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処刑台上の詐欺師  作者: 十参乃竜雨
第二章 ロバトニルス国での出来事 ~宿屋にて~
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疑心と過去と嫌い


「がぉぉぉおおお――――。わぁぁるい子はいねーかぁぁあ、たべちゃうぞぉおおおおお」

「きゃあぁー♪」

「わぁああー♪」

「にっげろぉおおー♪」

 喜々とした声が建物の中に響き渡る。子どもたちの騒ぐ声だ。黒さんが子どもたちを追いかけ回っている。子どもたちと遊んでくれている。子ども嫌いではないかと思っていたが、そうでもなかったのでとてもよかった。

 私は泊まるところのない黒さんを孤児院に案内をした。ここで住み込みで働いている人もいるために部屋は少し多い。院長から出された条件とは、子どもの面倒をみることだった。見ている限り私が手助けするまでもなかった。

「いやー、ミュウナ。彼氏さんはなかなかいい男じゃない。子どもが好きな男はいい夫になるわよ」

「そうですねー。……て、いやそんなことないですよぉ!彼氏なんかじゃ」

 同じく孤児院にボランティアに来ている人からおちょくられてしまった。……悪い人だとはおもいませんし、少し良いかなぁなんておもちゃったりもしてはいますが、そんな、かれしだなんて……。

