プロローグ 『処刑台上の詐欺師』
こんにちは、著者の十参乃竜雨です。
この作品は過去に新人賞に出したものであり、落選したもので埃をかぶるよりかは誰かの目に
ふれてほしいと思い、投稿することとなりました。
完成した作品を何日かごとに投稿していく事となると思いますので、長い目で見守っていただければと思います。
この作品を読んで何かを感じていただければ嬉しいです。
では、作品をお楽しみください。
「観客、いや、この歴史の目撃者達に問う」
コロッセウムを思わせる様な石造りの広場は異様な空気に包まれていた。それもそのはず。広場の中心には、人を殺すためだけの物、ギロチンが設置されており、その大きな刃の下には、処刑される中年男が設置されていた。
そして言葉を大声で紡いでいる人間が、その横に立っていた。
そもそもその男の姿が特徴的であった。
黒のマントをして全身黒づくめの服装をしていた。コウモリを思わせる様な姿だ。
「ここに一人の大富豪がギロチンにかけられてある。彼はこの王国を転覆させようとあり余る資金で私兵を雇い、王宮を急襲しようと企てた反逆罪の罪でここにいる」
その広場の外周にいる歴史の目撃者といわれた観客達が「そうだ」と声を上げ始める。そのどの声も興奮の色が入っていた。何かのヒーローを待ちわびていたかのような声援だ。
「しかしだ、もし、無実の罪でその首をはねられようと言うのであれば、みなはどう思う」
観客達は「無実ならかわいそうだー」「でもその男は金に汚いぞ」「気に食わねー」などといった様々なヤジが飛んでいる。
「さぁ、王宮のシモベどもよ、コヤツが犯した罪を証明して見せよ。我が全ての証明を叩き潰してしんぜよう」
処刑台の近くにその黒尽くめの男以外に一つのグループが存在していた。もちろん、富豪男を捕らえた王国の兵士たちであったり、王国の役人などだ。
「証拠など決まっておるわ、コヤツの雇ったと思われる傭兵の男が全てを白状したわい」
初老の役人がグループの前に出てきて言う。そして合図をすると、奥から、縄に巻かれた屈強な男が出てきた。顔中にあざが出ている。それを見た男は口の両端を持ち上げて、笑う。シメたと思った。わざわざ、向こうから弱点をさらけ出してきたのだ。
「おやおや、顔中あざだらけじゃないか。歴史の目撃者達よ、見ろ。この者あざを!酷いものだ。これは跡が残るかもしれない」
「キサマ、何が言いたいんだ!」
兵士の1人が痺れをきらしたのか、黒づくめの男に向かって叫ぶ。
「脳みそまで筋肉でできているようだね、ここの兵隊さんは」
観客達から笑いが起こる。
「なんだとおおぉおおおキサマぁぁぁあ」
「落ち着け、いちいち向こうの挑発に乗っていては向こうの思うつぼじゃ」
初老の役人が兵士をなだめる。
(やはり敵はあの初老の役人だけのようだな)
黒づくめの男は初老の役人に標的を絞った。
「拷問して吐かせたのではないのかね、お役人」
「その傷は捕縛時にできたものだ。なんせ国家の転覆を狙うような男たちだからな。こちらもけが人が出たくらいだ」
「それは事実なのか?」
「何をいってるんじゃ、コヤツが自白しておるし、こちらのケガした兵士を今からでも連れてきてやっても良いぞ」
役人とその取り巻きの兵士が嘲笑する。
「それなら問題ないな。では私が直接尋問させてもらおう」
「少し横暴すぎるのではないか、若造」
「尋問して何の問題があるというのだ。やましいことでもあるみたいではないか」
聴衆に聞こえるようにしゃべったおかげで初老の役人は黙るしかなかった。それを内心
「さぁさぁ、おろかな傭兵さん。しゃべってもらおうか」
聴衆に聞こえる様な大きな声で言っていた。その直後に傭兵にだけに聞こえる声を出す。
「キサマ、バカか」
「はぁ、何だキサマ」
案の定傭兵は血の気が多かった。
「死ぬ気か。自白して許されるとでも。このままだとキサマもあの大富豪の次にあのギロチンにかけられるぞ」
