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処刑台上の詐欺師  作者: 十参乃竜雨
第三章、『それは突然に……』
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嵐の音の中


「あー、こんなにも降ってくるなんて思っていなかったよ、まったく。ほら子ども達、これで頭拭きな、ほらミュウナも」

 私はタオルをアヤさんから投げ渡された。

 私たちは朝から子ども達とピクニックに出かけた。山の頂上に登ったのは昼ごろだった。そこでしばらく過ごした後に、天気が悪化。雨が降ってくるだろうと考えた引率の私たちは予定を切り上げて下山。しかし、その途中で大雨が降ってごらんの有様だった。

「これからどうしましょうか」

 私がそう言った瞬間だった。

 光と共に鼓膜を突き破ると思えてしまうほど音が鳴り響いた。

「おいおい、豪雨の次は雷かよ」

 アヤさんが子どもの悲鳴の中でそう言った。

 引率の私たちは集まって話し合いを始めた。いまはまだ雷が鳴るだけで、落ちてきていないのだが、このまま木の下で雨宿りしているわけにはいかない。

「たしか、ここの近くに知り合いの商人の別荘があったはずです」

 引率の一人がそんな声を上げた。

「雨がおさまるまでそこに身を寄らせてもらおうか。じゃあ、決まった。行こうか」

 私を含めた引率の皆さんが首を縦に振った時だった。

「おねーちゃーん、キー君とミリエナちゃんがいないよ~」

 子供達の一人が、そんな声を上げた。その声に緊張が走る。私とアヤさんはいち早く子供達を見渡す。その子が言ったようにキリエル君とミリエナちゃんがその中にいなかった。

「おいおい、はぐれちまったか、くそ」

 軽率だった自分に悪態をつくアヤさん。アヤさんは引率の人達を見渡してから私を見た。

「私とミュウナが手分けして二人を捜す。他の皆は子ども達を屋敷まで送ってください。その後に街の自警団に連絡をして捜索隊をお願い」

 その言葉に皆首を縦に振る。それもそうだった。引率の中で若いのはアヤさんと私だけだった。自身の身の安全を考えて動けるのは二人だけだと言っても良かった。

「それじゃあ、ミュウナいくよ」

「はい!」

 私たちは走り出した。元来た道を雨の中駆け上がっていく。服も髪も完全に濡れてしまった。でも何も感じなかった。ただただ二人の子供たちの安否が心配だった。

 すると目の前が二つの道に分かれていた。

「ミュウナ、お前はこの道をいってくれ、私は一度頂上まで戻って様子を見てくる!」

「わかりました!」

 雨が地面を打ち付ける音に負けないようにお互いに大声を出してから二手に別れる。

 私は顔にぶつかってくる雨を何度も何度も振り払いながら全力で走る。

 嫌な予感がした。雷を生みだすどす黒い色が更に私の不安をかきたてる。

「あの時もこんな天気だったよね」

 私は走りながらも思い出したくない昔を思い出していた。

 あまりにも似通った状況にあの時の悲劇が起こるのではないかと不安になる。

「や……てっぇ…………え」

 雨の轟音の中に誰かの声が聞こえた。私は立ち止まりその声の元を探す。 

「はなしてぇえええええぇ」

 私は声の方向を向く。自分の右側からだった。その先には木の茂みがあり、それを乗り越えた所には大きく開けたところがあった。崖があった。その崖は結構高く、岩などがむき出しになっている。この天気ではいつ土砂崩れが起きてもおかしくないように思える。

