一人の少女
私の生まれが恵まれなかったといえばそれはきっと恵まれないということになるんだろう。でも私はそれでも良かった。私は母や父に愛されていたという記憶だけはあった。いや、記憶というほど鮮明なものではない。少しの暖かさを覚えている程度だ。だって仕方ないだろう。時が両親の記憶を霞ませる。
記憶と言える始まりは赤く燃える故郷だった。地下室の物置の壺に隠されたというのはきっと私の両親の優しさだ。そこから、前の孤児院院長、今の院長の旦那様に拾われたのは本当に運が良かった。あの魔法の里でいた者で本当の意味で無事に居られたのは私だけかもしれない。
院長夫婦には本当の子供のように育てられた。私が魔法の里出身ということは前院長のみが知っていて、心の中に閉まっていてくれたようだ。
本当に幸せだった。
時に褒められ、時に叱られ、時に諭され、時に教えられた。
でも、不幸はいつか来るものだった。
私を拾ってくれた前院長が不治の病にかかった。その旅たつ直前、前院長は私の手を優しく包んでくれた。そしてふたりっきりでお話ししてくれた。
『ミュウナ、君は私の娘だ。子供のできなかった私たちにいっぱい幸せなものを運んできてくれた』
幸せをもらったのは私の方。私の幸せは本当ならあの時に終わっていたはずだった。
『済まないが君に本当に協力できる私は君のそばを離れてしまう。』
そんなこと言わないで欲しかった。もっともっとわがままを言いたかった。我が子と言ってくれるならもっとわがまま言っても良かったのではないのか。
『でも君は強い子だ。どんな困難があろうともきっと乗り越えられる』
そんなことない。私は弱い人間だ。
この時には自分が魔法を使えるのを知っていた。むしろ前院長は秘密に自分の書斎で魔法の練習をさせていた。両親からもらった大切なものであると言って。
私はそんなこと思ったことはなかった。
負い目に感じていたのだ。私を守ってくれた両親からもらった力を負い目に感じていたのだ。私は最低で弱い人間だ。強い子ではない。絶対にない。
だから白馬の王子様が、星の勇者様が助けに来るんだと私は考えしまうのだろう。
だから、今回のように、私は何もできずに死ぬのを待つことしかできないのだ。
逃げようと思えば逃げることができたのに。
落石の現場であのまま子供達を見殺しにしていれば、ここに自分はいなかっただろう。
落石後に取締官を魔法で追っ払っていれば、ここにはいなかったかもしれない。
そもそもほかの魔法使いの人たちのように、この街から、この国から出て行っていればこんなことにはならなかっただろう。
そのどれも選べなかった私は弱い人間なのだ。だから今のような状況は仕方のない。
諦めるしかないのだ
………………。
…………。
諦められるのかな。いや、死を受け入れることなんてできない。
怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、コワイ、コワイ、コワイ、コワイ、コワイ、コワイ、コワイ、コワイコワいこワイコわいコわイ、
全身から血が抜かれていくような恐怖。暖かさはもう感じられない。死にともなう苦しみなんて耐えられるわけがない。どうすればいいの。私は何か悪いことしたの。良い子にしていたのになんで死ななきゃいけないの。ねぇ、だれか、誰か、誰か教えてよ。
『馬鹿だな、お前』
私の声に誰かが答えた。
私は顔を上げる。そこには黒ずくめの衣装の男の人がいた。見たことのある人だった。でも違うところがあった。いつもつけていた左手だけの手袋はしていなかった。
そして、その左手の甲には紋章が青白く光っていた。
そして、私はその紋章の意味することを理解した。いや、理解してしまった。