窓の世界
「いやいや、すまないねジュリア君。君について来てもらうことになってしまってねぇ」
「いえ、私はマスターの護衛ですから」
「急な呼び出しじゃなかったら、お茶会でも催してあげれたんだけど」
「そんなことはありません、あんなやつのことなど」
「あれ?、僕は『誰との』お茶会かは言ってないんだけどね~」
「なっ」
目の前のジュリア君は顔を赤くしてうろたえる。耳まで真っ赤だ。うん、実に面白い反応をするね、彼女は。だからからかうのが面白い。
僕達は再び役所に来た。朝に宿屋へ来た使者の召還に応じてだ。今回の三ヶ月間の契約についてはもう話をしつくしているはずだ。僕はなぜ呼ばれたのか見当がつかない。
曲がり角を曲がろうとしたとき、曲がった先から声が聞こえてきた。いつもなら気にしないが、その声が聞いたことのある声だったので立ち止まっていた
「……例の……よろしく……むよ」
「ぬかりなく……してきます」
ローブを被った男が曲がり角からローブを被った男が出てきた。たしか、あれは……。
「やあ、ジャスティ君」
「コルダイク先生、こんにちは」
先ほどの男としゃべっていたのは先生だったらしい。今や先生ではなく役人なのだから、この役所の中でしゃべるというのも不自然ではない。でも何かが僕の中で引っ掛かる。
「でだ、今日を呼んだのは他でもない。これから休日を貰ったのでな。これから私の家に招待しようと思ってな。どうかな?」
「ええ、分かりました。積もる話もありますし」
僕は間を開けずに答えた。学生時代の恩師に誘われたのだ。断ることなどできない。そもそも断るつもりもないのだが。
「先生の奥様の手料理、すごく楽しみです」
貧乏学生だった僕は当時良くコルダイク先生のお宅の食卓にお邪魔していた。故郷の国から出て家族から離れていた僕にとって先生の奥さんの手料理は第二のお袋の味だった。
「…………それなのだがな」
先生の表情が曇った。気さくな先生のその表情あ今までに見たことがなかった。その表情が意味するところを一瞬で理解した。理解してしまった。
「君がこの国を出ていってすぐの事だったよ。彼女は亡くなった」
「すみません」
「いや、君が謝ることではない」
僕に気を使ってくれたのか、優しい笑顔を作ってくれた。しかし、無理している。
「今はこの通り、政府の役人になって、家で使用人を雇って生活しているよ」
「そうなんですか」
「息子も家にいないのでな。気楽なものだよ」
自嘲を含んだものだが、先生らしいと言えば先生らしかった。この人はいつも前向きだった。でも僕は空気を変えるためにも話を切り出した。
「では、さっそくいきましょうか。今にも降り出しそうですし」
僕は近くにあった窓を指差して言った。
「……だな」
先生は窓を見て言った。
「ジャスティ君、君はこれを見てどう思う?」
先生はその窓を指差していた。
「この街はあまり変わっておらずとても胸にこみ上げるものがありますね」
留学は数年だったもののやはり若い時に過ごした場所にはやはり思い入れがある。長い歳月が経った今では変わっている事を覚悟していた。
「そうか、この国を離れていた君が言うのだからそうなんだろうな」
少し突き放されたような印象を受けた。しかし、考える暇もなかった。
「では、雨の降る前に出るとするか」
「はい、先生」
僕はジュリア君を伴って先生と共に歩いて行く。