勇者のいなくなった世界
「で、外道。アンタ昨日何をしてたんだ」
そして俺は吊るされている。なんか、さっきまでと待遇がだいぶ違うよね。
「…………気持ちいい?」
ココアがそう聞く。
「うんうん、最近この縄の食い込み具合が快感に、ってええそんなわけあるかあぁぁぁぁ」
俺はリーアの命令によるココアの縄によって縛られ吊られている。なんでこんな目に会わないといけないんだ。真剣に転職を考えようか。ミュウナちゃんの夫というしょくぎょ、
「フギュプファ!」
「もっとハムあげるからココアたんもっときつく」
「…………あいあいさー」
ハムで買収されてんじゃねぇえよ。それになんで縛られたの俺。悪いことしてねぇよ。
「とりあえず、作戦会議を始めませんか?」
奥のベッドで座っている雲雀が助け船を出してくれた。うん、確かに俺の嫁だ。
「あらあらあらあら、許されたって顔ですけどあとで根ほり葉ほりしゃべってもらうです」
はい!四個頂きました。意外とキレてましたよ。
ていうかなんだよ、なんだよ、俺がジュリアちゃんに追いかけまわされてたの放置してたくせに、何も言わず勝手に宿屋決めたら、この仕打ちって。俺に人権はないのかよ。
人権侵害に激しく抗議する。
「じゃあ、始めましょうか」
俺の存在を無視して話を始めた。俺といつもの三人と小毬が宿屋の個室に集まる。
「小毬、頼んでいた情報をお願い」
「了解しましたです」
手伝わないとか言っておいて情報を集めてくれるとかできた嫁だなぁ。
「ハム」
「…………あいあいさー」
「ハミュギぁ」
「ここ数カ月の処刑なんですが、まったくのゼロです。やはり、厳しく取り締まりすぎたせいかもしれませんです。予定の方も現在の所ゼロです」
俺の悲鳴を無視して小毬は話し始める。
「あら外道、仕事がないみたいよ」
俺をブラブラと揺らしながら、リーアは言った。
「ふふふ、そこのところにぬかりはない」
情けない格好で言っているのは割愛してほしい。
「そろそろ動きがあると思う」
「なんでそう思うの」
「最近魔法の取り締まる役人の動きが激しい。なにか必死になっているみたいだな」
「あらあら、でもなんでですぅ?」
「そこは情報を集めてみないと何とも言えない。でもこういうときはあることが起こる」
それは俺の経験から分かることだった。
「でっちあげだよ。魔法が使えない者を魔女としてな。きっと上から急かされた下っ端役人が点数稼ぎの為にな」
「……罪のない人間が縛り上げられ、拷問され嘘の自白をさせられ、公衆の面前で殺されるってことね」
「端的に言うとそうなるな。そこで俺の仕事ができるってわけだが」
「そしたら、情報が必要ですねぇ」
雲雀がアゴに手を当てて言った。
「それなら大丈夫よ。必要そうな情報を小毬に集めてもらったから」
おお、なんて出来た嫁。ほうびにそのデカ乳を……。
「何?」
「何でもありません」
これ以上縄を絞められたら色んな意味でやばい気がするから謝った。
「ふふふ、さぁ、どんとこいです。この鬼畜野郎」
ない胸を張って自慢するように言う小毬。全くこの合法ロリめ。そのセリフはこんな縄がなかったら襲ってるぞこの野郎。
「とりあえずこの国の処刑情報を一通りお願い」
「まず、これを見てください」
その部屋にいる者に紙を渡していく。その紙は全て手書きだった。その紙の頭の所に『調査結果報告』と丸々した文字で書かれてある。
「魔女狩りの処刑総数は千数百ほど。頻度としてピークは一日に一件あったほどです。最近は魔女狩りの対象者がいないためかここ数カ月行われていないようです」
小毬が重要な部分をかいつまんで説明して行く。他にも処刑者の性別、年齢などの情報から役人の取り締まり方などまである。小毬の情報はかなりしっかりと調べられていた。
さすがといったところである。
元王女のリーアの工作員たちは元王国の従者達によって成り立っているのだが、もともとから工作員であるのは小毬を含め、数名程度だ。さらに彼女は東方でシノビと呼ばれる職についていたらしい。幼い頃から暗殺術やら工作員の技術を叩きこまれて育ったらしい。
