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処刑台上の詐欺師  作者: 十参乃竜雨
第三章、『それは突然に……』
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事の始まる朝


「ぬぁあああああー、肌色成分がたりんのじゃあぁぁぁぁあああ――」

「このド外道ぉおおお、何ぬかしてんのぉおおおおおぉおおおお」

 俺はまだ朝日が昇っていない早朝に夜這いならぬ朝這いをリーアに掛けた。ベッドにいた彼女は飛び込んできた俺を部屋の入口の扉へ投げ飛ばした。

 でも投げ飛ばされ慣れた俺には効果がない。俺は空中で翻り、華麗に着地をする。

「お主なかなかやるな」

「毎回毎回、早朝に仕掛けてきたら慣れるわ」

 俺は昨夜の嵐で寝床の孤児院まで帰れなかった俺は宿屋のおじさんの計らいで地下の倉庫にあった古いベッドで寝た。そしてリーアがいる場合は早くに起きて朝這いをかける。

 なぜ夜這いではなく朝這いなのか。そんなの簡単だ。早朝で寝間着の着崩れがピークになっているからだ。それはつまり服という防御力が極端に低下していると言ってもいいのだ。つまり、脱がしてやわ肌を拝む確率が上がるのだ。

 実際に大きな胸の谷間が目の前でちらついている。

 それに、同室の雲雀は既に起きており、『いつもの奴やっている』と無関心を決め込んでおり、ココアの方はハムを持ってこなければ起きない。予想通りだ。

「それに諦めが悪いわね。でも今日もここで終わりよ」

 リーアの手からメラメラと炎が上がる。俺をいつものようにこんがりな肉にするつもりだ。しかし、俺はいつもの俺ではない。

「ふふふ、甘い、甘すぎるは」

「な、なによ」

「キサマの炎の対策なんぞできてるわ」

 俺は懐からある液体の入ったビンを取り出した。

「燃やすなら燃やしてみろ、そうすれば、俺の持っている瓶が引火して宿屋が全焼するぞ」

「くッ」

 リーアは炎を引っ込めた。人質ならぬ物質をとったのだ。ここまでは計算通り。

「さてさて、今日こそはあんな所やこんなところまで見せてもらおうじゃないか」

 おそらく飛び掛ってもリーアの護身術で投げ飛ばされるだろうが、あの防御力の薄い服に指の一本でもひっかけられれば、俺の勝ちだ。

 今日こそ、その服の向こうの肌色を拝んでやる。

「このド鬼畜がぁ!」

「むしろそれは褒め言葉。さぁ、あのチビがくるまで……」

 どんなに綿密で完璧な策を実行に移したとしても、想定していないイレギュラーが一つでもあった場合、策は簡単に瓦解する。

「お嬢様ぁあああああああ、たいへん……」

 チビこと小毬が扉を勢いよく開け放った。当然俺はその扉の前にいたわけで……。

「ぷぎゃ」

 壁と扉に挟まれ、全てが終わった。

「グッジョブ、小毬、後で何でも褒美をあげるわ」

「え、え、え?」

 慌てていた事もあって小毬は混乱していた。

「とりあえず、どうしたの小毬ちゃん」

 蚊帳の外にいた雲雀が助け船を出した。その言葉で正気を取り戻した小毬は強い口調でしゃべり始める。

「大変なんですぅう。大変なんですぅ、っ!!」

 慌てたのか小毬が咳き込んだ。

「大変なのはわかったから、落ち着け」

 うん、俺を睨んできた。でも小動物だからあまり怖くない。リスみたいだな。

「…………ミュウナさんが、ミュウナさんが魔法取締官に捕まって、五日後に処刑されるそうですぅ!さっき、外に張り出しがしてあって」

「そうか」

 俺はそれだけ答えた。

「そうかって、この鬼畜外道、ミュウナちゃんが、心配じゃないんですか、ミュウナちゃんは魔法が使えるってだけで、何にも悪くないのに、こんなの理不尽です。なのにそんなに落ち着いてられるんですか、い、イタイィ」

 俺はチョップで小毬の脳天を揺さぶった。

「バカ、なに感情的になってる。それで助けられるんなら、いくらでもやってるよ」

「な」

 何か言いたそうにしていたが俺は無視をして続ける。そして雲雀の名を呼ぶ。

「はい、なんです?」

 はっきり言えば慌てているのは小毬だけといっても良かった。小毬はリーアの工作員として働いているのだろうが、こういう場面に慣れていないのだろう。それも性格面もある。感情的なところは別に短所ではない。でもこういう場面にはどうしても合わない。それを考えてリーアは特に諜報部分でしか彼女を使っていないように思えた。

 誰にだって向き不向きがある。

「さっそく今から役所に潜り込んで情報を集めてくれ。ちょっときな臭い所があるからな。もしできるならミュウナちゃんと接触してくれ」

「りょうかいです」

そう言うと雲雀は静かに部屋から退出して行く。雲雀は一流の暗殺一家の育ちであるので忍び込むことだけであれば何の問題もないだろう。ただの魔女狩りならミュウナちゃんと接触するくらいやってのけるだろう。

