ありのまま
「さてもうチェックメイトだなおっさん」
コルダイクの前に来た俺とミュウナの二人。コルダイクはその兵器の上に立っていた。すでに周りは制圧できていて、追いつめている。
「もうミュウナを燃料に変えられなかった分、その兵器は動かない」
「………………は、はは、は、ハハハハッハハハハハハハハハハァ!」
突然にコルダイクは大きな声で笑い始めた。気が狂ったのではないかと思ってしまうくらいだった。
「お前は一つ思い違いをしている。確かに彼女は未完成だよ」
『イデアール』のことを彼女といった。さらに不気味さが増す。
「だがな、彼女を生贄にせずとも、だれであっても完成するんだよ」
その言葉を聞いて俺は一つの可能性を考え付く。
「貴様、まさか」
「憎き国が亡ぶ姿をこの目で焼き付けたかったが、こうなっては仕方がない」
コルダイクはしゃべりながら一歩、一歩後ろへ下がっていく。
「だれかあいつを止めろぉおおおお!」
俺が力の限り叫ぶがココア、雲雀、ジャンヌはとても間に合いそうになかった。
「私が彼女の糧となり、一緒になり、復讐を遂げようじゃないか」
そしてまた一歩後ろに下がる。
「我と同じを思いを抱き、死ね。我の恨みし者共よ」
そして、また一歩。
「アーリア、イデア。サヨナラだ。私はお前たちと違い地獄へと行く」
そして、姿が消える。聞こえたのは個体が液体に落ちた音。
「クソ!」
思わず悪態をついてしまった。そういっている間に『イデアール』大きな動きがあった。
大きな轟音を鳴らし始める。おそらくイデアールの砲口の向きの先には一国。あの男の復讐と無関係のやつなどごまんといるだろう。
これは復讐などではない、ただの虐殺だ。
「お父さん、お母さん」
ふと、ミュウナが声を上げた。
無理もない。おそらく、ミュウナの過去、生まれ故郷の襲撃はただの魔法排斥ではなく、この兵器の動力源を得るための人間狩りだったのだ。
「二人に人殺しなんてさせられない!それに……」
ミュウナの目には力があった。数分前には考えられない顔だ。
「他の人に私と同じ思いをさせるわけにはいかない」
おそらく『イデアール』が使われれば、孤児となる子だっているだろう。彼女は至極当然なことを言っている。
「じゃあ、君はどうするのだ?」
「……………………」
言葉に詰まるミュウナ。実行できる力がなければそれはただの願望に過ぎない。願望だけではあの鉄の塊から出される絶望を止めることなどできはしない。
でも彼女の眼は死んではいなかった。
「私に考えがあります」
彼女の眼を見て思わず、俺は笑ってしまった。
少し前までは死んだ目をしていた。今はそんなことを微塵も感じさせない。
「私はあなたのモノ。自分のモノが壊されないように守ってもらってもいいですか」
それもいうこともしっかり言っている。
何かにいつも遠慮をしていて、周りの顔色ばかりうかがっていた彼女はもういなかった。
「だあぁぁぁああああああああぁああぁ」
そこに一人の兵士が飛び出してきた。
「貴様らには邪魔をさせない、コルダイク同志の遺志をとだえさせるかぁぁぁあぁあああ」
奴の周りに他の腑抜けと違う眼をしていた奴がいたが、奴と同族か。笑わせてくれる。
「いなくなった奴らの遺志を継ぐことは褒められることだな」
残されたものができるのはそれくらいだ。
「死人を言い訳にして、人を殺すのは馬鹿のごみ虫がすることだ」
勝手に負の感情で捻じ曲げているのだ。復讐することが先に逝った者たちの思いだと。
「残された奴は黙って、あいつらの望みをかなえるだけなんだよぉおおおおぉおお!」
俺は握り拳を握ってヘルムの上から兵士の顔を殴りつける。
手負いの兵士など俺の敵ではない。
「さぁ、来るんだ。君の両親を人殺しの道具にさせないためにも」
俺は彼女に手をさしのべる。
「はい」
俺の声に答え、俺の手に白い手が置かれる。黒い俺の手に。
俺達の走った場所は『イデアール』の後足にあたるところだった。
「岩石を破壊したぐらいの魔法なんだろ?俺の周りには対人ならなんとかできるんだがな。
