賑やかな一日
そしてそれから約一日後。
「ほんとにすまないね~。ミュウナちゃん。バカ亭主ぎっくり腰になってしまってねぇ」
「いえ、大丈夫ですよ」
私は食堂の厨房ではなく宿屋のカウンターの方に座っていた。ここはいつもダン叔父さんの持ち場だ。朝、食材の搬入をしている時に腰をやったということらしかった。
「今日は二組新しく来るみたいだから案内よろしくね。場所は台帳の方に書いてるから」
「わかりました」
そういってメメおばさんは厨房の方へ走って行った。今日は私が手伝えないので忙しくなるだろう。二組来るということなのだが、一組の方はもう分かっているので大丈夫だ。もう一組の方は怖い人たちじゃないと良いなぁとは思った。
外は快晴でとてもいい気分だった。
ここに来る前に干してきた孤児院の洗濯物も良く乾くだろうなぁ。
昨日は子どもたちが泥んこで帰ってきたのにはびっくりした。おかげで子供達はシスターにとことん怒られていた。私が止めていなかったらトラウマになっていたことだろう。
「たのもーです」
入ってきたのは小毬だった。その後ろにはぞろぞろと四名付いて来ていた。
「あ、小毬。いらっしゃい」
私は後ろの男の人と三人の女の人を観察してみた。
少し長身の女の人を見た。おそらく、小毬がお嬢様と呼んでいる人だろう。少し目が鋭く、少し怖いが、どこか一般人の持ちえない気品があった。一般人のようなラフな格好をしているにも関わらずだ。
「こんにちは、今日はヨロシクね」
「あ、いえ、私ただのアルバイトですけど」
「でも、こうして向かい入れてくれてるんだから、そんなこと関係ないよ」
「あ、はい、ありがとうございます!」
おもわず、私はお礼を言ってしまった。
なんか頼れるお姉さまって感じの人だ。
次に、私はその近くにいた黒髪の女の人を見た。この人の目を引くのはまず服装だ。東方の国でよく聞く着物だった。着ている人を見るのは初めてだった。
「どうしましたぁ?」
どこかゆったりとした口調が特徴の人だった。
「いえ、着物を着ている人を見るのが初めてでして、その、あの、とても綺麗で」
「まぁまぁ、ありがとうございますぅ」
でも、気になるのは腰に付けた長い得物である。たしかカタナといった名前だった気がする。
次は小毬と同じぐらいの背の褐色の子を見た。やはりここらでは見ない特徴的な子だった。褐色に銀色の髪だ。
私の目線に気が付いた彼女はトトトと近づいて来て言った
「…………ハムある?」
「え、えぇと。メニューにはないので……」
「ココアさん、私がもう調達しているので大丈夫です」
小毬が助け船を出してくれた。昨日のハムはこの子の為だったのか。
「…………ならいい」
そういうと引き下がっていった。
そして、私は最後に男の人を見ようとしたときだった。もうすでに私の近くにいて手まで握っていた。そして言ったのは驚愕の言葉だった。
「結婚して下さいィ、プギュハァ、オグゥフ、フグ、グゥ、グゥ、グハァァアア」
そして次の瞬間には男の人はすごいことになった。
説明すると、長身のお姉さんが紙の束で頭を殴り飛ばす。次に黒髪の着物の人が柄で背中をつき倒す。次に褐色の子がロープを鞭のようにして倒れ込んだ男の人に打ち込む。最後に小毬が倒れ込んだ男の人の腹にとどめの一撃を加えた。
「ミュウナに変態な手で触るなです。この変態」
「だ、大丈夫ですか!」
あまりの惨事に私は男の人の所へ駆け寄ってしまう。
「いいの、いいの。そんな奴ほっとけば」
「ゴキブリ並みの生命力なので大丈夫ですよぉ」
「…………お腹すいた」
「ミュウナ、そんなのにさわったら穢れるからさわらない方が良いですよ」
四者四様、酷いことを言いたい放題である。そこまで悪い人には見えないのだが。近づいて行くと男の人は倒れた体制のまま顔だけを起こし私を真っ直ぐにいてきた。
私は思わず顔をそむけてしまった。
その瞳は私の中を見透かすような瞳だった。直視ができなかった。
「ああ、何と優しい方だ。まるで聖母のようだ。今から部屋へと行き、夜を共に、フギャ」
長身の女の人が大きな麻袋を倒れた男の人の顔に載せて埋もれさせる。
「ココアたんもお腹が減ったって言うし、早いけどお昼にしましょうか。部屋に案内してくれる」
「では、お部屋の方に案内します」
私はそう言って男の人の顔の上のある麻袋を取ろうとしたときだった。
「ほっといてもいいよそれ、その荷物、そいつのだから。自分で持って行かせるわ」
「ささ、ミュウナ。案内してくださいです」
小毬が私の手をひぱっていう。私は少し罪悪感で後ろ髪を引っ張られる思いだったが、女性四名を部屋の方へと案内する。
三名の女性は部屋に荷物だけを置いて食堂の方へ向かう。ココアと呼ばれた女の子が一番足取りが早い。結構可愛い。孤児院の子どもたちを見ている気分になる。
食堂につくと麻袋を下げた男の人が四人用のテーブルの椅子の方に座っていた。
「やっほ~。俺も腹が減ったから荷物を置く前に、先に飯が食いたい」
ココアは言葉を聞く前に彼の隣へと座る。まだ昼前なのでそこまで客は来ていなかった。
