ロバトニルスという国
「いやはや君のダーリンを捕まえられなくて残念だったね」
僕は昼をとってから国の政府の建物に来ていた。護衛のジュリアがそばで静かに佇んでいた。先ほどから声をかけても何も答えない。意地悪をしすぎてしまったみたいだ。
リーア君に素直になれと言ったが、ジュリア君も素直な部類とは言えない。あくまでリーア君と比べて少し素直なだけだ。まぁ、ツンデレでデレがあるかないかの違いなのだが。
「それにしても、ここは少しも変わらないね」
ロバドニルスの政府の建物を前にして言う。ロバドニルスを留学していたのはまだ学生だったころだからかなりの昔だ。今の用に戦争の戦の字もなかった時の話だ。『星の勇者様』の勇者もまだ生まれてはいなかった時の話だ。
この国で様々なことを学んだ。学問を学び、社会に必要な常識も学び、今の妻ともここで出会い、恋を、愛を学んだ。あれから色の濃い人生を歩んできたが、そのときの事は色あせずに心に刻まれている。
「何か思う所があるようですね」
拗ねて黙っていたジュリア君が私に話しかけてきた。私の顔を見たからかもしれない。
「……まぁね、今のこの国の実情を考えれば良くは思えないね」
魔法を使える者の処刑。これほどの愚行はないと僕は思う。
今、魔法は八割以上、天性のものである。それにも二種類ある。
一つは血筋である。両親ともに魔法が使える場合、その子供は九割九分魔法使いとなる。しかし両親ともに強力な魔法が使えようとも、子どもまでそうなるとは限らない。
二つは突然変異である。両親がたとえ魔法が使えなくとも、魔法が使える者が生まれる。
どちらとしても魔法が微々たるものとしてしか考えられないこの世界において、魔法自体さして重要なことではない。むしろ魔法は常識である。生活の中に溶け込んでいる。なのに僕の学び育った国で愚行が行われていれば、何も思わないということはできない。
「それと、ジュリア君、たとえ僕に何が起ころうとも魔法だけは使わないように」
「…………さぁ、どうでしょう」
それは彼女なりの拒否だろう。
しかし、そういうわけにはいかない。
彼女はこの国の禁忌である魔法を使える。魔法自体はそれほど大したことはない。しかし、彼女の持っている槍は魔法自体を増幅させる希少金属で製造されているため、かなりの威力を持っている。
それに、この槍は自由に大きさを変えられる。ポケットに入るまでに小さくなるので気付かれず政府建物内に入ることは可能。没収されないのだから、かなり便利だ。
でも単純には喜べない。
『星の勇者様』たちが討った世界を混乱させようとした宰相の忘れ形見でもあるのだから。
今日の戦争の火種となる。それに『星の勇者様』たちは……。
「どうしましたか、マスター」
「……いや、なんでもないよ」
自分の安全のために人に危険な行為をさせるわけにはいかない。それが私の正義だ。
「対多人数戦を得意とするジュリア君でも私を守りながらというのは難しいでしょう」
それにと言って続けた。
「それに私の先生の招待だから、まず手荒なまねはないだろう。あっても軟禁程度かな。まぁ、される理由がそもそもないのだが」
この国にいたのは学生の時だけであり、それにこれでも品行方正な学生であった。捕まえられる理由はそうそうないであろう。
門から一人の兵士らしき者が近づいてきた。
「レステニア・ケイル・ジャスティ様ですね。お待ちしておりました」
ちょっと意外だった。それに声が女性だった。
「顔を覚えてもらっているとは意外だね」
僕がそういうと彼女は兜をとる。
この国にいたのは三年ほどであるにこんなにも若い女の子に面識などない。
「あ、スイマセン、私、クルエート大学の出身でして、ジャスティ様のお噂はおうかがいさせて頂いています」
クルエート大学とはこの国にある私が留学していた大学だ。
「僕の後輩か」
「途中で廃校になりましたので中退になりますけど」
彼女は苦笑いをしていた。私は驚いたと同時に納得もしていた。
廃校になっていた事は初めて知った。でも戦時中だから仕方ないことなのかもしれない。そして大学出身者が兵士をしているのにも驚いた。
でもそのような事情があれば仕方ないことかもしれない。
「お隣の方は?」
「僕の護衛だよ。世の中物騒だからね」
鎧等々を着ているためか、警戒の顔をする後輩兵士。職業柄だし、戦時中であるから仕方ないことなのかもしれない。
「それでは、これからお連れします所が、関係者立ち入り禁止の所ですので、ご面倒ですが身体検査の方をさせていただきます。武具の類はお預かりさせて頂きます」
「分かったよ。それじゃあ、ジャンヌ君」
僕は男の兵士がそばに寄って来たのでそれについて行った。彼も若かった。
その中にふと思ってしまった。戦争はやはりつまらないものだ。
若者に学問の自由を奪ってしまうのだから。
私はそう思って若者の兵士の後ろ姿をただ眺めていた。それは大きくて小さかった。