処刑場という名の大舞台
「おーい、交代に来たぞ」
「やっと休憩か、今日は寒いからきついなー」
見張りの兵士たちが愚痴をこぼし始める。
「それに一雨振りそうだしな。まったくさっさと終わんねーかな」
「おいおい、不謹慎だなー。まぁ、死ぬのは魔女だから別にいいか」
「だな」
今自分のとなりでいる兵士が私語をしている。もちろんこいつらは処刑台に向かっているこの観衆の中に紛れている俺に気がついていない。
人相書きが出されている俺が処刑場に乗り込むのは容易ではない。しかし、どこにも抜け穴というものが存在する。ここの警備につく兵士は非常に大雑把でほぼサボっているといっても過言ではないだろう。
「…………お腹すいた」
その俺の隣にはココアだ。今は俺が処刑場で暴れる前までの護衛だ。
なんせ、リーアはそれなりに腕はたつが、大勢を相手にできるほどではない。それだけであれば雲雀も適任になるが、なにせ武器がかなり目立つ。あの長さの武器をここで持ち運ぼうものなら、どんなサボりぐせのある兵士も気づくだろう。
処刑の直前に乱入することが好ましいので始まる前に気づかれるわけには行かない。
だからこそ雪よけのローブの中に武器であるロープを隠せられるココアが護衛に適任というわけだ。
「これが終わったらハムをたくさん食べさせてやるよ」
「…………ん」
短く答えたココア。
ここでふと兵士と目があったが、物珍しいものを見に来た兄妹と思われたのか、何も反応を示さず、仕事に戻った。
そして俺とココアはなんの苦労もすることはなく処刑場の観覧席にまでやってきた。
「さてと、頃合いになるまで見学するか」
タイミングを見なければならない。
俺の武器の一つは観衆の力を借りることだ。俺の処刑場荒らしは俺の知名度を上げてきた。表だって国に反抗する者は国に不満を持つ者にとっては良く見えるものだ。
逆らえば魔女として捕まり処刑されるこの国に不満を持っている者は多い。
その鬱憤が溜まっている分、俺を退場させようとすれば暴徒となる者もいる。それを考えれば国は無理やり俺を舞台から引きずり下ろすことはできない。
「…………来たよ」
俺はココアのその声に処刑場に目を移す。鉄の首輪をしていて、それに鎖が伸びていてその先には手錠があった。そんな姿の彼女はミュウナだった。自然と周りの観衆もざわついてきた。
「……………………」
俺はただ黙ってその様子を眺めていた。
彼女の目がうつろだった。中に魂が入っているのか不思議に思ってしまうほどであった。虐待をされている様子はなかったが、精神的に限界なのだろう。
そして極めつけは何もかもを諦めた光のない目だった。
「さてここに来た民衆たちよ。今からお待ちかねの魔女裁判を行う」
絞首台の上に二人の兵士に抱えられながらミュウナが配置についたときに、あのいけ好かない取締官が出てきていた。他の者よりも少し身分が高いのか、同じ取締官の制服でも少し金色が多いような気がした。そして語り始める。
「この者はこの国を崩壊の危機に陥れた憎き魔法を使った大罪人である。こやつがどのような罪を犯し、のうのうと生きてきたのかしかと聞き入れろ」
過去に魔法を使う軍人が裏切り、この国の崩壊の危機となった話は俺も小耳に入れている。
「………………ねぇ、今からあの人殺されるの?」
俺は喧騒の中でもそのココアの言葉がすっと耳に入った。
なんの同情や哀れみ、憤りといった感情の込められていない無色の言葉だった。
子供には処刑ということの意味もわからないのかもしれない。彼女の目から見れば、あれは殺人にしか見えないのかもしれない。
こういう感情を持ってしまうようになってしまったのは彼女のせいではない。
彼女をこのようにした昔ココアの周りにいた者たちが悪いのだ。空っぽの人形を作り上げようとして、最終的に彼女を捨てようとした者たちの責任だ。
彼女はただ無垢なだけなのだ。それがすべてわかった上で俺は口を開く。
「……俺が殺させねぇから、安心しろ」
