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「00」不快な手紙:プロローグ

不定期投稿です。ご了承下さい。

 世界は酷く曖昧だ。そして不確実だ。存在と非在が混沌として、同じ場所にある。


 世界は酷くいい加減だ。いい加減過ぎるにもほどがある。


 完璧に見えていたものは実は欠陥だらけで、穴なんてないと思いきや穴だらけだ。


 遠くから見れば美しいように見えるのに、近くで見ると酷く汚い。その逆も然り。


 ある条件を満たせば、それに応じた結果が出るとも限らない。


 全てに於いて、例外が存在することが、これを物語っている。


 それはもう酷く不快だ。


 不快も不快。


 そう、不快と言えば、最近。彼の家にやって来た手紙が、それはもう不快だった。同時に、愉快だったとさえ思うがな。


 心情がコロコロ変わるのも、これも月の導きか。


 彼は、1人、誰もいない電車の中で、そんな雑孝ざっこうを繰り広げていた。


 今向かっているのは、とある研究施設だ。


 手紙には、そこへ行くようにとの文があったからだ。


 不快だと思うのは、それが命令口調だったからにすぎず、それ以外はなかった。否。正確にはもうひとつ。それは、彼自身が自ら動かなければならないという、非常に面倒な内容だったからだ。


 彼自身としても、動くことは嫌いではないが、こうも長時間、延々と歩き回り、電車を数回も乗り継ぐのは面倒なことだった。


 電車が、とある駅で停車する。


 彼はホームに降りると、その看板を確認した。


 若干、文字がかすれているものの、それは確かに『鬼駅』と読める。


 手紙に表示されていた駅と同じだ。


 彼は、無人となっていた駅のホームを歩き回る。


 改札口は壊れ果て、蔓や苔で覆われている。線路は錆び腐っていて、とても電車が通れるような作りでもない。


「そろそろ降るな」


 彼はホームのベンチに腰を掛けて、ふぅと、一息ついた。


 雨が止むまでここにいる気なのだろう。


(不快だ)


 彼はそう心の中で呟いた。


 伸びた前髪が目にかかる。伸ばしっぱなしにしていた髭は、来る前に剃ってきたためか、口周りが少し寂しい。


 彼は手を口に当てて、欠伸をした。


 暫くすると、雨が降りだした。豪雨だ。幸い風はこちらへは向いていないため、ホームの中は安全区域だった。


 ふと、横に目をやると、針が既に止まった時計が目についた。時刻は四時二十五分で停止している。いや、止まってはいなかった。秒針が折れていたためか、止まっているように見えたのだ。


 一分毎に、短針・・がかちりと音をたてて動く。


 しかし、一向に経っても、手紙の主は現れそうになかった。手紙には、その駅に手紙の主はいると書いてあったのだが。


(はめられたか?)


 長針・・が、丁度二目盛り分動いた時、漸くと言って良いか。手紙の主らしき人物がやって来た。


 それは、とても小柄な少女だった。


(子供か?)


 手紙には、主がどのような背格好をしているかは一切記入がなかった。それどころか、何が目印かすらも書かれていなかった。


「君が手紙の主か?」


 彼は、右手の指に挟んだ手紙をちらつかせながら、彼女に聞いた。


 少女は、うんうんと首を横に振った。


「では、主の使いか?」


 彼が質問を変えると、彼女はとててと、幾分かわいらしい音をたててこちらによってきた。


 雨合羽から垂れる雨の滴が、ホームの床に染みる。


 彼女は、彼の顔を覗き込むと、安堵したような表情で、こう言った。


「ようこそ、転生譚の入り口へ」


 瞬間、彼の視界が暗転した。



△▲▽▼



 意識が覚醒すると、見知らぬ家屋の中に居た。前言撤回。ここは車の中だ。キャンピングカーと呼ばれるものだろう。


(ここは....)


 誘拐された場合、不用意に音を出すべからず。気づかれて殺される可能性が存在するからだ。


 彼は、音を立てないように、そっと起き上がる。


 目だけを動かして、周囲を確認する。


 窓があると思われる場所には、黒いカーテンがかかっており、その他には、食器棚や冷蔵庫、電子レンジ、ガスコンロ、シンクといった台所用品が見られる。中央には床に固定された丸机があり、その机に伏せるように、先程の少女が眠っていた。


 むにゃと、彼が寝ていた布団の中から声が聞こえた。


 確認すると、全く同じ姿の少女が、そこで寝ていた。


(双子?)


 もしくはクローンという可能性さえある。


 彼は、少女が彼の体に密着しており、身動きができない状態だった。


 彼は諦めて、寝直すことにした。こんな状況でそのような判断ができるとは、彼の神経は頑丈に出来ているらしい。いや、混乱しているからこその行動か。いずれにせよ、結果は変わらず同じだ。