「は?そんなわけ……」
傭兵の男にしゃべらせるつもりはないのか続ける。
「キサマを生かすことにメリットはないのだよ。むしろ殺すことにメリットがある。真相を闇に葬れるからな。君をここに連れてきていること自体が、何よりの証拠だろう」
男の顔が真っ青になる。マントの男の言葉を信じたのだろう。
「じゃあ、どうすれ……」
「何を甘ったるいことを言っている。残念ながらキサマの生き死にに興味はないんだよ」
「そ、そんな」
屈強な男が情けない声を上げる。その声を聞き黒マント男はニヤける。
「それと面白いことを聞かせてやる」
最後の仕上げに取り掛かる。
「ギロチンは残酷な処刑道具だと思われるが、絞首と比べると苦痛が少なく、優しい処刑方法ともいえるな」
微笑みかけてから言った。でもすぐに冷えた笑顔を傭兵へと送る。
「でもギロチンは首と胴体を斬り離されても数秒ほど意識が残っているみたいだな。うまく言えば自分の首の断面が見れるかもしれないな。真っ赤な奴がな」
男の顔が更に青ざめる。
「あ、でも、それも無理かもな」
男の唇は青く、寒いのか体が震えている。
「あのギロチンはよく手入れされていない。見てみろあの刃を」
傭兵の男は恐る恐るギロチンの方を見る。
「黒くくすんでいないか?」
男は頭を縦に振る。
「錆びてるなあれは。あれじゃあ綺麗に首を刎ねれない。あれじゃあ死刑囚がかわいそうだな。苦しみながら死ぬからな」
男は想像してしまった。自分がギロチンにかけられ、その錆びたギロチンに苦しんでいる自分の様を。
男の精神状態はこれほどまでないようにダメージを受ける。黒マントの男はその様子を見てほくそ笑む。これで男は自分の言うことを鵜呑みにして信じると分かったからだ。
「もう一度言うが、我はお前がどうなろうと知ったこっちゃない。でも親切なわれがキサマが抗うための小さなヒントをやろう」
男は半泣きになって黒マントの男を見る。
「これから俺の言うことに全てイエスと答えろ。そうすれば逃げるチャンスを与えてやる」
傭兵の返答を聞く前にそこから離れる。これ以上話していては兵士や役人、聴衆からも疑われかねないからだ。
「さぁ、この商人に無実の罪をかぶせた愚かな傭兵に問う」
パフォーマンスじみた声が周りに響いてく。
そのパフォーマンスの声を待っていたかのように、聴衆は歓声を上げる。
その圧倒的な雰囲気に、役人も兵士たちも何も言えなかった。
「キサマは暴力によって無理矢理虚偽の自白をさせられたのか」
「……はい」
「それでは聴衆に聞こえないな。もっと大きな声で」
「はぁい!」
今度は皆に聞こえる様な大きな声であった。
「キサマは権力者たちの暴力に屈したのだな?」
「はぁい!」
黒マントの男はどんどん質問をぶつけて行く。
「まだ他にもあるな」
「はぁい!」
「キサマ確か、この国の出身だな」
「はぁい!」
「家族でも人質にされたのではないか」
「はぁい!」
「それでは暴力だけでなく、人質を取られて自白したのだな」
「…………はぁいィ」
何人も人を殺してきていそうな大男が泣き崩れてしまう。
「聞きましたか、目撃者のみなさん。無理矢理な自白がこれで明白だ、皆、横暴な権力者を糾弾しようではないか!」
無理矢理な演説だった。尋問がいつの間にか矛先を権力者、役人や兵士に向いた演説に代わっていた。黒マントの男は大したことを言ってはなかった。たが、民衆の心や人の動きを掴むのがうまかった。
そもそも、聴衆がここまで付いて来ているのは二つの理由がある。
第一に、国が国民に対して理不尽な圧政を敷いていたから。その不満が原動力となる。
第二に、黒マントの男が巷をにぎわせているからだった。処刑場荒らしで有名な男だったのだ。このように絶弁を振るって、権力者に立てついているのだ。そんな圧政で飢えた国民はエンターテインメントに飢えていた。