他の者に聞こえないように小声で言って俺はココアの頭を優しくなでる。
そうしているあいだにもミュウナの罪状が読み上げられていた。
「……この大罪人は、近年稀に見ない非常な強力な風の魔法を使えることが判明。その証人としてその現場に居合わせた兵士が三名いる。三人とも同様の証言をしていることから分かるようにこの者が魔法を使えることは疑いようのない真実である。よって、魔女取締法第一条により絞首刑が相当なものと思われる」
バカバカしい。結末がが見え透いた劇のようにバカバカしかった。
彼女の罪を攻めたてる者のみならず、裁決を下す者、彼女を弁護する者全ての人間が国の者だ。身内ばかりなのだ。見え透いた台本の用意されている二流三流の劇だ。
俺は周りを見渡した。俺たち以外の観衆で彼女のことを思ってる者は果たして何人いるのだろうか。娯楽のないこの荒れ果てた世界の中で、刺激に飢えている人間たちがほとんではないのだろうか。
許されるのであれば役者のひとりひとり殴り出したいところだった。
「…………なんで、こんなことに……あんな、優しい、ミュウナちゃんが」
俺は自分の耳を疑った。意外だったからだ。もし可能性があるとすれば、孤児院の者たちだとは思ったが、危険性から孤児院に踏みとどまっておくように俺が指示している。
俺はその声の方に耳を傾ける。そこには見たことのある人物が歯を食いしばっていた。ミュウナの働いていた宿屋の店主だった。その隣には恰幅のいい奥さんだいた。
視線に気づいたのか俺の方に向き、俺たちの存在に気がついた。
「君たちは……」
「どうも」
長く感じた短い沈黙のあと宿屋の店主は口を開いた。
「…………あんな真面目で健気で悪いことなんかしないあんないい子がなんで殺されなきゃなんないんだ。おかしい。間違ってる」
「おいアンタ、これ以上は」
奥さんは自分の夫の腕をつかみ黙らせようとする。そこに誰かの耳があるかわかったもんではない。もし彼女を擁護しようものなら、今度は自分があの絞首台に登る羽目になる。
それに店主の言っていることは間違っていない。
真面目な人間、なんの罪のない人間が処刑される世の中なんか間違っている。
それは当然の心理だ。でも店主は間違っている。
「店主さん、アンタはなんでここにいるんだ」
「は?なんだ君は」
言葉が悪かったな。なら、サルでもわかるように言ってやる。
「自分が正しいと思う答えを持っているのになんでここでボケっとつっ立ってんだよ」
理解するのが遅かったのか唖然とした後に、目に怒りの色を浮かべる。
「君に何がわかるだぁ!」
「ほらきた、弱者のいいわけだ。何もかも周りの環境のせいにする。決して自分は悪くないんだと言い聞かせる。彼女が死んでも仕方がなかったんだって自分に言い訳をする。自分が正しい考えを持っているんだからそれでいいんだってね」
言い訳とは思考の停止だ。考えることをやめてしまうのだ。
「たとえどんなに崇高な考えを思いつこうが、行動に移さなければ、ただの考えにしかならねぇんだよ。偉そうに人の人生を憂いているんだろうが、お前は、彼女を救おうと何か少しでも行動したのか?あぁん?」
「………………だったら君はどうなんだ?」
ほら来た。運や環境のせいにしたあとに、人のせいだ。
自分に酔っているだけなんだろうかこのおっさんは。どんなに正しい考えを持っていても行動に移さなければこの周りにいるゴミと同じだ
「悪いがな、てめぇと俺は違う。俺は誰だと思ってんだよ」
そう言って俺はココアに合図を送った。
それを受け取ったココアは決めていた指示通りに赤く塗ったロープを空高く投げ上げた。
その瞬間だった。
鼓膜を破裂させるかのような、爆発音が鳴り響く。周りにいたものは誰もが耳を抑え始める。
あらかじめ小毬をはじめとするリーアの工作員たちに処刑場の周りに爆薬を仕掛けさせていた。爆破の合図が赤いロープだった。
俺は観衆の群れをかき分けて、爆発に目を取られてスキのできた兵士たちのあいだを通って、塀を乗り越える。