他の小毬以外の女性二人は呆れた優しいため息をついてそれぞれの席へといく。小毬はそれを見ると脇から椅子を持ってきてテーブルの真ん中へと座る。
「…………ハムハム」
「小毬、ココアたんにハムを」
「あ、はい。これですよ~」
小毬がココアちゃんに昨日一緒に買ったハムを差し出した。
それを彼女はスライスすることもなく、ブロックのまま被りつく。はしたないと言えばはしたないが、なんか可愛い。リスがクルミをかじっているようにも見える。
「ところで、外道、どうするの?」
「何がだ」
外道と呼ばれた男の人はメニューに目を外すことなく答える。
「三人部屋しかないみたいで、あんたの寝る所がないみたいだけど」
「なら、誰かのベッドの中に」
「できるとおもう?」「できるとおもいます?」
長身の女性と、着物の女性から殺気が出た。
「じゃあ、小毬たんの部屋に」
「来たら家畜のエサにしてやるのです」
たしか、小毬は別の所に宿をとっていたはずだ。でも完全な拒否。
「うう、助けてくれぇ、マイレディ」
「ええっと」
こういうときダン叔父さんはどうしてたんだっけ?
「あ、ちょっと待って下さい」
私はカウンターの所へ行き台帳を持ってくる。調べるために私はその台帳を開いていく。
「たしか、昨日来たお客さんが一人で二人部屋を使っているのですが……」
私は口を止めた。見知らずの二人が同じ部屋に泊まるのは抵抗があると思ったからだ。
「野郎と相部屋は嫌だ」
困った。どうしたらいいだろう。このままにしておくのも罪悪感でいっぱいに……。
「そしたら、ミュウナちゃんの部屋に止めてもらうということで、ミガァ」
足を踏まれたか机に突っ伏す男の人。
「おやおや、なにかにぎやかだと思えば、君たちか」
その場にきたのはスーツの男の人だ。後ろには鎧をきた女性がいた。護衛の人だろうか。
「いやいや、久しぶりだね。会いたかったよ。黒君」
黒と呼ばれた男の人はあからさまに嫌な顔をする。
「主に後ろのジュリア君がね、いてっ」
スーツの男の人が後ろのジュリアという女性にふくろはぎ辺りを蹴られた。もちろん鎧なので鉄製の靴だ。とても痛そう。
「もちろん、俺の嫁だからね。とぅわぁ」
黒さんの頭があった所に槍が通る。これは確実な殺意があった。
「ちっ」
ジュリアさんの端正な顔からは想像もできない音がした。気のせいであってほしい。
「いや、確実に殺す気だったよね、ね?」
「こらこら、ジュリア君、ここは人様の建物だよ。いちゃつくなら外でやらないと」
「え?気にする所そこ?我の命は気にしないの?」
「それもそうですね、マスター。外で殺さないと汚れてしまいますものね。血で」
会話がかみ合っていない。それも黒さんのツッコミもスルーされている。
「フフフフフフフ、さぁあ、外へと行きましょう。せめて苦しませて殺してあげましょう」
「あれ、苦しませて?苦しまずにじゃないの普通。や、やめて、後ろ襟引っ張らないで」
「ハハハハハハハ、この槍で胸を一突きしてから」
「ちょ、なにそれ、怖い」
そのようなやり取りをしながら黒さんは外へと引きずられていった。爆発音や悲鳴がするが聞こえないことに私はした。
「お久しぶりですね。リーア君」
「お久しぶりです。ジャスティさん」
リーアと呼ばれた長身の女性は挨拶を返した。
「いつ以来でしたか」
「あの黒の仕事について行かなくなった時からなので、だいぶ昔かと」
「時がたつのは早いものですね。さらにお綺麗になって驚きました」
「それはありがとうございます」
二人は社交辞令を交わす。でもお互い腹の内を隠しているようで何か不気味である。
「この国にはどういったご用で」
「私の知人に会いに来ただけです。黒の仕事とは関係ないです」
「ということは……」
「ここへはお昼を取りに来たのでは?早く席に座らないと、席がなくなってしまいますよ」
お昼前でこれから客が増えてく時間帯だった。リーアさんの言うとおりだった。彼女は話を変えるためにそれを振ったのだろう。
席に着くと注文をメメおばさんに言う。
「ジャスティさんはどうしてここに」
「僕はこの国の政府に呼ばれてね。昔、ここに留学経験があってお世話になったから断るにも断れなくてね」
「そうですか、でしたら、黒と近い内に仕事で会うかもしれませんね」
「まぁ、政府の招待が仕事であったらの話だけどね」
二人の話は大人の会話。それもお互いの腹の探り合いだった。そのような会話が数分した後だった。注文した料理がメメおばさんに運ばれてきた。それに皆手をつけ始める。
「それはそうと、ジャスティさん」
「なんだい」
「お部屋には一人で泊まられているのですか」
「ああ、妻子がいる身としては、護衛と言えども女性と同じ部屋に泊まることはできないからね」
あの鎧の女性は護衛なのか。
「ジャスティさんの爪の垢を煎じてあの外道に飲ませたいくらいです」
「ははは、ということはあの野望はまだ持っているということか」
二人の会話に柔らかさが出てきた。腹の探り合いが消えたみたい。でも黒さんの野望?