 あくまで『ただ』の魔女狩りであればだ。

「リーアは街に出て情報を流してくれ、『処刑場荒らしが来る』とな。近くに来ているというほかの工作員も総動員してくれ」

 これは、聴衆を味方につけるためだ。俺のする処刑場荒らしは一種のエンターテインメイトだ。だから人がたくさん集まってくる。多ければ多いほど敵は聴衆を無視できなくなってくる。

 俺の盛り上げた聴衆を無理に暴力で黙らせようとしたら反乱のきっかけにだってなる。

「じゃあ、できるだけ早い方が良いわね。外門で規制が起こるかもしれないしね」

「そうだな、五日後の処刑当日までには戻ってこい」

「分かった」

「でも、お前のデカ乳揉むが先送りになっちまったな」

「…………誰が揉ませるか、バカ外道」

 俺がいたずらな笑みを浮かべると鼻で笑われた。

「……でココアたんはどうするの?」

「とりあえずここで待機だ」

「あれ?じゃあ、アンタは」

 いつもだったら待機組である。普段ならココアに何かをやらせている。でも今回は違う。

「ちょっと情報収集の場所にちょっとアテがあるからな。それは俺が適任だと思ってな」

 その言葉で理解したリーアは部屋の扉へと向かっていく。扉に手をかけた時に声を出す。

「小毬。私についてサポートをお願い」

「は、はいです」

 リーアも部屋を出て言った。その後にそそくさと小毬も付いて行く。どうやら納得していない様だがそのままでいてもらうしかない。

「…………んゥ~、……あ……れ?みんなは」

「皆出かけて言ったよ。俺たちの仕事が始まったのさ」

「…………そうなんだ」

 ココアは目をこすりながら体を起こす。俺は着崩れした服を直してやる。毎回思うのだが、あと数年すればいい女なのだがな。

「…………ねぇ」

「なんだ?」

 小さな頭を撫でながら言う。

「……いつもより元気ない?」

「……大丈夫だ。心配するな」

 隠していたつもりだが、ばれていたみたいだった。ココアはこういうことに敏感だからな……。でも簡単にばれたってことはリーア、雲雀にもばれてるかもな。

 今回はいつものような処刑場荒らしとは違うのだから。



「あの、お嬢様、あの血も涙もないあの鬼畜外道の事はなんとも思わないんですか、今回という今回は……」

 部屋を出ていたリーアと小毬は早足で廊下を歩いていた。小毬が先ほどの事に不満を爆発させていた。しかしそれを聞いたリーアは最後まで聞くことはなく。

「小毬、少し口が過ぎてるんじゃない?」

「す、すいません」

 リーアの強い言葉に小動物の用に小さくなる。しかし、小毬は引くことはなかった。

「でもお嬢様あの冷血な男は……」

「そこまで付き合いがないアンタには分かんないだろうね。そもそも相手は気付かれないように隠しているつもりらしいし」

「はい?」

 小毬は目の前の慕っているお嬢様が何を言っているのか理解ができなかった。どこか先ほどの怒気もどこかへ消えているようだった。

「柄にもなく無理をして、強がってるのよ。今回の仕事はいつもの金や自分の利益の為のものじゃないからね。下手すれば今回は金さえ損するかも。慈善活動なようなもんよ」

「そ、そんな言い方ないじゃないですか」

「そうね、でも事実だから、でも彼はそれでもしてるの。今回のような仕事」

 今回のような仕事とは誰かを助けるための仕事だ。

「それでこういう時アイツはいつもあんな感じの、どこかさみしい顔をするの。本人は隠しているつもりなんでしょうけど」

 リーアの紡ぎだす言葉を小毬は歩きながら真剣に聞いていた。

「……雲雀を助ける時も、ココアを助ける時も、アイツはあんな顔をしていたわ。他の女にだって。演技しているつもりなんでしょうけど。この上なく下手くそだわ」

 小毬は隣にいる自分の主人の顔を見た。

「……私の時はどうだったんでしょうね。私を最初の女とかほざいてるけど、本当にあの顔をしてくれたのか分かったもんじゃないわね」

 小毬は自分の主人の顔がどんな顔をしているのか、言い表せなかった。とにかく複雑だった。いろんな正や負の感情が入り混じっていた。その表情が、自分の主が黒という人間への思いであろうことは感じれた。

「アイツはたとえ私みたいに付き合いの長い人間でもけっして私と会う前の身の上話はしないわ。むしろ隠そうとしてる。なんでだろうね。自分以外の誰も信じていないのか、若しくはあのバカらしい野望の為にかしらね」

「どんな野望ですか」

「アンタも聞いたら『実現できるわけない』って大一番に思うわ、きっと」

 リーアは少し笑みを見せた。

「まぁ、内容は後で本人に聞きなさい。この件が終われば、いくらでも言ってくれるわよ」

「そうですか……」

「さぁ、無駄口叩きすぎたわね、さぁ、行くわよ。私たちができることを」

「…………了解しました」

 小毬は納得しきれないわだかまりがまだあったが、今は自分の目の前にいる主人の為に動くしかない。そう思い小毬は歩を進めていく。


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