その間にも彼女はあらかた紙に書いてあることの説明は終わった。
「一ついいか?」
「なんですか。鬼畜野郎。要点は短めに一分以内でです」
真面目に襲ってやろうかコイツ。歳は俺より年上になのに、こんな背伸びしたような態度。俺のS心が。
「まぁ、とりあえず、何点か、処刑されてできた死体の処理方法はどうなってる?」
「うぐ」
「じゃあ、この魔女狩りに対する抵抗勢力の有無は?」
「うきゅ」
「そしたら……」
「外道」
俺のドSタイムにリーアが口を挟んできた。
「そのへんにしておけ、小毬がかわいそうだ」
「リーアお嬢様……」
目を潤ませてリーアを見る小毬。ちぇ、ちゃっかり忠誠ポイントを上げやがって。
「まぁ、死体の処理方法は意外と重要だ」
通常、処刑された遺体は火葬なりの処分をされた後に遺族に返されるのが原則だ。しかし、犯罪者の場合、ほとんどの遺族は引き取りに来ないらしい。
拒否された場合は公的墓地などに埋葬される。でも、こういった魔法を禁忌としている場合、それが行われていないかもしれない。そこに何らかの意図が含まれている。
「この街の周辺にそういった墓地があるという情報はないのです」
「確定的ではないがそれが事実であった場合、なんかきな臭いな」
じゃあ、遺体はどこに消えているかという話になる。
「死体で人体実験でもしてるんですか?」
「今や世界の常識の魔法を禁忌扱いの国が、そんなオカルトチックな事をするかしら?」
なぜ魔法が使えるのか、はっきりと解明がされてはいない。
「ですね。リーアお嬢様の言う通りなのです」
調子の良い奴め。リーアが言った事になんでも首を縦に振る生意気な奴だ。よし、ここはウォーミングアップをして、いじめてや……。
「で、外道はどう考えてんの?」
チッ、リーアが先手を打ってきた。ロリな小毬の泣き顔を拝んでやろうと思ったのに。
「まぁ、あながち小毬の言った事は間違っていないと思ってる」
ココア以外のその場にいた者が驚いた顔をする。俺は頭のおかしい奴と思われたくないのですぐに説明をする。
「あくまで小毬の情報が正しいという前提で話をするが、死刑後の死体がどこにあるかわからない。政府の関係施設の地下にでも埋めるしかないだろう。でも死体が埋まっている所で役人は仕事がしたいと思うか。それに忌むべきものとしている奴らの上で」
尋常な神経であれば思わないだろう。
「だから、人体実験かどうかは分からないが。死体に何らかの必要性があるのかもしれない。あくまで推測だがな」
可能性があるという確率の低い話だ。
「でも死体が必要っていうのは怖い話です」
「まさしくオカルトな話だね」
雲雀とリーアが信じがたいという風に言った。それに対してまた俺は口を開く。
「『星の王子様』は知ってるよな」
「はいです」
「もちろんよ。この世界で知らない人はいないわよ」
世界を悪の宰相から大陸を救ったという話は子守唄になっていさえするほど有名な話だ。
「で、その悪の宰相は超がつくほどの天才だったそうだ。新しく発見された金属を普通十数年かけて研究する所を一晩で研究をしつくしたらしい」
「奇才っていうとこね」
「奇才どころか、これから先の世にそれほどの天才が現れるかって疑うレベルらしい」
「人類に貢献できそうな知能をもっているのに悪の道に染まったのは皮肉な話ね」
「それもそうだな」
リーアの一言に共感を示す。
「そもそも『星の勇者様』が救ったこの世界が戦乱の世になっている理由はその悪の宰相がばらまいた兵器の設計図のせいだしな」
「兵器の設計図?」
「ああ、そもそも平和ってのは無数の国々のパワーバランスが保たれている状態の事だ」
「そりゃあ、そうよね」
「でだ、平和と表裏一体の戦争、闘争状態を作りたければ、ばらまけばいいんだよ。パワーバランスを崩すものを」
「でもそんなに簡単にいくものなの」
リーアが言うのも無理はなかった。そんな簡単な話ではないのだ。しかし、それは実際に起こっているのだ。今、この大陸では新しい国が生まれれば、どこかで国が滅んでいる。それが日常茶飯となったとあれば戦乱と言ってもいい。