「お前達そろそろ寝る時間よー。準備なさい」

「「「「はぁあ――――い!」」」」

 子どもが集団でぞろぞろと場所を移動していく。

「ミュウナ、私が子どもたちの相手しておくから、彼を部屋に案内してあげな。それに今日は遅いからアンタも泊まっていきな」

 少し黒さんのことを気にしていたら夜も遅くなってしまった。帰れないこともないのだが、帰り道が少し怖い。

「わかりました。お言葉に甘えさせてもらいます」

「いっそのこと彼の部屋に泊まったら、子どもに聞こえなかったらなにをやっても」

「はやく子どもたちを連れて行って下さい!」

 この人は子どもの前で何を言って。ニヤニヤしながら子ども達と奥へと消えていく。

 私は黒さんの方を向いて苦し紛れにいう。

「ほんとにすみません」

「いや、もう逆にウェルカム、ウェルカム」

「…………黒さん」

「ゴメンナサイ」

 すこしジト目で見るとすぐに謝った。でもこんな冗談でも悪い気はしなかった。それは言葉とかよりもこの人が持つ空気のせいかもしれなかった。

 私は黒さんを従業員の食事の部屋へと案内する。

 そこには小さな厨房と四人掛けの机が置いてあった。夜が更けていることもあって人は誰もいなかった。夜番の先ほどの方しかボランティアの人はいない。

「遅くなりましたが、なにか簡単に作りましょうか」

「ミュウナちゃんの手料理食べれるのは嬉しいけど、泊めてもらうのにそこまでしなくてもいいよ」

 苦笑いをする黒さん。遠慮したのはここが孤児院ということがあるかもしれない。

「では、飲み物を準備しますね」

「それはお言葉に甘えようかな」

 私は床下にある貯蔵庫から水を引っ張り出す。

 たしか、少しこの前買ったお茶があったはずだ。火をつけてから水を沸かす。

「ミュウナちゃん、お話しない?」

「いいですよ」

「この国って魔法禁止なんだよね」

 私は不覚にもどきりとしてしまった。この国では魔法という二文字が言うことさえタブーになっている。それに私が反応したのは別にあるのだが……。

 本当に黒さんは不思議な目をしている。吸い込むような深い瞳だ。歳が変わらないのにだ。どのような経験を積んできたのだろうか。

「ええ……そうですね」

 タブーの一つの理由に懸賞金がかけられている。密告した者にそれ相応の額が渡される。

うっかり町中でその言葉をしゃべってしまえば、最悪密告され、連行される。

「それに取り締まる役人でもいるの?」

「ええ、いますけど、それがどうしたのですか」

「…………いやさ、この孤児院って魔法使える人いる?」

 私は不覚にも黙ってしまった。心臓の音が外に聞こえてしまうぐらいに鼓動する。

「うちにはそんなやつはいねぇよ、彼氏さん」

 子どもを寝かしに行っていたアヤさんが帰ってきた。

「でも、なんでそんなこと聞くんだい?彼氏さん」

 口調はいつものフランクな感じだったが、目は完全に笑っていなかった。いつもと違うアヤさんに私は鳥肌が立った。

「ここ、その役人さんが見張ってるみたいですね。入っている時にやけに下手な見張りをしててバレバレだったので」

「気づいてたのか」

「こちらとしてもそちらが気付いていたのにびっくりですが?」

「あの、アヤさん?」

 私はたまらずに割って入る。

「ごめん、ミュウナ。院長と私しか知らない事なの。皆には黙ってて。不安にさせるから」

 にっこりと優しく笑いかけてきた。でも再び黒さんの方へ向くと表情が消えうせる。

「で、聞きたいんだけど、アンタはどこの誰かな?」

「私はただここに仕事を探しに来た男ですよ」

「質問を変えようか。君は政府の犬か?」

「そんな人間が自分からその話を振ると思いますか」

 そう言われたアヤさんは少し考えた後に言う。

「いちようだけど信じておくわ。完全に信じたわけではないけどね」

「完全に信じてくれないとはひどいですね~」

「こっちは子どもたちの命がかかってんだよ。そうなるさ」

「それもそうですね」

「あ、あの」

「あ、ごめんね、ミュウナ。私もお茶をお願い」

 そう言われた私はもう一つグラスを用意する。

「それでどんな仕事をしているんだい?」

「色んな世界を回って口を使った仕事をしています」

「ふ~ん、たしかに口は達者そうだね。内容の方は言わないようだね」

「機会があれば分かると思いますよ」

 冷戦状態が続いていた。初めの質問から比べてアヤさんは少し態度を軟化させているからそこまで大変なことではないが……。

「黒さんが回った国の事を聞かせてもらえますか」

 二人が私を見てきた。二人共驚いたような顔をしていた。が、少ししたあとに笑われた。

「そうだな~。そしたら……」

 黒さんはいろいろな国の話をしてくれた。面白い風習がある国から、美味しい料理がある国の話まであった。

「美味しいお酒とかあったかい?」

「美味しいみたいですよ。それに様々な味が楽しめるのが良いみたいです」

 そう言えばアヤさんはお酒が大好物だった。

 それからも何気ない雑談を続けた。

 そしてアヤさんが言った。

「まぁ、そろそろ良い時間だし、寝ようか。君の部屋その扉から出て一番奥にあるから、ちょっと日の当たりが悪くて少しカビ臭いけど、我慢してくれ」

「わかりました」

 あれ?他にも部屋が空いてると思うんだけど……。

「ミュウナ、案内してくれる?」

「あ、はい、わかりました」

「あ、それとあそこなら音漏れしないから何をしても」

「アヤさん!」

「わるいわるい」

