暗殺者の恩返し
俺はゆっくりと歩いていた。
復讐の妄念にとらわれた愚者の元へと。
「しねぇぇぇええええええやぁぁあああああ」
傷を負った兵士が俺にとびかかってくる。俺の腕では、太刀打ちできないだろう。
だが心配はいらない。
「ぐがぁ、あぁがぁ」
その男は苦痛のうめき声をあげその場に倒れこむ。
「あらあら、あぶないですよ」
子供のように微笑んでいる。雲雀がそこにいた。彼女が来ていた白装束は、返り血に染まり真っ赤になっていた。
生まれてくる場所は選べないとはよく言いますが、私の場合、特に運が悪かったといえるでしょう。
私の生まれた場所は、東方の山奥の中の村、大きな村だったことは覚えています。
村の規模は村が力を誇っている証拠でした。だが、その繁栄の仕方が間違っていました。
暗殺者の育成、販売でした。
どの家の二番目に生まれた子供を男女関係なく山奥の祠へと捨てます。
そこでその祠の管理者たちがその子供たちを育てます。
暗殺者として
私はそこで人を殺すための知識と技術を叩き込まれました。
知識は人体の構造、急所。これは死んでしまった子供たちの体が教材でした。
技術は、子供たち、自分達で実践。ここで弱い者が淘汰され、教材へとなるです。
そんな地獄の中でも友人と呼べる人ができました。
彼女はそんな地獄の中でも常に笑顔でした。そして一緒に卒業をして、この村を出て、遠く離れた静かな村で一緒に暮らそうといってくれました。
だから私は厳しい修行の中でも耐えることができた。
そして私と彼女は卒業の時を迎えるのでした。
でもそれは同時に新たな【地獄】の始まりでした。
祠の管理者たちは今から隣にいる者達と殺し合い、生きたほうがこの祠から出れるのだと。最悪なことに相手は彼女。周りには監視者として祠を卒業した暗殺者達がいます。
二人で逃げ出すことができない状況に私は絶望しました。
でも彼女は向日葵の笑顔でこういったのです。
『雲雀ちゃんは生きて』
そういって彼女は私の目の前で刃を自分の喉元に刺したのです。
笑顔でしたが、目には涙を流していました。私が見た彼女の初めての涙でした。
それを見ていた祠の管理者は彼女の元へと行き、罵声を浴びせ、彼女を踏みつけるのです。『いくじなし』『馬鹿者』。
彼女は薄れゆく意識の中で私を見つめ、笑顔で私を見ていました。
私は、彼女に罵声を浴びせられるたびに、私の中の何かが壊れていくのを感じました。
もうそれは崩壊でした。その騒動で手薄になった監視者の間を縫って私は祠の奥へといき、そこに祭られていた刀を手に取りました。
そこからのことはよく覚えていません。
気づいてみれば、赤黒い血の海のなか、彼女、向日葵ちゃんの体を抱き上げていました。
私を心配させまいとするその笑顔は今でも忘れられません。
それからというもの、私はその村に残ることにしました。彼女のいない外の世界に興味が失せてしまったからです。
村の長達はむしろ私のような存在に歓喜しました。最高の商品が出来上がったと。
私はただの暗殺の人形に成り下がったのです。
しかし、それも長くは続かなかった。
依頼者があまりの完璧さに、自分が暗殺をされるのではないかと恐れるようになった。
そして、私への依頼が減るどころか、村への依頼も減り始めた。
村の存続が危うくなると考えた村の長達は完璧という欠陥品となった私を見せしめとして処刑することにした。
私はどうでもよかった。何もかもにどうでもよくなっていた。
そんな時だった。
殺されそうとしている私のもとに一人の男が現れた。その者は村の長達を口だけで抑え込んだのだ。そして、私に自分の物となれと言った。
正直その時の私はどうでもよかった。また、人を殺す生活に戻ると思ったからだ。
素直に、言われるがまま私はその男の物になった。
だがいつになろうともその男は誰かを殺せとは命じてこなかった。
殺ししかできない私になぜそれを命じないのかと私は聞いた。
彼はこう答えた。
『殺すなんてそんな楽なことさせるわけがない。殺さずにじわじわいたぶるほうが最高の苦痛だろう』
冗談交じりで私に言ってきたのだ。
ある日、処刑場に乗り込んで乱戦になった時、私は一人の男の首を切ろうとしたとき、彼は私を殴って止めた。
『なぜそんなに笑っている』
そういわれて初めて私は自分の顔を手で確認した。確かに笑っていた。そこまでに私は壊れていたのだろう。そんな私に彼はこう言った。
『殺すときは俺に許可をとれ。俺はそうやってお前の首に縄を打ち、お前の手綱を握っておいてやる。ずっとだ。お前は俺の物なんだからな』
彼は最後にこう言った。
『そして、自分を殺すな。一人の女、雲雀として生きろ』
私はその言葉に涙してしまった。私を救った一人の友人の顔を思い出してしまった。
そして、笑顔で散っていった彼女の思いを思い出したのだ。
「あまり飛ばしすぎるなよ、雲雀」
ちょうどもう一人兵士を切り飛ばしたときに彼はそう忠告してきた。
「あらあら、大丈夫です。あなたが生きてる限り、手綱は握られているままですからね。だから死なないでくださいね。私どうなるかわかりませんから」
「はは、周りの敵さんのためにも頑張らないとな」
そう言って彼は私の隣を通り過ぎていく。私は彼の後姿を見て思う。
私はどんな彼であろうとついていく。たとえ行き先が地獄であろうとも。
そして鬼になれと命じられれば、喜んで鬼となろう。
それだけが、私の友人の『生きて』という願いを叶えさせ続けてくれる彼への
唯一の恩返し。