「それができたんだよ。悪の宰相のここでな」
俺は頭を指さして言う。
俺は『星の勇者様』が悪の宰相の大量破壊兵器を破壊し、大陸を救った事を話した。
「でだ。奴は保険をかけていたんだ。自分が死んだときの為に兵器の設計図を無数にばらまかれる様にしていたんだ。それで勇者たちが願っていないこの世界になったわけだ」
その場にいた者達は俺の話を聞いて静まり返っていた。当然と言えば当然。光輝かしい『星の勇者様』の知られざる裏話なのだから。今まで静かだった雲雀が口を開いた。
「でも、どうしてそんなにも詳しいですかぁ?」
そんな質問に俺は迷わずに答えた。
「そりゃあ、俺は奴のファンだからな」
俺は胸を張って答えていた。でもその反応は……。
「はぁ?答えになってないんじゃないの」
「ついに頭がいかれましたかです。いやもとからでしたです」
「あらあら、そうですか」
「…………お腹減った」
リーアが呆れた声を上げ、小毬は腹立つ事を言い、雲雀はなぜか納得をし、ココアは全く関係ないことを言った。ていうか、腹が減ったのなら机の上にある菓子をつまめば……ってなくなってる!ココアの暇つぶし用に高く積んでたのに!
「しょうもない話だろうけど、いちよう話してみなさいよ」
「そりゃあ、奴はお供に色とりどりの女達とおまけのムサイおっさんを連れてたって話じゃないか。俺は奴を尊敬してんだぜ。だが、連れている女の数は俺の方が多いがなぁ!」
「バカだ」「バカです」「あらあら、おバカです」「……バカ?」
唯一ココアの疑問形が救いだな、おい。
横道をそれまくったわけだが、話をそろそろ本題へと戻そう。
「とりあえず、現時点でとれる情報はこれぐらいだな。あとは事が起こらないとな。事が起これば向こうもスキが出てくるはずだ」
事というのは処刑ということであり、始点はもちろん処刑対象者の捕縛だ。この場合魔法が使える者の事だ。
「で、その対象が捕まってから処刑に至るまで平均五日間。異例の短さだが、この間に死ぬ気で情報を集めるしかないな。より多くの情報をな」
俺はリーアの方を向き直る。
「情報収集に使えそうな人員を招集できそうか」
リーアの部下たちを使えないか俺は打診してみる。その方が情報を効率的に集められる。
「近場にいる者三名なら一週間の間に呼び寄せれるわ。でも……」
「…………金の話だな」
「ええ、ここに集まってくるってことは余計な経費がかかるってことだからね。そもそもそっちの仕事を手伝うのが本来の目的じゃないしね」
「金なら、商人から分捕ったやつがあるからある程度なら大丈夫だが」
新たな弱みも握って定期的に金を献上させるようにしているから大丈夫だ。
その俺の言葉を聞いたリーアは近くの紙を手にとって何かを書きつけた。
「こんなもんでヨロシクね」
俺は吊るされたままなのでリーアは口の中にその中に放りこんできた。
そしてこの部屋を手を振りながら出ていく。その後を小毬は大慌てで付いて行く。
「ココア。ハムを奢るからいい加減下ろして」
「…………あいあいさー」
縄からやっと解放された。案外吊るされるのっていたいんだよね~。
「それでおいくらを請求されたんですかぁ?」
俺は口の中から紙を取り出して見た。
そこには彼女の力強く凛々しい数字がそこにはあった。
「良心的な価格すぎるだろ」
その金額はその三名をこの街に呼び寄せるための旅費と同額だと思われた。若しくは赤字が出てもおかしくない金額だ。
「まったく、ツンデレ巨乳嫁め」
俺はそう軽口をたたいた。
そして部屋の窓の外の風景に目が映る。昼過ぎなのに、黒い雲のせいでとても暗かった。
「こりゃあ、雨が降りそうだな」
「そうですねぇ。今日はお出かけができないですねぇ」
雲雀はアゴに手を当てて言った。俺はその言葉にあることを思い出していた。
孤児院のみんなが今日ピクニックへ行くって言ってたな。何もなければいいんだけどな。
俺は今にも雨が降りそうな雲を眺めながらそう思った。