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処刑台上の詐欺師  作者: 十参乃竜雨
第三章、『それは突然に……』
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ある月夜の下で


 今宵の月は満月か、あの時の月と一緒だな。

 俺、黒は屋根に上り、星空を眺めていた。

 どこかの詩人が宝石が散りばめられたようだと言っていたが、そのとおりではないかと思う。

「…………やっぱり、ここにいたんだ」

 背後から声がかかった。振り返らずとも声さえ聞けば、誰がきたのわかる。

「どうしたんだよ、マイハニー。そんなに外でするのがご希望ぉ…」

 そう言って振り返った俺は飛んできた火の玉を上体をそらして緊急回避する。もしこれをよけなければ顔面が大変なことになっていた。

 火の玉を投げてきたのはリーアだった。

「あんた、誰かを助けようとする前の晩はいつもそうして夜空を眺めるわね。雲雀の時も、ココアたんの時も……。たとえ曇っていても必ずよね」

 知られているとは思わなかったな。

「なんの意味があるの。その行為に」

「星空を眺めるのに何か理由が必要かい?マイハニー」

「そんなうわべだけの言葉を信じること出来ると思う?」

「いやー、怖い怖い。そう詰め寄らなくても」

 硬い怖い笑顔を浮かべながら迫ってくるリーア。でもその分いつもより胸が揺れ……。

「真面目に聞け」

「あー、わかったから、拳、拳を閉まって」

 ここで本気で殴られたらこの三階建ての屋根から落ちて死ぬ。

「儀式的なもんだよ。おまじないとおなじもんだよ」

「はぁ?」

 何考えてんのこいつって顔されてるな。本気で言ってくれてるのはわかってくれたから殴られずに済んだが……。

「昔、ある人にいろいろ学ばせてもらったんだ。生き様って奴を。この星空の下でな。それを思い出すと不思議と力が出てくるんだよ」

「えっと、なんというか、あんたらしくない感じだけど。悪くないと思うよ」

 それにと続けて何か言った。

「…………あんたの昔のこと少しでも聞けてよかったし」

 あん?聞こえないぞ。リーアらしくもない。

 それにこいつは俺のことをどんなやつだと思っているだ?よし、体に直接聞いて……。

「それより、あなたに言いたいことがあるのよ」

 クソ、逃げられた。

「今回の仕事、諦めなさい」

「は?何言ってんだ?」

「あんたも分かってんでしょ、今回は今までのようにそう簡単な話ではないわ」

 その簡単でない理由を語り始めた。

「今回は今までのとは比べようのないくらい危険。雲雀やココアたんの時と比べようのないくらいに兵が多いわ。私の時とも違う」

 雲雀とココアの場合は彼女たちで起こった騒動で処刑されるところを乱入したわけだから、その警備の兵たちはそれほど多くなかった。リーアの場合は相手は反乱を起こした兵士であったが、あの場合は周りの処刑を見に来ていた民衆を味方につけた。

「それに調べれば調べるほど危険な香りがしてくるのよ。確実に」

 彼女は自分の命が助かってから各地に自分の情報員を配置し、各地で散らばった自分の家族の財宝を探している。それをしていると嫌なほど情報を耳に入れる。

 情報を常に頭の中に入れてきた彼女だからこそ分かることもあるのだろう。

 だからといって……。

「この俺様が諦めると思うか?」

「…………あんた人の話聞いてたの?」

「聞いてたよ。でもだからって諦める理由にはならねぇよ」

「いままでで一番危険なのよ。あんたの命だって……あんたは」

 言葉につまるリーア。俺は特に何も言うこともせず、彼女の言葉を待つ。

 数分の時間が空いて彼女は口を開く。

「……あなたに死んでもらっては困るの。あなたは、あなたは私の家族を殺した、男。こんなところで死んでもらっては困るの。私が、私が復讐するから。死んではダメ」

 彼女は俺の裾を掴んで言った。俺が彼女の顔を見ようと思っても彼女は決して顔を上げない。

 強がりのウソだった。

 俺は一人になってしまったとき、失意の時、流れるまま彷徨って辿り着いたのが、リーアを含む王族たちの処刑場だった。リーアは処刑場の中心で座らされ家族、親戚たちの処刑を見させられていた。俺もほかの観客たちと同じように傍観者だった。