「だまれぇぇぇえい。言わせておけば、ホラばかり吹きよってぇえええ」
初老の男は吠えた。黒マントの男は内心ほくそ笑む。彼は分かっていたのだ。穏やかな表情を取り繕っていても、その役人は中に狼を勝っていることに。
そうでなければ、その年齢で汚職にまみれた政治の世界で生きていけない筈だ。
そもそも本心で怒っていないであろうと黒マント男は分かっていた。
そうしなければ、彼にペースを持って行かれると思ったから、無理矢理その流れを一喝で止めたのだ。でもそれはあくまでも黒マントの手のひらの上での事だ。
「ホラ?何を言ってるんだ。嘘の上で成り立っているのは貴様らのほうだ、汚職役人共め」
彼に呼応するように聴衆が今にでも広場に躍り出そうなくらいの歓声が上がる。
あともう少しだと黒マントの男は思う。あと少しでも崩せば、せきをきったかのように、相手は崩壊する。そのきっかけを売って出す。
「さぁあ、歴史の目撃者、いや、歴史の立役者達よ、これを見よ!」
上空から何かが書かれた紙が降ってくる。その場にいた者が落ちてきた紙を拾い見る。
初老の役人は自分の目を疑った。その紙にあったのは彼が、今処刑台にいる商人とは違う商人からワイロを受け取っている絵と証拠。他にも汚職の数々が書き記されている。
聴衆で読み終わった者達が怒りの声を上げ始める。それは徐々に大きな波となる。
その中に観衆の一人が広場に躍り出る。きっかけが来たと黒マントの男は思った。
案の定、そばにいた兵士によって、叩き伏せられた。
「えぇえい、仕方あるまい、兵士達よ、この者をひっ捕えろぉ!」
これ以上騒ぎが大きくなれば暴動になると考えた役人は、最後の手段に出た。力による火消し。暴動の芽である黒マントの男を捕まえ、口さえ閉ざせば鎮圧できると考えたのだ。
「くそがきがあぁぁぁぁぁ」
黒マントの男にバカにされた兵士が先頭だった。
「バカな権力者どもめぇ」
黒マントの男はその兵士の一撃をヒラリと交わすと、中央になる処刑台へと登る。
「ついに我に暴力を向けたか」
危機せまる状態であろうとも黒マントの男は笑っていた。楽観主義なのか、それともただ壊れているのか。とにかく、冷静にそれを見た者は震えあがるであろう。しかし、そんな者はいなかった。その場の誰もが男を除けば例外なく興奮していた
「我の正当防衛は少しばかり痛いぞ」
指をパチンと鳴らした。するとどこからともなく、一人の女が、現れた。
その場が一瞬止まってしまった。理由は二つ。
一つは女がその場に似合わぬほどの美女だったからだ。処刑場に美女は似合わない。
二つはその女の服装と持っている物であった。全身真っ白の着物。汚れ一つもない白色。腰には一メートルを超えるであろう刀。地面を引きずりそうな位置に刀の先があった。
「さぁ、聴衆よ。今宵のパフォーマンスを活目してみるのだ」
「皆さん、初めまして、私は鬼木雲雀と申します。以後よろしく」
それに毒気を抜かれた者がいたが、そうでない者もいた。
「くそアマぁ、引っ込んでろぉおおおお」
頭に血が上りきって沸騰している筋肉バカの兵士は、女であろうと見境なかった。槍が振り下ろされる。
「あらあら、お早い男は嫌われますよ」
「あぁあ?、あ、……あっ……あ、」
重厚な鎧を着ていた兵士の胸から赤い血が飛ぶ。その血が女の白い着物へと飛び散る。
「私の注意を聞かない悪い子は、メッ、ですぅ」
いつの間にか刀を抜いていた。誰もが抜いた瞬間が分からなかった。今見えているのはバカ長い刀だけであった。
「私の半径五尺以内に来た殿方は問答無用で刻ませてもらいますぅ」
女は続けて言う。
「あなたの血は私の服にどんな花を咲かせてくれるんでしょうかぁ?」
異様な雰囲気がその場を包んでいた。恐怖心に駆られた数名はは考えもなしに剣を抜き、雲雀に駆け込んで行く。およそ五尺あと数歩で届く位置まで来るとその兵士の誰もが床に倒れもがき苦しむ。雲雀が鎧を貫通して叩き斬ったのだ。それは致命傷に至るぎりぎりのところで止められている。
