恩師との面会
「久しぶりじゃな。ジャスティよ」
「お久しぶりです。コルダイク先生、いや、コルダイク様」
「この国の人間じゃないんじゃ。昔のように先生でよいぞ」
しゃべり方も昔と変わっていない。やはり、長い歳月を挟んでいるということもあって外見はお互いに老けている。
コルダイク先生は白髪になっておりシワも増えている。猫背で白衣を着ている所は変わっていない。今の肩書は教授から、役人という肩書に代わっているが。
「…………今も研究は続けられていらっしゃるんですか?」
「…………続けていると思うか?」
笑いながら先生は言った。それもそうだろう。分かってってこっちも聞いたのだから。
僕が留学していた時の先生の研究は『魔法工学』だ。もちろん今のように魔法が禁止されていない時代の話だ。本人は魔法が使えないのでこうして役人となっているのだろう。
「まぁ、別の研究を続けておる。肩書は変わったが、いつでも心の中では学者じゃからな」
「お変わりのないようで、安心しました」
言葉の通りだった。僕は法や政治経済を専門としていたため先生と通常関わることがないはずなのだが、先生の人柄もあって親しくなった。
僕たち二人はそれから自分たちの身の上を話しあった。
「お主の噂もよく聞こえてくるわい」
「それは良かったです」
「お主はてっきり今の私のように役人になるか、政治家にでもなると思っていたのだがな」
たしかに当初は僕もそのように考えていた。
でも、ある人達の、僕の年下の子も混じる人達を見て僕は考えを改めた。
「それでお主を呼んだのも他でもない、お主の職に関わることじゃ」
「職というようなものではないですけどね」
私の仕事は『弁論士』と自称している。各国を旅し、武力ではなく話術を使い、困っている人々を弁護したり、知恵を授けたりなどをしている。無実の牢獄人がいれば裁判で無実を訴える。逆に犯罪人を糾弾する場合は責めたりもする。
話術を駆使し、自らの正義を貫くというだけで仕事の範囲が限られていないということもそのような『弁論士』という名前の一因となっている。
もっとも、全く武力を使わないというわけではない。ジュリア君という自衛のための武力は兼ね備えている。正義が口、話術のみで貫き通せるとは思っていない。
過去にそれを試みて死んで行った者達を私は知っている。
「一回限り、君に仕事を頼みたいのじゃ」
「一回限りですか」
一回限りというのが心に引っ掛かった。しかし、内容を聞かなければ答えは出せない。
「どうやらこの国に処刑荒らしが入ってきたみたいじゃ。その処刑荒らしを君の手で追い出してほしい」
予想通りだった。この国に来て黒君を宿屋で見た時から考えてはいた。
「民衆の指示を得ているようじゃ。これに同調する者が出てきてもらっては困る。治安を維持するためにも、お願いしたい。残念ながらこの国に君以上の人間はいないからの」
あまり、気が乗らないといえばそうなる。僕は処刑の手助けとなる。それもおそらく殺人者とかではなく、ただの魔法を使える者だ。こうなれば自分の仕事は人を殺してしまうこととなる。間接的だが。
しかし、向こうもこちらの性格を把握している。だから『治安維持』という私への大義名分を提示してきた。一人の犠牲で治安を維持する。それはいらぬ混乱を引き起こさないと考えれば私の考える正義に当てはまる。
しかし、腑に落ちない。
「殺人者などならともかく、なぜ魔法を使う者を処刑するのですか。魔法を使い世の中を豊かにしようと考えてきたあなたが、なぜそれを僕に依頼するのですか」
「ハハハ、君は変わらぬの。酒を酌み交わしながら語った夜のことは今のようにおもいだすわい」
そう一言前置きを置いた後に理由を語り始める。
「君がこの国から出たすぐのことだ」
先生の目はどこか憂いを含んだ眼だった。
