると思うのか?たしかに正義だけじゃあ、今までと一緒だ」

 勇者たちのように殺される。その言葉をそのままは言わなかった。

「なら俺は考えを変えた。正義だけじゃあ、悪を変えられない。なら俺は悪になる」

 ジャスティは眼をそらすことなく俺の言葉を聞いている。

「俺は悪の中でも巨大な悪になって悪をこの手中に収めて俺が思うままに操ってやる」

 押してダメなら引いてみるという単純な発想だ。

「だから俺は俺の目的を達成するためならどんなことでもする。仲間を欺くことさえ平然とやって見せる」

 仲間にさえ俺は勇者であると偽る。

「そして、悪の宰相が残した『一〇八の遺物』を集め、利用してやる」

 使える物なら使い尽くし、自分の使えぬ物なら『イデアール』のように闇へと葬り去る。

「それがそうすることが、俺の前からいなくなった奴らのためにできることだ」

 俺ができるのはそれだけだ。誰より剣の腕があるわけでもない。誰よりも魔法が使えるわけでもない。俺にあるのは口が達者なことだけだ。

「まぁ、君がそう言うことはだいたい予想ついてたけどね」

 ジャスティはまじめな表情から少しおどけた表情に変わる。

「それに俺はお前が気に食わない!」

「僕は何かした覚えはないんだけどな~」

 そんなわけはあるか!

「まず貴様、俺との戦いのとき、わざと引き下がっただろう。攻めようと思えば責めれたはずだ。まぁ、一万通りの返し方がこっちにもあったがな」

 最初っからこいつは最後の展開まで読んでいたのだろう。素直に引き下がって傍観し、こっちを泳がせていたのである。

「僕も自分の正義のためならどんなものでも使うつもりさ。自分の正義を曲げぬ程度にね」

 ジャスティが不敵な笑みを浮かべた。

「だからてめぇは気に食わねぇんだよ」

 俺がそう言った後にジャスティは立ち上がり湯船から上がる。

「それじゃあ、仕方ないね。君と僕の歩む道は違うみたいだね」

「ああ、ありがたいこった」

「……でも目指す場所は一緒だからきっとまたどこかで会うと思うよ」

「こっちは二度と会いたくねぇよ」

 俺がそう吐き捨てると、苦笑いをしてジャスティ去って行った。

 俺は肩まで湯船につかると柄にもなく昔のことを思い返す。

『ルギダック』

 このおっさんは勇者一行の大黒柱だった。みんなの父親代わりだった。勇者に対しても俺に対しても他の奴に対しても。鍛冶職人でもあり、おっさんの剣は折れることのない一級品だ。最期の場面では最後まで俺達のみを案じていた。

『ルクアナ』

 姉さんは勇者一行の参謀だった。俺には特に厳しくて何回もぶたれた。でも人一番優しく戦闘で誰よりも前に立ち戦っていた。卑劣な敵には苛烈に攻め立てた。

 最期は最後まで気丈にふるまっていた。

『アカネ』

 勇者一行のなかでの魔法のスペシャリストだった。一系統の魔法ではなく風や火や水などのさまざまな魔法が使えた。俺とはいつもいつもぶつかってルクアナねぇにいつも一緒に怒られていた。でも悪の宰相と戦う前に彼女から告白された。返事ができなかったことが悔やまれる。最期の時のあいつの顔、あいつの声は、目に焼き付き耳から離れない。

『フレイン』

 星の勇者。多くの人間の願いを宿命を小さな背中で背負いながら戦い続けた少女。俺の初恋の女。俺を盗賊という世界から足を洗わせた。彼女がいなければ今もクソな世界で生き続けていただろう。彼女の最期は思い出したくもない。

 俺は湯船から立ち上がった。

 いくら思おうが過去は戻って来やしない。



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