一方の舞台袖
「…………始まったわね」
熱狂の塊と化した中で一人どこか悲しいような落ち着かない表情だった。
「おいおいおい、あの『正義の番人』のジャスティと『処刑場荒らし』の黒がやりあうっていう情報本当だったのかよ」
「こりゃあめったに見れねえぞ」
リーアは自分の目の前にいた二人の若い男を少し見る。
彼らはこの国の者たちではなく、わざわざ国境を越えて目の前のものを見に来ている。熱狂的なファンであるようだった。
今は相対しているわけだが、常にそうであるわけではない。
ジャスティは自らの信じる正義を貫くために不正の行われている裁判や処刑などに入り込み正しい道へと正す。正義をときながら次々と役人たちを論破していくその姿から『正義の番人』と呼ばれるにいたった。
一方、黒は善悪など関係なく己の赴くまま、己の利益のために役人たちを論破していく。それで『処刑場荒らし』などと名がついている。しかし、その痛快なまでの論破の仕方に観衆を味方につけている。
よって、必ずしも二人が敵対することはないが、時にぶつかることもある。
(…………やっぱり、ただの魔女裁判にしては兵士の数が異常だわ。この裏にはきっと何かがあるわ。その内容がなんであれ、今まで以上に危険だわ。もしこのままいつものように論破してしまえば、どうなるかわからないわ)
追い詰められたものほど何をするかわからない。今は観衆の熱気に押されているが、それも構わなくなる状況だって出てくるはずだ。リーアは内心落ち着かなかった。
先ほどの爆薬の工作の指示をしたところで今回のリーアの仕事は終わっている。これ以上何もすることができないのだ。彼女はこれ以上何もできないことが歯がゆかった。
(これではあの時と一緒じゃない)
自分の目の前で両親、兄弟が無残に殺されていくのを黙って見ていることしかできなかったあの時のように。リーアは唇を噛み締める。血の味がしてきても構いはしなかった。
「あらあら、綺麗な唇がだいなしですぅ」
すっと存在を表したのは雲雀だった。いつものようにゆったりとした言葉だったが、身のこなしはいつものようではなかった。リーアも含め、彼女の接近に気づいたものはいるのだろうか。しかし、リーアは驚くこともなく言い放つ。
「……あんたに何がわかんのよ」
「あらあらあら、私にはわかるわけもないですぅ」
雲雀は間を置くことなく答えていた。
「あなたのことはあなたにしかわかりません。あなたがわたくしのことを知らないように」
「…………………………」
「あらあらあらあら、間が悪くなればだんまりですか」
その通り図星だった。リーアはただ行き場のない感情を自分はどこかに八つ当たりをしたかっただけだったと知る。
「……ごめん、悪かったわね」
「いえ、気にしないでいいです」
にっこりと笑い返す雲雀。
「でも一言だけ言っておきます」
どこか微笑んでいるような表情だったが、真剣なものだと肌でリーアは感じ取った。
「…………彼を信じてみましょう。彼がなんであれ、私たちが知っている彼なのです。死に直面した私たちを引っ張り上げてくれたのは誰でもない彼なんですから」
その言葉を聞いてリーアはまっすぐ雲雀の目を見る。
「それに私よりも長い時間を黒さんと過ごしたあなたなら知っているはずです」
そして思った。
(……雲雀には勝てないな)
同世代なのに、精神だけはリーアよりも数倍育っているようだった。
「ねぇ、雲雀」
完全に落ち着きを取り戻したわけではないが、リーアはその声で雲雀に呼びかける。
「あら、なんでしょう」
「もしもの時、頼むわよ。あんたには私とは違って、どうにかできる力を持っているんだから。誰よりも信頼してるわ。信じてるわ」
そのリーアの言葉に雲雀は逆に目を丸くした。しかし、それも一瞬のことで。
「こちらこそ、ありがとうございます」
雲雀も心の底から礼を述べた。
「私の力は人を殺すためにつけたものでした。それをあなたは誰かを守るためのちからだと言ってくれました。私は純粋に嬉しいです」
「きっかけなんてどうでもいいわよ。持ってしまったモノであっても、それをどう使うかが大事なんじゃない」
「あらあらあらあら」
「え、何か怒らす様なこと言った?あたし」
あらの数が増えることによって彼女の感情を読み図ることができる。それでリーアは怒らしてしまったのではないかと思った。
「いえ、これはただ、感情が高ぶっただけですよ」
「な、なんだ、よかった」
怒ったときだけではなく、感動したとかそっちの方面でも増加するらしい。
「私の力はたいしたことはないのです。でもそれでも必要としてくれるのであれば、私ができることをすることです。なのでありがとうございますぅ」
雲雀は微笑むとそのまま気配を消し、どこかに消えていく。空気に溶け込むように。
彼女が自分の仲間だということにこれ以上ない安心を持ったことはない、とリーアは思った。そして、今まさに始まろうという戦いに目を移す。
「…………あんたも、頑張んなさいよ。負けたりなんかしたら焼いてやるから」
いつも本当の気持ちを言葉にできない彼女の本当の独り言だった。