 変ないじりは本当にやめてほしい。本人が目の前にいるのに。

 私は黒さんの手を引っ張ってその部屋を出た。

 手袋をはいている方の手だったことを差し引いても冷たい手だった。でもなんで片方にしか手袋をしていないのだろうか。

 ふと考えたが目的の部屋に付いたので頭の隅に追いやる。私はその部屋を空ける。ふと湿気がほんのりと漂ってくる。こういうことに過敏な人だったら眠れないかもしれない。

「他に部屋があるので移動しますか?」

「いや、ここでも大丈夫」

「なんでアヤさんはわざわざここにしたんでしょうか」

 ふと疑問を口に出してしまった。だって他にもましな部屋があるのに……。

「ああ、それなら、監視しやすいからじゃないのかな?」

「え?」

 思わず私は声を上げてしまった。

「外、もしくは子どもたちの部屋に行くにはさっきの部屋を通るしかないからね」

 先ほど親しく雑談をしていたのだから、そういったものはもうなくなっているのかと。

「……ひどいじゃないですか」

 かといって少し粗末な部屋を案内するのは……。

「むしろ子どもたちの安全を考える彼女の方が正しいよ。一日で信用は買えないからね。仕方ないことだよ」

 何でもない風にそう言い切る黒さんはすごい。感情とかを切り離して物事を考えられる。

「身元が分からない者を泊めてくれるというだけでも感謝しないと。もしくは少しでも信頼してくれたから泊めてくれたのかもね」

「そういうものですか?」

「そういうものだよ」

 にっこりと笑ってくれた。そもそも寝床を紹介した私を気遣ってくれたのかもしれない。

 そう思っている間に黒さんはベッドに座る。黒さんは自分の隣を叩いて言った。

「少し話さない?」

「あ、はい」

 言われるがまま私は隣に座った。先ほどからアヤさんにおちょくられていたので少しばかりかかなり意識してしまう。心臓の音が聞こえるのではないかと思う。

「そう言えば今日ここに泊まるんだよね」

「あ、はい、そうです」

「親が心配しない?」

 おそらく女の子がお泊りとか親が心配すると思っての事。でも、私にその心配はない。

「大丈夫です。私の両親はもういないですから」

 精いっぱいの笑顔をした。同情されたくないからだ。

「そうなんだ」

 謝りの言葉がないことに私は驚いた。こんな話をすればたいていの人は謝ってくる。なのに黒さんは違う。私は驚きのあまり自然と聞いてしまっていた。

「失礼かもしれませんが、なんで謝らないんですか?」

 その私の質問に顔色を変えることもなく答えてくれた。

「親がいないというのは別に珍しいことでもないからね。実際にこの孤児院の子達は両親がいないからここにいる訳だし」

 確かにそうだ。黒さんの言っていることは間違っていない。

「このご時世だとなおさらね。親の顔さえ知らないっていうのもいるし」

 私は顔を覚えている。それだけでも幸せということなのかもしれない。

「黒さんはいらっしゃるのですか?」

「いないよ。というか顔さえ知らない。気付いたら街の一角で生きてた」

 私の方が軽々しく聞いてしまったのかもしれない。そう思い後悔した。

「その後良い人達に拾われてね、いろいろと冒険をした。だから別に何とも思ってない」

 私はこれを聞いて、黒さんは本当にすごく強い人なのだと思う。同世代なのにすごく大人だ。例え理不尽に与えられた物でも自分に吸収して糧にさえしてしまう。

 正直羨ましい。私は自分を持っていないから。

 なにもかも流されるままの人生を送ってしまっている。それではだめだと思っていてもそれを変えるだけの勇気を持ち合わせていない。

 黒さんが気になっていた理由が分かった。

 この人は自分で持っていないものを自然と手にしている。

「その人たちとどんな旅をしたんですか?」

 もっと知りたい。目の前にいる人の事を。

「さぁ、なんだったんだろうね。ちょっとやそっとじゃ語れないね」

 私は思わず息を飲んでしまった。急にとても悲しい目をしていたからだ。『良い人達』というのはきっと宿屋にいた人達とは別人だということは何となくわかってしまった。そうでなければこんな悲しい目はしないだろう。する必要がない。

「とにかく我がままで俺に何かと文句を言ってた奴もいたし、俺にセクハラをして来る年増女もいたし、俺にいろいろなことを叩きこんでくれた師匠もいたし、俺の大切な……」

 黒さんが言葉を詰まらせた。数秒ののちに再び声を発する。

「ごめんね、ミュウナちゃん。湿っぽい話になっちゃって。今日はもう寝よっか?あ、もし良かったら添い寝を」

 この人の事を知りたい。なぜ、大人と思った矢先に昔を憂うような目をしたのだろうか。でも私にそれ以上を踏み込む勇気がなかった。これ以上踏み込んでしまったら、嫌われてしまうのではないのか。そう考えてしまう。そう考える自分が歯がゆかった。

 私は立ち上がった。

「それでは失礼しますね」

「あ、あれ?スルーされた?」

 何か黒さんが何か言っていたが気にしなかった。早く私はこの場から出て行きたかったからだ。こんな弱い自分が惨めだ。自分がいない自分をもう見せたくない。

「おやすみなさい」「おやすみ~」

 そう言って私は黒さんを置いて部屋を出た。そしてすぐに閉めた扉に寄りかかった。

「…………なんでこんなにも惨めなんだろ」

 私は自分が嫌いなのかもしれない。




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