「この国の領土が他国に奪われたことをしっておるじゃろう?」
数年間と言えども勉学に励んだ国の事は気にかけていたので知っていた。
「要因はいろいろ考えられるが。その当時魔法士官が反乱を企てたのが直接的な原因じゃ」
それは初耳だった。
「そして当時、その奪われた土地にいた首相の娘がその士官によって惨殺されたのじゃ」
あとは言われなくても大方は想像できた。
「そして、それだけに限らず、魔法を使う者が次々と犯罪を起こした。まるで魔法が原因であるかのようにの」
国民の感情が魔法を使う者へと向き、魔女狩りへとつながったというわけだ。
「魔法を使う者を排除する。それがこの国も規則となったのじゃ」
「そうだったのですか」
「まぁ、わしは魔法が使えぬ。そして、魔法をこの国で一番知っているということもあり、いまはこの地位に就くことができたの。あまりにも皮肉なことじゃがな」
乾いた笑いをする先生。
「いろいろと考えることはありますが、その仕事受け入れましょう」
私の返事に先生は喜んだ。
「条件じゃが、期間はこの三カ月じゃ」
妥当だった。おそらく黒君はそれ以上この国に留まることはないだろう。
「前金は払っておく。その間に事が起こり、仕事を成功させた場合に報酬金を支払おう」
前金は必ず貰っておかなければならない。私のような職業の場合、成功報酬が常となるのだが、このご時世、依頼を達成してもそのまま逃げられる場合が多い。
経験と実績を積んでいることもあり、前金を要求できるまでになった。
「額じゃが、この通りじゃ」
紙を僕に渡してきた。その額は少し多いくらいであった。もちろん三ヶ月間の生活費も入っているのだが、それを差し引いても多い。
「昔のよしみじゃ。少し上乗せしてある」
お互いに更けてもやはり変わっていない。昔、酒を食べに行くにしても僕の分まで必ず奢っていた。今も変わらず豪快な人だった。
「十分すぎるぐらいです。これで受けましょう」
僕はその言葉と合わせて握手を交わし、合意した。
それから少し会話を重ねた後、先生は立ち上がった。
「この後、予定があっての。詳しい事は先ほど案内した兵士に聞いてくれ」
「はい、分かりました」
僕の返答を聞くと応接室を出て行く先生。代わりに自分の後輩でもある女兵士が入ってくる。いつものように鎧を着ているが、先生の秘書のような役割もしているのだろうか。
「それでは今後の事についてお話させて頂きます」
「あ、その前に」
ジュリア君を扉の外で待たしたままだった。このまま待機させるのもかわいそうなので、僕は彼女が応接室に入ってもいいか尋ねた。大丈夫ですという返答が返ってきたのでジュリア君を呼ぶ。するとすぐに彼女は入ってきた。
「ではこの書類の方に目を通して署名の方をお願いします」
どこから出してきたのか辞書のような厚さの紙の束が登場した。
「えっとこれは?」
「契約内容から、免責事項まであります」
僕の後輩君がにっこりと笑って言う。
「えっと、簡単な奴はないの」
「あります」
よかった。何の冗談かと思ったよ。
「が、コルダイク様がジャスティ様はそれでいいと」
僕は昔の先生のあだ名を思い出してしまった。いたずらおじさんだ。今はいたずらじいさんにランクアップしている。
それに僕に対する悪戯はたちの悪いものばかりだ。今回のような。それに容赦がない。
僕は頭を抱えたが、書類に目を通し始める。
「そう言えば君は何を専攻してたのかい?」
「『心理学』です」
書類を見ている間、彼女に悪いので話しかけた。他にも色々と話しかけて行く。
その中でふと思う。自分の娘が彼女のような歳になった時に自由に学問をし、自由に生きられているだろうか。
今考えても仕方ないことだと思い直した。少しでも今の現状を改善するために自分は自分の正義を貫くのみだ。気の遠くなるような紙の束を一枚一枚処理して行く。