 その崖の麓に小さな影といくつかの大人の影が見えた。

 二つの小さな影は間違いもなく孤児院の子ども達であるキリエル君、ミリエナちゃんだ。

「何をしているんですか!」

 その茂みを乗り越えて力の限り叫んだ。その近くにいた大人たちの影は一斉にこっちを向いた。私は思わず息を飲む。見覚えがありすぎた。私にとっては天敵と言っても良い。

「おや、孤児院の方ではありませんか?」

 グレイドビル魔法取締官だ。マントにはこれでもかと金が敷き詰められている。

「こちらの邪魔をしてもらっては困るのですよ」

「子ども達に何をするつもりですか」

 私は相手の言葉を相手にせず問う。

「……私は仕事をしているだけですよ。この子たちの連行です」

「なんでこの子たちが、この子たちは魔法使いではありません!証拠でもあるんですか!」

「証拠なんてありませんよ」

 グレイドビルははっきりと答えた。

「な、なら」

「だからこの子に任意に同行してもらおうとしているんですよ」

 これは任意という名の強制。この言葉で連れて行かれ帰ってきた者は何人いるのだろうか。私の知る中では一人もいない。だからどうしても止めなければならない。

「まだ子供なんですよ」

「そんなことは関係ない。魔法は大罪、それを使う者は大罪人。子どもでも関係ない」

 勝手な理屈。強い者が弱い者に振るう勝手な倫理の押しつけ。私は目の前の男を睨みつけた。それをみたグレイドビルは言った。

「それに、私は悪人を捕まえているんだ。正義の味方なんだよ。褒めて称えられてもいいはずなんだが。睨みつけられる道理なんぞないよ」

 あなたが正義の味方を語るな。無実と分かりきった子供達を連れていく事の何が正義なの。私はこみ上げてくる怒りを必死に押さえる。ここで冷静さを失えば向こうの思うつぼ。

「キリエル君、ミリエナちゃん」

 私は子どもたちの方を見た。二人は取締官達に腕を掴まれていた。そして顔がくしゃくしゃになるくらいに怯えていた。

「大丈夫。お姉さん二人が魔法なんか使わないってこと知ってるから」

 ふと刹那の時間だけ、思ってしまった。『魔法なんか』。自分がそう思っていることに嘲笑してしまった自分がいた。そんな自分はすぐに振り払う。それどころではない。

「「ミュウナお姉ちゃん」」

 二人はすがるようにこっちを見ていた。

「大丈夫。お姉さんを信じて、どんな事をしても二人は連れて行かせないから」

 私にはその確信があった。奥の手を持っていた。それを使えば、二人は助けられる。

「あーはいはい、感動のシーンで悪いんだけど、この嵐だし、早く帰りたいんだけどねぇ」

「黙ってください。政府の犬さん達」

「あぁっ?」

 取締官の男の一人が人を殺しそうな形相でこっちを睨んできた。

「まぁまぁ、あからさまな挑発に乗るのは子どものやることですよ」

 グレイドビル取締官が言葉でその男を制した。

「こちらとしてはあなたに御同行頂いてもよろしいのですよ。大罪人をかばった罪でね」

「ええ、どうぞご自由にどうぞ」

「…………では、そうしましょうか。お前らそいつも連れて行くぞ」

私は覚悟を決めた。しかし、そんな時だった。

大きな雷鳴が響き渡り、一瞬、視界が真っ白になった。光と音がほぼ同時ということは近場に雷が落ちたのか。

 目を開けた私は自分の目の前の光景に目を疑った。崖から大きな岩が落ちてきている。

 それも子ども達がいる所にだ。

「だぁめぇぇぇぇぇぇええええぇぇぇえぇぇぇぇぇぇぇええぇぇぇぇ」

 大きな声をあげて私は片手を前に突き出す。私の思考をその腕に集中させる。私が忌み嫌う私自身の力をいま解き放つ。

 その手から肘にかけて風が覆う。それは腕を回り、風の渦を形成する。そして瞬時に大きくなる。竜巻が彼女の腕を包んでいるようだった。雨や辺りの葉や小石などを巻き込んで大きくなっていく。人が何人も入れそうなくらいに大きくなる。

 その動作は数秒のうちに行われていた。私は落ちてくる巨石にその腕を向ける。

「やぁぁぁぁぁっぁっぁあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああぁあぁああぁあぁあ」

 力いっぱいに叫んで腕に溜めた力を放つ。

 大きなうねりを上げながら竜巻は腕から伸びて巨石目掛けて突進する。子どもたちの頭上で巨石は竜巻にぶつかり爆散する。

 小石が頭に当たった者もいたが、巨石の下敷きになりそうだった者達にけがはない。

 その場にいた者は先ほど起こった出来事に息を飲んだ。直前の雷で何が起こったのか分からない者までいた。でも私はグレイドビル取締官と目があった。

 彼の目が笑っていた。自分も巨石の下敷きになりかけたのにである。完全に子どもに関心がなくなっているようだった。新たな関心は私に向いていた。

 私はその関心が意味するところはわからない。ただの勘だけど、単純に本物の魔女を取り締まる事に喜びを感じているわけではなさそうだ。

 でももう遅い。もう私は逃れられない。それでも良かった。

 こんな私でも誰かを守れることができたのだ。汚れた血筋であっても命を救えた。それだけでも満足だ。私は私の心にそう言い聞かせる。

「何をしているお前達、その女を捕まえろ。そいつは魔法を使った。魔女だ。捕まえろ」

 グレイドビル取締官の怒声で我に返った他の取締官が私のもとに殺到する。

 抵抗しない私は簡単に捕まる。抵抗できないわけではない。しかし抵抗すれば、グレイドビル取締官の隣にいる子どもたちが人質にとられるだけだろう。

「……ハハハ、これはうれしい拾い物をしたもんだなぁ」

 嬉しい拾い物したということは、おそらく私は彼の出世の道具にされるだけであろう。

 私は改めて子どもたちの方を向く。腰を抜かしているようだ。でも少しおびえた表情をしている。これは周りの取締官達に怯えているのか、忌まわしき魔法を使った私に怯えているのか、どちらなのか私にはわからない。

「おい、ちょっとまてぇ」

 アヤさんの声だった。雨の中でもしっかりと声が届いていた。私はその声の方を向く。

「……孤児院の方ですか、何か用だ」

「……うちの関係者を勝手に引っ張って行ってもらっては困るんだけど」

「引っ張るも何もこちらは魔法取締官として当然の事をしているだけだが」

「ミュウナは魔法は使えな……」

「それがつかったんですよ、今ここで」

「え?」

 驚きの声を上げたアヤさん。

「なら、そこの子どもに聞いてみればいい。全て答えてくれると思うぞ」

「ミュウナ、本当なのか」

 私はその声に首を縦に振る。事実であったし、ここで首を横に振るわけにはいかなかった。子どもたちの為にも。

「ミュウナ、お前……」

「すみません、アヤさん」

「なんで……お前……」

 次の言葉が雨の音で聞こえなかった。あれほど通る声だったのに聞こえなかった。侮蔑の言葉だったのかもしれない。私が黙っていたのだから当然なのかもしれない。

「……では、いくぞ」

 私は両脇にグレイドビル取締官の部下に連れられて歩いてく。

 そして私は気付いた。

 雨の冷たさが分からないくらいに体が冷え切っていた。

 嵐の音が何もかもを遮ってくれる。



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