 車は山道を上り、彼ら三人はすやすやと眠っていた。



△▲▽▼



「ようこそ、よく来てくれたね」


 どうやら彼女はクローンだという可能性が高いようだった。


 彼が山頂のとある施設に運ばれてくると、例の少女達が、そこら中を闊歩していた。


「貴女が手紙の主か?」


「手紙?ああ、君にはそんな形で伝わったのかい?今時ペーパーレターなんていい趣味しているじゃないか」


「はぁ..」


 趣味、とはどういうことだろうか。


 彼は非常に困惑した様子で、声の主に相槌を打った。


「まあいい。外は寒いだろう。アリス、入れてやりなさい」


 彼女はそう言うと、アリスと呼ばれた先程のクローン達が、彼を施設の中に押し入れた。


 施設の中は、外の廃れた廃墟街が点在する山中とはうってかわって、かなり近代的な造り──いや、近未来的な造りになっていた。


 そして、その奥の階段に、一人の女性が立っていた。否、正確には、宙に浮いていた。ホバリングしているという表現がしっくりと来る。


 彼は、その姿に、まるで幽霊の様だと思った。


「ム、今私を幽霊の様だと思っただろ?私をあんな下級霊どもと同じにしないでほしいな」


「それは、すみませんでした。こちらも、あなた方の様な存在と出会うのは、初めての体験でしたゆえ。無礼をお許しください」


「いいよいいよ。君は私の大切な客人だからね」


 彼女はにこりと微笑み、その腰の翼をはたりと震わせた。


「先ずは自己紹介としよう。私の名前はアスタロトだ。君の名前は知っているよ?麒麟君だったかな?」


 彼はしかし、何の返事もしなかった。


 悪魔に名前を知られるのは、それすなわち魂の掌握権限を握られるからだ。


「真名は知りませんがね。君のことは、君の両親がつけたその名で呼ばせてもらうとしよう」


 彼女は、少し残念そうな顔をして、その黒い髪を指で弄んだ。


「さて、早速本題に入りましょうか。その前に、アリス。麒麟君を応接室に案内しなさい」


 アスタロトはアリスにそう命令すると、階段を上ってどこかへと消え去った。


 彼は大勢のアリス達に連れられ、部屋の奥へと進んでいった。


 しばらくすると、近未来的なエントランスの風景とはうってかわって、どことなく中世ヨーロッパの貴族の屋敷を思わせる、赤と金を基調とした空間についた。


 そこには、見たことのある、もしくは見たことのない観賞用植物が入った花瓶や、有名な絵画、自己主張の激しい、しかし空間に馴染んでいる白いピアノなどがあり、部屋の壁際に取り付けられた蓄音機は、ドビュッシーの「月の光」を演奏していた。


「気に入ってくれたかな?」


「ええ、とても」


 彼は暫く、その空間に流れる音を楽しんだ。


 曲が終わると、アスタロトは話を切り出した。


「さて、曲の名残を楽しんでいるところ悪いけど、そろそろ本題を切らせてもらうことにしよう」


 彼女はそう言って、対面するように、部屋の真ん中につけられた机の向こうに腰かけた。


「どうぞ」


 そんな彼女に、彼は相槌をうつと、アスタロトにすすめられて、そこにあった椅子に腰かけた。


「私は、酷く退屈をしていたのだよ」


 彼女は、彼が聞く体勢を整えると、そう話を切り出した。


「そこで、私は考えた。そうだ、戦争をしよう。と」


 すると、彼女は目を伏せて、その組んだ両手に額をのせた。


「しかし、残念ながら、私たちは今、魔界を卒業していてね。しかし今は手下であるサルガタナスもネビロスも、私のもとを去ってしまった。君の感覚で言えばつい二年前の出来事だった。だから、私は考えたのだよ。そうだ、自分で新たに創ってしまおうと」


 彼女は顔を輝かせて、目を見張り、こちらに顔を近づける。


 これは、よく会社同士のやり取りで視た。相手を自分の作戦に持ち込もうとするときの顔だ。


 よく表情の変わる奴は注意した方がいいのは、この事でさんざん覚えているからわかる。


 彼女はそんな俺の考えを読み取ったのか、一瞬だけ微妙な顔をして、そしてすぐさま先程の笑顔に戻った。


「しかし、知っているだけで、私には技術力が無かった。しかし、私は頑張って、やっとのことで666体ものアリスの創造に成功した。しかし、これらには欠陥があった」


 彼女はいちいち大袈裟なアクションを見せる。


 シーンに合わせて声音も変えている。


 欧米のとある人間によく見られるタイプだ。


 またしても彼女は一瞬変な顔を見せたが、すぐに例によってもとに戻った。


「そこで、対抗策をとることにした。そう。君だよ、麒麟君。君に、アリスの調整をお願いしたい」


 彼女はそう言って、乗り出していた体を更に乗り出して、ぐっとこちらに顔を寄せた。


 整った美しい女性の顔面が近くにあるが、正直に言って、彼にとってはそれは不快だった。そう、ロリコンな彼にとっては、すでに成熟した大人の女性など、美しいとは思えど、性的な意味では興奮し得なかった。


 すると、彼女はまた変な顔をして、こう言った。


「さっきから君、考えていること失礼すぎやしないかい?」


「すみません。すべての秘密を知る貴女のことですから、自分のことはよく存じ上げているものとして対応しておりましたので」


 と、彼はそう返した。


「──これはオートじゃなくてマニュアル操作なのだよ、麒麟君」


「そうでしたか。すみませんでした」


 彼は座ったまま、礼をした。


「それで、受けてくれるかね?私の頼みを」


 そして、彼は暫く考えるそぶりを見せた。


 普通、人が悪魔に願い事をして、代償に悪魔はその人間から魂を頂戴したりすることが、彼の中では常例だった。では、逆はどうなるか。


 有効だろうか。試す価値はある。


「でしたら、その依頼を受ける代わりに、こちらも2つ、条件をつけさせていただいてもよろしいでしょうか?」


 その条件とはつまり、自身の安全と、夢の達成に必要な知識の吸収であった。


「いいでしょう。その条件、呑ませて貰います。麒麟君」


 こうして、麒麟は人造兵士アリス調製官になったのであった。

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