一方的な乱戦
「貴様なにを言っているのだ!何もあるわけがなかろうがぁ」
「あーあ、そんなに慌てちゃってあからさまに何かがあるみたいだな。ますます何かあるみたいだな。例えば、兵器と……」
「もう茶番は結構だ、兵士たち問答無用だ。この愚か者どもを引っ捕えろ」
「あーあ、どうやらビンゴだったようだな」
兵器はハッタリだった。そこまでの情報は実は手に入れられなかった。重大機密であろう情報はいくら雲雀の高い諜報能力でも手に入れることなどできなかった。
相手は聴衆によって暴動が起ころうが構わないといった様子でこちらを取り押さえに掛かり始めた。つまりその行為は質問の無言の肯定だ。
「我のシナリオ通りだな。雲雀!ココア!ひと暴れしろ!」
その声よりも早く雲雀は打って出ていた。
あたりの喧騒の中で鈴の音が舞っている。それとともにきっと血しぶきが舞っていることであろう。
「……はぁ、久々にこりゃ、本気になってんな、あの腹黒怪物」
俺はその真実を突きつけられ呆れて『我』の演技が抜けてしまっていた。というかもう演技はいいのだが。もう喧騒で誰も聞いちゃいないだろう。
「……さて高みの見物といこうかな」
この処刑台に誰も上がってこない。ひっとらえようとする兵士さえ来ない。
理由は簡単だ。上がらせていないからだ。
「あらあらあらあらあらぁ、どうしたんです?みなさん、かかってこないんですか、ではこちらから行きますよ」
そう言うと雲雀は近くにいた兵士を五尺刀で斬った。その兵士は鎧ごと斬られ血を吹き出して倒れた。
それでも彼女はゆっくりと歩く。そして彼女の五尺刀の届く、半径約百五十センチに踏み入れた者を叩き切っていく。彼女の歩いた道には既に五十人以上の兵士が倒れていた。その全員が同様に呻きながら血を流していた。
そうしているあいだに雲雀は同時に四方から飛び込んできた四人の兵士をほぼ同時に切り伏せた。飛び散った血が彼女の白装束に赤い花をつけていく。
その様子なのに彼女は笑っていた。
その笑顔は普通に見れば美しかった。古風な顔がおしとやかに微笑んでいるのだ。
しかし、切り伏せて返り血で衣装を染めていく様を見ればいやがおうでも不気味に映る。
「…………すいません、今のうちにあやまらせていただきます。私、ひょっとすると自分を抑えられないかもしれませんので」
その声を聞いたものは体が固まってしまう。獣に睨まれた草食動物のように。
「私あなたたちのような人間が嫌いなのです。自分の意思をもたずにただ命令を聞くだけの人間は。だって昔の自分を見ているようで。でも安心してください。みなさんは私と違って人間であって獣ではありませんから」
そうしているあいだにも動けなかった四、五人が叩き伏せられた。しかし、異様にも切り伏せられた人間は『全員』が呻いているのだ。全員意識もあり、致命傷も受けていない。しかし、戦闘不能に追い込まれている。
「でも、安心してください。獣は獣ですけど今は首輪のついた飼い慣らされた獣ですから」
そうしているあいだにもまた四、五人の兵士が斬り飛ばされた。
ざっと見るだけで五、六千はいるであろう兵士がたった二人の女性に動揺していた。
「殺す快感を覚えてしまった獣は普通どうなってしまうと思います?」
質問したが質問された兵士はその瞬間に切り伏せられてしまう。その返り血でまた白装束に赤い花を咲かす。だんだん白装束ではなくなってきた。
「害獣として飼い主から殺されてしまうんです」
そう言ってまたひとり斬る。
「そんな害獣の私でも首輪をつけてくれる方がいらっしゃったんですぅ。とんだ変態ですけどぉ」
彼女は大きく息を吸い込んだ。自分を戒めるように。
