第一章 『とある宿でのとある一味のドタバタ』
第一章 『とある宿でのとある一味のドタバタ』
「俺たちの勝利にかんぱーい」
「かんぱーいですぅ」
「完敗?」
とある宿の食堂で三人が一つの机を囲んで飲み食いをしている。一人おかしいが気にする者はいない。
「いやいや、笑いが止まらねぇ。一夜にして小国の軍事予算並みのお金を手に入れたんだぜ。食事がうめぇえ」
口調が明らかに変わっているが彼は黒だった。
「そうですねぇ」
料理に舌鼓をうっているのは雲雀。服装は白の着物ではなく、普通の着物を着ていた。
「…………あ、ハム」
自分の目の前の大好物をとられて、縄を取り出し黒の腕を縛り上げ、取り返した。そんな彼女はココアだった。
「いてて、ちょっとくれぇ、良いじゃねぇか、へるもんじゃねぇし」
「…………ハムは減る。ゴートゥヘル?」
どうやら彼女のハムに手出しをすることは、死を意味するらしい。
「おーい、マスター。ハム十人前コイツに追加で俺を助けてくれ」
「はいよ」
注文を受けたマスターと言われた男は無言で近くに暇にしていた女給に合図をした。
「はーい」
若い女給が、厨房のほうへと入っていく。
「…………ゴートゥヘブン?」
「いや、だから、死ぬつもりはねぇよ。天国行きはありがたいが」
ここは宿屋兼食堂。しかし、食堂に客はこの三人しかいない。晩飯の時間であるのにだ。
「しかし、まぁ、マスター。相変わらず客がこねぇなここ」
「……うるせぇ」
ここまで客が来ないのには理由があった。その前にこの世界について知る必要がある。
この国は黒達がいた王国とは違い小さな国にいた。そもそも、この大陸には数百の国々がうごめいていた。その数は常に増減している。
つまりは常に戦争、内乱、反乱、独立などが常々引き起こされている。
どの国も治安が良いとは言えないのだが、今三人がいる国は違った。
自警の軍のみしか持たずに、隣国の大きな帝国に同盟を結んでいる。有事の際にはその大国が守ってくれるというわけだ。
しかし、対価というものはつきものだ。
大国の商売を大幅に認めた。それによって、大規模な商人がこの国の市場に参入した。おかげでどこも、帝国産となっている。この宿もそのあおりを受けていた。この宿屋から徒歩で数分もしない場所に大きなカジノ付の宿が存在している。それだけではなく、そこの経営者が、ここの宿屋の従業員を大量ヘッドハンティングし邪魔をしたのだ。
残っているのはマスターと、先ほどの若い女給、厨房にいる中年のコックぐらいだ。
それでもつぶれていないのはただ一つ。
金の持っている黒がお得意様であるからだ。各地で処刑場を荒らしている黒は注目を浴びている分、権力者からすればお尋ね者も当然であった。他の客が来ることの少ないここは良いアジトとなっているのだった。大金が入った時はこのように大判振る舞いをする。
「はい、どうぞ」
「…………ありがとう、リーア」
ハム好きのココアが、きちんとお礼を言った。
「んあ~、かわぁいいよぉお、ココアたん。やっぱりバカ高い給料をあきらめて、安い給料で働くかいがあるってものだよぉおお」
リーアと言われた女給はココアに抱きついた。
「…………ハムゥ」
机の上に置かれた大量のハムに手を伸ばすが、抱きつかれて頬ずりされて届かなかった。
「ああ、ココアたん、ココアたん、もう食べちゃいたい。天使だよ君わぁぁぁあ」
「おい、目障りだ変態」
「ウルサイ外道」
「変態はテメェだ」
「黙れ外道」
「そのデカイ乳揉ませろ」
「あぶるぞ、外道」
リーアは片手を突き出した。その手からたき火程度の火を出した。
言葉通り鼻っ柱を少しあぶった。黒は少し悲鳴を上げ、鼻を押さえる。
リーアを見て分かる様にこの世界は魔法が広く普及している。
しかし、戦乱が多いこの大陸ではその力を戦争の面で役に立っていない。
魔法が使えると言っても小規模なものしかなかった。酷い場合は、ロウソクの炎程度しか出せない。リーアの場合、先ほどのたき火より出せるだろうが、そこまで大層な物は出せないし、回数も限られてくる。あくまで個人相手に効果があるにすぎない。いちよう彼女は上級の魔道士として数えられる。
「それよりさ、次の仕事は決まってるの、大金手に入れたからしばらく休業?」
ココアを抱きしめるのを継続して言う。ただし、ハムに手が届かないココアのかわりにハムをとって食べさせている。
「よくぞ聞いてくれた、乳女」
「セクハラ外道、ココアたんのロープで縛りあげてハムにしてやんぞ」
「…………まずそう」
ココアは素直に感想を言う。
「グハァ」
意外とダメージを受けた黒であった。
「と、とにかく。少しここに滞在した後、すぐに移動する。今度はロバドニルス共和国だ」
「あぁ~私の行きたくない国第二位だ」
「まぁ、そうだろうな」
黒が言ったロバドニルス共和国は他の大陸の国々と比べて古い国である。
経済も政治も軍も平均以上の実力を持っている国である。しかし、あまり好かれていない。それには理由があった。魔法排斥主義だった。とことん魔法を使う者を排斥する。方法はただ一つ。魔法を使う物は例外なく捕まえ処刑だ。
なぜそこまで排斥を行う理由は定かではない。
「ちなみに、第一位は?乳女」
ニヤリと笑い言う黒。
「言わなくても分かんでしょ、あんたなら。燃やされたい、外道」
「へいへ~い、りょうかーい」
気の抜けた返事を一回する黒。
「なんかここで俺の野望の匂いがするんだよね~。美味しそうな匂いが」
「はぁ~。またアンタの変態センサ~ね」
「変態とは失礼な。これでも俺のこの手の勘は外れたことはないんだよ」
「あ~はいはい」
「はいは一回だ、この野郎」
そう言って拗ねて目の前の料理を口に詰め込み始める黒。
「……ていうか、まだあの夢、いや、野望か、実現させようと思ってんの?」
「同然だろう。男に二言はねぇ」
「あー、はいはい、がんばってねぇ~」
いかにも言葉の裏に『そんなことできる訳ねぇだろ、外道』という言葉が隠れている。
「おいおい、リーア、他人ごとではないんだぞ、お前も俺の野望の一部なんだからな」
「あー、それが実現するのなら、考えてみるよ」
そう言うと、リーアはココアを解放する。
「その言葉忘れるんじゃねぇぞ」
「あーはいはい」
リーアは呆れたような顔をして奥に引っ込んで行く。
黒はただにやにやと笑っていた。
「…………ハム、うまい」
「……スゥスゥ」
黒はそこに残った二人を見た。
そこにはハムをただ黙々と食う褐色の女と、寝息を立ててる黒髪ロングの女がいた。
「はぁ、まったく、テメェらも俺の野望の一部なんだからしっかりしろよな」
真面目に聞いてくれる者がいないと寂しく思ったのか、小さなため息をついた黒。
「次の出発は四日後にしようかな」
ただ寂しく虚空に言った。