「ええい。何をやっている。あの黒マントの男を狙うのじゃ」
初老の役人がギロチン台にいる黒マントの男を指差す。それに気付いた兵士達が処刑台へと殺到して行く。
「悪いが、我は箸より重い物は持たぬ主義でな」
そう言った瞬間だった。
先頭にいた五、六人が一斉に転ぶ。その全員に長いロープが巻かれていた。そのロープの先には一人の褐色の女がいた。髪の色が肌の色とは別に銀色の髪をしている。
「…………首に縄をつけて散歩でもしてみる?」
「おい、ココア。脅し文句にもなっていないぞ。それではただのおかしい人だ」
黒マントがその褐色の女の名を呼び注意する。
「…………じゃあ、どうすれば?」
「ここは『ひざまつきなさい』でも良いんじゃないか?」
「…………難しい」
苦い顔を作るココア。しかしその間も飛び出してきた兵士に縄を掛け転ばせる。
「雲雀、ココア。愚かな兵どもを一人も我に近づけさせるなよ」
「了解です」
「…………了解?」
言葉の最後に疑問符をつける不思議ちゃんがいたが、黒マント男は処刑台に掛けられている商人の元へ歩いて行く。
「これはこれは初にお目にかかります。名も知らぬ商人様」
手を前に持ってきて丁寧な礼をする。
「た、助けてくれるのか」
「まぁ、事を急がれるな。少し、話しでもしようではないか」
処刑台の周りには二人の女が、争う音と、観衆の騒ぎ立てる声で二人の会話は二人にしか聞こえない。
「…………我の事を知っているか?」
「……そ、そんなことよりも早くここから出してくれ」
「勘違いをしているようだな。商人よ」
そう言うと黒マントの男は処刑台のとある場所へとむかう。
「他人をタダで助けるほど、善人ではない。我に得とならぬと判断した時点で……」
ギロチンを吊るしているためピンとはった縄を指ではじいて揺らす。そうするとギロチン台がきしみ、商人にとっては悪魔の音色が奏でられる。当然、商人は悲鳴を上げる。
「もう一度、商人に問う。我を知っているか」
「し、知らないです」
「世間の娯楽を知らぬとはなんと残念だな」
心底残念そうな顔をした黒マントの男。
「まぁいい。説明してやろう。耳をかっぽじってよく聞け我の名は『処刑場荒らし』だ。名は黒という。この大陸中の処刑を荒らして回っている」
この男は自分の事を黒と呼んだ。
「我は我が口のみを使い処刑場を荒らしている。まあ、正当防衛の時のみの武力は持たせてもらっているがな」
男は微笑みながら言っている。
「で、本題に入ろう。我は処刑をされる者を解放しているわけだが、それにはそれ相応の対価を払ってもらっている」
「な、なにを、払えばいいのだ」
怯えた様子だ。それも当然だろう。自分の命が、目の前の男に握られているのだ。
「なぁに、これだけのお金を用意してもらえばいいだけだ」
黒は片手で五を作った。
「…………五十万プランか」
プランはこの国で使われているお金。五十万プランとは軽く御屋敷が立つくらいの金額。
「…………キサマ、バカか。ここでもケチくさい商人魂を発揮してどうする」
ギロチンのロープを揺らす。
「や、やめぇ」
「5000万プランだ」
「な、な、な、そんな金はない」
「ないわけない。キサマ、反乱を起こして王様になろうとしていた。その軍資金があろう」
その一言に商人は驚く。先ほどまで商人を弁護していて、反乱目的でないということを証明していたはずだ。
「……先ほども言ったが、我は善人ではない。嘘もつく、騙しもする。我の為ならな」
そして親指と人差し指で金のサインを出して言う。
「さぁ、出すもん出して助かるか、出すもん出さないで首を飛ばすか。どっちだ」
有無を言わせない空気を出して言う。
「……………………」
商人はただ意気消沈するのみがあった。
その後のもう一度の脅しで商人は二文字の答えを出した。