後ろ脚の下の大きく削るんだ」
そして後ろに大きく傾かせて空に照準を合わせる。
「もう起動してしまっている。もう時間は残ってない」
「は、はい、わかりました」
ミュウナは両手の手のひらを標的へと向けた。
私にそんな事ができる力があるのかわからない。忌み嫌われていた私の力がこんな大きな事ができるのか、正直自信はない。でも私以上に私の力を信じてくれる人がいる。私はそれに答えたい。そして、両親を解放してあげたい。今もあの兵器の中で眠る両親を。
「はぁぁああああぁぁああぁぁぁぁぁぁあああ」
私は大きな風の渦を『イデアール』めがけて発生させる。後方の地面の土を削る。
集中するしかない。下手に風を当ててしまえば逆に穴を塞いでしまう結果になる。
もう一度、私は風を放つ。今度はうまい具合に削ることができた。それを積み上げていくしかない。何度も何度も短い時間のうちで。もう弱音なんてはけない。
自分がこうしている間にも、ここに近づこうとしている人を留めている人たちがいる。
そして、私の後ろに私を救ってくれた導いてくれた王子様が控えている。
私のことを信じてくれている。私は何度も何度も魔法を放つ。そんな時だった。
『イデアール』の砲台が光りはじめた。
絶対に私の両親を復讐の道具になんてさせない。絶対にさせてやるものか。私は覚えている。私の大好きな料理を作って、私が笑顔で食べているのを見て微笑む母の顔。父の立派な手で私の手を優しく包んでくれた春の記憶。
昔だと思えるほどに時間がたってしまった今でも色あせない思い出。
それをぶち壊させたりはしない。
いぃいいっけええぇぇえぇぇえええええええええええええぇぇぇぇぇぇえぇえぇえええ。
後ろで大きな声がした時だった。前の「イデアール」からも大きな轟音が発せられる。
白い閃光が大きく伸びていく。
その閃光が伸びた先の曇空に大きな風穴ができる。
そして数秒後に空中で大きな爆発が起こる。雲を大きくさらに食い破る。その先はすべて空だった。その光景を見た者たちは全員が動きを止め、静寂に包まれている。いちように空を眺めている。曇り切っていた雲を爆散させ、青く染まった空が出現する。
その空いた穴から陽の光の柱が伸びる。その光の柱は『イデアール』を照らしている。
一発の放射で完全に機能を停止した『イデアール』。俺はその『イデアール』の上に向いたままの体に上っていく。周りにいる者どもは俺に注目するしかなくなっている。
「愚民ども今一度聞けぇえぇえ!」
その他の者は聞くしかできない状態だ。状況を整理しきっていないのだろう。
そこに衝撃を与えてやる。
「我は我に無許可で悪事、町一つを消し去ろうとした計画をつぶしてやった」
俺の声が処刑場全体に響き渡る。
「物事は実に簡単だ。小さき悪が、大きな悪に飲み込まれただけのこと」
大げさなそぶりを見せて俺は言った。しかし今はそれが己を大きく見せる。
「愚民ども、今一度刻み込んでおけ。堕ちし勇者、『黒』様がこの大陸のすべてを飲み込んでやろう。そして我が絶対的な恐怖となり、貴様らを心の底から支配してやろう。それが我のこの世界への復讐だ」
その言葉で場の空気が一斉に冷えた。効果はまずまずだ。俺は合図を出した。
すると雲雀、ココアが再び暴れはじめる。すぐに喧噪がよみがえってきた。
ここからすることはただ一つ。我は一つの置き土産をイデアールの砲身の中に放り込む。
「さぁ、もう終わりだ。逃げるぞ」
俺はミュウナの手を取って走る。
彼女は俺のされるがままになって引っ張られるようにして走る。
「しっかり握れ。貴様はもう俺の所有物だ。所有物は我のことだけを聞いていればよい」
我は彼女の顔を見ないままそのまま走る。
「だから、もう自分を偽ることはするな。魔法を使うなとは言わない。それはお前の両親からの贈り物だ。だから、ありのままで生きろ。先に逝った者たちの分も」
力強く私の手を握り締めた。手の先から体がカッと熱くなるのを感じる。
私は強くその手を握り返した。