「ええ、そうです。あきれる限りですけど」
「ははは、男の僕としては羨ましい限りの夢だね」
「野望を夢と言いますか。ジャスティさんは」
「僕はそう思うねぇ」
「では奥さんに会った時にそのまま伝えておきます」
「いやいや、やめてほしいな~。私の顔がひっかき傷だらけになってしまうよ」
そう冗談のように言うジャスティさん。でも続けて言う。
「でも、彼はすごいと思うよ。君と彼が出会った時からの野望を変えずにやってきたんだ。ちょっとの環境の変化で自分の持っている思いが変わることなんてよくあることだ」
その言葉にリーアさんは黙って聞いていた。
「彼の昔を知っている私としては、尊敬すらしてしてしまいそうだよ。年下の彼にね」
「一つ聞いてもいいでしょうか」
少し表情を曇らせたリーアさんがジャスティさんへ問いかける。
「彼、黒の過去を教えてくれませんか?」
「それは僕の口から言うべきことではないね」
一刀両断だった。そう言われてリーアさんは何も言うことができなかった。
「なんでそんなことを聞くんだい?」
少し考えてからリーアはしゃべり始める。
「彼の考えていることが読めないんです。言い表しずらいのですが、心の底があまりにも深い。まるで闇のようだ。それに一番付き合いの長い私にさえ隠していることがある。とにかく、何を考えているのか分からない」
感情を押し殺してリーアさんは言った。
そして不思議だった。私もリーアさんの言っていることが分かるような気がしたからだ。
あの真っ直ぐな私の心の中まで見透かすような目。とても不思議な人だったからだ。
「一つだけ言っておこう」
その訴えを聞いたジャスティさんは口を開いた。
「嘘つきな彼の野望は嘘ではない。野望の一部が君であることもだ。だから、彼は誰も失わずにそれを成し遂げようとしているんだよ」
「そうですか……」
先ほどから野望、野望と言っている。私はその野望がなんなのかとても気になる。
「もし、彼が言っていることが嘘であれば本当に、煮るなり焼くなりすればいいよ。君なら文字通りできるだろう?」
「そうですね」
すこし迷いが消えたのかリーアさんの顔が明るくなった。
「ありがとうございました」
「いやいや、いいよ。人生に迷った若者に対して道までは作って上げれないけど、道の方向性を示してあげるのは大人の役目だからね」
「そうですか」
「それとリーア君。君はもっとストレートに自分の思いを伝えるべきですよ。結構口でああいっている彼ですが、あれは表面だけで芯の所は意外とウブだからねぇ」
「な、な、な、私は、そんな、そんなことは、ない、あんな、あんな奴なんか」
真剣な場面からのギャップのせいか大いに慌てている。
「あら、お珍しいですね」
そばで聞いていた着物の女の人も参加してきた。
「雲雀まで、も、もういい」
拗ねた。
「いやいや、身内ネタばかりですまないね」
「いえ、可愛いリーアさんを見せて頂きましたから」
「なっ」
「仕事がありますので私はこれで」
完全に仕事に戻る機会を逃していたので私はそう言ってカウンターの方へ戻っていく。
今日の孤児院の子たちの夕食どうしようかな。
そう思いながらカウンターに台帳を置くと、台が揺れた。
気になった私は台の下をのぞいてみた。
すると、背中を丸めてカウンターの台の下に隠れていた男の人、黒さんがそこにいた。たくさんの汗をかいていた。私もしゃがんで小声で聞いてみた。
「なんでここにいるんですか?」
「ふふふ、……まさかここに戻っているとは……ジュリア……ちゃんも思わない、だろう」
息切れをしているところを見るとかなりの修羅場をくぐりぬけてきたのだろう。
「それに、死にたくないし」
本音が出てきた。
「それはそうとミュウナちゃん、例のお一人様の客ってあのくそ野郎だよね」
「そうですよ」
「アイツと同じ部屋になるぐらいなら、野宿が百倍ましだ」
どれだけ嫌っているのだろうか。でも本当野宿するのはこの街でやめておいた方が良い。日が出ている時は何も問題がないのだが、夜は治安が悪い。例え男であっても一人であれば危ない。あ、良い事を思いついた。
「あ、黒さん、提案なんですが、ご夕食一緒にどうですか?」
「はい?」
私は野宿をしなくてもいい方法を提案してみた。