「もう人間として壊れていようとも、私は誰かを傷つけるためだけにこの刀は振るわない。こんな私に枷を与えてくれた人のためにこの刀をふるい続ける!」
そう言った瞬間に十人もの兵士が彼女へと飛びかかってきた。
彼女は前進した前方にいた四人に狙いを定める。飛び上がった二人は後回しにし、地に足を付けている者の足を瞬時に斬りつけて倒れさせる。そして飛んだ者の腕を斬り同時に胴も斬り戦闘不能へとさせる。
残り六名。振り向ざまに左後方にいた二人を斬り伏せる。そして同時にその方向に動き右側にいた兵士の斬撃を避ける。そして間髪いれず返り討ちにする。連撃を入れようとし突っ込んできた二人を同時に横に一線を入れる。
そして最後の一人の気配を探す。すると先ほど二人の兵士の死角から一人現れた。
その兵士は斬られた兵士を犠牲にしても雲雀を斬ろうとしていたのだ。
雲雀とその兵士のあいだには斬った兵士がいる。
仮に五尺刀で兵士の体を貫いて攻撃すれば難なく突っ込んでくる兵士を撃退できるであろう。しかし、確実に兵士を一人殺す。
「いい案ですがぁ、五十点です」
雲雀は五尺刀を持っていない右手で邪魔な兵士の頭を掴んで軽々逆立ちをした、てっきり突っ込む予定だった兵士は不意を突かれた。
そのまま頭を持っていない左手の刀でその兵士を切り伏せる。そして彼女は体をひねり足から地面に着地する。
「さて、痛い目を会いたくない方はどいてもらえますかぁ、これ以上斬ってしまうと正気を保てれるか不安ですので」
ここまで見せつけられて正気で彼女に挑もうという者は誰ひとりといなかった。飛び込んでいくのは狂気に駆られた者だけだった。
「…………ん~、眠い」
雲雀が暴れているその喧騒の中でココアはゆっくりと歩いて行っている。あまりに雲雀に気を注がれているあまり、ココアに注意する者はいない。
しかし、兵士の群れの中、ポツポツと穴があき始める。悲鳴とともに。
それに伴い集団の中で恐怖が広まっていく。
「…………足元。注意」
その犯人はココアの縄だった。今彼女が使っている縄は黒色で特殊なものだった。彼女の意思で自由に動かせることができる縄だ。それで兵士の足元に気づかずに近寄り、絡まり引き倒して昏倒させる。
彼女は手馴れた様子でそれを行っていく。
「貴様、邪魔だ」
一人の兵士が恐怖に駆られて多くの兵士の中にいて異質に見えた少女に斬りかかった。
「…………邪魔なのは、そっち」
縄を兵士の首に巻き付かせて引き倒した。
「…………死ぬことも恐れなかったココア。そんなココアに黒は言ってくれた」
彼女が暴行され続けているところに黒が乱入したのだ。そして自分の口でまず周りのものを黙らせた。そして手土産とばかりにココアを囮にして逃げた大人たちをその前に引き出させて混乱を再発させたのだ。その混乱を利用して黒はココアを連れてその場を離脱した。
しかし、自分の意思を持たない少女はなにも言わなかった。されるがままだった。
それを見た黒はココアに言った。
『お前に選ばせてやる。ここで人形をやめて俺の野望の一部になるのなら、お前にお前がわからないものを全て俺が教えてやる。嫌というほどな』
この時のココアは何を言っているのかわからなかった。でも、目の前の手をとってしまっていた。ただそれだけのことだった。
「…………黒はバカ。リーアは鬱陶しい。雲雀はコワイ。でもハムは美味しい。それが幸せなんだと思う。だから、それを守るため、ココアはたたかう」
そしてリーアは目をつぶる。集中するためにだ。縄に集中する。
その瞬間だった。
ちょうど兵士たちの集団の中心にたココアを中心にして広範囲に縄が暴れ始めた。一つ動けば兵士を十人吹き飛ばし、二つ動けば十人ばかりを転ばせ、三つ動けば十人締め上げる。それはもう大蛇だった。
ひとりの少女は縄をふるい続ける。