 俺が彼女達に直接手を下したわけでもなく、その処刑の原因を作ったわけでもない。

 彼女が最後の最後にフィナーレとして処刑されそうになったとき、俺は傍観者であることをやめ、舞台へと躍り出た。

 彼女の元部下達や、処刑の残酷さから彼女に同情した者を伴って。

 俺はいとも簡単に革命者と名乗るただの反乱首謀者のゲスを言い負かした。そして、一緒に躍り出た者たちや反乱に対して反感を持っていた者たちを舞台へと引きずり上げ、反乱には反乱を持って混乱させた。そのスキに俺は彼女の手を取りその場から逃げた。

 でも彼女はこう思うだろう。

 もっと早く助けることはできなかったのか。あの時助けることができたなら、その直前に処刑された妹も救えることができたのではないかと。

 だから、『殺した』なのだ。

「だから、あなたを危険なところに行かせられない」

 復讐相手の心配なんぞするわけがない。これは彼女の嘘。

 それに絶対など絶対にありえない。人は死ぬときには死ぬ。それは俺が一番よく知っている。だから、俺はこう言ってやる。

「馬鹿だな。俺は天下の悪者だ。そんな奴が死ぬわけないだろ。それに俺には策があるんだよ。なかったらそもそもこんなことは言わないよ」

 俺はリーアを心配させないように笑いながら言ってやった。

「俺は自分の野望を達成するまで死ぬつもりはないよ」

「あの嘘みたいな野望ね」

 いつものように、『バカじゃない』と返さないまでも元気を取り戻しつつあるリーア。

「俺の野望を言ってみろよ」

「…………なんで?」

 いつものように睨んできた。なんでそんなことを口に出して言わなければならないんだというような顔をしている。

「なんとなくだ」

 俺がそう言うと大きなため息をつく、リーア。でも何か諦めたような様子で口を開く。

「…………世界征服をしていい女を集めて自分だけのハーレムを作るだっけ、まったくもってバカみたいな、ありえない野望ね」

「お前もその野望の一部だからな。覚悟しておけよ」

「……はいはい、かってに言ってなさい」

 彼女は呆れたように言う。しかし先ほどの声色は消え去っていた。

「で、雲雀もココアも俺の野望の一部だ。だから俺はヘマをして二人にけがをさせるような作戦はしない」

「わかった。あんたの言うこと信じてみる。でも……」

「でも?」

「ココアたんに手を出したらまじで焼く」

「はは、ココアに手を出すのは成長してからだな」

 俺の布団に潜り込んでいたので手を出しかけた、なんて言ったら中まで火を通されそうだ。だからこれでごまかしておく。

「あと」

 俺の裾を離してから言った。

「今回は危ないと私が判断したら手を出すから、そのつもりで」

「ああ、そうしてくれ。まぁその心配は来ないとおもうけどな」

 俺は笑って答えた。それを見たリーアは軽いため息をついて振り返った。屋根から降りていく。俺はそんな後ろ姿にこんな言葉を投げかけた。

「今日夜這いをかけるから、よろしくな」

「こげろ」

 彼女はその言葉投げつけながら降りていった。

 俺はいつもどおりの彼女の反応に安堵しながら、屋根から見える夜空を眺めた。

「そろそろ限界かもな」

 俺はそんな言葉を漏らしてしまった。そんな俺に気づき、俺は俺を笑ってしまった。自分にしては不覚だった。自分の心の内を出してしまったことに。

 長い付き合いのリーアなんかは俺についてそろそろ何か気づき始めている仕草がある。

 いや、他の二人にしてもそうだ。

 雲雀なんかは口に出さないだけでもう気づいているかもしれない。感のいいやつだし。

 ココアは感受性の強いやつだ。何かしら肌で感じ取っているかもしれない。

 そろそろ次のステージに進まなければならないな。

「それは明日だろうな」

 明日の一人の少女の処刑場がその機会の場となるだろう。

 俺は胸に秘めたもうひとつの野望を叶えるために、昔一緒にこの夜空を眺めた者との思い出を思い出しながらも、俺は決心をした。



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