滞在一日目(2)
俺達は無事に検品を終え、宿に帰ってきていた。
「はわぁ~ん、いつ見てもココアたんはかわぁいいねぇ~。もうもう、こうしちゃおう、うふふうっふうふっふっふふふふ」
いつにもましてリーアは上機嫌で、帰ってきて早々に小動物のようにハムを頬張っていたココアを押し倒す。そして、いじりまわしている。
そんな様子を見て呆れながら椅子に座る。すると、近くにいた雲雀が隣に座ってきた。
「今日は、リーアさんとデートですかぁ」
「いや、アイツの下で労働に励んでた」
「あらまぁ」
おっとりと答える雲雀。浴衣を着ており少しはだけている。雲雀の豊満な体はすごく目の保養に……。おっと、後ろから殺気が飛んできた。これ以上は危ない。おもに俺の命が。
「明日は筋肉痛だな」
すでに夜になっており、既に体にその兆候が出てきている。
「あらあら、鍛錬は日々しておいた方がいいですよぉ」
「我にそんなもの必要ない」
腰に手を当てて偉そうに言ってみた。
「あら」
あ、やばい。雲雀の目に生気がなくなった。ドジ踏んではならぬスイッチを踏んだ。
「あらあらあらあらあらあら」
「ひっ」
俺は情けない悲鳴を上げて後ずさるが、それに構うことなく雲雀は足音を立てることもなく近づいてくる。その点に関してはさすがと言うしかないのだが……。敵としてみれば最悪のふた文字しかないだろう。今それを実感した。
「……『そんなもの』ですか、あらあらあらあらあらあら」
ちなみに雲雀が切れた時でも普段と見た目は変わらない。でも、普段の『あらあら』の数が増えるほど、キレ度が比例して上がっていく。二個が普通の状態で、先ほどの6個は臨界点だ。俺の首が危なくなる。彼女の五尺以内なら確実に首が飛ぶ。
「仕事で黒さんが無事なのだ誰と誰のおかげだと思ってます?『そんなもの』のおかげで黒さんの命がたすかってるのわかってます?」
俺は飛んでくる百%の成分の殺気に生唾を飲み込む。俺は必死に助かる方法を考える。
まず第一案、応援を呼ぶ。
後ろにいるココアをリーアから引きはがし、盾とする。しかし、これは難しい。ココアを連れ出そうとすると確実にリーアにボコられる。それにココアの所に行く前に間合いを詰められ仕留められるだろう。ココアだったら、ロープ術で彼女の五尺というテリトリーに入らず、応戦することができたのに……。でも今の状況で賢い方法とはいえない。
次に第二、貢物を献上する。
例の検品の際に懐に忍ばせたネックレスを雲雀に献上する。ご機嫌をとろうという作戦だ。でも、気に入られなければ確実に首が飛ぶ。さらに気に入られて許されてもあとでリーアにボコられる。第一案よりも徹底的に。これらハズレだった盗品は後々売却されお金にされる。その金を各地に散らばっている部下達へ給料として配られる。それを考えれば十日間寝込むことを考えなければならない。
二重の危険がこの案に伴ってくる。危険を伴ってまですることではない。第二案も却下。
最後に第三案だ。
これは確実に許されるだろうと思われる。しかし、問題はある。俺のプライドはズタズタになるのは確実。それに明日という一日は確実につぶれるであろう。下手をすれば次の日まで尾を引く可能性がある。でもプライドを守ってまで命を捨てる必要はない。
「もぉおおおぉうしわけぇぇえええございませぇええぇぇぇんでしたぁぁぁあああああ」
俺は両手両膝と額を地に付けて謝った。これぞ最終奥義。
前々雲雀から聞いた東方での最上級の謝り方。生きる為ならプライドだって捨ててやる。
「ふぐほぉっ」
後頭部に柄の先が突き立てられ、地面とサンドイッチになった。
「あらあらあらあらあら、それで許されると思ってますぅ」
お、『あら』が五個になっている。これは効果があったみたいだ。それに、第三案はこれだけではない。
「稽古を付けてください。お願いたします。雲雀さま」
「あらあらあら、よろしいですよ」
おお、三個になった。危険水域は脱した。ちなみに三個は『イラッ』って言う程度だ。
「でも、様付けは余計ですよ、イラッとします」
OH、残り一個はそれだったのね。そう言うと雲雀は刀を鞘に閉まった。
え、ちょっまって、いつ刀を抜いてたの?それ以前に五尺、約150センチの獲物をどこから取り出したの?話し始めた時持ってなかったよね?リアルに殺る気だったの?コワイ。背すじが凍る思いだった。やけに首の回りが寒い。
「それでは明日一日中ヨロシクお願いしますね」
そう言うと雲雀は近くの椅子に座る。俺はため息をついて普通にる。
明日一日を犠牲にこれからの人生を守った。でもこうも俺の休日に限って、非勤労という名のダラダラな生活を送らせてくれないのだろうか。
モテモテ?
いや違う。俺の理想とは確実に違う。それなら、もうちょっとエロハプニングが……。
「あつぃ!」
「変なこと考えてないだろうな」
変なことは考えてない。年頃な男の健全な思考を……。
「ねぇ、ココアたん。一度人間のハムって食べてみたいと思わない?」
「…………うん、一度は」
ハムって豚肉を塩水に漬けてから燻製にした加工食品、もしくはその類似品の事をいうんだけどさ…………、って、人を食うな人を。ってその人って俺のことだよね。
「おい、子どもに変な習慣をつけさせんじゃねぇぞ」
ていうか、今日、人をロースハムにして吊るしあげた時に『まずそう』っていったよね。
いかん、リーアに洗脳され始めているのかもしれない。ここは今日一晩を使ってたっぷりねっとりベッドの上で教育を……。
「グギュウはぁ」
俺にアイアンクローを食らわせてきた。握力で俺の頭がきしみ始める。
「それはこっちのセリフよ。私のかわいいココアたんをケガしたら一生をかけて生きてきたことを後悔させてやろう」
「てめぇ、そもそもココアを食べちゃいたいって言ってたのはてめぇ、てってえイテエ……これ以上は、やばい、てぇぇえ」
俺の悲鳴が宿屋の食堂に響き渡った。
今日は、乳女の妹の形見が見つかり、レアな笑顔が見れ、夜に食堂でドタバタした一日。