俺はそれから大きな声を上げて宣言する。
「皆の者待たせたな。黒様がいま参上だ」
その瞬間、歓声が沸き起こった。
この世の中に抑圧された者たちはその鬱憤を晴らすために一種の危険を孕んだ娯楽に熱中する。
「そいつを捕えろぉ!」
あのいけ好かない取締官がその監視の中にひときわ大きな声があたりに響き渡る。
俺は予定していた通りに動ずることもなく語り始める。
「おい皆のもの、コイツこのショーを台無しにしようとしているがどう思う?」
その直後観客達がその声の主に罵詈雑言を浴びせかける。
俺が演出した場の雰囲気に触発されてのことだ。
もちろん、汚い言葉を吐いている者の中にはリーアの工作員や金で雇ったサクラも存在する。爆発による演出で興奮させ、サクラたちで煽って集団心理をうまく利用する。
ものの見事に先ほどの取締官はあたふたしている。
「君は下がっていなさい」
そんな中、一人の初老の男性の一声で処刑場に集まっている軍の動揺が取り除かれる。事前の雲雀のリサーチにあったこの街の有力な役人の一人、コルダイクという名だった。
「はじめまして、君がかの有名な『処刑場荒らし』の黒君だったね」
「ああ、我の名を知ってもらっているとは光栄だな」
一目見て油断できない相手だと思った。
物腰は普通のじいさんで腕っぷしがあるわけでもない。しかし、頭が切れる。
「……すごい迫力のある演出だったが、老齢の私には少し刺激が強すぎたよ」
「はは、そうかい、そのままポックリと言ってくれると我としても良かったのだが」
「お年寄りには気をつかうものだよ君」
お互いに笑いながら会話の間合いを測っている。
「で、本題なのだが、この国の役人として、君の活動を認めるわけには行かないんだよ」
先に仕掛けてきたのは向こうからだった。
「そりゃそうだろう。メンツというものは大事。しかし……」
俺は鼻で笑ってやった。
「ダメだと言われたらむしろ無理やりにでもやりたくなるのが我の性格だ。そちらこそ諦めてもらおう」
観客の中に笑い声さえ起こる。
「彼女はこの国で禁忌とされている魔法を使ったことは疑いようのない真実なのだよ。だからこの国の決まりで処刑される。今も昔も同じなのだよ」
「ああ、そうだな、この国の決まりならばその女が処刑されることは道理だ。だがな」
簡単な話だ。先ほどのオヤジのように環境、決まりを理由に諦めてしまうなら、いっそのこと……。
「この我がそのような決まりなど覆してしまおうではないか」
そんなものは根本から覆してなかったものにしてしまえばいいのだ。
心の中にこの国に対して燻った感情を持った観衆たちが賛同の声を上げ始めた。
「我がそれを皆に証明して見せようではないか。この場でな」
コルダイクは何か考えたあとに口を開く。
「では、その場をこちらから提供させてもらおうではないか」
この一言で俺は理解した。俺が来るという噂から事前に用意をしていたのだろう。
「そこまで言うのであれば、もう一度魔女裁判を開こうではないか、君は彼女がこの国に災厄を運ぶ魔女でないことを証明する。私たちはその逆を証明する。それでいいかな?」
「ああ、依存はない」
向こうの用意した舞台で演じるのは本意ではない。しかし、その条件下で完膚なきまでに相手を叩きのめすのも悪くはない。
「そして、こちらは君のようなものに対する助っ人を呼んでいる」
そうきたか。目には目を、歯には歯を。
そういうことならばその助っ人に俺は心あたりがある。ありすぎる。
「君とは何度か処刑場で顔を合わせているようだね」
そのコルダイクの言葉で確信に変わる。
そう考えているあいだに周りを囲んでいる軍隊の一角が開かれる。そこから現れたのは顔も見たくない男と、鎧に身を固めたうら若き乙女だった。
「……やあやあ、久方ぶりだね。黒君」
やけにニヤニヤとした男が俺の目の前に現れたのだった。
許されるなら今すぐ駆け出してぶん殴ってやりたいぐらいだ。本気で。




